熊谷信太郎の「会員権譲受人からの預託金返還請求」

ゴルフ倶楽部の会員になっていないのに、預託金の返還請求ができるなどといううまいハナシがあるのでしょうか。普通はそんなことはあり得ないと一笑に付されるのがオチでしょう。

預託金償還ビジネスでよくみられるような、会員契約を解除して単なる金銭債権になった預託金債権を譲り受けるような特殊な場合は別として、預託金返還請求権は、あくまで会員が倶楽部を退会する際に、ゴルフ場経営会社に対して返還を求める権利であることは常識です。

したがって、会員権の譲受人が会員になっていない場合には、会員でないのですから当たり前ですが、会員契約を解除できず、ゴルフ場経営会社に対し預託金の返還を請求できないのは当然のことです。

ところが、平成24年5月16日、会員になっていない会員権譲受人からの預託金返還請求を認める実に不思議な判決が、東京高裁から出されました。

この結論の主な理由は、ゴルフ場経営会社が、会員権譲受人からの入会手続に必要な書類送付の要請などを黙殺しておきながら、入会手続がとられていないことを理由に会員権譲受人の権利行使を認めないのは権利の濫用にあたるというものです。

この判決は、言ってみれば、ある会社への就職希望者が、入社手続に必要な書類の送付を会社に求めたところ、会社がこれを放置した場合に、その希望者の入社を認めたことにせよと言っているのと同様の結論を導いてしまっており、いかにも不可思議な判決という印象を与えます。

今回は、この判決を題材に、ゴルフ場への預託金返還請求について考えたいと思います。

 

事案の概要

この裁判は、熊本のKゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフ倶楽部」)を経営する会社(以下「本件会社」)に対し、本件ゴルフ倶楽部の会員権(以下「本件会員権」)をB建設から譲り受けたと主張するA氏(本件会社の元従業員)が、本件会社に預託金の支払いを求めた事案です。

B建設は、平成6年10月12日に本件ゴルフ倶楽部の会員となり、平成22年11月8日、A氏に本件会員権を譲渡しました。

A氏は、平成22年11月23日付書面により、入会手続をしたいとして手続書類送付を求めましたが、本件会社は、なぜかA氏に手続書類を送付しませんでした。なお、B建設は、同年10月5日付で本件会社に退会届を提出しています。

その後、入会を認められないA氏は、同年12月28日、さいたま地裁に本件訴訟を提起しました。

B建設は、この訴訟提起後の平成23年2月10日付で、預託金債権をA氏に譲渡した旨の債権譲渡通知書を本件会社に送付しています。

 

さいたま地方裁判所の判断

原審において、A氏は、平成16年10月12日の経過をもって、本件会員権記載の発行日(平成6年10月12日)から10年間の据置期間は満了したと主張しました。

これに対し、本件会社側は、①会員権を譲り受けようとする者は、本件ゴルフ倶楽部理事会の承認を得て名義書換料の支払いを完了するまでは、本件会社に会員権の譲受けを対抗できない、②預託金返還請求権の始期は、会則(平成7年9月施行、以下、「新会則」)によれば、「会員権を譲り受けた日から10年を経過した日」であるから、A氏が所定の手続きを経て本件会員権を取得したとしても、預託金返還請求権を行使することはできない、と主張しました。

さいたま地裁は、平成23年4月18日、会員権の譲渡手続を行っていないこと、及び据置期間が経過していないことを理由に、A氏の請求を棄却しました。

 

東京高等裁判所の判断

A氏は、上記新会則以外に、平成6年1月施行の会則(以下、「旧会則」)があることが判明したとして控訴しました。

旧会則には、名義変更時の据置期間延長の規定はなく、「預託金は、預託金証書の発行日より10年間据え置く」と規定されていました。

そこでA氏は、①本件会員権は平成6年10月12日発行なので旧会則が適用され、据置期間は満了している、②本件会社は、入会手続に係る書類送付の要請を黙殺しておきながら、入会手続がとられていないことを理由に権利行使を認めないのは権利の濫用であるなどと主張しました。

東京高裁は、①本件会社側が据置期間の満了の点について争わなかったため、この点は争いのない事実として、据置期間は平成16年10月12日をもって経過していることは明らかであるとした上で、②本件会社において、A氏が本件会員権の取得を本件会社に対抗することはできないと主張することは、権利の濫用として許されないとし、A氏側逆転勝訴の判決を下しました。

 

問題点①退会届の法的性質

控訴審で、「退会届」の法的性質がほとんど議論されなかったと思われる点は問題です。

退会届には、大別して、①会員とゴルフ場経営会社との間の会員契約を終了させる(会員契約の解除)、②会員権譲渡に伴い譲渡人が譲受人に会員たる地位を譲渡する、という2種類の性質が考えられます。

そして、退会届の法的性質については、退会届が作成交付された状況などの事情から当事者の合理的意思を考慮して判断されるべきです。

この点、会員権譲渡の際に提出される退会届の法的性質が問題とされた東京高裁平成15年7月15日判決は、「本件会員契約上の地位をそのまま譲受人に譲渡する旨通知しながら、本件会員契約の解約の意思表示をすることは矛盾するし、本件退会届に予備的に解約の意思表示が含まれていると解することも、当事者の意思に沿うものとは考えられない」と判示した上で、会員から提出された退会届に会員契約解除の効力を認めず、預託金返還請求を棄却しています。

