熊谷信太郎の「マイナンバー」

平成25年5月、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(以下「マイナンバー法」)が成立し、10月に施行されました。マイナンバーが記載された通知カードは、10月20日頃から概ね11月中に、住民票の住所に簡易書留で届くとされており(10月末日現在)、平成28年1月から、社会保障、税、災害対策の行政手続にマイナンバーが必要になります。

マイナンバーは、住民票を有する全ての方に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用される制度です。その効果として、①公平・公正な社会の実現(所得や他の行政サービスの受給状況を把握しやすくなるため、適切な徴税を行うとともに生活保護の不正受給・未受給をなくす)、②国民の利便性の向上(添付書類の削減等、行政手続が簡素化され、国民の負担を軽減する)、③行政の効率化(行政機関相互において情報照会を容易にする)の3つが挙げられています。

このように、行政上の利便性の観点から定められた法律ですが、ゴルフ場経営会社等の民間企業も従業員の健康保険等の加入手続を行ったり、従業員の給料から源泉徴収して税金を納めたりしているわけですから、無関係ではありません。

そこで今回は、ゴルフ場経営会社がマイナンバーを取扱う際の注意点を検討します。

マイナンバーの取得

マイナンバーの取得時期については、法定調書等を行政機関等に提出する時までに取得すればよく、必ずしも平成28年1月のマイナンバーの利用開始に合わせて取得する必要はありません。例えば、給与所得の源泉徴収票であれば、平成28年1月の給与支払いから適用され、平成29年1月末までに提出する源泉徴収票からマイナンバーを記載する必要がありますので、それに合わせて取得します。

ゴルフ場ではキャディ等パートやアルバイトの従業員も多いと思いますが、正社員だけでなく、契約社員、パート、アルバイト等、自社が直接給与を支払っている全従業員とその扶養家族の個人番号を取得します。但し、派遣社員については、派遣元が給与厚生業務を行うため、自社での対応は不要です。

また顧問税理士や弁護士、コースアドバイザー、コース管理業者(個人事業主)等に報酬を支払う場合、支払調書にマイナンバーを記載する必要があるため、こうした外部の方からもマイナンバーを取得します。

なお、取引先が法人の場合には、支払調書等に法人番号を記載する必要がありますが、法人番号は個人番号と異なり国税庁の公式サイト上に公表され誰でも利用できるので、万一取引先から番号の開示がなくても、自ら入手することが可能です。

マイナンバーを取得する際は、本人に利用目的を明示するとともに、他人へのなりすましを防止するために厳格な本人確認が必要です。

利用目的は、「個人番号利用事務等を処理するために必要な範囲内」で「できるだけ特定」しなければならないとされていますが(個人情報保護法15条1項)、「源泉徴収票作成事務」や「健康保険・厚生年金保険届出事務」という程度の特定で足りるとされています。

利用目的の通知の方法としては、文書の交付、就業規則への明記、社内LANにおける通知等が挙げられますが、個人情報保護法18条等のガイドライン等に従って、従来から行っている個人情報の取得の際と同様の方法で行うことも考えられます。

そして本人の同意の有無にかかわらず、利用目的の達成に必要な範囲を超えて利用することはできません。このため、源泉徴収のために取得したマイナンバーは源泉徴収に関する事務に必要な限度でのみ利用が可能です。なお、従業員からマイナンバーを取得する際に、源泉徴収や健康保険の手続き等、マイナンバーを利用する事務・利用目的を包括的に明示して取得し、利用することは差し支えありません。但し利用目的を後から追加することはできません。

もし従業員等がマイナンバーの提供を拒んだ場合には、社会保障や税の決められた書類にマイナンバーを記載することは法令で定められた義務であることを説明し、提供を求めます。それでも提供を受けられないときは、国税庁や厚労省等書類の提出先の機関の指示に従って下さい。

なお、マイナンバーは、法律や条例で定められた社会保障、税、災害対策の手続き以外で利用することはできません。これらの手続きに必要な場合を除き、民間事業者が従業員や顧客等にマイナンバーの提供を求めたり、マイナンバーを含む個人情報を収集し、保管したりすることもできません。

法律や条例で定められた手続き以外の事務でも、個人番号カードを身分証明書として顧客の本人確認を行うことができますが、その場合は、個人番号カードの裏面に記載されたマイナンバーを書き写したり、コピーを取ったりすることはできません。

これらの場合、偽り等の不正手段が認められれば罰則(後述)が科せられる可能性もあります。

本人確認

マイナンバーを取得する際は、㋐正しい番号であることの確認(番号確認)と㋑現に手続きを行っている者が番号の正しい持ち主であることの確認(身元確認)が必要です。原則として、①個人番号カード(=マイナンバーが記載された顔写真付のカード。番号確認と身元確認)、 ②通知カード(=住民のひとりひとりに個人番号を通知するもの。番号確認)と運転免許証等(身元確認)、 ③個人番号の記載された住民票の写し等(番号確認)と運転免許証等(身元確認) のいずれかの方法で確認する必要があります。

但し、これらの方法が困難な場合は、過去に本人確認を行って作成したファイルで番号確認を行うこと等も認められます。また、雇用関係にあること等から本人に相違ないことが明らかに判断できるとマイナンバー利用事務実施者が認めるときは身元確認を不要とすることも認められます。さらに、対面だけでなく、郵送、オンライン、電話によりマイナンバーを取得する場合にも、同様に番号確認と身元確認が必要となります(電話の場合には本人しか知り得ない事項の申告等で身元確認)。

利用・安全管理

マイナンバーを取り扱う際は、その漏えい、滅失、毀損を防止する等、マイナンバーの適切な管理のために必要な措置を講じなければなりません。個人情報一般の場合と異なり、個人番号に関しては全ての企業が安全管理義務を負うことになります。具体的な措置については、特定個人情報保護委員会からガイドラインが示されています(特定個人情報=マイナンバーをその内容に含む個人情報)。その概要は以下のとおりです。

①事業者各自において取扱いに関する基本方針・基本規定の策定

②特定個人情報ファイルの取扱状況を確認するための手段整備(組織的安全管理措置)

③特定個人情報等の管理区域・取扱区域を明確にし、電子媒体等の盗難防止の措置等を行う(物理的安全管理措置)

④事務取扱担当者の監督・教育(人的安全管理措置)

⑤アクセス権者の限定・アクセス時の識別と認証、外部からの不正アクセス防止等の措置(技術的安全管理措置)

