熊谷信太郎の「借地問題①」

全国のゴルフ場約2400コースの中で、約7割のゴルフ場が借地を抱えていると言われています。ゴルフ場経営者としては、ゴルフコースの用地を100パーセント自社所有とすることが好ましいとしても、地主から全ての土地を買取ることは実際上困難を伴うことであり、借地は不可避であると考えられてきました。

もっとも、仮に地主から土地明渡請求訴訟が提起されても、地主の明渡請求は権利濫用として認められないだろうという考えから、近年ではゴルフ場経営においては、借地問題は最重要課題とは捉えられてこなかったようにも思われます。ゴルフ場のM&Aにおいても、借地問題は権利濫用論で対抗すればよく、地代のことだけ考えておけばよい、といった風潮が感じられたのも事実です。

ところが、平成24年5月31日、大阪高等裁判所において、借地問題を抱えるゴルフ場にとって重大な影響が想定される判決が出ました(以下、「本件大阪高裁判決」といいます)。

これは、地主からの賃貸借終了に伴う土地明渡請求に対し、ゴルフ場側は権利濫用であって認められないとの抗弁で対抗して激しく争った事例でしたが、大阪高裁はゴルフ場側の権利濫用の主張を認めず、地主勝訴の判決を下したのです。

これは、地主の返還請求には従来の権利濫用論で対抗し得るとするゴルフ場側の期待を完全に否定したもので、ゴルフ場関係者にとって軽視することのできない重大なポイントが含まれています。

そこで、今回は、ゴルフ場における借地問題について2号にわたって連載します。今号では、土地明渡請求訴訟における権利濫用の法理について概説した上でこれまでの裁判の流れを概観し、次号では、本件大阪高裁判決の事案を詳しく取り上げたいと思います。

 

借地権と賃借権

ゴルフコースについて地主と賃貸借契約を締結し場合、ゴルフ場が有する敷地利用権は、借地借家法上のいわゆる借地権ではなく、民法上の賃借権という位置付けです。

借地権は、借地上に建物を所有することを目的としていなければなりませんが、クラブハウスや売店等はゴルフ競技をするための付随的な存在に過ぎないとして、判例・学説上借地借家法上の借地権であるとは認められていないのです。

借地権は、借地借家法(旧借地法)に基づく権利で、借地法上の建物に登記がしてあれば、貸主(地主)が変わっても借主は新地主に対抗できます。期間は制限がなく最低期間の20年又は30年が満了しても、地主側に自己使用等の正当事由がない限り法定更新され、半永久的な権利として存続します。

これに対し、民法上の賃借権は、地主が交替すると、借地に賃借権の登記がない限り新地主に自己の権利を対応できません(借地の登記は地主の協力がないとできませんが、協力してくれる地主はほとんどいないのが実情です)。また、期間も最長20年で、法定更新という制度はなく、地主との合意で更新されるに過ぎず、地主が期間満了の際に再び貸すかどうかは自由です。

 

地主の土地明渡請求と権利濫用

このように、ゴルフ場が地主から賃借している権利は借地権のような強い保護は受けられないわけですが、従来は、地主が土地明渡請求をしてきたとしても、ゴルフ場は、地主の請求を権利濫用であると主張して、これを斥けることができると考えられてきました。

権利濫用の法理とは、「権利の濫用は、これを許さない」という民法1条3項の規定に根拠を有する一般法理です。

つまり、権利濫用の法理とは、形式的には正当な権利行のように見えても、具体的なその行使の目的が相手方に損害を与えることを目的としたり、あるいは権利行使の結果、権利者にそれほどの利益はないが相手方に大きな損害が生じるなどの場合、そのような状態を考慮して正当な権利行使とは認められないようなケースにおいて、その権利行使を制限する機能を有するものです。現在では、権利は社会共同生活の向上発展のために認められたものであることが自覚され、その行使は信義に従い誠実になされるべきであって、そうでない権利の行使、つまり権利の濫用は、違法なものとして禁止されているのです。

