熊谷信太郎の「賃料減額請求」

2008年のリーマンショックを発端とした世界的な金融不安以後、我が国ではデフレ傾向が続き、消費者物価指数も4年連続で下落する中、ゴルフ会員権の価格やプレーフィも値下がりし、ゴルフ場経営も深刻な影響を受けています。

アベノミクスの効果により株価が上昇し、デフレ脱却の兆しも見えていますが、本格的なデフレ脱却には程遠い状況です。

一方、全国のゴルフ場約2400コースの中で、約7割のゴルフ場が借地を抱えていると言われており、プレーフィが値下がりしているデフレ状況の中で、借地料の見直しはゴルフ場経営における重要な課題となっていますが、地主が任意に地代の減額に応じることはなかなか期待できません。

そこで考えられるのが借地借家法11条の地代減額請求ですが、ゴルフ場経営を目的とする借地に、建物所有目的の借地を対象とする借地借家法の規定が類推適用されるかどうかが問題となります。

この点、本年1月25日、最高裁は、ゴルフ場経営を目的とする土地賃貸借契約及び地上権設定契約に、借地借家法11条の類推適用の余地はないとの判断を下しました(以下、「本件最高裁判決」)。

つまり、ゴルフ場経営会社は、地主に対し、地代等の減額請求権はないというわけです。

本件は、ゴルフ場経営を目的として、ゴルフ場経営会社が、25筆の土地(以下「本件土地」)を賃借し、又は地上権の設定を受けたという事案で、当初合意された地代及び土地の借賃が、その後の事情により不相当に高額となっているとして紛争が生じ、借地借家法11条の適用の有無が問題となりました。

 

地代等増減額請求権

地代等増減額請求権とは、地代等が、①土地に対する租税等の増減により、②土地の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、③近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、地主や借地人は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができるというものです。

ただし、一定期間、地代を増額しない旨の特約がある場合は別です。

借地人が地主から地代の増額の請求を受けたときは、借地人は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額の地代を支払えば足り、これを支払えば債務不履行になりません。

ただし、裁判確定後、支払額に不足があるときは、賃借人は、その不足額に年1割の支払期後の利息を付して支払わなければなりません。

一方、地代減額請求についても、当事者間で協議が整わない場合、地主は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の支払を請求することができ、借地人は地主からの請求額を支払わなければなりません。

ただし、裁判確定後、支払額が正当とされた地代等の額を超えるときは、地主は、超過額に受領時から年1割の利息を付して返還しなければなりません。

 

具体的な手続の流れ

 具体的には、「来月から月○円に増額(減額)します」という内容の通知を内容証明郵便で相手方に送り、この通知が到達したことにより、法律上は地代等が変更されたことになります。

実際には、地代の増減額の請求を行い、相手方が納得すれば増減額後の地代が新しい地代となります。

相手方が納得しない場合には、法的手続に進みますが、訴訟提起の前に民事調停の申立をして、一度は裁判所で話し合いの機会を持つことが必要となります。

裁判官と2人の調停委員が、当事者双方から意見を聞きながら、実情に即した話し合いによる解決を図ります。

調停が成立しない場合には、通常の訴訟手続によることになります。

 

事案の概要

本事案の概要は以下のとおりです。

(1)本件土地につき所有権又は共有持分権を有する地主Aは、昭和63年7月、Bとの間で、本件土地のうちの13筆について地上権設定契約を、その余の12筆について賃貸借契約をそれぞれ締結しました(以下、両契約を併せて「本件契約」)。

本件契約では、地代及び土地の借賃(以下「地代等」)を合計年額737万7690円とすること、ゴルフ場経営を目的とすること等が定められました。

(2)平成18年9月、ゴルフ場経営会社は、地主Aの承諾を得て、地上権者及び賃借人たる地位を取得し、本件土地を利用してゴルフ場を経営しています。

(3)ゴルフ場経営会社は、平成19年3月、地主Aに対し、本件契約の地代等について減額の意思表示をしました。

(4)ゴルフ場経営会社は、平成21年4月1日支払分以降の地代等を支払わず、正当とされる地代等の額は合計年額427万9060円であると主張しました。

 

原審の判断

借地借家法の適用があるためには、借地上に建物を所有することを目的としていなければなりませんが、クラブハウスや売店等はゴルフ競技をするための付随的な存在に過ぎないとして、ゴルフ場が有する敷地利用権は、判例・学説上借地借家法上のいわゆる借地権であるとは認められていません。

しかし、原審である福岡高裁宮崎支部は、借地借家法11条の立法趣旨の基礎にある事情変更の原則や契約当事者間における公平の理念に照らせば、建物の所有を目的としない本件契約においても、同条の類推適用を認めるのが相当であると判断しました。

これに対し、最高裁は原審の判断を否定し、類推適用の余地はないと判断したのです。

 

平成25年1月22日最高裁判決

最高裁はまず、借地借家法の趣旨について、建物の保護に配慮して、建物の所有を目的とする土地の利用関係を長期にわたって安定的に維持するために設けられたものと解されると判旨しました。

その上で、同法11条の規定について、「単に長期にわたる土地の利用関係における事情の変更に対応することを可能にするというものではなく、上記の趣旨により土地の利用に制約を受ける借地権設定者に地代等を変更する権利を与え、また、これに対応した権利を借地権者に与えるとともに、裁判確定までの当事者間の権利関係の安定を図ろうとするもの」だとし、「これを建物の所有を目的としない地上権設定契約又は賃貸借契約について安易に類推適用すべきものではない」としました。

そして、本件契約においては、①ゴルフ場経営を目的とすることが定められているに過ぎないし、また、②本件土地が建物の所有と関連するような態様で使用されていることもうかがわれないから、本件契約につき借地借家法11条の類推適用をする余地はないというべきであると判断したのです。

 

借地借家法11条の趣旨

建物所有目的の土地の賃貸借の場合には、賃貸借期間は30年以上でなければならず、30年経過時も、建物が存続している限り、同一条件でほとんど自動的に更新が強制されます。

更新拒絶ができる場合も法律上は一応想定していますが、なかなか認められるものではありません。

そのため、契約期間中に賃料相場が不相当となったり、また、契約更新時も自由な賃料の合意が妨げられてしまう可能性が高く、賃料が不相当となった場合には、賃料の増減額請求を法律によって強制する必要性が存在します。

これに対し、賃貸借契約の基本原理を定める民法においては、賃料の増減額に関する規定はありません。

つまり、賃貸借契約が継続する限り、当初契約によって定めた賃料がそのまま契約終了まで継続することが原則です。

不動産の賃貸借の場合であっても、建物所有目的でない民法上の賃貸借の場合には(例えば駐車場として利用する目的の土地の賃貸借の場合)、契約期間は20年を超えない限り自由に定めることができ、2年や3年といった短期で貸すこともできますので、減額請求を認める必要性に乏しいと言えます。

そして、契約期間満了時に、契約を終了するか更新するかは、当事者の合意によって決定できます。

契約満了時に契約自由の原則と競争原理が働き、賃料に特に不満がなければ双方とも同一条件で契約を更新すればよく、借主の方が割高になっていると考えるのであれば、賃料を値下げしない限り更新しないとすることもできるわけです。

 

ゴルフ場用地の特殊性

これに対し、ゴルフ場経営者としては、事業場所を他に移転することは甚だ困難であり、土地を返すにも原状回復には多額の費用が必要なことから、ゴルフ場用地の借地の場合には、契約期間満了時に更新後の賃料の額が合意できなければ土地を返すといった競争原理が働きにくい事案が多いと思われます。

そのため、契約期間も相当長期間になる場合が多く、建物所有目的の借地の場合と同様、契約期間中に賃料相場が不相当となった場合には、契約当事者間の公平の観点から、賃料の増減額請求を法律によって強制する必要性が存すると言えます。

本件最高裁判決の事案においても、地代等が決められたのは20年以上前であり、その後の経済状況の変化等を考慮した適正な賃料価格を裁判所が公的に決定するという意味で、借地借家法の地代増減額請求権の規定の類推適用を認めてもよかったのではないかと思われます。

 

ゴルフ場経営会社の注意点

上記のとおり、ゴルフ場用地の借地の場合には、借地借家法11条の類推適用が認められてもよい事案が多いと思われますが、今回の最高裁判決を前提とすると、地主が合意しない限り地代の減額は認められないのが実状です。

そのため、地代が不相当であるとして地主に減額交渉をする場合であっても、当初の地代分を支払っておかないと、債務不履行として賃貸借契約を解除されることもあり得ますので注意が必要です。

なお、クラブハウスの敷地部分については、コース敷地の賃貸借契約とは別個に契約しているのであれば、借地借家法の適用が認められますので、少なくともこの部分について減額請求することは可能です。

もっともこの場合でも、地代の減額について地主の了解が得られなければ、地主の言い値を支払っておかなければならないことにも注意が必要です。

また、今後新たに借地の契約を締結する際には、賃料の見直し期間を短期(2年程度)に設定し、数年ごとに地代を見直すことができるような契約内容にすることが最低限必要であると思われます。

一方、M&Aの際にも、借地問題に関するデューデリジェンスが非常に重要になります。

本件最高裁判決の事案で、平成18年にゴルフ場経営会社が賃借人等の地位を取得する際に、地代についてどう評価したのか、地代等の見直しを地主に求めたのかどうか等の事情は明らかではありませんが、デューデリジェンスにおいては、形式的な賃貸借契約期間などの調査では足りず、地代の相当性や地主との関係・繋がり、地主の返還意思の有無(特に相続により当事者が変わっている場合には要注意)等、掘り下げたデューデリジェンスが必要です。

「ゴルフ場セミナー」2013年4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場とメガソーラー」

昨年7月1日に再生可能エネルギーの固定価格買取制度(以下、「本買取制度」)が開始され、1kwを42円で買い取ることが決まり、ゴルフ場の跡地や計画用地、余剰地にメガソーラー基地を建設する動きが相次いでいます。

昨年7月1日から、平成17年以降クローズしていた榛名CC(群馬県)の跡地に建設された発電所が、ゴルフ場の跡地や計画用地を利用した初のメガソーラー発電所として、運転を開始しました。

年間予想発電量は約268万kwh/年(一般家庭約740世帯分の年間電力消費量)で、買取予想価格は1億1256万円/年です。

また、昨年12月26日付で、「マイクロダイエット」などオリジナル健康食品で有名な化粧品販売会社のサニーヘルス株式会社が、福岡空港GC(福岡県)の固定資産(ゴルフ場用地とクラブハウス)を取得する契約を株式会社A・Cホールディングスと締結したと発表されました。

報道によると、サニーヘルス株式会社は、今後ゴルフ場として営業はしない方向で、太陽光発電事業を行っていくと説明しているようです。

一時閉鎖し営業再開を目指していた既設ゴルフ場が、メガソーラーの基地になる動きもあります。

東日本大震災でコース等に被害を受けた会員制のラフォーレ白河ゴルフコース(福島県)は、復旧工事を行い営業を再開する予定でしたが、再開せず、昨年6月、メガソーラーの発電所の建設を計画していると発表しました。

 

再生可能エネルギーの固定価格買取制度

バブル経済崩壊後、預託金償還問題が顕在化し、加えてリーマンショック以後の経済の低迷や会員の高齢化、価格競争の激化等により各ゴルフ場は厳しい経営を強いられており、倒産件数も増加しています。

ゴルフ場は他の事業への転換が困難なため、徹底した経営合理化などの経営努力によってなんとかゴルフ場として継続している所が多く、仮に倒産してもスポンサー企業がゴルフ場事業を継続しており、廃業閉鎖に至っているゴルフ場は全国で15コース(平成22年現在)にとどまっています。

そんな中、廃業後のゴルフ場跡地だけでなく、経営が困難な状況に陥ったゴルフ場の用地の利用法として、メガソーラー(1000kw以上の発電)の発電所としての利用が注目されてきた訳です。

本買取制度は、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス)を用いて発電された電気を、一定価格で電気事業者が買い取ることを義務付けた制度です

本買取制度で売電するためには、事前に設備認定を受ける必要があります。設備認定とは、法令で定める要件に適合しているかを国が確認するものです。

具体的には、設置場所エリアを管轄する経済産業局に対し設備認定の申請手続を行い(申請書等は経済産業省資源エネルギー庁のHPからダウンロードできます)、国から発行される認定通知書の写し等を添えて、売電を希望する電気事業者との間で契約を締結することになります。

 

本買取制度の注意点

本買取制度においては、「物価その他の経済事情に著しい変動が生じ、又は生ずるおそれがある場合において、特に必要と認められる場合」(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法3条8項。以下、「法」)には変更される可能性があるものの、とりあえず10年以上にわたって買取が保証されており、設置・運用コストと売電収入を計算すると、通常は10年かければ利益が出ると言われています。

買取価格と買取期間は、毎年度、年度開始前までに、経済産業大臣により告示されます(法3条1項)。

なお、「『物価その他の経済事情に著しい変動』とは、急激なインフレやデフレのような例外的な事態を想定しており、このような場合以外には変更されない」と説明されています(経済産業省資源エネルギー庁HP)。

 

