熊谷信太郎の「賃料減額請求」

2008年のリーマンショックを発端とした世界的な金融不安以後、我が国ではデフレ傾向が続き、消費者物価指数も4年連続で下落する中、ゴルフ会員権の価格やプレーフィも値下がりし、ゴルフ場経営も深刻な影響を受けています。

アベノミクスの効果により株価が上昇し、デフレ脱却の兆しも見えていますが、本格的なデフレ脱却には程遠い状況です。

一方、全国のゴルフ場約2400コースの中で、約7割のゴルフ場が借地を抱えていると言われており、プレーフィが値下がりしているデフレ状況の中で、借地料の見直しはゴルフ場経営における重要な課題となっていますが、地主が任意に地代の減額に応じることはなかなか期待できません。

そこで考えられるのが借地借家法11条の地代減額請求ですが、ゴルフ場経営を目的とする借地に、建物所有目的の借地を対象とする借地借家法の規定が類推適用されるかどうかが問題となります。

この点、本年1月25日、最高裁は、ゴルフ場経営を目的とする土地賃貸借契約及び地上権設定契約に、借地借家法11条の類推適用の余地はないとの判断を下しました(以下、「本件最高裁判決」)。

つまり、ゴルフ場経営会社は、地主に対し、地代等の減額請求権はないというわけです。

本件は、ゴルフ場経営を目的として、ゴルフ場経営会社が、25筆の土地(以下「本件土地」)を賃借し、又は地上権の設定を受けたという事案で、当初合意された地代及び土地の借賃が、その後の事情により不相当に高額となっているとして紛争が生じ、借地借家法11条の適用の有無が問題となりました。

 

地代等増減額請求権

地代等増減額請求権とは、地代等が、①土地に対する租税等の増減により、②土地の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、③近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、地主や借地人は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができるというものです。

ただし、一定期間、地代を増額しない旨の特約がある場合は別です。

借地人が地主から地代の増額の請求を受けたときは、借地人は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額の地代を支払えば足り、これを支払えば債務不履行になりません。

ただし、裁判確定後、支払額に不足があるときは、賃借人は、その不足額に年1割の支払期後の利息を付して支払わなければなりません。

一方、地代減額請求についても、当事者間で協議が整わない場合、地主は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の支払を請求することができ、借地人は地主からの請求額を支払わなければなりません。

ただし、裁判確定後、支払額が正当とされた地代等の額を超えるときは、地主は、超過額に受領時から年1割の利息を付して返還しなければなりません。

 

具体的な手続の流れ

 具体的には、「来月から月○円に増額(減額)します」という内容の通知を内容証明郵便で相手方に送り、この通知が到達したことにより、法律上は地代等が変更されたことになります。

実際には、地代の増減額の請求を行い、相手方が納得すれば増減額後の地代が新しい地代となります。

相手方が納得しない場合には、法的手続に進みますが、訴訟提起の前に民事調停の申立をして、一度は裁判所で話し合いの機会を持つことが必要となります。

裁判官と2人の調停委員が、当事者双方から意見を聞きながら、実情に即した話し合いによる解決を図ります。

調停が成立しない場合には、通常の訴訟手続によることになります。

 

事案の概要

本事案の概要は以下のとおりです。

(1)本件土地につき所有権又は共有持分権を有する地主Aは、昭和63年7月、Bとの間で、本件土地のうちの13筆について地上権設定契約を、その余の12筆について賃貸借契約をそれぞれ締結しました(以下、両契約を併せて「本件契約」)。

本件契約では、地代及び土地の借賃(以下「地代等」)を合計年額737万7690円とすること、ゴルフ場経営を目的とすること等が定められました。

(2)平成18年9月、ゴルフ場経営会社は、地主Aの承諾を得て、地上権者及び賃借人たる地位を取得し、本件土地を利用してゴルフ場を経営しています。

(3)ゴルフ場経営会社は、平成19年3月、地主Aに対し、本件契約の地代等について減額の意思表示をしました。

(4)ゴルフ場経営会社は、平成21年4月1日支払分以降の地代等を支払わず、正当とされる地代等の額は合計年額427万9060円であると主張しました。

 

原審の判断

借地借家法の適用があるためには、借地上に建物を所有することを目的としていなければなりませんが、クラブハウスや売店等はゴルフ競技をするための付随的な存在に過ぎないとして、ゴルフ場が有する敷地利用権は、判例・学説上借地借家法上のいわゆる借地権であるとは認められていません。

しかし、原審である福岡高裁宮崎支部は、借地借家法11条の立法趣旨の基礎にある事情変更の原則や契約当事者間における公平の理念に照らせば、建物の所有を目的としない本件契約においても、同条の類推適用を認めるのが相当であると判断しました。

これに対し、最高裁は原審の判断を否定し、類推適用の余地はないと判断したのです。

 

