熊谷信太郎の「濫用的会社分割」

最近は、ゴルフ場の法的整理や売却の際にも、会社分割の制度が利用されることが増えています。

会社分割の制度は、企業の事業再編の手段として用いられます。

M&Aの手法としては、会社分割の他に、株式譲渡や事業譲渡といったものもありますが、会社分割には、簿外債務のリスクを抑えられる、債権者の個別の承諾を得る必要がないなどのメリットがあり、広く利用されるようになりました。

ところが最近、債務超過に陥り実質的に倒産状態にある会社が、会社を再建する場合に、会社更生や民事再生といった法的倒産処理手続を利用しないで、会社分割の制度を利用するといったケースが増えています。

会社更生や民事再生といった倒産手続を利用する場合には、経営者は、経営権を失うなど一定の責任を取ることになります。

これに対し、会社分割制度を利用する場合には、経営者はその責任を取ることなしに、財産を新会社に移転して資産を確保しつつ、債務を整理できるという、大変都合のよいことができてしまうわけです。

これは、緊急時における制度運用を想定し、資産の保全や債権者の平等を基本的理念とした倒産処理法と異なり、会社分割は会社法上の制度であり、平常時における制度運用を想定して制度設計されているからだと解されています。

これによって、一部の債権者と協議し、会社分割によって新設した会社(以下、「設立会社」といいます)に、採算部門や優良資産等を承継させた上で、不採算部門や不良資産を残した既存の会社(以下、「分割会社」といいます)を清算し、会社再建を図ることができるわけです。

しかし、債権者を害する意思をもってこのような資産移転が行われると、残された債権者は債権の引き当てとなる財産が空虚化した状態になる一方で、経営者は経営責任を取ることなく優良資産を隔離して保全することができることになってしまいます。

このような都合の良すぎることがそのまままかり通るのでは、ゴルフ場に対する債権者(会員)は、たまったものではないでしょう。

 

平成24年10月12日最高裁判決

最近、このようなケースの是非が争われた訴訟の上告審判決で、最高裁は、平成24年10月12日、「会社分割に伴う資産移転が債権者に損害を与える場合、もとの会社の債権者は資産移転を取り消す権利がある」という判断を初めて示しました。

本件は、債権回収会社が、大阪市の不動産会社が会社分割で設立した会社に土地・建物の所有権を移転した行為の取り消しを求めたという事案です。

不動産会社は、平成19年に会社分割を実施し、設立会社に不動産など収益性のある資産の大半を引き継ぎ、対価として設立会社の全株式を取得しました。

これに対し、債権回収会社は、強制執行を逃れるための移転で無効だと主張しました。

最高裁は、設立会社側の上告を棄却し、資産移転の取り消しを認めた一、二審判決が確定しました。

これは、会社分割制度の濫用に対する一定の歯止めになり得るものとして、大変注目を集めています。

 

会社分割とは

会社分割については、以前本誌でも詳しく取り上げましたが、会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割によって設立する会社(設立会社)等に承継させることを目的として行う会社の行為です(会社法2条30号)。

事業に関して有する権利義務のどの部分を設立会社等に承継させるかは、新設分割計画等の定めによって自由に定めることができます(会社法762条以下)。

そして、設立会社は、会社分割が効力を生ずる日に、新設分割計画等によって定める権利義務承継の対価を、分割会社に交付することとなります。

 

設立会社に移る債権者

会社分割は、債権者の個別の承諾がなくても債務の移転ができてしまいます。

そこで、会社法は、会社分割にかかる債権者保護手続として、設立会社に移る債権者に対する保護手続を設けています。

まず、「分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者」(設立会社に移る債権者)には、異議を述べる機会が与えられています(会社法810条1項2号)。

異議を述べた債権者に対しては、会社分割により当該債権者を害するおそれがない場合を除き、弁済ないし担保の提供等がなされることとなり、当該債権者は債権の満足を得られることとなります(会社法810条5項)。

また、会社分割の手続に瑕疵がある場合には、会社分割無効の訴えを提起することもできます(会社法828条2項10号)。

 

分割会社に取り残される債権者

これに対し、「分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者」(分割会社に取り残される債権者)は、こうした保護手続の対象から除外されており、異議を述べる機会を与えられず、また、会社分割無効の訴えを提起することもできません。

このように、会社法上、設立会社に移る債権者と、分割会社に残された債権者との取り扱いは、大きく異なっています。

会社法は、平常時を想定し、分割会社は、設立会社に切り出した純資産に見合う対価を取得し、分割会社に残された債権者が害されることはないはずであるという考え方に基づいて、分割会社に取り残された債権者に対しては、特段の保護手続を設けなかったのです。