ゴルフ場の廃業

ゴルフ場を廃業し用地をメガソーラーの基地に転用しようとする場合に問題となるのが、会員制ゴルフ倶楽部における会員との関係です。

会員制ゴルフ倶楽部の大半は預託金制を取っていると思われますので、以下では預託金制ゴルフ倶楽部を念頭に説明します。

会員は、ゴルフ場経営会社との会員契約に基づき、ゴルフ場経営会社に対し、預託金償還請求権とプレー権(優先的施設利用権)を有しています。

そこで、ゴルフ場経営会社がゴルフ場を廃業する場合には、会員との会員契約を解除するとともに、会員に対して預託金を返還し、倶楽部利用の対価である年会費についても本来月割りで返還する必要があります。

会員契約のような集団的な役務提供契約においては、集団的処理の必要性から、契約(会則等)に倶楽部の解散に関する規程があれば解散による契約の終了が認められますが、もし会則に解散の規定がなければ民法等の一般法によって決することになり、無制限に解散が認められるわけではありません。

例えば、同じく集団的役務提供型の契約であるスポーツクラブが閉鎖された事案において、東京地方裁判所平成10年1月22日判決は、会員契約の解除が債務不履行に当たることを前提とした上で、「経営会社の経営努力にもかかわらず、経営成績の悪化、会員数の減少、施設の老朽化、競合スポーツクラブの開設等により、経営の継続が困難となったために行われたなど判示の事実関係の下においては、右解除は、やむを得ない事情によるものであり、会員契約上の債務不履行に当たらないというべきである」と判断しました。

また、会則に「クラブ運営上やむを得ぬ事情のある場合」に解散できるという定めのある預託金制ゴルフ倶楽部において、ゴルフ場経営会社が経営悪化のためゴルフ場を閉鎖したことに対し、会員が優先的施設利用権の侵害である等として、ゴルフ場経営会社に対し、損害賠償請求をした事案において、東京高裁平成12年8月30日判決は、

①「クラブ運営上やむを得ぬ事情のある場合」とは、会員にとって不利益を伴うゴルフクラブの解散をゴルフ場経営会社の機関(理事会)の決議のみによってすることを是認するに足りる客観的かつ合理的な事情の存する場合をいう。

②その要件該当性の判断にあたっては、ゴルフ場経営会社側の会社運営上の事情のみならず、会員が受ける不利益の程度及びその不利益をできるだけ少なくする観点からのゴルフ場経営会側の配慮の程度などの事情をも総合して判断する必要がある。

とし、このまま事業を継続すればゴルフ場が破綻し会員は施設利用権のみならず預託金償還請求権も失ってしまうものとして、解散の有効性を認め、会員からの損害賠償請求を否定しました。

 

預託金の返還

なお、預託金の全額返還が困難である場合には、破産手続や民事再生手続等により預託金返還債務の減免を受ける必要が生じます。

これらの法的倒産手続においても、役員の責任に基づく損害賠償請求権の査定制度を導入しており、法的倒産手続を経たからと言って、業種の変更が無制限に認められるわけではありません。

 

第三者が取得するケース

以上に対し、第三者がゴルフ場用地を競売により取得したような場合や、ゴルフ場経営会社から買い取り、会員との会員契約を引き継がないような場合には、会員契約の解除の問題はクリアすることができることになります。

もっとも、無制限に認められるわけではなく、例えば資産の移転が濫用的会社分割にあたるような場合には(本誌2012年12月号)、用地の取得が詐害行為として取消される可能性もありますので注意が必要です。

 

地主との関係

次に、ゴルフコースの地主との賃貸借契約の内容の確認も必要です。

土地賃貸借契約では、用途をゴルフ場の使用などに限定している場合が多く、「ゴルフ場用地として賃貸する」ことが契約内容となっている場合には、他の用地への転用は解除事由となる可能性があります。

もっとも、賃貸借契約のような当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約においては、形式的に解除事由があったとしても、信頼関係が破壊されたと言えないような場合や、解除の行使が権利の濫用と認められるような場合には、解除権の行使は制限されるという判例法理が確立されています。

このように、地主からの解除が無制限に認められるわけではありませんが、事前に地主に対して丁寧に事情を説明し、契約を巻き直すことが必要です。承諾料の支払いや原状回復義務の具体化などを求められることもありうるでしょう。

ちなみに、承諾料については、法律上の定めはないので、当事者間の交渉によることになりますが、建物所有目的の賃貸借契約の更新料は、一般に更地価格の5~10%が相場であると言われているので、この金額を目安に地主と契約交渉することになるでしょう。

 

未払い賃金の立替払制度

倒産してゴルフ場としての営業を廃止し従業員を解雇する場合には、未払いの賃金のうち3か月分は財団債権として一般的な債権者よりも優先的に支払を受けることができます(破産法149条1項)。

しかし、会社の全財産をもってしても未払い賃金に足りない場合もあり、このような場合に、国(労働省健康福祉機構)が、労働者個人からの請求によって、その未払賃金の一部を事業主に代って支払う制度があります。

この立替払いを受けるための要件は、①使用者が1年以上事業活動を行っていたが倒産したこと(中小企業においては、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、賃金支払能力がないことを労働基準監督署長が認定した場合も含まれます) 、②労働者が、裁判所への破産申立等が行われた日の6か月前から1年6ヵ月が経過するまでの間にその事業を退職し、定期的な賃金や退職金(退職手当)の未払分が総額2万円以上あることが必要です。

なお、請求期間は裁判所の破産等の決定又は労働基準監督署長の倒産の認定があった日の翌日から起算して2年以内です。

また、立替払される金額は、未払賃金総額の8割(但し、退職日の年齢に応じた限度額を超える場合はその限度額の8割)です。

 

廃業の届出等

ゴルフ場としての営業のために取得している許認可関係についても、所轄の地方公共団体等に廃止(廃業)の届出が必要になります。

取扱いは各地方公共団体によって多少異なるようですが、例えば、危険物や重油等の取扱については所轄の消防署等に廃業届を提出し、飲食店営業許可については所轄の保健所に廃業届を提出する必要があります。

なお、開発時の開発行為や建築確認関係については、廃業時の届出は必要ないようです。

また、ゴルフ場利用税についても、廃止(廃業)の届出書を都道府県の税務署に提出する必要があります。

「ゴルフ場セミナー」2013年3月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「性同一性障害」

最近、「性同一性障害」という言葉を耳にすることも少なくないと思います。

昨年11月、この性同一性障害のため、2年前に戸籍上の性別を男性から女性に変更した会社経営者が、静岡県の会員制ゴルフ倶楽部から入会を拒否されたとして、ゴルフ場経営会社等に対し、約786万円の損害賠償を求め、静岡地方裁判所浜松支部に裁判を起こしたという報道がなされました。

報道によると、会社経営者の女性(元男性)は、平成24年6月、運営会社の株を購入するなどして、ゴルフ場経営会社に対し、入会に必要な書類を提出しました。その際、提出した戸籍謄本から、その女性がもとは男性だったことが判明し、ゴルフ場は性別変更を理由に、この会社経営者の入会を拒否したようです。

ゴルフ場経営会社は、新聞の取材に対し、「更衣室の利用で女性会員から苦情が出るのを懸念した。前例がなく難しい問題で、解決策が見つからない。代理人と相談する」と説明しているということです。

 

性同一性障害者の性別の取扱の特例に関する法律

性同一性障害とは、一般に、「性の自己意識(心の性)と生物学的性別(解剖学的性別、身体の性)が一致しない状態」と説明されます。

性同一性障害者は、世界保健機構(WHO)が定めた国際疾病分類にも掲載されている医学的疾患であり、我国においても、日本精神神経学会が診断と治療のガイドラインをまとめ、性同一性障害を医療の対象として位置付けています。

そして、医療の分野における進展と性同一性障害に対する社会の認知に合わせ、法制度の整備も進み、平成15年7月16日、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、「法」と言います)」が成立し、翌年の7月16日に施行されました。

これまで、人の法的な性別は、生物学的な性別によって決められていましたが、この法律によって、例外的に性的同一性障害者であって一定の要件を満たす人については、家庭裁判所の審判により、心理的な性別である他の性別に変わったものとみなされることとなりました。

この法律では、性同一性障害者と認められるための要件として、次の3要件を定めています(法2条)。

(1)生物学的には性別が明らかであること

(2)心理的には他の性別であるとの持続的な確信を持ち、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であること

これは、「生物学的には男性である人が自分は女性であるという意識(あるいはその逆の意識)を、単に一時的にではなく、永続的に続く状態で、強くゆるぎなく有し、自己の身体を心理的な性別に合わせようとし、社会生活を心理的な性別に合わせて送ろうとする意思を有している者であること」を意味します。

なお、こうした意思や確信は、本人の正常な判断力の存在を前提とするので、精神障害のため他の性別に属していると考えている人は、性同一性障害者には該当しません。

(3)その診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般的に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致していること

二人以上の医師の診断の一致を要件としたのは、医師の適切、客観的かつ確実な診断が行われることを確保するとともに、それを審判の前提とすることによって、根拠に乏しい濫訴を防ぎ、家庭裁判所の認定が適切かつ迅速に行われるようにするためです。

 

性別の取扱の変更の審判

そして、性同一性障害者が以下の要件を満たす場合には、性同一性障害者は、家庭裁判所に対し、性別の取扱の変更を求める審判を請求することができます(法3条1項)。

なお、この場合、医師の診断書を提出しなければなりません(法3条2項)。

①二十歳以上であること。

②現に婚姻をしていないこと。

③現に未成年の子がいないこと。

④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

⑤その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

なお、要件⑤は、公衆の場(公衆浴場や更衣室など)で社会的な混乱を生じないために考慮されたものです。

性別の取扱いの審判を受けた人は、民法その他法令の適用については、他の性別に変わったものとみなされることになり(法4条1項)、例えば、変更後の性別で婚姻や養子縁組をすることが可能となります。

 

戸籍の記載は?

本事案では、戸籍謄本から性別を変更したことが判明したわけですが、性別の取扱いの変更の審判があった場合、戸籍の記載はどうなるのでしょうか。

性別の取扱いの変更の審判があった場合には、原則として新戸籍が編成されます。

新戸籍には「平成○年○月○日平成15年法律第111号3条による裁判発効」と記載され、性同一性障害という言葉が記載されることはありません。そして、新戸籍には変更後の性別に基づく続柄が記載されることになります。

しかし、「従前の記録」として、変更前の性別の記載が残ってしまいます。これにより、本事案でも、性別を変更したことが判明したものと思われます。

もっとも、従前の記録は、本籍地を一度他の市区町村に移すと消すことができ、一見して性別変更したことは分からないようにすることは可能のようです。

ただ、「平成○年○月○日平成15年法律第111号3条による裁判発効」との記載は残りますので、性別を変更したことを戸籍上全く分からなくすることはできません。

 

入会制限と法の下の平等

今年の8月には、アメリカ合衆国のオーガスタ・ナショナルGCが、女性会員を初めて2名受け入れたことでニュースになりましたが、歴史あるゴルフ倶楽部の中には、会員資格を男性に限定しているところもあるのは周知のとおりです。

そもそもゴルフ倶楽部は、同好の士の集まりであり、娯楽施設としてのゴルフ場の利用を通じて、会員の余暇活動の充実や会員相互の親睦を目的とする私的団体です。

そのため、ゴルフ倶楽部はその会員構成を自由に決定でき、ゴルフ場経営会社は、契約自由の原則から、入会資格を満たさない者との契約の締結を拒否できるとされています。会員権の譲受人は、ゴルフ倶楽部の理事会等による入会承認を受けなければ、会員たる地位を取得することはできません。

一方、憲法14条1項は「法の下の平等」を定め、人種や性別に基づく不合理な差別を禁じています。

そして、国家権力を規制する憲法規定の私人間(私企業や個人間の契約など)への適用について、判例・通説は、私的自治や契約自由の原則、私的団体の結社の自由等との調和の観点から、私人間に直接適用されないが、公序良俗違反(民法90条)や不法行為による損害賠償(民法709条)などの解釈・適用において、憲法規定の趣旨を間接的に考慮すべきであるとしています。

この点、外国人のゴルフ倶楽部への入会制限が争われた事案において、東京地裁平成13年5月31日判決は、「私人である社団ないし団体は、結社の自由が保障されている」とし、新たな構成員の加入を拒否する行為が…民法709条の不法行為に当たるとすることが許されるのは、結社の自由を制限してまでも相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、重大な侵害がされ、社会的に許容し得る限界を超えるといえるような極めて例外的な場合に限られるとして、ゴルフ倶楽部への入会に国籍による制限を加えるのは、社会的に許容される範囲であると判断して原告の請求を棄却し、控訴審・最高裁もこの結論を維持しました。

会員を男性に限定するというゴルフ倶楽部の取扱いも、ロッカーやトイレの数等施設利用上の制約のため、社会的に許容される範囲であるとして、許容されるものと考えられます。同様に、女性限定のレディス倶楽部も許容されることになります。

 

性別変更を理由とする入会拒否

では、性別変更の場合(ゴルフ倶楽部で現実的に問題となるのは、男性→女性の性別変更の場合)はどうでしょうか。

例えば、倶楽部会則に、性別変更した者からの入会を制限する規定がある場合、この規定は、公序良俗に反し無効となるのでしょうか(民法90条)。あるいは、性別変更を理由に入会を拒否することは、不法行為による損害賠償の対象となるのでしょうか(民法709条)。