但し、中小規模事業者(従業員の数が100名以下の事業者であって、一定の要件を満たすもの)の場合、講ずべき安全管理措置の体制を簡易化するという特例を設けることにより、実務への影響を配慮しています。

このように、マイナンバーの取得に先立って、利用しているシステムや帳票類などのフォーマットを変更し、番号の取得と保管に関するセキュリティ対策を行い、マイナンバーの取扱いに関する社員教育を徹底する等、各社の状況に応じた適切な安全管理体制を構築することが必要不可欠となります。

なお、マイナンバーが漏えいして不正に用いられるおそれがあるときは、マイナンバーの変更が認められます。そのため、マイナンバーが変更されたときは事業者に申告するように従業員等に周知しておくとともに、一定の期間ごとにマイナンバーの変更がないか確認することが考えられます。毎年の扶養控除等申告書等、マイナンバーの提供を受ける機会は定期的にあると考えられるので、その際に変更の有無を従業員等に確認することもできるでしょう。

罰則について

特定個人情報を不適正に取り扱った場合には、特定個人情報保護委員会から指導・助言や勧告・命令を受ける場合があるほか、正当な理由がないのに、個人の秘密が記録された特定個人情報ファイル(マイナンバーをその内容に含む個人情報ファイル)を提供した場合等には、処罰の対象となります。

例えば、㋐正当な理由なく特定個人情報ファイルを提供した場合には、4年以下の懲役か200万円以下の罰金又はこれらの併科、㋑不正利益目的で個人番号を提供・盗用した場合には、3年以下の懲役か150万円以下の罰金又はこれらの併科、㋒人を欺く、暴行、施設への侵入等不正行為で個人番号を取得した場合には3年以下の懲役又は150万円以下の罰金、㋓偽り等の不正手段により個人番号カードを取得した場合には6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金等の罰則が規定されています。

このようにマイナンバーに関する罰則は、個人情報保護法等他の関係法律の罰則よりも厳しいものとなっており、実際に違反を行った者だけでなく、法人も罰するいわゆる両罰規定が定められています。

一方、これらの罰則は故意犯を対象としているので、サイバー攻撃等で情報が漏れた場合等、過失による情報漏えいの場合には罰則は課せられません。但し、漏えいの様態によっては、特定個人情報保護委員会から改善を命令される場合があり、それに従わない場合、罰則はありえます。なお過失の場合でも、民事上の損害賠償請求をされる可能性はありますので、適切な安全管理体制の構築が必要となります。

委託や再委託

マイナンバーを取り扱う業務の全部又は一部を委託することは可能です。また、委託を受けた者は、委託を行った者の許諾を受けた場合に限り、その業務の全部又は一部を再委託することができます。

委託や再委託を行った場合は、個人情報の安全管理が図られるように、委託や再委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければなりません。委託や再委託を受けた者には、委託を行った者と同様にマイナンバーを適切に取り扱う義務が生じます。

マイナンバーの廃棄

個人番号関係事務を処理する必要がなくなった場合で、所管法令において定められている保存期間を経過した場合には、個人番号をできるだけ速やかに廃棄又は削除しなければなりません。

例えば、扶養控除等申告書の法定保存期間は7年ですが、この期間を経過した場合には、マイナンバーを復元できない手段でできるだけ速やかに廃棄又は削除しなければなりません。或いは、マイナンバー部分を復元できないようにマスキングまたは削除した上で、当該書類の保管を続けるという方法もあります。

なお、廃棄が必要となってから廃棄作業を行うまでの期間については、安全性と事務の効率性等を勘案し、毎年度末に廃棄を行う等事業者において判断すればよいとされています。

廃棄や削除の具体的な方法についても、実務の手順として決めておきます。削除・廃棄の記録を保存する必要もあります。廃棄等の作業を委託する場合には、委託先が確実に削除・廃棄したことについて、証明書等により確認することも必要です。

「ゴルフ場セミナー」2015年12月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎)

熊谷信太郎の「原発事故」

2011年3月11日に発生した東日本大震災から3年半が過ぎました。この震災では地震自体により被害を受けたゴルフ場のほか、震災後に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染やそれによる風評被害を受けたゴルフ場も多数にのぼりました。特に、原発事故により飛散した放射性物質による被曝の恐れからプレーヤーがゴルフ場の利用を控えたために、売上の減少という風評被害を被ったゴルフ場は福島近県のみならず首都圏のゴルフ場の中にも相当数出たのではないかと思います。

原発事故による被害に対しては、東京電力が賠償金の支払を行っていますが、賠償の基準や範囲には問題点も多く、実際に生じた被害に対して十分な賠償が行われているかについては疑問があります。

ゴルフ場の風評被害に関し、東京電力の賠償基準では、福島県内のゴルフ場と東北5県および茨城・栃木・群馬・千葉の4県に所在し、宿泊施設などを併設して「観光業」と認められるゴルフ場を賠償の対象とするという運用が行われてきたようです。これは、原子力損害賠償紛争審査会の定めた中間指針が、風評被害に対する賠償対象について、事業所の所在する地域により区別するとともに、「観光業」か、その他の「サービス業等」にあたるかによっても区別していることによると思われますが、こういった区別に基づく運用が画一的に行われてきたために、これらの地域外に所在するゴルフ場や「観光業」にあたらない専業のゴルフ場などについては十分な賠償が行われてこなかったのが実情でした。

もっとも、最近では千葉県や茨城県に所在する専業のゴルフ場の中にも、文部科学省の設置した原子力損害賠償紛争解決センター(以下、「ADRセンター」と表記します。)の和解仲介手続を利用して東京電力から賠償金の支払を受けるケースが出てきました。このような動向をふまえ、今回は原発事故により被害を受けたゴルフ場が東京電力に対して損害賠償を求める手続とその注意点を解説したいと思います。

風評被害

原発事故によりゴルフ場に生じうる損害としては、放射性物質により汚染された土壌や芝などの除染費用といったものも考えられますが、大きなウェイトを占めるのは、いわゆる「風評被害」と呼ばれる損害です。これは、原発事故後に行われた報道などの結果、ゴルフ場の所在する地域に放射能汚染が及んでいるのではないかとの風評が生じ、これによりゴルフ場の来場者数や売上が減少したために生じた損害です。なお、東京電力に対して賠償を求めることができるのは原発事故を原因とする風評被害から生じた損害に限られますから、たとえば地震自体を原因とする交通機関の障害、ガソリンの値上がり、余震のおそれなどを理由とした来場者数・売上の減少は自然災害や経済事情によるものであって、原発事故による風評被害に該当せず、賠償請求の対象にはならないことに注意が必要です。