本事案においては、B建設がA氏に会員権を譲渡した後、A氏が入会申請を行っていることからすると、B建設が提出した退会届は、A氏に会員たる地位を譲渡するためのものであって、会員契約を解除するためのものではないと考えられます。なぜなら契約解除のためだとするとA氏は入会できないからです。

その後、会社から入会申請を放置されたA氏は、本件訴訟を提起し、訴訟提起後に、B建設は、本件会社に預託金返還請求権をA氏に譲渡した旨の通知をしています。

B建設が預託金返還請求権を譲渡するには、会員契約を解除し預託金返還請求権を独立の金銭債権とした上でこれを行うことが必要です。

本事案において、A氏への債権譲渡の際、B建設が改めて契約解除のための退会届を提出するなどして、会員契約を解除したということは記録上現れていませんし、当初の退会届の際に予備的に解除していたというような事情も伺えません。

にもかかわらず、東京高裁がA氏の預託金返還請求を認めたのは、どのような理由によるのでしょうか。

 

問題点②据置期間の満了の有無

また、控訴審においては、本件会社側が争わなかったため、据置期間の経過があっさり認定されてしまっています。

確かに、既に入会している会員との関係では、据置期間の延長は不利益な変更ですから、個々の会員の同意がなければ、その効力を有しないと考えられます(最高裁判所昭和61年10月12日判決)。

しかしながら、A氏は、本件会員権を、旧会則から新会則への変更後に取得しているのですから、A氏に新会則を適用したとしても特段の不利益はないといえます。東京高裁自身も、「規約の変更は、既に入会している会員に対しては効力を有しないというべきである」と述べているに過ぎず、A氏との関係では判断していないとも読めます。

本件会社側としては、この点をもっと問題すべきだったでしょう。

 

問題点③権利濫用の濫用

そして最も問題なのは、「ゴルフ場経営会社は、本件ゴルフ倶楽部の会員が会員権を譲渡しようとするに当たり、一定の要件があれば、原則としてこれを承諾する義務がある」という考えを前提に、本件会社の主張を権利の濫用としている点です。

この点は、ゴルフ場の会員契約の無理解と言わざるを得ない重大な問題を孕んでいます。

つまり、契約自由の原則から、ゴルフ場経営会社は、入会資格を満たさない者との契約の締結を拒否できるのであって、ゴルフ倶楽部の会員権の譲受人が、会員たる地位を取得するためには、理事会等による入会承認を得なければならないのは当然のことであると考えられます。

そして、仮にゴルフ場経営会社等が入会を承認しなかったことが不当だとしても、それは不法行為(民法709条)等として損害賠償の対象となり得るに過ぎず、入会が承認されたことになるわけではないこともまた言うまでもありません。

ちなみに、外国人のゴルフ倶楽部への入会制限が争われた事案において、東京地裁平成13年5月31日判決は、「私人である社団ないし団体は、結社の自由が保障されている」とし、新たな構成員の加入を拒否する行為を…民法709条の不法行為に当たるとすることが許されるのは、結社の自由を制限してまでも相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、重大な侵害がされ、社会的に許容し得る限界を超えるといえるような極めて例外的な場合に限られるとして、ゴルフ倶楽部への入会に国籍による制限を加えるのは、社会的に許容される範囲であると判断して原告の請求を棄却し、控訴審・最高裁も、この結論を維持しています。

このように、入会希望者を倶楽部に入会させるか否かは、憲法で保障された結社の自由にも由来するものであって、その判断は最大限保障されなければならず、入会手続書類を送らなかったからといって、入会させたのと同様の取り扱いを認めよとするのは、法律的根拠を欠くと言わざるを得ません。

なお、本事案において、ゴルフ場経営会社は、「会員権の取得を会社に対抗できない」と争い、控訴審判決でも同様の表現が使われていますが、これはあたかも株式取得を会社に対抗し得るか、という別個の問題意識を、会員として倶楽部に入会させるかという問題に混同させた誤った理解であり、当事者の争い方、裁判所の判断双方に問題が残ると言わざるを得ません。

 

ゴルフ場側の注意点

本事案において、本件会社が、A氏の書類送付要請を黙殺したのは、元従業員のA氏が本件会社からの解雇を争い、訴訟で抗争したなどの対立経緯があったからのようですが、東京高裁がA氏の請求を認めたのは、本件会社側に、書類送付要請を無視したという落ち度があったことが大きな理由であったと推測されます。

したがって、本事案のように入会拒否が予想される場合であっても、会員権譲受人に対し、名義書換に必要な手続関係書類を送付しないなどという対応があってはなりません。

また、会則変更後の会員権譲受人に対しては、会則の変更を主張できると解されますが(既述)、名義書換手続の際には、会員権譲受人から、「現行の会則を承認した上で入会する」という同意書をもらうようにすべきです。

「ゴルフ場セミナー」2012年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

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