権利濫用にあたるかどうかの判断基準としては、一般的には、①主観的要件ないし権利濫用認定の主観的標識(権利行使者が相手方に対して加害意思ないし加害目的を持っていること)と、②客観的要件ないし権利濫用認定の客観的標識(権利行使に当たって対立する当事者の利益の評価との比較考量により、両者に不均衡があり、私的利益相互間の調整が図られる必要のあること)とが存在し、権利濫用に当たるか否かは、この2要件に従って慎重に判断する必要があるとされています(最高裁判所昭和57年10月19日判決)。

そして、本件大阪高裁判決によれば、権利行使者側に①の要件が存在しない場合に、②の要件だけで権利の濫用に当たるかを判断する場合には、これを安易に行うことは、とかくすると巨額の投資による事業であれば、違法でも既成事実として優先してしまうという不当な結果となることから、とりわけ②の要件のみで権利の濫用に当たるとの判断をする場合は、その判断を慎重に行う必要があるべきであるとされています。

このように、権利濫用に当たるかどうかの判断は、個別具体的な事案に即してなされるものであるわけですが、ゴルフ場の土地明渡請求訴訟においては、概ね、㋐その土地の返還により、ゴルフ場やその関係者に与える不利益と、㋑返還を受ける地主が土地明渡しを求める必要性との比較考量により決定されていると言ってよいと思います。

 

これまでの裁判例

これまでの裁判においては、下記に述べるように、平成初期にゴルフ場の権利濫用の主張が否定され地主が勝訴したケースはあるものの、ゴルフ場の権利濫用の主張は概ね認められてきたと言ってよいでしょう。

以下、権利濫用の主張が否定された事例と認められた事例について、少し詳しくみていきます。

 

権利濫用の主張が否定された事例

まず、ゴルフ場の権利濫用の主張が否定された事例を紹介します。

これは、戦前からの伝統的ゴルフクラブの集まりである、いわゆる関東七倶楽部の一つであり、昨年の日本オープン開催コースとなった鷹之台カンツリー倶楽部の事例です。

ゴルフ場敷地の賃貸借契約期間が満了したとして、地主から土地明渡請求がなされましたが、東京高裁は、概ね以下のとおり判断し、ゴルフ場の権利濫用の主張を斥け、地主の請求を認めました(東京高等裁判所平成4年2月12日判決)。

まず、裁判所は、①本件賃貸借契約は、賃貸期間を10年とし、しかも、右期間が合意されるに至った経緯からしてその満了の場合の契約更新は必ずしも楽観を許さないことが予想される状況の下で締結されたものであること、②ゴルフ場としては、本件各土地を返還した場合、チャンピオンコースを備えたゴルフ場としての継続は不可能になるが、なお18ホールを有するゴルフ場として継続してゆくことは可能な状況にあること、③地主は、本件各土地が返還された場合にそこに社会福祉施設を建設することを計画しており、その実現は可能なものと認められる上、地主が右社会福祉施設を周辺の土地にではなく本件各土地に建設したいとすることにも社会的にみて妥当性、合理性が認められることを認定しました。

その上で、控訴人が本件各土地を返還することによってチャンピオンコースとしてのゴルフ場を継続することが不可能となり、しかも、コースの変更等の工事が必要となり、そのために相当の費用を要することになることその他の諸事情を考慮しても、地主が本件賃貸借契約の更新を拒絶し、本件各土地の明渡しを求めることが信義則に反し、あるいは権利の濫用に当たるものとは認め難い、とし、地主勝訴の判決を下しました。

このゴルフ場は、市街地に近く、明渡請求の対象とされた土地は公道に接していたことも、重要な判断要素の1つとなったと考えられます。

その後、最高裁で和解が成立し、ゴルフ場はそのままの姿で存続していますが、ゴルフ場は地主に対し多額の和解金を支払っており、この事件は借地を抱える全国のゴルフ場に衝撃を与えることになりました。

 

権利濫用の主張を認めた事例①

ところが、一方で、ゴルフ場の権利濫用の主張が認められ、地主が敗訴した事例が相次ぎます。これらの判例によって、ゴルフ場に対する地主の土地返還請求は権利濫用論によって斥けられるという流れが作られたと言われています。