まず、元男性である女性の当該ゴルフ場でのプレーを一律に禁止するのは、いかに結社の自由があるとはいえ、「相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、重大な侵害がされ、社会的に許容し得る限界を超える」ものであって、社会的に許容される範囲を超えると言えるでしょう。このような広範な制限が許容されるのは、反社会的勢力(ないしこれと同視し得る者)のケースに限られると思われます。

これに対し、性別を変更した者に対し、当該ゴルフ倶楽部への入会を制限する(ビジターとしてのプレーは許容する)という取り扱いはどうでしょうか。

前記のとおり、性同一性障害は医学的な疾患であり、性別変更の要件として変更後の性別の特徴と似た身体的外観を有していることが要求されており、性別変更の審判の申立ての際には医師の診断書を提出することが要求されています。

一方で、更衣室での着替えやプレー後の入浴の際、「元男性」に着替えの様子や裸を見られたくないという女性メンバーの気持ちは、十分に理解できるところです。

入会(メンバーとしてのプレー)の制限にとどまり、プレーそのものは許容されるのであれば、ただちに社会的に許容し得る限界を超えて違法となるとまでは言えないかもしれませんが、社会通念上評価が限界的な事例であり、今後の裁判の行方が注目されるところです。

 

ゴルフ場の対応

むしろ、本件では、なぜ元男性の原告が入会拒否の理由を知り得たかが問われるべきかと思われます。

ゴルフ倶楽部への入退会に関しては、例えば労働者から要求があればその開示が要求されている解雇理由(労働基準法22条2項)などと異なり、法律による規制は及んでいません。

実務的にも、入会拒否の理由を開示する扱いは通常なされていないと思われます。

また、入会拒否の理由を伝えること自体が本人を傷つけ、無用な紛争を惹起する恐れがあります。

その意味で、本件ゴルフ倶楽部が元男性の女性に入会拒否の理由を伝えていたとすれば、そのことの妥当性が問われるところであり、また、本件ゴルフ倶楽部が新聞の取材に対して入会拒否の理由を答えていることも、妥当だったのか疑問が残るところです。

実務的な取り扱いとしては、入会拒否の理由を明示すべきではなく、倶楽部会則等に「入会拒否の理由を明示しない」ことを明記するとともに、入会申込の際に、入会拒否の理由を開示しないことについて入会希望者から個別に書面での同意を取っておくことが必要であると考えられます。

「ゴルフ場セミナー」2013年2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「一般社団法人」

社団法人制ゴルフ倶楽部といえば、いわゆる関東七倶楽部など、名門ゴルフ倶楽部を思い浮かべる方も多いと思います。

これらの社団法人制ゴルフ倶楽部は、日本における正統的なゴルフプレーやマナー、倶楽部ライフの普及・向上に貢献してきたわけですが、平成20年12月1日の新たな公益法人制度の施行により、公益法人としての存続が難しくなりました。

これらの社団法人は、一般社団法人への移行を迫られており、その場合には、「公益目的支出計画」を定め、現在有している純資産をすべて支出しなければならないなど、大きな影響を受けています。

 

中間法人制ゴルフ倶楽部

一方、預託金制ゴルフ倶楽部の中には、中間法人となって預託金償還問題を解決しようとしたゴルフ倶楽部もありました。

中間法人とは、公益法人と営利法人の中間的な存在であり、中間法人制度は、そのような存在に対しても法人格を与えるための制度です。

従来は、同窓会やサークルなどの中間的な団体に法人格を認める法律がなく、団体自らが権利を有し義務を負うことができなかったため、さまざまな問題がありました。

そこで、平成14年4月、中間法人法に基づく中間法人制度がスタートし、ゴルフ場事業者の間においても、いわゆる預託金償還問題への対処方法として、中間法人スキームが脚光を浴びたのです。

中間法人スキームの典型的な例は、①従来の会員は、預託金債権等を基金として拠出し、中間法人の社員となる、②中間法人はゴルフ場事業会社の株式の一部を保有する、③会員は、中間法人を通して間接的に事業会社をコントロールする、というものでした。

ゴルフ場事業者にとって、この中間法人スキームを導入する最大のメリットは、中間法人の社員となった会員から個別の預託金返還請求をされないということでした。

しかしながら、このやり方には、中間法人制への移行に同意しない会員からの預託金返還請求を拒むことができないという問題があり、倶楽部は中間法人制に移行したものの、事業会社の経営を維持することができず、民事再生手続きなどの法的整理を余儀なくされた例もありました。

逆に、事業会社の民事再生手続きを行い、預託金返還請求権の大部分をカットした上で、ゴルフ倶楽部が新たに中間法人になるという例もありました。

ところが、平成20年12月1日のいわゆる一般法人法施行に伴い、中間法人制度は廃止され、中間法人は一般社団法人に衣替えすることになりました。

 

一般社団法人制ゴルフ倶楽部

上記のとおり、中間法人制ゴルフ倶楽部が生まれる契機となったのも、いわゆる預託金償還問題でしたが、中間法人制ゴルフ倶楽部に代わる預託金償還問題対策として、一般社団法人制ゴルフ倶楽部へ移行することが議論されています。

一般社団法人とは、いわゆる一般社団・財団法人法に基づいて一定の要件を満たしていれば設立できる法人で、事業目的に公益性がなくてもかまいません。

原則として、株式会社等と同様に、全ての事業が課税対象となりますが、設立許可を必要とした従来の社団法人とは違い、一定の手続き及び登記さえ経れば、主務官庁の許可を得るのではなく準則主義によって誰でも設立することができます。

ところで、法人格がないと、代表者個人の名義で登記、銀行口座の開設をするため、団体と個人の資産の区分が困難になり、代表者が代わると団体の運営、存続に支障をきたすこともあります。また、団体名(任意団体)では契約を締結できないこともあります。そのため契約締結を個人名ですると当該個人が責任を負う恐れもあります。

一般社団法人として法人格を取得することにより、こういった懸念を払拭することができることになります。

また、団体法的解決を図ることが可能となり、的確な整理、処理に繋がり、ゴルフ場と会員の権益を守ることができるというメリットもあります。

さらに、中間法人スキームに代わる預託金償還問題対策として、以下のような一般社団法人スキームの採用が考えられます。

(1)一般社団法人制ゴルフ倶楽部を設立する。

一般社団法人制ゴルフ倶楽部設立の具体的な手続きの流れは以下のとおりです。

①定款を作成し、公証人の認証を受ける。

②設立者が財産(価額300万円以上)の拠出を行う。

③定款の定めに従い、設立時評議員、設立時理事、設立時監事等の選任を行う。

④設立時理事及び設立時監事が、設立手続の調査を行う。

⑤法人を代表すべき者(設立時代表理事)が、法定の期限内に、主たる事務所の所在地を管轄する法務局又は地方法務局に設立の登記の申請を行う。

(2)従来のゴルフ倶楽部(任意団体)の会員は一般社団法人の社員となる。

その際、預託金対策という意味では、会員から、預託金債権等を基金(一般社団法人に拠出された金銭その他の財産)として拠出(債権譲渡等)することについての同意を取り付けることが重要です。

但し、基金の拠出者の地位は、一般社団法人の社員たる地位とは結び付いていないので、基金の拠出をしない会員も、一般社団法人の社員となることはできます。

(3)一般社団法人は、ゴルフ場事業会社の株式の一部を保有する。

この場合、会員は、一般社団法人を通して間接的に事業会社をコントロールすることが可能となります。

あるいは、議決権を与えずに、経済的利益を与える優先株式(利益もしくは利息配当または残余財産の分配およびそれらの両方を、他の種類の株式よりも優先的に受け取ることができる地位が与えられた株式)とすることも考えられるでしょう。

 

一般社団法人制のゴルフ倶楽部としては、平成21年1月、田辺カントリー倶楽部を運営する任意団体の田辺カントリー倶楽部が、一般社団法人田辺カントリー倶楽部を設立したのが最初です。

田辺カントリー倶楽部は、資産保有会社である山城土地開発株式会社から資産を借りてゴルフ場を運営していましたが、任意団体では、不動産の取得などにおいて不都合があったため、ゴルフ場用地を除くクラブハウスなどの不動産を山城土地開発株式会社から買い上げて、一般社団法人になりました。

 

一般社団法人制ゴルフ倶楽部の具体例

平成21年2月には、長崎国際ゴルフ倶楽部が、2年後に預託金(500万円)の返還期限が到来することや、現在の経営会社である長崎国際ゴルフ倶楽部は法人格のない任意団体で金融機関から借入ができないことなどから、一般社団法人の設立を決めました。

計画内容は、概ね以下のとおりです。

①会員は一般社団法人の社員となり、従業員も一般社団法人へ移行し、任意団体の長崎国際ゴルフ倶楽部は一般社団法人設立後に解散する。

②施設保有会社である長崎土地開発株式会社が負担する預託金については、負担軽減のため、全部または一部の60万円を基金(返還不要)に拠出し、残りは預託金として倶楽部退会時に返還する。

③長崎土地開発株式会社の株主会員は、株式を一般社団法人に売却して60万円(1株10万円で6株)を基金(返還不要)に拠出する。

④一般社団法人が経営を一体化するため、長崎土地開発株式会社は解散する。

 

また、函南ゴルフ倶楽部(静岡県)も、平成22年10月19日に、会員で組織した任意団体の函南ゴルフ倶楽部を一般社団法人化して、一般社団法人函南ゴルフ倶楽部を設立し、経営や運営面の強化に取り組んでいます。

函南ゴルフ倶楽部は、株主会員制のゴルフ倶楽部ですが、株主会員になるに当たって株式代金の他に預託金(再建拠出金として60~120万円)を徴収しており、将来的に起こりうる預託金返還問題を考慮して、一般社団法人に移行しています。

 

一般社団法人移行の際の注意点

預託金対策として一般社団法人制ゴルフ倶楽部にする場合の最大の問題点は、中間法人制ゴルフ倶楽部の場合と同様、一般社団法人への移行に同意しない会員からの預託金返還請求まで止められるものではないという点です。

そこで、会員からの同意を丁寧に取り付け、一般社団法人への誘導を上手に進めることが重要でしょう。

なお、中間法人制ゴルフ倶楽部が一般社団法人に移行する場合には、権利義務関係はそのまま一般社団法人に引き継がれ、ほとんど影響を受けませんが、以下の2点については注意が必要です。

①名称の変更

平成20年12月1日が属する事業年度終了後最初の定時社員総会終結時までに、従来の中間法人は、「一般社団法人」という文字を使用した名称に変更しなければならず(違反に対しては「20万円以下の過料」の制裁が定められています)、それにあわせて定款を変更しなければなりません。

定款の変更は、社員総会の特別決議によって行う必要があります。

特別決議を行うためには、①賛成した人数が、全ての社員の人数の半数以上であり、②かつ、賛成した議決権の数が、全ての社員の議決権の数の3分の2以上であることが必要です。

これらの賛成票を得られないと、名称変更できないことになります。

そこで、定款変更への同意を取り付けておくなどの段取りが必要となる点にも意が必要です。

なお、社団法人の場合、あらかじめ、書面又は電磁的方法(電子メール等)による承諾を得れば、電子メールによって社員総会を招集、開催し、社員に電子メールで議決権行使をしてもらうことで承認決議を経ることも法律上可能であり、社員総会を開催する煩雑さを軽減することができます。

②登記

既存の中間法人の登記は、特段の登記申請を要せず、当然に、一般社団法人としての登記になりますが、①の名称の変更を行った後2週間以内に、改めて名称変更の登記をしなければなりません。

また、その時に、役員変更の有無にかかわらず、役員の登記事項を改める必要があります。

「ゴルフ場セミナー」2013年1月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「濫用的会社分割」

最近は、ゴルフ場の法的整理や売却の際にも、会社分割の制度が利用されることが増えています。

会社分割の制度は、企業の事業再編の手段として用いられます。

M&Aの手法としては、会社分割の他に、株式譲渡や事業譲渡といったものもありますが、会社分割には、簿外債務のリスクを抑えられる、債権者の個別の承諾を得る必要がないなどのメリットがあり、広く利用されるようになりました。

ところが最近、債務超過に陥り実質的に倒産状態にある会社が、会社を再建する場合に、会社更生や民事再生といった法的倒産処理手続を利用しないで、会社分割の制度を利用するといったケースが増えています。

会社更生や民事再生といった倒産手続を利用する場合には、経営者は、経営権を失うなど一定の責任を取ることになります。

これに対し、会社分割制度を利用する場合には、経営者はその責任を取ることなしに、財産を新会社に移転して資産を確保しつつ、債務を整理できるという、大変都合のよいことができてしまうわけです。

これは、緊急時における制度運用を想定し、資産の保全や債権者の平等を基本的理念とした倒産処理法と異なり、会社分割は会社法上の制度であり、平常時における制度運用を想定して制度設計されているからだと解されています。

これによって、一部の債権者と協議し、会社分割によって新設した会社(以下、「設立会社」といいます)に、採算部門や優良資産等を承継させた上で、不採算部門や不良資産を残した既存の会社(以下、「分割会社」といいます)を清算し、会社再建を図ることができるわけです。

しかし、債権者を害する意思をもってこのような資産移転が行われると、残された債権者は債権の引き当てとなる財産が空虚化した状態になる一方で、経営者は経営責任を取ることなく優良資産を隔離して保全することができることになってしまいます。

このような都合の良すぎることがそのまままかり通るのでは、ゴルフ場に対する債権者(会員)は、たまったものではないでしょう。

 