しかし、実際には、会社が、一部の優遇したい債権者と協議し、採算部門と不採算部門、優良資産と不良資産、優遇する債権者とそれ以外の債権者とを自由に振り分け、設立会社に採算部門や優良資産を切り分けるにあたって、当該資産に見合った債務(一部の優遇する債権者に対する債務)を承継させることで、設立会社が不採算部門や不良資産だけを残した既存の会社(分割会社)に交付する対価を安く設定するということが多く行われているわけです。

その結果、設立会社に対して弁済を求めることができない分割会社に取り残された債権者の債権回収が、著しく阻害されるという事態が生じてしまっているのです。

 

分割会社に残された債権者が取り得る手段-詐害行為取消権

以上のような結論が不当であることは明らかであり、近時、会社分割に対して詐害行為取消を認める裁判例が出てきていました(東京地裁平成22年5月27日判決やその控訴審である東京高裁平成22年10月27日判決)。

詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害することを知って法律行為をした場合、債権者がその法律行為の取消しを裁判所に請求できるという権利をいいます(民法424条1項)。

会社分割に対して詐害行為取消が認められるかどうかについては、まず、①そもそも会社分割が詐害行為取権の対象となりうるか否かが問題となります。

会社分割は私法上の取引行為ではなく、会社法に基づく組織法上の行為だからです。

この点については、実務も学説も判断が分かれていましたが、今回、前記最高裁判決は、概ね以下のように判断し、詐害行為取消権の対象となると結論付けました。

㋐会社法その他の法令に、会社分割が詐害行為取消権の対象となることを否定する明文の規定は存しない。

㋑会社法上、分割会社の債権者を保護するための規定が設けられているが(会社法810条)、一定の場合を除き、分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者は上記規定による保護の対象とはされておらず、設立会社に債務が承継されず、上記規定による保護の対象ともされていない債権者については、詐害行為取消権によってその保護を図る必要性がある。

㋒会社法上、新設分割の無効を主張する方法として、法律関係の画一的確定等の観点から新設分割無効の訴えが規定されているが(会社法828条1項10号)、詐害行為取消権の行使によって新設分割を取り消したとしても、その取消しの効力は、新設分割による株式会社の設立の効力には何ら影響を及ぼすものではないというべきであるから、債権者保護の必要性がある場合に、会社法上新設分割無効の訴えが規定されているからといって、新設分割が詐害行為取消権行使の対象にならないと解することはできない。

 

なお、設立会社が分割会社に対価を交付するため、計算上は、会社分割の前後で一般財産を減少させたといえないことから、②詐害行為取消の要件である詐害性(総債権者の共同担保となるべき債務者の一般財産が減少して債権者が満足を得られなくなること)という要件を満たすかどうかか問題となります。

さらに、詐害行為取消が認められるとして、③取消の範囲及び原状回復の方法も問題となります。

②について、東京地裁平成22年5月27日は、「一般財産の共同担保としての価値を実質的に毀損し、弁済を受けることがより困難になったといえる」として、詐害性を肯定しました。

また、③について、同裁判例は、詐害行為となる会社分割の目的物である金銭債権および固定資産が可分であることは明らかであるとして、取消の範囲を、債権者である原告が有する債権の額を限度とすると判断しました。

原状回復の方法としては、会社分割により承継させた資産を現物返還させることが可能であれば、できるだけこれを認めるべきであるとしながらも、裁判例の事案では、個別の権利が特定されておらず、事業が継続されていることから、承継された資産を特定してこれを返還させることは著しく困難であるとして、現物返還に代え、価格賠償を認めました。

なお、詐害行為取消権は裁判上でしか行使できず、債権者が取消の原因を知った時から2年間で時効消滅し、行為の時から20年を経過したときも消滅します(民法426条)。

 

M&Aの際の注意点

上記の最高裁判決を前提にすると、会社法上の異議申立ての対象とならないとしても、濫用的会社分割がなされた場合、裁判所によって詐害行為として取消されることになるわけです。

会社分割における資産移転が詐害行為として取消されたとしても、株式会社設立の効力そのものに影響はないとはいえ、移転した資産が設立会社から分割会社に戻されることになるわけですから、関係者に与える影響は計り知れません。

今後、ゴルフ場のM&Aにおいて会社分割制度を利用する場合にも、詐害行為として裁判所により取消されることのないよう、対価の額や交付される株券の価値が、実質的に相当で分割会社に取り残される債権者を害しないものといえるかどうか、慎重な配慮が必要です。

「ゴルフ場セミナー」2012年12月号
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

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