平成25年1月22日最高裁判決

最高裁はまず、借地借家法の趣旨について、建物の保護に配慮して、建物の所有を目的とする土地の利用関係を長期にわたって安定的に維持するために設けられたものと解されると判旨しました。

その上で、同法11条の規定について、「単に長期にわたる土地の利用関係における事情の変更に対応することを可能にするというものではなく、上記の趣旨により土地の利用に制約を受ける借地権設定者に地代等を変更する権利を与え、また、これに対応した権利を借地権者に与えるとともに、裁判確定までの当事者間の権利関係の安定を図ろうとするもの」だとし、「これを建物の所有を目的としない地上権設定契約又は賃貸借契約について安易に類推適用すべきものではない」としました。

そして、本件契約においては、①ゴルフ場経営を目的とすることが定められているに過ぎないし、また、②本件土地が建物の所有と関連するような態様で使用されていることもうかがわれないから、本件契約につき借地借家法11条の類推適用をする余地はないというべきであると判断したのです。

 

借地借家法11条の趣旨

建物所有目的の土地の賃貸借の場合には、賃貸借期間は30年以上でなければならず、30年経過時も、建物が存続している限り、同一条件でほとんど自動的に更新が強制されます。

更新拒絶ができる場合も法律上は一応想定していますが、なかなか認められるものではありません。

そのため、契約期間中に賃料相場が不相当となったり、また、契約更新時も自由な賃料の合意が妨げられてしまう可能性が高く、賃料が不相当となった場合には、賃料の増減額請求を法律によって強制する必要性が存在します。

これに対し、賃貸借契約の基本原理を定める民法においては、賃料の増減額に関する規定はありません。

つまり、賃貸借契約が継続する限り、当初契約によって定めた賃料がそのまま契約終了まで継続することが原則です。

不動産の賃貸借の場合であっても、建物所有目的でない民法上の賃貸借の場合には(例えば駐車場として利用する目的の土地の賃貸借の場合)、契約期間は20年を超えない限り自由に定めることができ、2年や3年といった短期で貸すこともできますので、減額請求を認める必要性に乏しいと言えます。

そして、契約期間満了時に、契約を終了するか更新するかは、当事者の合意によって決定できます。

契約満了時に契約自由の原則と競争原理が働き、賃料に特に不満がなければ双方とも同一条件で契約を更新すればよく、借主の方が割高になっていると考えるのであれば、賃料を値下げしない限り更新しないとすることもできるわけです。

 

ゴルフ場用地の特殊性

これに対し、ゴルフ場経営者としては、事業場所を他に移転することは甚だ困難であり、土地を返すにも原状回復には多額の費用が必要なことから、ゴルフ場用地の借地の場合には、契約期間満了時に更新後の賃料の額が合意できなければ土地を返すといった競争原理が働きにくい事案が多いと思われます。

そのため、契約期間も相当長期間になる場合が多く、建物所有目的の借地の場合と同様、契約期間中に賃料相場が不相当となった場合には、契約当事者間の公平の観点から、賃料の増減額請求を法律によって強制する必要性が存すると言えます。

本件最高裁判決の事案においても、地代等が決められたのは20年以上前であり、その後の経済状況の変化等を考慮した適正な賃料価格を裁判所が公的に決定するという意味で、借地借家法の地代増減額請求権の規定の類推適用を認めてもよかったのではないかと思われます。

 

ゴルフ場経営会社の注意点

上記のとおり、ゴルフ場用地の借地の場合には、借地借家法11条の類推適用が認められてもよい事案が多いと思われますが、今回の最高裁判決を前提とすると、地主が合意しない限り地代の減額は認められないのが実状です。

そのため、地代が不相当であるとして地主に減額交渉をする場合であっても、当初の地代分を支払っておかないと、債務不履行として賃貸借契約を解除されることもあり得ますので注意が必要です。

なお、クラブハウスの敷地部分については、コース敷地の賃貸借契約とは別個に契約しているのであれば、借地借家法の適用が認められますので、少なくともこの部分について減額請求することは可能です。

もっともこの場合でも、地代の減額について地主の了解が得られなければ、地主の言い値を支払っておかなければならないことにも注意が必要です。

また、今後新たに借地の契約を締結する際には、賃料の見直し期間を短期(2年程度)に設定し、数年ごとに地代を見直すことができるような契約内容にすることが最低限必要であると思われます。

一方、M&Aの際にも、借地問題に関するデューデリジェンスが非常に重要になります。

本件最高裁判決の事案で、平成18年にゴルフ場経営会社が賃借人等の地位を取得する際に、地代についてどう評価したのか、地代等の見直しを地主に求めたのかどうか等の事情は明らかではありませんが、デューデリジェンスにおいては、形式的な賃貸借契約期間などの調査では足りず、地代の相当性や地主との関係・繋がり、地主の返還意思の有無(特に相続により当事者が変わっている場合には要注意)等、掘り下げたデューデリジェンスが必要です。

「ゴルフ場セミナー」2013年4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

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