平成24年10月12日最高裁判決

最近、このようなケースの是非が争われた訴訟の上告審判決で、最高裁は、平成24年10月12日、「会社分割に伴う資産移転が債権者に損害を与える場合、もとの会社の債権者は資産移転を取り消す権利がある」という判断を初めて示しました。

本件は、債権回収会社が、大阪市の不動産会社が会社分割で設立した会社に土地・建物の所有権を移転した行為の取り消しを求めたという事案です。

不動産会社は、平成19年に会社分割を実施し、設立会社に不動産など収益性のある資産の大半を引き継ぎ、対価として設立会社の全株式を取得しました。

これに対し、債権回収会社は、強制執行を逃れるための移転で無効だと主張しました。

最高裁は、設立会社側の上告を棄却し、資産移転の取り消しを認めた一、二審判決が確定しました。

これは、会社分割制度の濫用に対する一定の歯止めになり得るものとして、大変注目を集めています。

 

会社分割とは

会社分割については、以前本誌でも詳しく取り上げましたが、会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割によって設立する会社(設立会社)等に承継させることを目的として行う会社の行為です(会社法2条30号)。

事業に関して有する権利義務のどの部分を設立会社等に承継させるかは、新設分割計画等の定めによって自由に定めることができます(会社法762条以下)。

そして、設立会社は、会社分割が効力を生ずる日に、新設分割計画等によって定める権利義務承継の対価を、分割会社に交付することとなります。

 

設立会社に移る債権者

会社分割は、債権者の個別の承諾がなくても債務の移転ができてしまいます。

そこで、会社法は、会社分割にかかる債権者保護手続として、設立会社に移る債権者に対する保護手続を設けています。

まず、「分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者」(設立会社に移る債権者)には、異議を述べる機会が与えられています(会社法810条1項2号)。

異議を述べた債権者に対しては、会社分割により当該債権者を害するおそれがない場合を除き、弁済ないし担保の提供等がなされることとなり、当該債権者は債権の満足を得られることとなります(会社法810条5項)。

また、会社分割の手続に瑕疵がある場合には、会社分割無効の訴えを提起することもできます(会社法828条2項10号)。

 

分割会社に取り残される債権者

これに対し、「分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者」(分割会社に取り残される債権者)は、こうした保護手続の対象から除外されており、異議を述べる機会を与えられず、また、会社分割無効の訴えを提起することもできません。

このように、会社法上、設立会社に移る債権者と、分割会社に残された債権者との取り扱いは、大きく異なっています。

会社法は、平常時を想定し、分割会社は、設立会社に切り出した純資産に見合う対価を取得し、分割会社に残された債権者が害されることはないはずであるという考え方に基づいて、分割会社に取り残された債権者に対しては、特段の保護手続を設けなかったのです。

しかし、実際には、会社が、一部の優遇したい債権者と協議し、採算部門と不採算部門、優良資産と不良資産、優遇する債権者とそれ以外の債権者とを自由に振り分け、設立会社に採算部門や優良資産を切り分けるにあたって、当該資産に見合った債務(一部の優遇する債権者に対する債務)を承継させることで、設立会社が不採算部門や不良資産だけを残した既存の会社(分割会社)に交付する対価を安く設定するということが多く行われているわけです。

その結果、設立会社に対して弁済を求めることができない分割会社に取り残された債権者の債権回収が、著しく阻害されるという事態が生じてしまっているのです。

 

分割会社に残された債権者が取り得る手段-詐害行為取消権

以上のような結論が不当であることは明らかであり、近時、会社分割に対して詐害行為取消を認める裁判例が出てきていました(東京地裁平成22年5月27日判決やその控訴審である東京高裁平成22年10月27日判決)。

詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害することを知って法律行為をした場合、債権者がその法律行為の取消しを裁判所に請求できるという権利をいいます(民法424条1項)。

会社分割に対して詐害行為取消が認められるかどうかについては、まず、①そもそも会社分割が詐害行為取権の対象となりうるか否かが問題となります。

会社分割は私法上の取引行為ではなく、会社法に基づく組織法上の行為だからです。

この点については、実務も学説も判断が分かれていましたが、今回、前記最高裁判決は、概ね以下のように判断し、詐害行為取消権の対象となると結論付けました。

㋐会社法その他の法令に、会社分割が詐害行為取消権の対象となることを否定する明文の規定は存しない。

㋑会社法上、分割会社の債権者を保護するための規定が設けられているが(会社法810条)、一定の場合を除き、分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者は上記規定による保護の対象とはされておらず、設立会社に債務が承継されず、上記規定による保護の対象ともされていない債権者については、詐害行為取消権によってその保護を図る必要性がある。

㋒会社法上、新設分割の無効を主張する方法として、法律関係の画一的確定等の観点から新設分割無効の訴えが規定されているが(会社法828条1項10号)、詐害行為取消権の行使によって新設分割を取り消したとしても、その取消しの効力は、新設分割による株式会社の設立の効力には何ら影響を及ぼすものではないというべきであるから、債権者保護の必要性がある場合に、会社法上新設分割無効の訴えが規定されているからといって、新設分割が詐害行為取消権行使の対象にならないと解することはできない。

 

なお、設立会社が分割会社に対価を交付するため、計算上は、会社分割の前後で一般財産を減少させたといえないことから、②詐害行為取消の要件である詐害性(総債権者の共同担保となるべき債務者の一般財産が減少して債権者が満足を得られなくなること)という要件を満たすかどうかか問題となります。

さらに、詐害行為取消が認められるとして、③取消の範囲及び原状回復の方法も問題となります。

②について、東京地裁平成22年5月27日は、「一般財産の共同担保としての価値を実質的に毀損し、弁済を受けることがより困難になったといえる」として、詐害性を肯定しました。

また、③について、同裁判例は、詐害行為となる会社分割の目的物である金銭債権および固定資産が可分であることは明らかであるとして、取消の範囲を、債権者である原告が有する債権の額を限度とすると判断しました。

原状回復の方法としては、会社分割により承継させた資産を現物返還させることが可能であれば、できるだけこれを認めるべきであるとしながらも、裁判例の事案では、個別の権利が特定されておらず、事業が継続されていることから、承継された資産を特定してこれを返還させることは著しく困難であるとして、現物返還に代え、価格賠償を認めました。

なお、詐害行為取消権は裁判上でしか行使できず、債権者が取消の原因を知った時から2年間で時効消滅し、行為の時から20年を経過したときも消滅します(民法426条)。

 

M&Aの際の注意点

上記の最高裁判決を前提にすると、会社法上の異議申立ての対象とならないとしても、濫用的会社分割がなされた場合、裁判所によって詐害行為として取消されることになるわけです。

会社分割における資産移転が詐害行為として取消されたとしても、株式会社設立の効力そのものに影響はないとはいえ、移転した資産が設立会社から分割会社に戻されることになるわけですから、関係者に与える影響は計り知れません。

今後、ゴルフ場のM&Aにおいて会社分割制度を利用する場合にも、詐害行為として裁判所により取消されることのないよう、対価の額や交付される株券の価値が、実質的に相当で分割会社に取り残される債権者を害しないものといえるかどうか、慎重な配慮が必要です。

「ゴルフ場セミナー」2012年12月号
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「会員権譲受人からの預託金返還請求」

ゴルフ倶楽部の会員になっていないのに、預託金の返還請求ができるなどといううまいハナシがあるのでしょうか。普通はそんなことはあり得ないと一笑に付されるのがオチでしょう。

預託金償還ビジネスでよくみられるような、会員契約を解除して単なる金銭債権になった預託金債権を譲り受けるような特殊な場合は別として、預託金返還請求権は、あくまで会員が倶楽部を退会する際に、ゴルフ場経営会社に対して返還を求める権利であることは常識です。

したがって、会員権の譲受人が会員になっていない場合には、会員でないのですから当たり前ですが、会員契約を解除できず、ゴルフ場経営会社に対し預託金の返還を請求できないのは当然のことです。

ところが、平成24年5月16日、会員になっていない会員権譲受人からの預託金返還請求を認める実に不思議な判決が、東京高裁から出されました。

この結論の主な理由は、ゴルフ場経営会社が、会員権譲受人からの入会手続に必要な書類送付の要請などを黙殺しておきながら、入会手続がとられていないことを理由に会員権譲受人の権利行使を認めないのは権利の濫用にあたるというものです。

この判決は、言ってみれば、ある会社への就職希望者が、入社手続に必要な書類の送付を会社に求めたところ、会社がこれを放置した場合に、その希望者の入社を認めたことにせよと言っているのと同様の結論を導いてしまっており、いかにも不可思議な判決という印象を与えます。

今回は、この判決を題材に、ゴルフ場への預託金返還請求について考えたいと思います。

 

事案の概要

この裁判は、熊本のKゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフ倶楽部」)を経営する会社(以下「本件会社」)に対し、本件ゴルフ倶楽部の会員権(以下「本件会員権」)をB建設から譲り受けたと主張するA氏(本件会社の元従業員)が、本件会社に預託金の支払いを求めた事案です。

B建設は、平成6年10月12日に本件ゴルフ倶楽部の会員となり、平成22年11月8日、A氏に本件会員権を譲渡しました。

A氏は、平成22年11月23日付書面により、入会手続をしたいとして手続書類送付を求めましたが、本件会社は、なぜかA氏に手続書類を送付しませんでした。なお、B建設は、同年10月5日付で本件会社に退会届を提出しています。

その後、入会を認められないA氏は、同年12月28日、さいたま地裁に本件訴訟を提起しました。

B建設は、この訴訟提起後の平成23年2月10日付で、預託金債権をA氏に譲渡した旨の債権譲渡通知書を本件会社に送付しています。

 

さいたま地方裁判所の判断

原審において、A氏は、平成16年10月12日の経過をもって、本件会員権記載の発行日(平成6年10月12日)から10年間の据置期間は満了したと主張しました。

これに対し、本件会社側は、①会員権を譲り受けようとする者は、本件ゴルフ倶楽部理事会の承認を得て名義書換料の支払いを完了するまでは、本件会社に会員権の譲受けを対抗できない、②預託金返還請求権の始期は、会則(平成7年9月施行、以下、「新会則」)によれば、「会員権を譲り受けた日から10年を経過した日」であるから、A氏が所定の手続きを経て本件会員権を取得したとしても、預託金返還請求権を行使することはできない、と主張しました。

さいたま地裁は、平成23年4月18日、会員権の譲渡手続を行っていないこと、及び据置期間が経過していないことを理由に、A氏の請求を棄却しました。

 

東京高等裁判所の判断

A氏は、上記新会則以外に、平成6年1月施行の会則(以下、「旧会則」)があることが判明したとして控訴しました。

旧会則には、名義変更時の据置期間延長の規定はなく、「預託金は、預託金証書の発行日より10年間据え置く」と規定されていました。

そこでA氏は、①本件会員権は平成6年10月12日発行なので旧会則が適用され、据置期間は満了している、②本件会社は、入会手続に係る書類送付の要請を黙殺しておきながら、入会手続がとられていないことを理由に権利行使を認めないのは権利の濫用であるなどと主張しました。

東京高裁は、①本件会社側が据置期間の満了の点について争わなかったため、この点は争いのない事実として、据置期間は平成16年10月12日をもって経過していることは明らかであるとした上で、②本件会社において、A氏が本件会員権の取得を本件会社に対抗することはできないと主張することは、権利の濫用として許されないとし、A氏側逆転勝訴の判決を下しました。

 

問題点①退会届の法的性質

控訴審で、「退会届」の法的性質がほとんど議論されなかったと思われる点は問題です。

退会届には、大別して、①会員とゴルフ場経営会社との間の会員契約を終了させる(会員契約の解除)、②会員権譲渡に伴い譲渡人が譲受人に会員たる地位を譲渡する、という2種類の性質が考えられます。

そして、退会届の法的性質については、退会届が作成交付された状況などの事情から当事者の合理的意思を考慮して判断されるべきです。

この点、会員権譲渡の際に提出される退会届の法的性質が問題とされた東京高裁平成15年7月15日判決は、「本件会員契約上の地位をそのまま譲受人に譲渡する旨通知しながら、本件会員契約の解約の意思表示をすることは矛盾するし、本件退会届に予備的に解約の意思表示が含まれていると解することも、当事者の意思に沿うものとは考えられない」と判示した上で、会員から提出された退会届に会員契約解除の効力を認めず、預託金返還請求を棄却しています。

本事案においては、B建設がA氏に会員権を譲渡した後、A氏が入会申請を行っていることからすると、B建設が提出した退会届は、A氏に会員たる地位を譲渡するためのものであって、会員契約を解除するためのものではないと考えられます。なぜなら契約解除のためだとするとA氏は入会できないからです。

その後、会社から入会申請を放置されたA氏は、本件訴訟を提起し、訴訟提起後に、B建設は、本件会社に預託金返還請求権をA氏に譲渡した旨の通知をしています。

B建設が預託金返還請求権を譲渡するには、会員契約を解除し預託金返還請求権を独立の金銭債権とした上でこれを行うことが必要です。

本事案において、A氏への債権譲渡の際、B建設が改めて契約解除のための退会届を提出するなどして、会員契約を解除したということは記録上現れていませんし、当初の退会届の際に予備的に解除していたというような事情も伺えません。