原子力損害賠償紛争審査会の定めた中間指針では、原発事故と相当因果関係の認められる風評被害であれば賠償の対象とすると明記されています。この相当因果関係の有無については「消費者又は取引先が、商品又はサービスについて、本件事故による放射性物質による汚染の危険性を懸念し、敬遠したくなる心理が、平均的・一般的な人を基準として合理性を有していると認められる」かどうかによって判断されます(同中間指針)。ゴルフ場の場合も「ゴルフ場の利用者である平均的・一般的なプレーヤーにとって、放射性物質による汚染の危険性を懸念し、当該ゴルフ場の利用を敬遠することが合理性を有しているかどうか」を基準に賠償の対象となる風評被害の有無を検討すべきということになります。

ここで留意すべきなのは、放射能汚染の広がりは、単純に原発からの距離だけで決まるものではなく、風向きや地形といった個別の地理的状況によって大きく左右されるということです。原発から相当離れた場所であっても高い放射線量が観測される地域、いわゆる「ホットスポット」と呼ばれる地域があることはご承知のとおりです。

ゴルフ場が原発から離れた場所にあったとしても、ゴルフ場の近隣地域にホットスポットがあるとの報道がなされており、原発事故後の来場者数が例年を相当程度下回っていれば原発事故による風評被害が原因である可能性は高いと考えられます。

風評被害が生じていた場合の損害額の具体的な算定方法については技術的に難しい部分を含むため本稿では詳述を控えますが、損益計算書などの計算書類や帳簿類をもとに、基準となる年度と風評被害を受けた年度の利益額の差額(減少額)をもとに、原発事故以外の要因による利益の減少を加味して算出することになります。ゴルフ場ごとの個別の事情に大きく左右されますが、算定される損害額は数百万円から数千万円程度に及ぶ場合もあります。

東京電力に対する請求の方法

それでは、賠償の対象となる損害がゴルフ場に生じている場合、どのような方法で賠償請求を行うことになるのでしょうか。

第1に考えられるのは、東京電力に対して直接損害賠償を求める方法です。原発事故により生じた損害について東京電力は賠償請求を受け付ける専用の窓口を設けていますので、これを利用することになります。この方法によるメリットは、東京電力が定めた賠償基準に沿った請求であれば早期に賠償金の支払を受けられるという点にあります。他方、賠償金を支払うかどうかは東京電力の判断次第ですから、賠償基準に当てはまらないゴルフ場が請求を行う場合には支払がなされる見込みは低いと考えられます。

第2の方法としては、ADRセンターの和解仲介手続を利用することが考えられます。これは、文部科学省の設置したADRセンターの指定する仲介委員が、中立的な第三者の立場で被害者と東京電力双方の言い分を聞き、妥当な和解案を提示するなどして和解の成立を仲介するという手続です。後述の訴訟提起と比較すると、解決までに要する期間が短期間であり(センターでは4~5か月以内の解決を目標としています)、申立自体に費用がかからないなどのメリットがあります。

また、原発ADRセンターは、東京電力の定めた賠償基準にとらわれずに和解案の提示を行うことができますので、東京電力の基準では賠償の対象外とされてしまうゴルフ場であっても賠償金の支払を認める内容の和解案が提示される可能性があります。センターの提示した和解案に法的な拘束力はありませんが、原子力損害賠償支援機構と東京電力が作成した「総合特別事業計画」において、東京電力はセンターの提示した和解案を尊重することとされています。

もっとも、ADRセンターの提示した和解案の受諾を東京電力が拒否するという事例もあるようですので、解決手続としての実効性という点では劣る面があるといえます。

第3の方法は、東京電力に対して賠償金の支払を求めて訴訟を提起するという方法です。原発ADRセンターの手続を利用したが、和解が成立せずに手続を打ち切られた場合にも、訴訟提起を検討することになります。これは通常の裁判を行うということですので、賠償を認める判決が出されて確定すれば東京電力の意思にかかわらず賠償金の支払を受けることができます。実効性という点では最も優れた方法ですが、手続が非常に厳格であり、控訴や上告も含めると解決までに長い期間がかかってしまうというデメリットがあります。また、手続が原則として公開の法廷で行われるため、風評被害について損害賠償を求めていることを第三者に知られたくないという場合には望ましい方法ではありません。

原発ADRの利用と注意点

以上の3つの方法のうち、どれを選択するかはケースごとに個別の判断が必要となります。

東京電力の賠償基準に沿った請求であれば東京電力に対する直接請求が最も迅速な解決が見込めますし、労力も少なくて済みますが、首都圏の専業のゴルフ場が風評被害に基づいて損害賠償を請求するケースでは支払を拒否されてしまうケースが多いと考えられます。

こういったケースでは、ADRセンターの和解仲介手続の利用、または訴訟提起のいずれかを選択するのが現実的だと思いますが、訴訟提起には前述のとおりリスクが大きいことから、まずはADR手続の利用を検討することをお勧めします。ADR手続で和解案の提示がなされた場合、万一、東京電力が受諾を拒否したとしても、センターから賠償金の支払を認める内容の和解案の提示がなされたという事実は、その後の訴訟でゴルフ場側にとって有利な事情となると考えられます。

原発ADRの手続を利用するためには、原発事故と損害との因果関係や損害額についての主張を記載した申立書を作成してADRセンターに提出する必要があります。作成方法や申立書の書式はセンターのホームページに掲載されていますが、因果関係についてゴルフ場ごとの個別の事情をふまえて効果的な主張を行うことは難しい面がありますし、損害額の計算も前述のとおり計算書類や帳簿などの精査・検討が必要となります。ADRの手続自体は弁護士に委任せずに行うことも可能ですが、有利な和解案の提示を受けるためには専門的な知識のある弁護士への委任も検討してみる必要があります。

申立書の提出後は、センターが仲介委員を指名することになっています。この仲介委員は経験のある弁護士などから選ばれるようです。仲介委員は、申立書とこれに対する東京電力の反論を記載した答弁書を検討した上で口頭審理期日を指定します。この口頭審理期日では、申立てを行った被害者側と東京電力側がセンターに出向き、仲介委員に対して補足説明を行ったり、和解についての協議を行います。東京電力側からは弁護士が代理人として出席しますが、必要に応じて東京電力社内の担当者も同席します。この口頭審理期日では、仲介委員や東京電力から質問された点についてその場で回答するとともに、自らの主張を説得的に説明することが必要となります。東京電力側の代理人弁護士は同様のADR手続を何件も処理していて慣れていますから、これに対応するためにはやはりゴルフ場側も弁護士に手続を委任するのが得策だと思います。

