熊谷信太郎の「預託金問題総整理」

バブル経済崩壊後、預託金償還問題が顕在化し、加えてリーマンショック以後の経済の低迷や会員の高齢化、価格競争の激化等により各ゴルフ場は依然として厳しい経営を強いられています。

預託金制のゴルフ場は、一般に一定の据置期間を設けて預けられた預託金を、退会後に返還するというシステムになっていますが、会員権相場の下落によって相場が預託金額面を下回ることになり、会員の多くがゴルフ場に預託金の返還を求めることになりました。平成の初めころ、1口何千万という高額の預託金を集めたゴルフ場の中には、後に到来した預託金償還期限を、償還期限の再延長という形で乗り切りを図ったゴルフ場も数多くありました。

しかしながら、理事会の決議による預託金の据置期間の延長決議については、最高裁が、「会則に定める据置期間を延長することは、会員の契約上の権利を変更することにほかならないから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であり、個別的な承諾を得ていない会員に対しては据置期間の延長の効力を主張することはできない」旨判示し、法律上無効とされるのが一般的です(最高裁昭和61年9月11日第1小法廷判決)。またこの措置は問題の先送りに過ぎず、根本的な解決につながるものではありませんでした。さらに二度目の据置期間が経過し、延長後の償還期限が到来しているゴルフ場も多くあります。二度目の延長となると、多くの会員の同意を得ることはさらに難しくなってきます。

そこで今回は、預託金問題の解決法として議論されてきたものを整理してみたいと思います。

 

延長への同意取り付け

上記の最高裁判決を前提とすると、据置期間の延長について、各会員から個別の同意を取り付ける方法がまず考えられます。

同意を得るために実際上最も重要なのは、代替措置について会員の納得を得られるか、ということです。

代償措置としては年会費の引下げやクーポンの発行等が考えられますが、これはゴルフ場の売上を減らすことにつながりますから、そう簡単に導入することもできません。

比較的会員の側でも受け入れやすい例としては、「特別休眠会員制度」が挙げられます。これは、ゴルフはプレーしなくなったが、会員としては残っていたいというスリーピング会員を対象に、延長同意と引き換えに、年会費を無料にするというものです。預託金返還請求をする会員の多くはスリーピング会員です。また、スリーピング会員は年会費を滞納するケースも比較的多くなります。もともと年会費の支払いをあまり期待できない会員の年会費を免除することにより、預託金返還請求を未然に防ぐという意味で、ゴルフ場にとっても有用と思われます。

また、岩手県のゴルフ場では、「期限到来の時から据置期間を10年間延長・会員権分割・名変手数料は分割後2年以内に限り無料・償還期限の延長に同意した会員権については年1回、公開抽選会で行う抽選償還に参加できる」という内容で据置期間延長への同意を求め、全会員の8割弱の同意を得られたとしています(平成20年当時)。

ただ、同意しない会員に対しては据置期間の延長の効力を主張できず、同意した会員との関係でも問題の先送りでしかなく、抜本的解決とはならないことは言うまでもありません。

 

株主会員制

一方、会員のためのゴルフ場運営という観点から、株主会員制への移行が唱えられた時期もありました。

その方法としては、新たに設立された株式会社(新会社)が、ゴルフ場(旧会社)に対する預託金会員権の現物出資を募り、旧会社に対する預託金返還請求権を取得し、旧会社が預託金の返還に代えて新会社にゴルフ場施設を譲り渡す、という流れになります。
株主会員制のゴルフ場とは、会員がゴルフ場経営会社の株主であるゴルフ場で、ゴルフ場に支払われるのは預り金ではなく出資金ですから、会員に返還する必要のないものです。

しかし、もともと預託金制ゴルフ場だった倶楽部で、会員が株主として経営に乗り出すということには、能力や労力の点でも、また意見集約の点でも無理がありました。倶楽部の中で経営権を巡って内紛が発生するなどのデメリットもあるようですから、そのような事態を防ぐために、株主会員制を導入するとしても、それはあくまでも「倶楽部は究極的には会員のものである」という理念を表すための手段にとどめるのが望ましいと思われます。例えば、会員に与える株式は無議決権株式として、残余財産の分配については優先的に取り扱うとすれば、永久債類似の役割を果たします。

結局、会員のためのゴルフ場運営というのは、会員に経営に関与させるというよりは、ある程度経営の透明化を図り、経営者が会員の意思を汲み取って、適切に経営に反映させるという程度にとどめておくのが適切な場合も多いのではないかと思われます。

 

中間法人制ゴルフ倶楽部

平成14年4月には中間法人法に基づく中間法人制度がスタートし、中間法人(公益法人と営利法人の中間的な存在)となって預託金償還問題を解決しようとしたゴルフ倶楽部もありました。