にもかかわらず、東京高裁がA氏の預託金返還請求を認めたのは、どのような理由によるのでしょうか。

 

問題点②据置期間の満了の有無

また、控訴審においては、本件会社側が争わなかったため、据置期間の経過があっさり認定されてしまっています。

確かに、既に入会している会員との関係では、据置期間の延長は不利益な変更ですから、個々の会員の同意がなければ、その効力を有しないと考えられます(最高裁判所昭和61年10月12日判決)。

しかしながら、A氏は、本件会員権を、旧会則から新会則への変更後に取得しているのですから、A氏に新会則を適用したとしても特段の不利益はないといえます。東京高裁自身も、「規約の変更は、既に入会している会員に対しては効力を有しないというべきである」と述べているに過ぎず、A氏との関係では判断していないとも読めます。

本件会社側としては、この点をもっと問題すべきだったでしょう。

 

問題点③権利濫用の濫用

そして最も問題なのは、「ゴルフ場経営会社は、本件ゴルフ倶楽部の会員が会員権を譲渡しようとするに当たり、一定の要件があれば、原則としてこれを承諾する義務がある」という考えを前提に、本件会社の主張を権利の濫用としている点です。

この点は、ゴルフ場の会員契約の無理解と言わざるを得ない重大な問題を孕んでいます。

つまり、契約自由の原則から、ゴルフ場経営会社は、入会資格を満たさない者との契約の締結を拒否できるのであって、ゴルフ倶楽部の会員権の譲受人が、会員たる地位を取得するためには、理事会等による入会承認を得なければならないのは当然のことであると考えられます。

そして、仮にゴルフ場経営会社等が入会を承認しなかったことが不当だとしても、それは不法行為(民法709条)等として損害賠償の対象となり得るに過ぎず、入会が承認されたことになるわけではないこともまた言うまでもありません。

ちなみに、外国人のゴルフ倶楽部への入会制限が争われた事案において、東京地裁平成13年5月31日判決は、「私人である社団ないし団体は、結社の自由が保障されている」とし、新たな構成員の加入を拒否する行為を…民法709条の不法行為に当たるとすることが許されるのは、結社の自由を制限してまでも相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、重大な侵害がされ、社会的に許容し得る限界を超えるといえるような極めて例外的な場合に限られるとして、ゴルフ倶楽部への入会に国籍による制限を加えるのは、社会的に許容される範囲であると判断して原告の請求を棄却し、控訴審・最高裁も、この結論を維持しています。

このように、入会希望者を倶楽部に入会させるか否かは、憲法で保障された結社の自由にも由来するものであって、その判断は最大限保障されなければならず、入会手続書類を送らなかったからといって、入会させたのと同様の取り扱いを認めよとするのは、法律的根拠を欠くと言わざるを得ません。

なお、本事案において、ゴルフ場経営会社は、「会員権の取得を会社に対抗できない」と争い、控訴審判決でも同様の表現が使われていますが、これはあたかも株式取得を会社に対抗し得るか、という別個の問題意識を、会員として倶楽部に入会させるかという問題に混同させた誤った理解であり、当事者の争い方、裁判所の判断双方に問題が残ると言わざるを得ません。

 

ゴルフ場側の注意点

本事案において、本件会社が、A氏の書類送付要請を黙殺したのは、元従業員のA氏が本件会社からの解雇を争い、訴訟で抗争したなどの対立経緯があったからのようですが、東京高裁がA氏の請求を認めたのは、本件会社側に、書類送付要請を無視したという落ち度があったことが大きな理由であったと推測されます。

したがって、本事案のように入会拒否が予想される場合であっても、会員権譲受人に対し、名義書換に必要な手続関係書類を送付しないなどという対応があってはなりません。

また、会則変更後の会員権譲受人に対しては、会則の変更を主張できると解されますが(既述)、名義書換手続の際には、会員権譲受人から、「現行の会則を承認した上で入会する」という同意書をもらうようにすべきです。

「ゴルフ場セミナー」2012年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「借地問題②」

平成24年5月31日、大阪高等裁判所は、地主からゴルフ場に対する土地明渡請求訴訟において、一審のゴルフ場勝訴判決を覆し、地主側全面逆転勝訴の判決を下しました(以下、一審判決を「大阪地裁判決」、控訴審判決を「大阪高裁判決」といいます)。この裁判において、筆者は主として控訴審から地主側で関与しました。今号では、この大阪での裁判の内容について、詳しく紹介します。

事案の概要

この裁判は、大阪中心部より直線距離で約10㎞、車で30分程度の場所にあるゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」)を経営する会社(以下「本件経営会社」)に対し、ゴルフ場用地として土地を貸していた地主らが、賃貸借契約または使用貸借契約の終了に基づき土地の明渡しを求めたという事案です。

本件経営会社は昭和35年に同族会社として設立され、昭和49年に本件ゴルフ場をオープンしました。その後、平成6年11月に再び大規模な開発工事を行い、コースを1.7倍に拡張してリニューアルオープンしました。

土地Aは昭和48年ころ、土地B〜Eは昭和61年〜63年ころに、地主A〜E(またはその親族)が、本件ゴルフ場の当時の経営者が経営していた別会社(以下「旧経営者一族」)に賃貸し、その後旧経営者一族がその賃借権を本件経営会社に譲渡するなどしました。

各土地の位置関係は、概ね図のとおり。いずれもプレーへの影響は避けられない重要部分です。特に土地A~Cは、グリーンやFWのプレイングゾーンに大きくかかり、ホールの距離やレイアウトの変更を余儀なくされる重要部分でした(以下土地A〜Eを「本件各土地」、地主A〜Eを「地主ら」といいます)。

 

平成17年5月26日、本件経営会社に対し民事再生手続開始決定がなされましたが、本件経営会社の債権者の1人が、同年7月8日付で、会社更生手続の開始を申立て、裁判所は同月31日に会社更生手続開始決定をしました。こうした中、地主らは平成17年8月12日、本件訴訟を提起しました。

そして平成18年6月30日、旧経営者一族とは何ら関係のない会社をスポンサーとする更生計画が認可され、同年10月30日に会社更生手続は終結しています。

大阪地裁判決

大阪地方裁判所は、本件賃貸借契約は期間満了又は解約申入れによって終了し、使用貸借契約は使用収益期間の経過により終了したが、権利の濫用に当たり許されないなどと判断して地主らの請求を棄却しました。

大阪地裁判決は、権利濫用の成否において、①ゴルフ用地として貸したのだから、相当長期にわたって契約関係を維持することが予定されており、地主らが本件各土地を必要としたときに返還するという合意などなかった②本件明渡請求を認めると、㋐集客力に影響する、㋑改修工事費用の負担が重い、㋒会社更生手続が終結したばかりで経営に大きな影響を与える、㋓昨今の経済状況が悪い、㋔明渡しが営業に及ぼす経済的影響は少ないとは言えないし、廃業するような事態に至ることはないと断定することはできない、㋕廃業となれば地権者や会員が多大な損失を蒙り、地元自治会の期待に反することなどを理由に、経済的不利益が甚大であるとして、地主らの請求は権利濫用にあたり許されないと判断しました。

大阪高裁判決

これに対して大阪高裁では、使用貸借である土地Aについては明け渡しを認める訴訟上の和解が成立したので(後述)、賃貸借部分について判断し、本件各賃貸借契約は期間満了又は解約申入れにより終了しており、地主らの本件各土地の明渡請求は、本判決確定後1年の猶予期間を設ければ、権利の濫用とは認められないと判断し、地主側が全面逆転勝訴しました。

大阪高裁判決は、権利濫用にあたるか否かは、㋐主観的要件と㋑客観的要件に従って判断する必要があり、とりわけ㋑のみで判断する場合には、巨額の投資による事業であれば、違法でも既成事実として優先してしまうという不当な結果となることから、その判断を慎重に行う必要があるべきであるとした上で、以下の事実に照らせば、地主らの明渡請求が権利の濫用に当たるとは評価できないと判断したのです。

①本件各賃貸借契約は、地主らと旧経営者一族との間の特別な信頼関係の下で締結されたものであり、本件ゴルフ場の経営が旧経営会社一族の手から離れた場合に、地主らが契約解消を求めても、契約当時の当事者の意思に反するなどとは言えない。

②本件経営会社が、本件各土地を全部明渡した場合においても、相当な蓋然性をもって本件ゴルフ場が閉鎖・廃業に至るとまでは認められず、コースレイアウトを変更の上、営業を継続できる可能性が高いと認められる。

③土地返還後に地主らが本件ゴルフ場内を通って本件各土地に往来しても、必要な措置を講じれば、その安全性が確保される。

④本件経営会社は、会社更生手続におけるスポンサーと実質的に同一であると考えられ、コースレイアウトの変更のための改修工事費用等の負担については、経営見通しの誤りとして、負担を余儀なくされてもやむを得ないといえる。

⑤したがって、土地返還が利害関係人に与える影響もそれほど大きくはなく、利害関係人の不利益を大きく評価することは相当ではない。

⑥地主らは返還後に自ら農地等として利用する予定を有している。

⑦地主らの明渡請求には、本件経営会社を害する目的が認められない。

⑧会社更生手続という事情は、権利濫用を基礎づける積極事情とはいえない。

 

先の大阪地裁判決は、前号で説明した『鹿島の杜カントリー倶楽部事件』における判決と論理構成や結論がよく似ており、これを先例として意識し判断していると推測できます。

しかしながら本件事案は、鹿島の杜CCの事案と全く異なるものであり、むしろ前号の鷹之台カンツリー倶楽部の事案によく類似しています。

以下、判断のポイントとなった点について、本件事案と各々の事案との比較もしながら、見ていきます。

 

①ゴルフ場の経営継続の可能性

鹿島の杜CC事件判決は、多大な費用と時間をかけてゴルフコースの配置等を大幅に変更しなければならなくなることも容易に予想される土地であることを理由の1つとして、地主らの請求を権利濫用であると判断しています。このゴルフ場はコースレートが日本一であることを売り物にしていましたので、この点も判断の重要なポイントの1つとなったと思われます。

これに対して鷹の台CCにおいては、土地返還後の残地面積は54万8481㎡であり、残地のみでチャンピオンコースを造ることは不可能ではあるとしても、18ホールのゴルフ場を造ることは可能であるとして、権利濫用には当たらないと判断しました。

一方、本件事案において、本件経営会社側は、土地返還後に18ホールのゴルフ場を維持しようとすると、「4844Y、パー64」のコースになってしまうという改修案を提出し、その工事費用は3億324円にも上ると主張しました。そして本件各土地を明渡した場合には経営を継続できず、閉鎖・廃業せざるを得ないと主張しました。

これに対し地主側は、本件各土地を返還した場合でも、ホールを短く設定するなどのコースレイアウトの変更により、18ホール合計で「5532Y、パー71」のゴルフ場を維持できるという具体的な改修案を示し、その工事費用も約1億5000万円程度で足りると主張しました。この改修案は、本件ゴルフ場の設計も担当した著名な設計家からも、合理的なものとして承認を得ています。

さらに、この改修後も来場者数は年間3万7000人、キャッシュフローも年間7000万円程度確保でき、本件ゴルフ場の隣接地で経営しているゴルフ練習場で年間約1億5000万円のキャッシュフローが見込まれることから、改修費用だけで本件ゴルフ場が倒産の危機に瀕するとは認めがたいと具体的に主張しました。また、コース改修工事にあたっては、9ホールずつ改修するなどの工夫によりゴルフ場全体を閉鎖する必要はなく、実際、平成6年の改修の際には半分ずつ改修したことも主張しています。

 

廃業可能性の判断基準について

ゴルフ場廃業の可能性について、大阪地裁判決は、「本件経営会社は会社更生手続が終結したばかりであることに加え、昨今の経済状況等を併せ考えると‥‥本件ゴルフ場を廃業するような事態に至ることはないと断定することはできない」と、抽象的な可能性をもとに判断しています。

これに対し大阪高裁判決は、「本件ゴルフ場が土地返還後に改修を余儀なくされたとしても、閉鎖・廃業されることが相当程度の蓋然性をもって立証されたとは到底認められない」として、相当の蓋然性という具体的な判断基準を採用しています。

この点が、両判決での『権利濫用の成否の判断』を分ける大きな理由の1つと思われます。

本件各契約の当事者について

また、本件各契約の当事者についても、大阪地裁判決は、会社更生手続によるスポンサーという実質を重視せず、被告は本件経営会社であるから、経営母体であるスポンサーが本件訴訟の継続を知りながら経営権を取得したとしても、権利濫用に当たるか否かの判断には関係しないと結論づけました。

これに対して大阪高裁判決は、本件経営会社は会社更生手続におけるスポンサーと実質的に同一であり、改修工事費用等の負担については、会社更生手続におけるデューデリジェンス等により返還可能性の情報を入手し、そのリスクを前提とした価額で経営権を取得しており、経営見通しの誤りとして、負担を余儀なくされてもやむを得ないと結論づけました。

②地主らの土地利用法

鹿島の杜CC事件においては、地主は返還後の土地利用について具体的な計画を有していなかったのに対し、鷹の台CC事件においては、特別養護老人ホーム等を設置経営するという具体的で実現可能な計画を有していました。

本件事案においては、本件各土地は一団の相当な面積の土地であって、地主らは「大都市近接型農業を行う、障害者を雇用して梅、レモン、椎茸を栽培する果樹園を営む、ゴルフ場用地として賃貸する前と同様に農地として使用する」などの具体的な予定を有しており、この点も権利濫用該当性を否定する重要なポイントになっています。