このような口頭審理期日を経て双方の主張・立証が出揃った段階で、仲介委員から和解案の提示がなされることになります。双方が和解案を受諾すれば和解書を締結して、東京電力から賠償金の支払がなされます。和解案について当事者が合意に至らず、話し合いによる解決の見込みがない場合には和解仲介手続は打ち切られ、その後、訴訟提起を行うかどうかを検討することになります。

原発被害について東京電力に対して損害賠償請求を行うのは、手続等の面で難しい部分もありますが、問題の本質は「原発事故により生じた損害は、原発事故について責任を負う者(東京電力)が償うべきである」ということです。原発事故後の風評被害で来場者数・売上が減少したゴルフ場は、コースの臨時クローズや人件費削減、設備・施設の簡素化などにより対応することを余儀なくされたと思いますが、それは結局ゴルフ場利用者の利便性やプレーの快適性に影響を与えるものです。種々の理由から損害賠償請求をためらわれているゴルフ場も多いと思いますが、原発事故による被害を受けたゴルフ場が正当な賠償を受け、被害回復を図ることが、ひいてはゴルフ場利用者の利益の増進にもつながるのではないでしょうか。

「ゴルフ場セミナー」2014年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「役員選任決議」

平成20年12月の新たな公益法人制度の施行により、いわゆる関東七倶楽部始め全国29の社団法人制ゴルフ倶楽部は、一般社団法人へと移行しました。平成14年4月にスタートした中間法人制度も廃止され、中間法人も一般社団法人に衣替えしています。また、法人格のない任意団体のゴルフ倶楽部も多く存在しますが、団体名で契約の締結や登記ができない等の制限のあった権利能力なき社団も、本制度施行に伴い一般社団法人として法人格を取得することができることになりました。

一般社団法人への移行認可を受けるためには定款を一般社団法人法等の法令に適合させることが必要です。一般社団法人制の名古屋市内のAゴルフ倶楽部(元は公益法人)も、新定款を新法令に適合させる作業の中で、従来は「会員」の中から理事を選ぶことになっており、法人会員の「登録会員」も「会員」なので理事に選出し得たところ、「社員」の中から理事を選出する規定に変更しました。ところが理事会が法人会員の登録会員(これは「会員」であっても「社員」ではありません)も理事・監事に選任できるように定款変更し、登録会員の中からも新理事を選任したため、社団法人の社員が理事選任決議の取消と定款変更の無効を訴えた事案で、名古屋地裁は、平成26年4月18日、理事選任を取消す判決を下しました。

近年、スポーツ団体の役員選任に関する争いが相次いでおり、平成23年8月には、東京地裁が日本スキー連盟の会長理事選任について無効であるとの判断を下しています(東京地裁平成23年8月31日判決)。日本アイスホッケー連盟においても、平成25年9月に行われた連盟の役員改選手続に違反があったとして、一部評議員が同連盟を相手取り評議員会の決議無効確認を求める訴訟を起こし、東京地裁で係争中です(平成26年5月現在)。

今回は、名古屋地裁の事案を検証した上で、ゴルフ場経営会社の役員の選任手続について検討します。

 

名古屋地裁の事案の概要

被告は昭和28年に民法上の公益社団法人として設立された後、平成25年3月に一般社団法人への移行認可を受け、4月に一般社団法人として設立されました。

平成20年の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団法人法」)施行に伴い、被告は一般社団法人への移行認可を受けることになり、定款を一般社団法人法等に適合させることが必要となりました。

この定款変更の作業の中で、被告は、平成 24年度定期会員総会において、理事等の役員を「会員」から選任するという従来の定款を、「社員」から選任するという規定(定款17条1項)へ変更する旨の決議等をしました(以下「本件定款変更決議」)。

この際、「倶楽部運営に影響を及ぼすことのない範囲内の表現等に関する軽微な修正が必要となった場合には、理事会の決議により修正できることとする」旨の付帯条件(以下「本件付帯条件」)も決議されました。

平成24年11月、被告は理事会を開催し、定款17条1項について、本件付帯条件で許容された修正の範囲内の修正であるとして、理事等の役員は社員総会において優先的施設利用権を有する「会員」より選出すると変更する旨の決議をしました(以下「本件理事会変更決議」)。

なお、被告においては、法人が社員となることを認めており(法人社員)、法人社員が指定した個人を登録会員として、優先的施設利用権を行使することを認める制度を採用しています。つまり「社員」は法人であって、登録会員は「会員」であっても「社員」ではないことになります。

被告は、平成25年5月、平成25年度定期社員総会を開催し、10名の者を理事に選任する旨の決議をしましたが(以下「本件理事選任決議」)、このうち6名は被告の社員ではなく、被告の法人社員の登録会員でした。

平成25年6月、原告らは訴訟を提起しました。

 

定款変更無効確認請求について

名古屋地裁は、定款の変更の無効確認を求める部分については概ね以下のよう述べて原告の訴えを不適法として却下しました。

一般社団法人の定款変更は組織の基礎の変更であって慎重な判断を要する事項であることから、社員総会の特別決議によるものとされている。また社員総会決議の瑕疵については、多数の利害関係人の法律関係に影響を及ぼすものであり画一的に確定されるべきとの要請がある。

よって一般社団法人の定款変更の瑕疵については、定款変更に係る社員総会決議の瑕疵を争う訴訟として、決議取消訴訟、決議不存在確認訴訟及び決議無効確認訴訟によって争うべきものであって、法定の訴訟類型以外の無効の一般原則による訴えによって争うことは許されず、訴えは不適法と解すべきである。

 

理事選任決議の取消について

一方、理事選任決議については、概ね以下のとおり述べて、取消事由があると判断しました。

㋐本件理事会変更決議による定款17条1項の変更が、本件付帯条件で許容された修正の範囲を超えるかどうかが問題となる。

㋑文理上、法人の社員とは法人の構成員を示すものであって、構成員でない施設利用権者である会員を含むとは解されず、社員と施設利用権者である会員とを峻別することが本件定款変更決議の主眼の1つとされたこと等からすると、定款17条1項の「社員」に登録会員を含む趣旨と考えることはできない。

㋒本件理事会変更決議は、社員ではない会員から理事等を選任することを許していない定款 17 条 1 項を、登録会員からも選任することを許す旨の定款へと変更したもので、被告の理事・監事の被選任資格者の範囲を変更したものである。