しかしながら、この方法にも、中間法人制への移行に同意しない会員からの預託金返還請求を拒否できないという根本的な問題があり、倶楽部は中間法人制に移行したものの、事業会社の経営を維持することができず、民事再生手続きなどの法的整理を余儀なくされた例もありました。

その後平成20年12月のいわゆる一般法人法施行に伴い、中間法人制度は廃止され、中間法人は一般社団法人に衣替えすることになったのです。

 

一般社団法人制ゴルフ倶楽部

一般社団法人とは、いわゆる一般社団・財団法人法に基づいて一定の要件を満たしていれば設立できる法人で、事業目的に公益性がなくてもかまいません。

原則として、株式会社等と同様に、全ての事業が課税対象となりますが、設立許可を必要とした従来の社団法人とは違い、一定の手続き及び登記さえ経れば、主務官庁の許可を得るのではなく準則主義によって誰でも設立することができます。

そこで、中間法人スキームに代わる預託金償還問題対策として、「㋐一般社団法人制ゴルフ倶楽部を設立し、㋑従来のゴルフ倶楽部(任意団体)の会員は一般社団法人の社員となり、㋒一般社団法人は、ゴルフ場事業会社の株式の一部を保有する」という一般社団法人スキームの採用が考えられたのです。

一般社団法人制のゴルフ倶楽部としては、平成21年1月に田辺カントリー倶楽部を運営する任意団体の田辺カントリー倶楽部が一般社団法人田辺カントリー倶楽部を設立したのが最初です。その後、平成21年2月に長崎国際ゴルフ倶楽部、平成22年10月に函南ゴルフ倶楽部(静岡県)、平成25年4月にディアーパークゴルフクラブ(奈良県)等が一般社団法人制ゴルフ倶楽部としてスタートを切りました。

しかしながら、中間法人制の場合と同様、一般社団法人への移行に同意しない会員からの預託金返還請求まで止められるものではないという問題は依然として残ります。

 

永久債化

「永久債化」の方法もあります。これについては数年前に社団法人日本ゴルフ場事業協会の研究会においても取り上げられました。

永久債というのは、本来会社の資金調達手段の話なのですが、預託金制のゴルフ場の場合、倶楽部解散時まで預託金を返還しない(倶楽部が存続する限りいつまでも返さなくて良い)、ということを意味します。

しかし、永久債化も会員との個別の合意によって成り立つものですから、永久債化に成功したゴルフ場もごくわずかにとどまっています。

永久債化を図ったことがきっかけで、かえって会員の反発を招き、倒産につながってしまうような例もあるようですし、一般的に言えば、永久債は期待されたほど預託金対策の切り札とはなりにくいと思われます。

 

抽選弁済

上記の岩手県のゴルフ場でも採用されていた抽選弁済の制度は、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目されます。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は、会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、会員側としても比較的受け入れやすいものです。

抽選弁済を実施する際には、必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定します。

細則には、当選しなかった会員が後にゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを必ず規定します。この点が抽選弁済制度を採用することの妙味ですが、冒頭の理事会決議による据置期間延長の議論と同様、細則等に規定しただけで訴権放棄の同意と言えるかどうかが問題となってきます。

そこで、預託金の償還は退会を前提とするものですから、申込者からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、この届に「抽選弁済に関する規則の内容を承認した上で、償還の申込みをする」旨を記載しておき、訴権放棄につき申込者との間で個別に合意しておくことが重要です。

もっとも、抽選弁済への申込者以外の会員との預託金問題は依然として残ります。

 

預託金制からの移行

結局、いずれの手法においても同意しない会員からの預託金返還請求まで止められるものではないという点が最大の問題です。

たとえごく一部の会員からの返還請求であっても、額面によってはその負担に耐えきれないゴルフ場もあり得ます。その場合結局のところ、民事再生手続による処理を選ばざるを得ないことになります。

民事再生手続では、㋐再生計画案の可決要件が緩く(議決権を有する出席債権者の過半数、かつ再生債権者の議決権総額の2分の1以上)、同意しない会員についても拘束力があると言う点が最大の利点です。他にも、㋑弁済期にある債務を返済すれば経済的に窮地に陥る状況があれば、支払不能にならなくても申立ができる、㋒原則として現在の経営者がそのまま経営を続けられる、㋓債務者の再生が困難にならないようにとの配慮から、強制執行等を中止・禁止する制度や、担保権の消滅請求制度等が用意されている等、ゴルフ場側に有利な制度があります。

他方、㋐再生計画案の認可決定確定後3年間は裁判所の監督に服すること、㋑役員に対する責任追及の制度があること、㋒再生計画案が可決されない場合、会社は破産することになること等、ゴルフ場にとって不利な制度もあります。

どのような手法が望ましいかは、それぞれのゴルフ場の実情に応じて異なりうるところだと思いますが、会員の属性や経営会社の財務等に関する分析を行い、専門家を交えて対応策を検討することが必要でしょう。

「ゴルフ場セミナー」2015年1月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