③立地条件等

また、本件ゴルフ場は冒頭のように大阪中心部から極めて近いという立地条件が、その業績に最も影響していました。

本件各土地はいずれもプレーへの影響は避けられない重要部分であり、本件各土地を明渡すことにより、特定のホールの距離やコースレイアウトを変更する等の措置を講じることが余儀なくされることは明らかでした。それにも関わらず、前記立地や措置後のレイアウトからすれば、営業収入にさほどの影響はないものでした。

すなわち、本件各土地を返還したとしても、平成6年の改修前(5070Y パー70)の1.6倍程度のコース面積は確保でき、地主側改修案によれば5532Y、パー71のゴルフ場を維持できるので、平成6年以前も年間5万人を超える来場者があり繁盛していたことから、土地返還後も、入場者数を維持して十分な営業利益を確保することが可能であると考えられたのです。

④期間満了の場合の更新

大阪高裁判決は、地主らは旧経営者一族と親族等の特別な関係にあること、更新条項は存在しないこと、地主らは旧経営者一族の「必要となったら必ず返す」「20年経ったら必ず返す」という言葉を信じて契約を締結したこと等の事情があることを認めています。そして、本件ゴルフ場が存続する限り土地返還を求めることを予定していなかったとは言えず、経営が旧経営者一族の手から離れた場合、地主らが明渡しを求めても、契約当時の当事者意思に反するものではなく、身勝手な態度と評価されるものではないと判断しました。

使用貸借部分について

無償の使用貸借契約である土地Aを返還すると、特に18番(330Y、パー4)ではティを前方に移動して、距離を189Yへと短くすることを余儀なくされます。が、このホールはアイランドグリーンで、距離は短くなっても難易度の高いパー3のホールとして使用可能でした。

にもかかわらず、大阪地裁判決は土地Aについても格別の考慮をせず、地主らの各請求を一括して、権利濫用に当たるとしていました。

使用貸借は、当事者の人的関係を基礎とした貸主の恩恵的な貸与によって成り立つ契約であって、民法においても、当事者が利用目的は定めたが返還時期を定めなかったときは、借主は、目的に従い使用収益を終わった時に返還しなければならない(597条2項本文)、ただし、使用収益を終わる前であっても、使用収益に足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求できる(同条項ただし書)と規定しています。

そして、使用収益期間の経過については、経過年月、無償貸借に至った事情、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の事情を比較較量して判断すべきとされています(最高裁判所・平成11年2月25日判決)。

本件事案においては、①契約後約37年が経過しており、②本件契約は地縁血縁に根差した特殊な人的信頼関係により締結され、③その後の会社更生手続により、地元とは縁もゆかりもない人物が経営権を取得していることから、④ゴルフ場としての利用が現在も継続し、借主側に高い利用の必要性が継続的に存在していることには疑いがないとしても、経営者と地主との間の人的関係が断絶した場合には、契約継続の基礎を失うと考えられ、⑤地主は80歳を超える高齢で、存命中に土地返還を受け子孫に引き継いでおきたいという思いは尊重されるべきであることから、使用収益期間は経過していると考えられます。

これらは権利濫用の成否の判断ともほぼ重なるため、使用収益期間の経過を認めながら、返還請求が権利濫用であるとされる可能性は、相当考えにくいと思われます。しかし大阪地裁判決は、使用収益期間の経過を認めながら十分な検討もなく、他の賃貸借部分と同様に、地主Aの請求を権利濫用としてあっさり否定しています。まさに権利濫用論の濫用ともいえる残念な判決でした。

控訴審では裁判所もこの点に注目し、論点として十分主張立証がなされました。地主側は、権利濫用との主張は容認されるべきものではないとする高名な民法学者の意見書を提出し、大阪地裁判決に反論しました。その結果、高裁裁判官の強い勧告のもと、地主Aに返還する訴訟上の和解が成立しています。

ゴルフ場経営やM&Aの注意点

大阪高裁判決は、借地問題を抱えるゴルフ場経営者にとって衝撃的な結果であり、真剣に借地問題に取り組まなければならないとの警鐘を鳴らすものでしょう。

ゴルフ場経営者の借地問題への取り組みとしては、差し当たり以下のようなことが考えられます。

使用貸借契約については、少なくとも固定資産税相当額程度はゴルフ場側で負担するなどして、賃貸借契約に切替えることが急務です。

借地の買取り、賃貸借契約期間の長期化、地主との円満な関係の維持も必要でしょう。また、クラブハウスの敷地はコース敷地の賃貸借契約とは別個に借地契約を締結しておけば、借地借家法(旧借地法)上のいわゆる借地権として保護されます。

さらに、地主と交渉し、地上権にしてもらうことも考えられます。地上権は、地主と借主の間の地上権設定契約によって成立する物権であり、債権に過ぎない賃借権よりも強い権利です。

また、M&Aの際にも、借地問題に関するデューデリジェンスが非常に重要になります。借地があることはその内容によってはディスカウント要因になり得ます。デューデリにおいては、形式的に賃貸借契約期間などの調査では足りず、地主との関係・繋がり、地主の返還意思の有無(特に相続により当事者が変わっている場合には要注意)等、掘り下げが必要で、安易に権利濫用論に寄りかかって借地問題を軽視することがあってはなりません。

「ゴルフ場セミナー」2012年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「借地問題①」

全国のゴルフ場約2400コースの中で、約7割のゴルフ場が借地を抱えていると言われています。ゴルフ場経営者としては、ゴルフコースの用地を100パーセント自社所有とすることが好ましいとしても、地主から全ての土地を買取ることは実際上困難を伴うことであり、借地は不可避であると考えられてきました。

もっとも、仮に地主から土地明渡請求訴訟が提起されても、地主の明渡請求は権利濫用として認められないだろうという考えから、近年ではゴルフ場経営においては、借地問題は最重要課題とは捉えられてこなかったようにも思われます。ゴルフ場のM&Aにおいても、借地問題は権利濫用論で対抗すればよく、地代のことだけ考えておけばよい、といった風潮が感じられたのも事実です。

ところが、平成24年5月31日、大阪高等裁判所において、借地問題を抱えるゴルフ場にとって重大な影響が想定される判決が出ました(以下、「本件大阪高裁判決」といいます)。

これは、地主からの賃貸借終了に伴う土地明渡請求に対し、ゴルフ場側は権利濫用であって認められないとの抗弁で対抗して激しく争った事例でしたが、大阪高裁はゴルフ場側の権利濫用の主張を認めず、地主勝訴の判決を下したのです。

これは、地主の返還請求には従来の権利濫用論で対抗し得るとするゴルフ場側の期待を完全に否定したもので、ゴルフ場関係者にとって軽視することのできない重大なポイントが含まれています。

そこで、今回は、ゴルフ場における借地問題について2号にわたって連載します。今号では、土地明渡請求訴訟における権利濫用の法理について概説した上でこれまでの裁判の流れを概観し、次号では、本件大阪高裁判決の事案を詳しく取り上げたいと思います。

 

借地権と賃借権

ゴルフコースについて地主と賃貸借契約を締結し場合、ゴルフ場が有する敷地利用権は、借地借家法上のいわゆる借地権ではなく、民法上の賃借権という位置付けです。

借地権は、借地上に建物を所有することを目的としていなければなりませんが、クラブハウスや売店等はゴルフ競技をするための付随的な存在に過ぎないとして、判例・学説上借地借家法上の借地権であるとは認められていないのです。

借地権は、借地借家法(旧借地法)に基づく権利で、借地法上の建物に登記がしてあれば、貸主(地主)が変わっても借主は新地主に対抗できます。期間は制限がなく最低期間の20年又は30年が満了しても、地主側に自己使用等の正当事由がない限り法定更新され、半永久的な権利として存続します。

これに対し、民法上の賃借権は、地主が交替すると、借地に賃借権の登記がない限り新地主に自己の権利を対応できません(借地の登記は地主の協力がないとできませんが、協力してくれる地主はほとんどいないのが実情です)。また、期間も最長20年で、法定更新という制度はなく、地主との合意で更新されるに過ぎず、地主が期間満了の際に再び貸すかどうかは自由です。

 

地主の土地明渡請求と権利濫用

このように、ゴルフ場が地主から賃借している権利は借地権のような強い保護は受けられないわけですが、従来は、地主が土地明渡請求をしてきたとしても、ゴルフ場は、地主の請求を権利濫用であると主張して、これを斥けることができると考えられてきました。

権利濫用の法理とは、「権利の濫用は、これを許さない」という民法1条3項の規定に根拠を有する一般法理です。

つまり、権利濫用の法理とは、形式的には正当な権利行のように見えても、具体的なその行使の目的が相手方に損害を与えることを目的としたり、あるいは権利行使の結果、権利者にそれほどの利益はないが相手方に大きな損害が生じるなどの場合、そのような状態を考慮して正当な権利行使とは認められないようなケースにおいて、その権利行使を制限する機能を有するものです。現在では、権利は社会共同生活の向上発展のために認められたものであることが自覚され、その行使は信義に従い誠実になされるべきであって、そうでない権利の行使、つまり権利の濫用は、違法なものとして禁止されているのです。

権利濫用にあたるかどうかの判断基準としては、一般的には、①主観的要件ないし権利濫用認定の主観的標識(権利行使者が相手方に対して加害意思ないし加害目的を持っていること)と、②客観的要件ないし権利濫用認定の客観的標識(権利行使に当たって対立する当事者の利益の評価との比較考量により、両者に不均衡があり、私的利益相互間の調整が図られる必要のあること)とが存在し、権利濫用に当たるか否かは、この2要件に従って慎重に判断する必要があるとされています(最高裁判所昭和57年10月19日判決)。

そして、本件大阪高裁判決によれば、権利行使者側に①の要件が存在しない場合に、②の要件だけで権利の濫用に当たるかを判断する場合には、これを安易に行うことは、とかくすると巨額の投資による事業であれば、違法でも既成事実として優先してしまうという不当な結果となることから、とりわけ②の要件のみで権利の濫用に当たるとの判断をする場合は、その判断を慎重に行う必要があるべきであるとされています。

このように、権利濫用に当たるかどうかの判断は、個別具体的な事案に即してなされるものであるわけですが、ゴルフ場の土地明渡請求訴訟においては、概ね、㋐その土地の返還により、ゴルフ場やその関係者に与える不利益と、㋑返還を受ける地主が土地明渡しを求める必要性との比較考量により決定されていると言ってよいと思います。

 

これまでの裁判例

これまでの裁判においては、下記に述べるように、平成初期にゴルフ場の権利濫用の主張が否定され地主が勝訴したケースはあるものの、ゴルフ場の権利濫用の主張は概ね認められてきたと言ってよいでしょう。

以下、権利濫用の主張が否定された事例と認められた事例について、少し詳しくみていきます。

 

権利濫用の主張が否定された事例

まず、ゴルフ場の権利濫用の主張が否定された事例を紹介します。

これは、戦前からの伝統的ゴルフクラブの集まりである、いわゆる関東七倶楽部の一つであり、昨年の日本オープン開催コースとなった鷹之台カンツリー倶楽部の事例です。

ゴルフ場敷地の賃貸借契約期間が満了したとして、地主から土地明渡請求がなされましたが、東京高裁は、概ね以下のとおり判断し、ゴルフ場の権利濫用の主張を斥け、地主の請求を認めました(東京高等裁判所平成4年2月12日判決)。

まず、裁判所は、①本件賃貸借契約は、賃貸期間を10年とし、しかも、右期間が合意されるに至った経緯からしてその満了の場合の契約更新は必ずしも楽観を許さないことが予想される状況の下で締結されたものであること、②ゴルフ場としては、本件各土地を返還した場合、チャンピオンコースを備えたゴルフ場としての継続は不可能になるが、なお18ホールを有するゴルフ場として継続してゆくことは可能な状況にあること、③地主は、本件各土地が返還された場合にそこに社会福祉施設を建設することを計画しており、その実現は可能なものと認められる上、地主が右社会福祉施設を周辺の土地にではなく本件各土地に建設したいとすることにも社会的にみて妥当性、合理性が認められることを認定しました。

その上で、控訴人が本件各土地を返還することによってチャンピオンコースとしてのゴルフ場を継続することが不可能となり、しかも、コースの変更等の工事が必要となり、そのために相当の費用を要することになることその他の諸事情を考慮しても、地主が本件賃貸借契約の更新を拒絶し、本件各土地の明渡しを求めることが信義則に反し、あるいは権利の濫用に当たるものとは認め難い、とし、地主勝訴の判決を下しました。

このゴルフ場は、市街地に近く、明渡請求の対象とされた土地は公道に接していたことも、重要な判断要素の1つとなったと考えられます。

その後、最高裁で和解が成立し、ゴルフ場はそのままの姿で存続していますが、ゴルフ場は地主に対し多額の和解金を支払っており、この事件は借地を抱える全国のゴルフ場に衝撃を与えることになりました。

 

権利濫用の主張を認めた事例①

ところが、一方で、ゴルフ場の権利濫用の主張が認められ、地主が敗訴した事例が相次ぎます。これらの判例によって、ゴルフ場に対する地主の土地返還請求は権利濫用論によって斥けられるという流れが作られたと言われています。