㋓理事・監事の被選任資格者の範囲の変更は組織・運営に影響を及ぼす変更で、本件付帯条件で許容された修正の範囲を逸脱した変更である。

㋔本件理事会変更決議による定款変更は、本来必要な社員総会決議による定款変更手続を欠いているから、本件理事選任決議は定款 17 条 1 項に拠るべきであった。

㋕したがって、社員でない者を理事に選任した本件理事選任決議には、決議内容が定款17条1項に違反するものとして取消事由がある。

 

定款変更手続

名古屋地裁の事案では、本件付帯条件で許される修正の範囲を超えた変更なので、原則どおり定款変更の手続が必要であるとされました。

定款とは、社団法人(会社・公益法人・協同組合等)及び財団法人の目的・組織・活動・構成員・業務執行等についての基本規則そのもの(及びその内容を紙や電子媒体に記録したもの)です。

定款は社団法人の根本規則なので、どの社団法人においても、定款変更には普通よりも加重された決議要件が課されています。

株式会社の場合、原則として株主総会の特別決議(議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上に当たる多数をもって行う決議)が必要です。

一方、一般社団法人においては、社員総会において、総社員の半数以上であって、総社員の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあってはその割合)以上の賛成が必要です。

 

役員の選任方法

ゴルフ場を経営する会社には、株式会社、一般社団法人、一般財団法人、任意団体の場合等がありますが、それぞれの役員の選任方法については法律上どのように規定されているのでしょうか。

株式会社の場合、取締役及び監査役(以下「役員」)は株主総会で選任されます。ただし、株主総会の決議により当然に役員になるのではなく、株主総会で役員が選任された後、会社と役員との委任契約により取締役に就任します。

選任は株主総会の普通決議により行われます。つまり、総株主の議決権の過半数(定款で引下げ可)を有する株主が出席し、その議決権の過半数(定款で引上げ可)で決議されます。しかし、定款において定足数を緩和している場合であっても、役員選任の場合は総株主の議決権の3分の1以上の株式を有する株主の出席が必要です。

また、定款では、必要に応じて、役員の選任方法として通常決議とは異なる議決方法を定めたり、また理事になることのできる条件を定めたりすることができます。その法人と関わりのない人の中からも選任できます。この場合、定款で定めた条件に従わないと名古屋地裁の事案のように取消原因があるとされかねませんので注意が必要です。

旧商法では株式会社はその規模にかかわらず、3人以上の取締役が必要でした。

これに対し会社法では、取締役会を設置する場合は、3人以上の取締役を置く必要がありますが、取締役会を設置しない場合には、1人でかまいません。ただし、会社法の規定に反しない限度で、定款で取締役の員数の最低限度又は最高限度、或いは最低限度及び最高限度を定めることはできます。

会社は役員を選任したときにその氏名を登記しなければなりません。就任の日から2週間以内に本店の所在地で、就任登記をする必要があります。

なお、監査役を置く必要のある会社は、取締役会設置会社及び会計監査人設置会社(いずれも委員会設置会社を除く)です。

 

一般社団・財団法人、任意団体の場合

一般社団法人の理事の選任は、原則として、社員総会の通常決議(一般的な議決方法として定めた方法)で行うこととなっています。

ですから、定款に社員総会の決議について定めている場合にはその方法で、定めていない場合には、過半数出席・過半数賛成で選任することとなります。

また、定款では、必要に応じて、理事の選任方法として通常決議とは異なる議決方法を定めたり、また理事になることのできる条件を定めたりすることができます。その法人と関わりのない人の中からも選任できます。もっとも理事はゴルフ倶楽部のメンバーの代表者という性格があるため、あまり外部から理事を招くという実例は多くないと思われます。

なお、理事は忠実に職務を執行する義務があり、委任状により理事会に出席することは認めらないことに注意が必要です。

なお、一般財団法人の理事・監事の選任は、原則として、評議員会の通常決議(一般的な議決方法として定めた方法)で行います(社員総会を評議員会と読み替える以外は一般社団法人とほぼ同様です)。また、評議員の選任方法は設立者が定款で定めます。

ゴルフ倶楽部が単なる任意団体の場合には、役員をどう決めるかは団体内部の自治によるので、例えば代表者が役員を任命する等代表者の裁量で役員を選任することも認められます。もっとも、㋐団体としての組織を備え、㋑多数決の原理が行われ、㋒構成員の変更に関わらず団体が存続し、㋓その組織において代表の方法・総会の運営・団体としての重要な点が確定している場合に権利能力なき社団といえることになるので、多数決により役員を選任しないと権利能力なき社団とは認められない可能性が高いことになります。

「ゴルフ場セミナー」2014年7月号
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「賃料減額請求」

2008年のリーマンショックを発端とした世界的な金融不安以後、我が国ではデフレ傾向が続き、消費者物価指数も4年連続で下落する中、ゴルフ会員権の価格やプレーフィも値下がりし、ゴルフ場経営も深刻な影響を受けています。

アベノミクスの効果により株価が上昇し、デフレ脱却の兆しも見えていますが、本格的なデフレ脱却には程遠い状況です。

一方、全国のゴルフ場約2400コースの中で、約7割のゴルフ場が借地を抱えていると言われており、プレーフィが値下がりしているデフレ状況の中で、借地料の見直しはゴルフ場経営における重要な課題となっていますが、地主が任意に地代の減額に応じることはなかなか期待できません。

そこで考えられるのが借地借家法11条の地代減額請求ですが、ゴルフ場経営を目的とする借地に、建物所有目的の借地を対象とする借地借家法の規定が類推適用されるかどうかが問題となります。

この点、本年1月25日、最高裁は、ゴルフ場経営を目的とする土地賃貸借契約及び地上権設定契約に、借地借家法11条の類推適用の余地はないとの判断を下しました(以下、「本件最高裁判決」)。

つまり、ゴルフ場経営会社は、地主に対し、地代等の減額請求権はないというわけです。

本件は、ゴルフ場経営を目的として、ゴルフ場経営会社が、25筆の土地(以下「本件土地」)を賃借し、又は地上権の設定を受けたという事案で、当初合意された地代及び土地の借賃が、その後の事情により不相当に高額となっているとして紛争が生じ、借地借家法11条の適用の有無が問題となりました。

 

地代等増減額請求権

地代等増減額請求権とは、地代等が、①土地に対する租税等の増減により、②土地の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、③近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、地主や借地人は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができるというものです。

ただし、一定期間、地代を増額しない旨の特約がある場合は別です。

借地人が地主から地代の増額の請求を受けたときは、借地人は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額の地代を支払えば足り、これを支払えば債務不履行になりません。