まず1つ目は、100余名の地主のうち1名だけが賃借権の譲渡を承諾せずに、コース内に点在する7筆の土地の返還を要求したという事案です(東京高等裁判所昭和48年4月11日判決)。

これは、賃借権の無断譲渡を理由とする地主からの返還請求の事例ですが、裁判において考慮された内容は、賃貸借契約期間の満了の場合にもあてはまるものと考えられます。

この事例において、裁判所は、概ね以下のように判断し、一部の土地について権利濫用の主張を認めました。

まず、裁判所は、①本件土地7筆のうち6筆(以下、「A土地」といいます)は、いずれも狭い土地であり、それぞれ離れ離れに点在し、いずれもその各一部がホールの一部にかかっていて、これを除外するときは当該ホールの設計を相当変更しなければならない上、これをゴルフ場以外の用途に使うことは極めて困難であり、ヘリコプターでも使用しない限リゴルフ場を通行しないでは外部から直接到達できない位置にあること、②これに対し、本件土地のうち1筆(以下、「B土地」といいます)は、A土地とは全く離れた場所に位置し、直接ゴルフ場外の地域に外周の大半を接しているが、その地域はコースの重要部分にまたがっていること、③ゴルフ場は、本件土地を失うことを慮り、ゴルフ場の南側に用地の拡張を計画し、既にその手当を施しつつあることを認定しました。

その上で裁判所は、上記①~③で認定した事実によれば、ゴルフ場が本件土地を失うときは、既存のコースに相当広範囲な設計変更を加えねばならず、これによって受ける打撃は相当なものであることは、容易に理解することができるとした上で、概ね以下のとおり判断しました。

まず、B土地については、地主において直ちにゴルフ場以外の用途に使用することができるのであって、ゴルフ場側のこれまでの認定してきた諸事情は、地主の明渡請求を拒む事由とはなり難いと考えるとして、ゴルフ場の権利濫用の主張を認めず、地主の請求を認めました。

これに対し、A土地については、地主が明渡しを受けてみても、ゴルフ場の承諸がない限リヘリコプターでも使わなければ到達できない場所にあり、しかもこれをゴルフ場以外の用途に使用することは至難のわざであって、このような土地の明渡しを求めることは、これによって何ら得るところはないから、ゴルフ場側に手落があったにしても、嫌がらせとみられてもやむを得ず、その明渡請求は権利の濫用といわねばなるまいとして、ゴルフ場の権利濫用の主張を認め、地主の請求を斥けました。

以上のように、裁判所は、土地の位置関係により判断を分けたのです。

 

権利濫用の主張を認めた事例②

次に紹介するのは、コースの半分以上が借地のゴルフ場において、地主全員が当初は期間満了に伴う更新の条件として、従来の地代の4倍の値上げ要求等をしていましたが、その後、ゴルフ場を自分達のものにしようと企み、ゴルフ場所有の土地、建物の買取請求を始めたという事案です(宇都宮地方裁判所栃木支部昭和62年3月20日判決)。

裁判所は、まず、「地主らが本件土地の返還を受けても、その最有効利用のためには、結局のところゴルフ場用地として他に賃貸するほかはないが、地主側の土地だけではゴルフ場の経営は不可能であり、地主側は、賃料収入の途を失いかねず、本件土地の返還を受けても利益は得られない。もし現ゴルフ場会社が本件土地を地主に返還すれば、本件土地がゴルフ場の全用地に占める割合・位置関係からして廃業を余儀なくされ、永続的なゴルフ場施設の経営にあたってきた現ゴルフ場に予想外の、多大な損失をもたらすことになる」と認定しました。

その上で、結論として、「以上を総合して判断すると、地主側が本件土地の返還を受けても、これを自己使用したのでは現実的には収益を上げることはできず、本件土地から賃料収入を得るにはゴルフ場用地として賃貸するほかないが、現実的には、現ゴルフ場会社によるゴルフ場用地としての利用の継続がほとんど唯一の方法といえるし、あえて本件土地を返還させることにより本件ゴルフ場を経営不能に陥らせ、これを崩壊させることによる現ゴルフ場会社の損害は多大なものというべきであり、両者を比較較量すると、本件土地明渡の請求は権利の濫用に該当する」として、権利濫用を理由に地主側の請求を斥けました。