まず1つ目は、100余名の地主のうち1名だけが賃借権の譲渡を承諾せずに、コース内に点在する7筆の土地の返還を要求したという事案です(東京高等裁判所昭和48年4月11日判決)。

これは、賃借権の無断譲渡を理由とする地主からの返還請求の事例ですが、裁判において考慮された内容は、賃貸借契約期間の満了の場合にもあてはまるものと考えられます。

この事例において、裁判所は、概ね以下のように判断し、一部の土地について権利濫用の主張を認めました。

まず、裁判所は、①本件土地7筆のうち6筆(以下、「A土地」といいます)は、いずれも狭い土地であり、それぞれ離れ離れに点在し、いずれもその各一部がホールの一部にかかっていて、これを除外するときは当該ホールの設計を相当変更しなければならない上、これをゴルフ場以外の用途に使うことは極めて困難であり、ヘリコプターでも使用しない限リゴルフ場を通行しないでは外部から直接到達できない位置にあること、②これに対し、本件土地のうち1筆(以下、「B土地」といいます)は、A土地とは全く離れた場所に位置し、直接ゴルフ場外の地域に外周の大半を接しているが、その地域はコースの重要部分にまたがっていること、③ゴルフ場は、本件土地を失うことを慮り、ゴルフ場の南側に用地の拡張を計画し、既にその手当を施しつつあることを認定しました。

その上で裁判所は、上記①~③で認定した事実によれば、ゴルフ場が本件土地を失うときは、既存のコースに相当広範囲な設計変更を加えねばならず、これによって受ける打撃は相当なものであることは、容易に理解することができるとした上で、概ね以下のとおり判断しました。

まず、B土地については、地主において直ちにゴルフ場以外の用途に使用することができるのであって、ゴルフ場側のこれまでの認定してきた諸事情は、地主の明渡請求を拒む事由とはなり難いと考えるとして、ゴルフ場の権利濫用の主張を認めず、地主の請求を認めました。

これに対し、A土地については、地主が明渡しを受けてみても、ゴルフ場の承諸がない限リヘリコプターでも使わなければ到達できない場所にあり、しかもこれをゴルフ場以外の用途に使用することは至難のわざであって、このような土地の明渡しを求めることは、これによって何ら得るところはないから、ゴルフ場側に手落があったにしても、嫌がらせとみられてもやむを得ず、その明渡請求は権利の濫用といわねばなるまいとして、ゴルフ場の権利濫用の主張を認め、地主の請求を斥けました。

以上のように、裁判所は、土地の位置関係により判断を分けたのです。

 

権利濫用の主張を認めた事例②

次に紹介するのは、コースの半分以上が借地のゴルフ場において、地主全員が当初は期間満了に伴う更新の条件として、従来の地代の4倍の値上げ要求等をしていましたが、その後、ゴルフ場を自分達のものにしようと企み、ゴルフ場所有の土地、建物の買取請求を始めたという事案です(宇都宮地方裁判所栃木支部昭和62年3月20日判決)。

裁判所は、まず、「地主らが本件土地の返還を受けても、その最有効利用のためには、結局のところゴルフ場用地として他に賃貸するほかはないが、地主側の土地だけではゴルフ場の経営は不可能であり、地主側は、賃料収入の途を失いかねず、本件土地の返還を受けても利益は得られない。もし現ゴルフ場会社が本件土地を地主に返還すれば、本件土地がゴルフ場の全用地に占める割合・位置関係からして廃業を余儀なくされ、永続的なゴルフ場施設の経営にあたってきた現ゴルフ場に予想外の、多大な損失をもたらすことになる」と認定しました。

その上で、結論として、「以上を総合して判断すると、地主側が本件土地の返還を受けても、これを自己使用したのでは現実的には収益を上げることはできず、本件土地から賃料収入を得るにはゴルフ場用地として賃貸するほかないが、現実的には、現ゴルフ場会社によるゴルフ場用地としての利用の継続がほとんど唯一の方法といえるし、あえて本件土地を返還させることにより本件ゴルフ場を経営不能に陥らせ、これを崩壊させることによる現ゴルフ場会社の損害は多大なものというべきであり、両者を比較較量すると、本件土地明渡の請求は権利の濫用に該当する」として、権利濫用を理由に地主側の請求を斥けました。

 

権利濫用の主張を認めた事例③

3つ目は、全長が7629ヤードと極めて長く、コースレートが日本一の76.3の名物コースであることを売り物にしている茨城県の鹿島の杜カントリー倶楽部の事例です。

このゴルフ場は、ゴルフ場全体が市街化調整区域に入っており、新たに建築物を建てたり、増築をしたりすることができない地域になっていました。

この訴訟において、地主側は「土地の賃貸借契約は終了している」などと主張していましたが、東京地方裁判所は、地主からの土地明渡請求を権利の濫用であるとして斥け(東京地方裁判所平成21年2月27日判決)、東京高等裁判所も地主からの土地明渡請求部分に関する控訴を棄却したため(東京高等裁判所平成21年10月22日判決)、地主側が上告していましたが、最高裁判所第3小法廷は、平成22年3月16日、上告を棄却し、高裁判決が確定しました。

この事例において、ゴルフ場側は、①土地明渡請求は旧経営陣を復帰させるための経営妨害である、②土地を明渡すことになれば、甚大な不利益を被り、約1700名の会員の権利や他の地権者の安定した賃料収入を失わせることになり、甚大な社会的損失を生じさせる、③明渡す土地は外部から直接到達することはおよそ不可能で、地主が明渡しを受けられないことによる不利益はほとんどないことなどを理由に、土地明渡請求は権利の濫用にあたると主張していました。

これに対し、東京地裁は、「旧経営陣の復帰が目的」などとしたゴルフ場側の主張を斥けましたが、①権利者の明渡請求を認めると、多大な費用と時間をかけてゴルフコースの配置ないしコース距離等を変更しなければならず、場合によっては現在の敷地の外に新たに敷地を確保しなければならなくなることも容易に予想される土地であり、本件各土地の明渡しを認めることは、ゴルフ場や会員、継続的に賃料収入を得ている地権者にとって、多大な不利益をもたらすものといえるのに対し、②地主は、土地について具体的な計画を有しておらず、また、本件各土地はいずれも公道には接していない上、本件ゴルフ場全体が市街化調整区域であり、地主が本件各土地を利用する方法の選択肢は相当に限定されているものといえるなどとして、地主の請求は権利の濫用に当たると判断し、地主の土地明渡請求を斥けました。

上告に対し、最高裁は「上告をすることが許されるのは、民事訴訟法312条1項又は2項所定の場合に限られるが、上告理由に該当しない」、また、「民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない」として、今回の決定となりました。

 

その後の裁判の流れ

このように、鷹之台カンツリー倶楽部での事例を除いて、裁判においてはゴルフ場側の権利濫用の主張が概ね認められてきたと言ってよいと思いますが、近年、その傾向が変わってきたように見受けられます。

福島県いわき市にあるゴルフ場が、ゴルフ場の一部用地(全体の約2パーセント)を所有する地主1名から土地明渡しの訴訟を提起されて敗訴したのです。もっとも、訴訟において、ゴルフ場側は権利濫用の抗弁で対抗しておらず、積極的に争っていなかったようなので、この判決は権利濫用論について判断していません。

このゴルフ場では、平成22年7月16日に執行官に立入り禁止の杭を打たれたため、翌17日から9ホール営業への切り替えを余儀なくされ来場者が激減しましたが(9月の延べ入場者数は1066人)、地主の用地を避けて、テンポラリーグリーンの設置やホールの再編などを行ない、同年11月1日から18ホールでの営業を再開しています。

そして、本年5月31日の本件大阪高裁判決では、地主からゴルフ場に対する土地明渡請求訴訟において、一審のゴルフ場勝訴判決を覆し、地主側逆転勝訴の判断が下されたのです。

筆者は、主として控訴審から地主側で本件大阪高裁判決に関与しましたので、次号では、この大阪での裁判の内容について、詳しく紹介したいと思います。

「ゴルフ場セミナー」2012年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「暴力団排除(2つの名古屋判決の事案を素材に)」

紳士のスポーツと言われているゴルフですが、近年ではゴルフも大衆化し、日本での年間ラウンド数は8000万回を超えていると言われており、オリンピックの正式種目にもなりました。

ゴルフはとても面白いスポーツなので、いろいろな人がゴルフを好んでいます。いわゆる反社会的勢力に属する人たちもその例外でなく、ゴルフ好きが多くいるようで、彼らは各種規制にも関わらず、何とかしてゴルフがしたいと思っているようです。

しかし、暴力団関係者によるゴルフ場の利用は、ゴルファーにとってもゴルフ場の側にとっても、大変迷惑な行為です。ゴルフ場にやくざ風の男がうろうろしていたら、ゴルファーはとても嫌な感じがするでしょう。ゴルフ場も何とかして撃退したいと思っているところだと思います。

今回取り上げるのは、「暴力団関係者お断り」のゴルフ場で、そのゴルフ場の会員が、知人が暴力団幹部であることを隠して、その知人と一緒にプレーしたことについて、その知人とともに、詐欺罪に問われたという事案です。

ゴルフ場としてどんな対応が望ましのかも含めて、検討したいと思います。

 

2つの名古屋地裁判決

本事案は、長野県内のゴルフ場の会員である被告人Aが、平成22年10月13日、暴力団組員の被告人Bと一緒に、同人が暴力団組員であることを隠して一緒にプレーしたことについて、両被告人について、詐欺罪の成否が問題となったものです。

この事案で、名古屋地方裁判所平成24年3月29日判決(以下では、名古屋地裁判決①と言います)は、被告人Aについて詐欺罪の成立を認め、名古屋地方裁判所平成24年4月12日判決(以下では、名古屋地裁判決②と言います)は、被告人Bについて詐欺罪の成立を認めませんでした。

以下、それぞれの判決を少し詳しくみていきましょう。

 

詐欺罪の成立を認めた裁判例

まず、名古屋地裁判決①は、㋐被告人Aが、本件ゴルフ場が暴力団構成員の入場及び施設利用を禁止していることを認識しながら、被告人Bが暴力団構成員であることを秘し、本件ゴルフ場の施設を利用したこと、及び㋑被告人Aは利用料金を通常どおり支払ったことを認定しました。

そして、本件ゴルフ場が暴力団構成員の入場及び施設利用を禁止している理由について、「本件ゴルフ場に暴力団構成員が出入りすることを許可すれば、同所が暴力団の社交の場となり、暴力団と無関係な一般人がその利用を敬遠するようになったり、暴力団と関係のある企業としてその信用が著しく毀損されるなど、本件ゴルフ場経営の根幹に関わるような重大な問題な問題が生ずる可能性があるため」であると判断しました。

その上で、「利用者が暴力団構成員か否かは、本件ゴルフ場にとって、その利用を許可するための判断の基礎となる重要な事実であり、本件ゴルフ場が、被告人Bが暴力団構成員であることを知っていれば、被告人Aによる本件ゴルフ場の利用を許可しなかったであろうことが認められる」として、被告人Aらの行為は、欺罔行為(欺く行為)に該当すると判断し、被告人Aについて、詐欺罪の成立を認めました。

被告人Aの弁護人は、被告人Aは通常どおりの利用料金を支払っているので、本件ゴルフ場に財産的損害はないと主張しましたが、判決は、本件犯行は、「まさに暴力団幹部のとの交際の一環として、同人に便宜を図るために行われたもの」であり、「社交の場として利用されるゴルフ場にとって、暴力団の関与を排除することは重要な利益であり、利用料金を支払ったとしても本件ゴルフ場が被った損害は大きいと認められる」と厳しく非難しました。

 

詐欺罪の成立を否定した裁判例

これに対し、名古屋地裁判決②は、まず、同伴者である被告人Bが本件詐欺罪の故意を有していると認められるためには、⑴本件ゴルフ倶楽部の施設を利用しようとする者が暴力団構成員であるか否かが、同倶楽部従業員においてゴルフ場利用契約を成立させた上、同倶楽部の施設を利用させるか否かの判断の基礎となる重要な事項であることを認識していること、及び⑵会員である被告人Aが、同伴してゴルフプレーをしようとする者の中に暴力団構成員がいることを告げずに同倶楽部の施設利用を申し込む行為自体が、当然にその中に暴力団構成員はいない旨の事実を表する行為であることを認識していることが必要であるとしました。

その上で、判決は、⑴の点については、被告人Bの供述等から、「本件ゴルフ倶楽部の施設を利用しようとする者が暴力団構成員であるか否かが、同倶楽部従業員において、同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上、同倶楽部の施設を利用させるか否かの判断の基礎となる重要な事項であることを認識していたとまでは認められない」と判断しました。

さらに、⑵の点については、㋐ゴルフ場において同伴してゴルフプレーをしようとする者の中に暴力団構成員がいることを告げずにその施設利用を申し込む行為が、一般的に、その中に暴力団構成員はいない旨の事実を当然に表する行為であるとは認められないと判断し、さらに、㋑被告人Bは、被告人Aが本件ゴルフ倶楽部へ入会した際の手続及び審査には何ら関与しておらず、そのほかに被告人Bが被告人Aと本件ゴルフ倶楽部との契約関係の具体的内容を知っていたと認めるに足りる証拠はないことからすると、被告人Aにおいて、本件ゴルフ倶楽部の施設利用を申し込む行為自体が、当然に被告人Aが同伴してゴルフプレーをしようとする者の中に暴力団構成員はいない旨の事実を表する行為であることを、被告人Bが認識していたとは認められないとして、本件詐欺罪の成立を否定しました。