ただし、裁判確定後、支払額に不足があるときは、賃借人は、その不足額に年1割の支払期後の利息を付して支払わなければなりません。

一方、地代減額請求についても、当事者間で協議が整わない場合、地主は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の支払を請求することができ、借地人は地主からの請求額を支払わなければなりません。

ただし、裁判確定後、支払額が正当とされた地代等の額を超えるときは、地主は、超過額に受領時から年1割の利息を付して返還しなければなりません。

 

具体的な手続の流れ

 具体的には、「来月から月○円に増額(減額)します」という内容の通知を内容証明郵便で相手方に送り、この通知が到達したことにより、法律上は地代等が変更されたことになります。

実際には、地代の増減額の請求を行い、相手方が納得すれば増減額後の地代が新しい地代となります。

相手方が納得しない場合には、法的手続に進みますが、訴訟提起の前に民事調停の申立をして、一度は裁判所で話し合いの機会を持つことが必要となります。

裁判官と2人の調停委員が、当事者双方から意見を聞きながら、実情に即した話し合いによる解決を図ります。

調停が成立しない場合には、通常の訴訟手続によることになります。

 

事案の概要

本事案の概要は以下のとおりです。

(1)本件土地につき所有権又は共有持分権を有する地主Aは、昭和63年7月、Bとの間で、本件土地のうちの13筆について地上権設定契約を、その余の12筆について賃貸借契約をそれぞれ締結しました(以下、両契約を併せて「本件契約」)。

本件契約では、地代及び土地の借賃(以下「地代等」)を合計年額737万7690円とすること、ゴルフ場経営を目的とすること等が定められました。

(2)平成18年9月、ゴルフ場経営会社は、地主Aの承諾を得て、地上権者及び賃借人たる地位を取得し、本件土地を利用してゴルフ場を経営しています。

(3)ゴルフ場経営会社は、平成19年3月、地主Aに対し、本件契約の地代等について減額の意思表示をしました。

(4)ゴルフ場経営会社は、平成21年4月1日支払分以降の地代等を支払わず、正当とされる地代等の額は合計年額427万9060円であると主張しました。

 

原審の判断

借地借家法の適用があるためには、借地上に建物を所有することを目的としていなければなりませんが、クラブハウスや売店等はゴルフ競技をするための付随的な存在に過ぎないとして、ゴルフ場が有する敷地利用権は、判例・学説上借地借家法上のいわゆる借地権であるとは認められていません。

しかし、原審である福岡高裁宮崎支部は、借地借家法11条の立法趣旨の基礎にある事情変更の原則や契約当事者間における公平の理念に照らせば、建物の所有を目的としない本件契約においても、同条の類推適用を認めるのが相当であると判断しました。

これに対し、最高裁は原審の判断を否定し、類推適用の余地はないと判断したのです。

 

平成25年1月22日最高裁判決

最高裁はまず、借地借家法の趣旨について、建物の保護に配慮して、建物の所有を目的とする土地の利用関係を長期にわたって安定的に維持するために設けられたものと解されると判旨しました。

その上で、同法11条の規定について、「単に長期にわたる土地の利用関係における事情の変更に対応することを可能にするというものではなく、上記の趣旨により土地の利用に制約を受ける借地権設定者に地代等を変更する権利を与え、また、これに対応した権利を借地権者に与えるとともに、裁判確定までの当事者間の権利関係の安定を図ろうとするもの」だとし、「これを建物の所有を目的としない地上権設定契約又は賃貸借契約について安易に類推適用すべきものではない」としました。

そして、本件契約においては、①ゴルフ場経営を目的とすることが定められているに過ぎないし、また、②本件土地が建物の所有と関連するような態様で使用されていることもうかがわれないから、本件契約につき借地借家法11条の類推適用をする余地はないというべきであると判断したのです。

 

借地借家法11条の趣旨

建物所有目的の土地の賃貸借の場合には、賃貸借期間は30年以上でなければならず、30年経過時も、建物が存続している限り、同一条件でほとんど自動的に更新が強制されます。

更新拒絶ができる場合も法律上は一応想定していますが、なかなか認められるものではありません。

そのため、契約期間中に賃料相場が不相当となったり、また、契約更新時も自由な賃料の合意が妨げられてしまう可能性が高く、賃料が不相当となった場合には、賃料の増減額請求を法律によって強制する必要性が存在します。

これに対し、賃貸借契約の基本原理を定める民法においては、賃料の増減額に関する規定はありません。

つまり、賃貸借契約が継続する限り、当初契約によって定めた賃料がそのまま契約終了まで継続することが原則です。

不動産の賃貸借の場合であっても、建物所有目的でない民法上の賃貸借の場合には(例えば駐車場として利用する目的の土地の賃貸借の場合)、契約期間は20年を超えない限り自由に定めることができ、2年や3年といった短期で貸すこともできますので、減額請求を認める必要性に乏しいと言えます。

そして、契約期間満了時に、契約を終了するか更新するかは、当事者の合意によって決定できます。

契約満了時に契約自由の原則と競争原理が働き、賃料に特に不満がなければ双方とも同一条件で契約を更新すればよく、借主の方が割高になっていると考えるのであれば、賃料を値下げしない限り更新しないとすることもできるわけです。

 

ゴルフ場用地の特殊性

これに対し、ゴルフ場経営者としては、事業場所を他に移転することは甚だ困難であり、土地を返すにも原状回復には多額の費用が必要なことから、ゴルフ場用地の借地の場合には、契約期間満了時に更新後の賃料の額が合意できなければ土地を返すといった競争原理が働きにくい事案が多いと思われます。

そのため、契約期間も相当長期間になる場合が多く、建物所有目的の借地の場合と同様、契約期間中に賃料相場が不相当となった場合には、契約当事者間の公平の観点から、賃料の増減額請求を法律によって強制する必要性が存すると言えます。

本件最高裁判決の事案においても、地代等が決められたのは20年以上前であり、その後の経済状況の変化等を考慮した適正な賃料価格を裁判所が公的に決定するという意味で、借地借家法の地代増減額請求権の規定の類推適用を認めてもよかったのではないかと思われます。

 

ゴルフ場経営会社の注意点

上記のとおり、ゴルフ場用地の借地の場合には、借地借家法11条の類推適用が認められてもよい事案が多いと思われますが、今回の最高裁判決を前提とすると、地主が合意しない限り地代の減額は認められないのが実状です。