 

権利濫用の主張を認めた事例③

3つ目は、全長が7629ヤードと極めて長く、コースレートが日本一の76.3の名物コースであることを売り物にしている茨城県の鹿島の杜カントリー倶楽部の事例です。

このゴルフ場は、ゴルフ場全体が市街化調整区域に入っており、新たに建築物を建てたり、増築をしたりすることができない地域になっていました。

この訴訟において、地主側は「土地の賃貸借契約は終了している」などと主張していましたが、東京地方裁判所は、地主からの土地明渡請求を権利の濫用であるとして斥け(東京地方裁判所平成21年2月27日判決)、東京高等裁判所も地主からの土地明渡請求部分に関する控訴を棄却したため(東京高等裁判所平成21年10月22日判決)、地主側が上告していましたが、最高裁判所第3小法廷は、平成22年3月16日、上告を棄却し、高裁判決が確定しました。

この事例において、ゴルフ場側は、①土地明渡請求は旧経営陣を復帰させるための経営妨害である、②土地を明渡すことになれば、甚大な不利益を被り、約1700名の会員の権利や他の地権者の安定した賃料収入を失わせることになり、甚大な社会的損失を生じさせる、③明渡す土地は外部から直接到達することはおよそ不可能で、地主が明渡しを受けられないことによる不利益はほとんどないことなどを理由に、土地明渡請求は権利の濫用にあたると主張していました。

これに対し、東京地裁は、「旧経営陣の復帰が目的」などとしたゴルフ場側の主張を斥けましたが、①権利者の明渡請求を認めると、多大な費用と時間をかけてゴルフコースの配置ないしコース距離等を変更しなければならず、場合によっては現在の敷地の外に新たに敷地を確保しなければならなくなることも容易に予想される土地であり、本件各土地の明渡しを認めることは、ゴルフ場や会員、継続的に賃料収入を得ている地権者にとって、多大な不利益をもたらすものといえるのに対し、②地主は、土地について具体的な計画を有しておらず、また、本件各土地はいずれも公道には接していない上、本件ゴルフ場全体が市街化調整区域であり、地主が本件各土地を利用する方法の選択肢は相当に限定されているものといえるなどとして、地主の請求は権利の濫用に当たると判断し、地主の土地明渡請求を斥けました。

上告に対し、最高裁は「上告をすることが許されるのは、民事訴訟法312条1項又は2項所定の場合に限られるが、上告理由に該当しない」、また、「民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない」として、今回の決定となりました。

 

その後の裁判の流れ

このように、鷹之台カンツリー倶楽部での事例を除いて、裁判においてはゴルフ場側の権利濫用の主張が概ね認められてきたと言ってよいと思いますが、近年、その傾向が変わってきたように見受けられます。

福島県いわき市にあるゴルフ場が、ゴルフ場の一部用地(全体の約2パーセント)を所有する地主1名から土地明渡しの訴訟を提起されて敗訴したのです。もっとも、訴訟において、ゴルフ場側は権利濫用の抗弁で対抗しておらず、積極的に争っていなかったようなので、この判決は権利濫用論について判断していません。

このゴルフ場では、平成22年7月16日に執行官に立入り禁止の杭を打たれたため、翌17日から9ホール営業への切り替えを余儀なくされ来場者が激減しましたが(9月の延べ入場者数は1066人)、地主の用地を避けて、テンポラリーグリーンの設置やホールの再編などを行ない、同年11月1日から18ホールでの営業を再開しています。

そして、本年5月31日の本件大阪高裁判決では、地主からゴルフ場に対する土地明渡請求訴訟において、一審のゴルフ場勝訴判決を覆し、地主側逆転勝訴の判断が下されたのです。

筆者は、主として控訴審から地主側で本件大阪高裁判決に関与しましたので、次号では、この大阪での裁判の内容について、詳しく紹介したいと思います。

「ゴルフ場セミナー」2012年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

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