 

ゴルフ場の対応

結局、被告人が本件ゴルフ場の会員であるか否か、つまり本件ゴルフ場が「暴力団関係者お断り」であることを被告人が知っていたかどうかについての判断の点で、両被告人に対する詐欺罪の成否の結論が分かれたわけですが、会員ではない暴力団関係者について詐欺罪の成立を否定した名古屋地裁判決②の判断が、一般的な実務感覚からは相当ずれたものであることは明らかでしょう。

名古屋地裁判決①も指摘しているとおり、ゴルフ場に暴力団関係者が出入りしていれば、暴力団と無関係の一般のプレー客はそのゴルフ場を敬遠します。ゴルフ場のグレードも当然下がり、会員権相場が下がるなどの影響も考えられます。

このように、暴力団関係者の施設利用は、ゴルフ場に対し計り知れない不利益を与えることになるのです。

そして、暴力団関係者は、暴力団排除条例の施行後、暴力団関係者の施設利用は、ほとんどのゴルフ場の約款で禁止されていること、及び暴力団関係者であることがゴルフ場に分かれば、施設利用を拒否されるであろうことは十分承知していることもまた明らかであって、名古屋地裁判決②は、世間の常識から乖離しているものと言わざるを得ません。

 とは言え、名古屋地裁判決②のような判断を裁判所がしている以上、ゴルフ場としては、本判決を踏まえた対応が求められることになります。

つまり、名古屋地裁判決②が判旨した、詐欺罪の成立に必要な故意の要件との関係で、「暴力団関係者の施設利用は固くお断り」であるということを、ゴルフ場において、具体的に明示する必要があるということです。

 

プレーやコンペの予約において

まず、クラブハウス内の出入口や各掲示板、またホームページ等において、「当クラブでは、○○県暴力団排除条例及び○○県ゴルフ場防犯協議会ゴルフ場利用約款により、暴力団員及びその関係者、身体の一部に刺青のある方の入場やプレーを一切お断りします。 その旨が判明した場合は、すぐに退場していただきます。」ということを明示しておくべきでしょう。

ホームページからの予約申込画面においても、「予約者のみならずプレーする全員に暴力団関係者は含まれない」をクリックしないと先に進めないといったシステムにするなどの工夫も有効だと思われます。

このように毅然とした態度で対応することで、暴力団関係者の側がそのゴルフ場を敬遠し、被害を事前に食い止めることができます。

こういった対応は、特にリゾート地のゴルフ場など、ゲスト客が多く訪れ暴力団関係者に狙われやすいゴルフ場において、特に重要だと思われます。

ゴルフ場のフロントでの受付の際にも、受付票に「暴力団関係者の利用は固くお断り」であることを明示した上で、さらに受付票に「予約者のみならずプレーする全員に暴力団関係者は含まれない」という欄をもうけ、プレー客にチェックしてもらうなどの対応も必要です。

ゲストのみの申込みを認めているゴルフ場の場合には特に注意が必要です。このような場合には、予約の際に運転免許証などの身分証明書を提出してもらい、提出を拒否するような場合には予約を受け付けないなどの対応も必要です。

このような対応を取ると、申し込みを断るプレー客もいるかもしれませんが、それでも構わないという強い姿勢で臨むことが大切です。

なお、こうした対応を実際に取っているゴルフ場によりますと、開場以来暴力団絡みの被害には一切遭っていないということであり、有効な方法であることが分かります。

また、ゴルフ場が暴力団関係者のゴルフコンペのために施設を提供することは、暴力団の活動を助長するとともに、暴力団の資金獲得手段ともなり得るものであり、暴力団排除条例により禁止されています。

大きな貸切コンペの場合、他の一般のプレー客への迷惑を考える必要もありませんし、大きな売り上げにつながるからといって、受け付けてしまうゴルフ場も中にはあるようですが、暴力団の活動を封じるためにも、毅然とした態度で申込を拒絶することが重要です。

 

暴力団関係者からの予約を受け付けてしまったら

その風体から暴力団関係者と思われる人物が来場した場合には、すぐに所轄の警察署に受付名簿の氏名・生年月日・住所等を連絡して、暴力団関係者かどうかの照会を依頼します。暴力団関係の問題については通常生活安全課が担当し、警察署の受付に連絡して暴力団関係者の照会依頼である旨を伝えれば、生活安全課の担当者に回してもらえます。

その結果、暴力団関係者が含まれることが判明した場合には、すぐに所轄の警察署に暴力団排除のための警察官の立会いを依頼し、警察官立会いのもとで、ゴルフ場の利用約款により暴力団関係者は入場及びプレーをお断りしている旨を説明し、直ちにプレーを止め全員退場してもらう(例えばプレーの前半に判明した場合にはハーフプレーでやめてもらう)といった対応が必要です。

そして、一緒にプレーした人物については、暴力団関係者であることが判明しなかった者も含めて全員を、ゴルフ場の予約ブラックリストに載せるなどの対応も必要でしょう。

さらに、各都道府県のゴルフ場防犯協議会のような組織にも事例を報告するなど、近隣のゴルフ場が一体となって、暴力団排除の姿勢を取ることが大切だと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2012年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「抽選弁済」

バブル経済崩壊以降、ゴルフ場は預託金の償還問題に直面し、平成22年3月末までの法的整理申請件数は600件を超え、既設ゴルフ場数ではおよそ800コースに及んでいます。

ここ数年の倒産件数は減少していますが、経済の低迷や会員の高齢化、価格競争の激化等により、ゴルフ場への来場者数は依然として減少しており、売り上げも伸びていません。

このような状況下で、多くのゴルフ場が、事業を継続し会員のプレー権を保障しながら、預託金の償還問題を解決する方法を模索しています。

その1つとして、「永久債」という方法もあります。

永久債とは、預託金制ゴルフ場においては、「倶楽部解散時まで預託金を償還しない」というものです。

永久債というのは、結局のところ倶楽部解散まで預託金を返還しないというものなので、ゴルフ場にとっては都合のよいものといえますが、会員の側には様々な事情があり、預託金を返金してもらいたいという現実的要請もあるため、この制度に同意してもらうのはなかなか難しいと言われています。

そこで、双方のニーズを満たす折衷案として考えられるのが抽選弁済という方法です。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は、会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、会員も当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、会員側としては比較的受け入れやすく、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目されます。

 

抽選弁済の実施手続

抽選弁済を実施する場合の手続きは概ね以下のとおりです。

 

1 各年度の原資の決定

まず、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)を決定します。

この金額は経営の継続が可能な限度に抑えることができます。

2 規則の制定・変更

次に、抽選弁済の採用に必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定する必要があります。

ここで最も重要なのは、細則には、当選しなかった会員が後にゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを規定することです。

この点が抽選弁済制度を採用することの妙味ですから、必ず規定することが必要です。

 

では、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)については、どのように定めたらよいでしょうか。

この点、償還原資額を具体的に記載せず、「各年度の決算における税引き後の利益に減価償却費を加算した金額の〇パーセントを限度として償還する」などと規定することも考えられます。このように定めれば、会社は各期の利益状況に応じて柔軟に償還原資額を定めることができます。

もっとも、会員の利益を考慮するという観点から、「毎年金○円を限度として償還する」などと、具体的に確定した金額を記載する例も多いようです。

なお、後者のように確定した金額を記載する場合には、「ゴルフ場が償還金額の上限を増減できる」旨の規定も置いておくことが必要です。このような規定を置いておけば、その年の経営状況からその金額をどうしても確保できないという場合、その規定に従って、ゴルフ場は償還原資額を引き下げることができます。

償還原資額の増減について明確な規定を置いていない場合には、償還原資額を引き下げることができるかどうかが問題となります。

この点、償還原資額について「毎年2億円を限度として償還する」ということ以外特に規則に定めはない場合で、ゴルフ場が8000万円しか償還していないというケースにおいて、東京地方裁判所平成18年9月15日判決は、抽選弁済に関する規則は償還金額の上限を定めていることを認めた上で、「償還金の原資は現に存在するものではなく、あくまで被告(ゴルフ場経営会社)において将来の営業努力によることを前提としていたものであるから、2億円については確保の目標値であって、これを下回る償還ができないというものではないことは明らかである」とし、ゴルフ場の毎年2億円の抽選償還義務を否定しました。

この立場に立ては、償還金額の増減について明確な定めがない場合であっても、償還原資額を引き下げることができます。

3 償還請求総額の確定

抽選弁済の内容が決まりましたら、その年の抽選会の実施内容を確定し、会報や通知等で各会員に知らせることになります。

預託金の償還は退会を前提とするものですから、抽選弁済への参加を希望する会員からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、これらを集計し、償還請求の総額を確定します。

なお、細則には、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを規定することが必要だと前述しましたが、さらに、退会届(抽選弁済への申込書)にも、「抽選弁済に関する規則の内容を承認した上で、償還の申込みをする」旨を記載しておき、この点を申し込みをした各会員との間で合意しておくことが絶対に必要となります。

4 抽選会の実施

償還請求の総額を確定し、この金額が償還原資額より小さい場合には、償還請求した会員に、一括で償還することができます。

これに対し、償還請求総額が償還原資額より大きい場合には、抽選会を実施し、当選者を決定し、当選者に全額一括で償還することになります。

まず、会員の抽選弁済への出席の機会をできる限り保障するため、代理人の出席も認めたほうがよいと思われます。

さらに、自らも出席できず代理人も見つけられない会員については、ゴルフ場の理事等が代理することも考えられます。

なお、当選しなかった会員については、①翌年度に持ち越しとする方法、②翌年度も申し込む場合には改めて申し込みが必要とする方法、いずれも考えられると思います。

抽選の方法としては、誰でもすぐに思い浮かべることのできる「ガラポン福引抽選器」を使用する方法、抽選箱に当選札とはずれ札を入れて各人に引いてもらう方法など、いろいろ考えられるでしょう。

出席者の緊張をできるだけ和らげるため、抽選会の会場はできるだけ広めの場所を用意したほうがよいと思われます。

また、出席者が当選状況を確認しやすいように、会場の前方には大型スクリーンや大きな当選表を準備します。

なお、抽選会当日は、手続きの公正性を確保するため、立会人として、理事若干名や顧問弁護士などに出席してもらうことも考えられます。この場合、会社側の出席者とは別の場所に席を設けるなどの配慮も必要です。

翌年度以降も同様の方法にて償還を実施し、前年度において原資から償還額を控除した端数が出る場合には、翌年度の償還原資として繰り越します。

なお、預託金の償還の請求は、退会を前提とするものですから、抽選弁済に申し込んだ会員について、競技会への参加まで認めるのは困難かと思われますが、当選しなかった会員が不満をもって預託金償還請求訴訟を提起するなど、無用の混乱を避けるため、実際に当選して償還がなされるまでは、会員料金でのプレーを認めることは、ゴルフ場の裁量として、制度設計上考えらえるのではないかと思います。

もちろん、この場合、プレーフィや年会費等、会員として通常必要な費用も負担してもらうことになるでしょう。

 

抽選弁済により退会した会員の再入会

抽選弁済に当選して償還を受け退会した会員が、再度会員権を取得して入会し、またすぐに抽選弁済に申し込むという事態も考えられます。

会員の入会を認めるかどうかは倶楽部の裁量に属する事柄ですので、預託金の償還を受けるために会員権を取得したことが事前に分かれば、そのような会員の入会自体を拒否できるのは当然です。

さらに、このような預託金償還ビジネス行為に対する対策として、新規入会の場合の預託金の償還については、会則に「入会時から〇年後に償還する」或いは「クラブ解散時に償還する」などと規定しておく必要があるでしょう。

 

抽選弁済を定める再生計画

なお、抽選弁済には、①預託金債務を一定限度で残すことにより債務免除益の問題を回避し得る、②破産配当率を超える弁済率を確保しつつゴルフ場事業を継続させることができる、などのメリットもあるので、民事再生手続における再生計画においても、会員に対する弁済の手法として利用されることもあります。

鹿島の杜カントリークラブの再生計画においても抽選弁済方式が採用されましたが、この事例においては、抽選弁済が債権者平等の原則に反するかどうかが問題となりました。

この点、東京高等裁判所平成16年7月23日決定は、抽選償還は、早く弁済を受けられる会員と、遅く弁済を受ける会員との間に不平等がある等とし、債権者平等原則を定めた民事再生法155条1項に違反するとして、民事再生計画認可決定を取り消す決定を下しました。

この決定は最高裁によっても支持され、抽選弁方式済の採用を検討するゴルフ場に対し、緊張を与えることになりましたが、もちろん抽選弁済制度そのものが否定されたわけではありません。

なお、その後、平成18年4月26日大阪高裁決定が、同様に抽選弁済方式を採用した信和ゴルフグループの中核企業の再生計画に関し、抽選弁済方式に対する直接的な判断は示していないものの、「抽選は退会者に平等に適用されるし、抽選に外れて償還を受けられない者は、翌年も償還対象者となるから、」「長期にわたり償還が受けられないことは予想できない」として、結論として、債権者平等の原則に違反しないとの判断を下しています。

「ゴルフ場セミナー」2012年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