そのため、地代が不相当であるとして地主に減額交渉をする場合であっても、当初の地代分を支払っておかないと、債務不履行として賃貸借契約を解除されることもあり得ますので注意が必要です。

なお、クラブハウスの敷地部分については、コース敷地の賃貸借契約とは別個に契約しているのであれば、借地借家法の適用が認められますので、少なくともこの部分について減額請求することは可能です。

もっともこの場合でも、地代の減額について地主の了解が得られなければ、地主の言い値を支払っておかなければならないことにも注意が必要です。

また、今後新たに借地の契約を締結する際には、賃料の見直し期間を短期(2年程度)に設定し、数年ごとに地代を見直すことができるような契約内容にすることが最低限必要であると思われます。

一方、M&Aの際にも、借地問題に関するデューデリジェンスが非常に重要になります。

本件最高裁判決の事案で、平成18年にゴルフ場経営会社が賃借人等の地位を取得する際に、地代についてどう評価したのか、地代等の見直しを地主に求めたのかどうか等の事情は明らかではありませんが、デューデリジェンスにおいては、形式的な賃貸借契約期間などの調査では足りず、地代の相当性や地主との関係・繋がり、地主の返還意思の有無(特に相続により当事者が変わっている場合には要注意)等、掘り下げたデューデリジェンスが必要です。

「ゴルフ場セミナー」2013年4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「借地問題②」

平成24年5月31日、大阪高等裁判所は、地主からゴルフ場に対する土地明渡請求訴訟において、一審のゴルフ場勝訴判決を覆し、地主側全面逆転勝訴の判決を下しました(以下、一審判決を「大阪地裁判決」、控訴審判決を「大阪高裁判決」といいます)。この裁判において、筆者は主として控訴審から地主側で関与しました。今号では、この大阪での裁判の内容について、詳しく紹介します。

事案の概要

この裁判は、大阪中心部より直線距離で約10㎞、車で30分程度の場所にあるゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」)を経営する会社(以下「本件経営会社」)に対し、ゴルフ場用地として土地を貸していた地主らが、賃貸借契約または使用貸借契約の終了に基づき土地の明渡しを求めたという事案です。

本件経営会社は昭和35年に同族会社として設立され、昭和49年に本件ゴルフ場をオープンしました。その後、平成6年11月に再び大規模な開発工事を行い、コースを1.7倍に拡張してリニューアルオープンしました。

土地Aは昭和48年ころ、土地B〜Eは昭和61年〜63年ころに、地主A〜E(またはその親族)が、本件ゴルフ場の当時の経営者が経営していた別会社(以下「旧経営者一族」)に賃貸し、その後旧経営者一族がその賃借権を本件経営会社に譲渡するなどしました。

各土地の位置関係は、概ね図のとおり。いずれもプレーへの影響は避けられない重要部分です。特に土地A~Cは、グリーンやFWのプレイングゾーンに大きくかかり、ホールの距離やレイアウトの変更を余儀なくされる重要部分でした(以下土地A〜Eを「本件各土地」、地主A〜Eを「地主ら」といいます)。

 

平成17年5月26日、本件経営会社に対し民事再生手続開始決定がなされましたが、本件経営会社の債権者の1人が、同年7月8日付で、会社更生手続の開始を申立て、裁判所は同月31日に会社更生手続開始決定をしました。こうした中、地主らは平成17年8月12日、本件訴訟を提起しました。

そして平成18年6月30日、旧経営者一族とは何ら関係のない会社をスポンサーとする更生計画が認可され、同年10月30日に会社更生手続は終結しています。

大阪地裁判決

大阪地方裁判所は、本件賃貸借契約は期間満了又は解約申入れによって終了し、使用貸借契約は使用収益期間の経過により終了したが、権利の濫用に当たり許されないなどと判断して地主らの請求を棄却しました。

大阪地裁判決は、権利濫用の成否において、①ゴルフ用地として貸したのだから、相当長期にわたって契約関係を維持することが予定されており、地主らが本件各土地を必要としたときに返還するという合意などなかった②本件明渡請求を認めると、㋐集客力に影響する、㋑改修工事費用の負担が重い、㋒会社更生手続が終結したばかりで経営に大きな影響を与える、㋓昨今の経済状況が悪い、㋔明渡しが営業に及ぼす経済的影響は少ないとは言えないし、廃業するような事態に至ることはないと断定することはできない、㋕廃業となれば地権者や会員が多大な損失を蒙り、地元自治会の期待に反することなどを理由に、経済的不利益が甚大であるとして、地主らの請求は権利濫用にあたり許されないと判断しました。

大阪高裁判決

これに対して大阪高裁では、使用貸借である土地Aについては明け渡しを認める訴訟上の和解が成立したので(後述)、賃貸借部分について判断し、本件各賃貸借契約は期間満了又は解約申入れにより終了しており、地主らの本件各土地の明渡請求は、本判決確定後1年の猶予期間を設ければ、権利の濫用とは認められないと判断し、地主側が全面逆転勝訴しました。

大阪高裁判決は、権利濫用にあたるか否かは、㋐主観的要件と㋑客観的要件に従って判断する必要があり、とりわけ㋑のみで判断する場合には、巨額の投資による事業であれば、違法でも既成事実として優先してしまうという不当な結果となることから、その判断を慎重に行う必要があるべきであるとした上で、以下の事実に照らせば、地主らの明渡請求が権利の濫用に当たるとは評価できないと判断したのです。

①本件各賃貸借契約は、地主らと旧経営者一族との間の特別な信頼関係の下で締結されたものであり、本件ゴルフ場の経営が旧経営会社一族の手から離れた場合に、地主らが契約解消を求めても、契約当時の当事者の意思に反するなどとは言えない。

②本件経営会社が、本件各土地を全部明渡した場合においても、相当な蓋然性をもって本件ゴルフ場が閉鎖・廃業に至るとまでは認められず、コースレイアウトを変更の上、営業を継続できる可能性が高いと認められる。

③土地返還後に地主らが本件ゴルフ場内を通って本件各土地に往来しても、必要な措置を講じれば、その安全性が確保される。

④本件経営会社は、会社更生手続におけるスポンサーと実質的に同一であると考えられ、コースレイアウトの変更のための改修工事費用等の負担については、経営見通しの誤りとして、負担を余儀なくされてもやむを得ないといえる。

⑤したがって、土地返還が利害関係人に与える影響もそれほど大きくはなく、利害関係人の不利益を大きく評価することは相当ではない。

⑥地主らは返還後に自ら農地等として利用する予定を有している。

⑦地主らの明渡請求には、本件経営会社を害する目的が認められない。

⑧会社更生手続という事情は、権利濫用を基礎づける積極事情とはいえない。

 

先の大阪地裁判決は、前号で説明した『鹿島の杜カントリー倶楽部事件』における判決と論理構成や結論がよく似ており、これを先例として意識し判断していると推測できます。

しかしながら本件事案は、鹿島の杜CCの事案と全く異なるものであり、むしろ前号の鷹之台カンツリー倶楽部の事案によく類似しています。

以下、判断のポイントとなった点について、本件事案と各々の事案との比較もしながら、見ていきます。

 

①ゴルフ場の経営継続の可能性

鹿島の杜CC事件判決は、多大な費用と時間をかけてゴルフコースの配置等を大幅に変更しなければならなくなることも容易に予想される土地であることを理由の1つとして、地主らの請求を権利濫用であると判断しています。このゴルフ場はコースレートが日本一であることを売り物にしていましたので、この点も判断の重要なポイントの1つとなったと思われます。

これに対して鷹の台CCにおいては、土地返還後の残地面積は54万8481㎡であり、残地のみでチャンピオンコースを造ることは不可能ではあるとしても、18ホールのゴルフ場を造ることは可能であるとして、権利濫用には当たらないと判断しました。

一方、本件事案において、本件経営会社側は、土地返還後に18ホールのゴルフ場を維持しようとすると、「4844Y、パー64」のコースになってしまうという改修案を提出し、その工事費用は3億324円にも上ると主張しました。そして本件各土地を明渡した場合には経営を継続できず、閉鎖・廃業せざるを得ないと主張しました。

これに対し地主側は、本件各土地を返還した場合でも、ホールを短く設定するなどのコースレイアウトの変更により、18ホール合計で「5532Y、パー71」のゴルフ場を維持できるという具体的な改修案を示し、その工事費用も約1億5000万円程度で足りると主張しました。この改修案は、本件ゴルフ場の設計も担当した著名な設計家からも、合理的なものとして承認を得ています。

さらに、この改修後も来場者数は年間3万7000人、キャッシュフローも年間7000万円程度確保でき、本件ゴルフ場の隣接地で経営しているゴルフ練習場で年間約1億5000万円のキャッシュフローが見込まれることから、改修費用だけで本件ゴルフ場が倒産の危機に瀕するとは認めがたいと具体的に主張しました。また、コース改修工事にあたっては、9ホールずつ改修するなどの工夫によりゴルフ場全体を閉鎖する必要はなく、実際、平成6年の改修の際には半分ずつ改修したことも主張しています。

 

廃業可能性の判断基準について

ゴルフ場廃業の可能性について、大阪地裁判決は、「本件経営会社は会社更生手続が終結したばかりであることに加え、昨今の経済状況等を併せ考えると‥‥本件ゴルフ場を廃業するような事態に至ることはないと断定することはできない」と、抽象的な可能性をもとに判断しています。

これに対し大阪高裁判決は、「本件ゴルフ場が土地返還後に改修を余儀なくされたとしても、閉鎖・廃業されることが相当程度の蓋然性をもって立証されたとは到底認められない」として、相当の蓋然性という具体的な判断基準を採用しています。

この点が、両判決での『権利濫用の成否の判断』を分ける大きな理由の1つと思われます。

本件各契約の当事者について

また、本件各契約の当事者についても、大阪地裁判決は、会社更生手続によるスポンサーという実質を重視せず、被告は本件経営会社であるから、経営母体であるスポンサーが本件訴訟の継続を知りながら経営権を取得したとしても、権利濫用に当たるか否かの判断には関係しないと結論づけました。

これに対して大阪高裁判決は、本件経営会社は会社更生手続におけるスポンサーと実質的に同一であり、改修工事費用等の負担については、会社更生手続におけるデューデリジェンス等により返還可能性の情報を入手し、そのリスクを前提とした価額で経営権を取得しており、経営見通しの誤りとして、負担を余儀なくされてもやむを得ないと結論づけました。

②地主らの土地利用法

鹿島の杜CC事件においては、地主は返還後の土地利用について具体的な計画を有していなかったのに対し、鷹の台CC事件においては、特別養護老人ホーム等を設置経営するという具体的で実現可能な計画を有していました。

本件事案においては、本件各土地は一団の相当な面積の土地であって、地主らは「大都市近接型農業を行う、障害者を雇用して梅、レモン、椎茸を栽培する果樹園を営む、ゴルフ場用地として賃貸する前と同様に農地として使用する」などの具体的な予定を有しており、この点も権利濫用該当性を否定する重要なポイントになっています。

③立地条件等

また、本件ゴルフ場は冒頭のように大阪中心部から極めて近いという立地条件が、その業績に最も影響していました。

本件各土地はいずれもプレーへの影響は避けられない重要部分であり、本件各土地を明渡すことにより、特定のホールの距離やコースレイアウトを変更する等の措置を講じることが余儀なくされることは明らかでした。それにも関わらず、前記立地や措置後のレイアウトからすれば、営業収入にさほどの影響はないものでした。

すなわち、本件各土地を返還したとしても、平成6年の改修前(5070Y パー70)の1.6倍程度のコース面積は確保でき、地主側改修案によれば5532Y、パー71のゴルフ場を維持できるので、平成6年以前も年間5万人を超える来場者があり繁盛していたことから、土地返還後も、入場者数を維持して十分な営業利益を確保することが可能であると考えられたのです。

④期間満了の場合の更新

大阪高裁判決は、地主らは旧経営者一族と親族等の特別な関係にあること、更新条項は存在しないこと、地主らは旧経営者一族の「必要となったら必ず返す」「20年経ったら必ず返す」という言葉を信じて契約を締結したこと等の事情があることを認めています。そして、本件ゴルフ場が存続する限り土地返還を求めることを予定していなかったとは言えず、経営が旧経営者一族の手から離れた場合、地主らが明渡しを求めても、契約当時の当事者意思に反するものではなく、身勝手な態度と評価されるものではないと判断しました。

使用貸借部分について

無償の使用貸借契約である土地Aを返還すると、特に18番(330Y、パー4)ではティを前方に移動して、距離を189Yへと短くすることを余儀なくされます。が、このホールはアイランドグリーンで、距離は短くなっても難易度の高いパー3のホールとして使用可能でした。

にもかかわらず、大阪地裁判決は土地Aについても格別の考慮をせず、地主らの各請求を一括して、権利濫用に当たるとしていました。

使用貸借は、当事者の人的関係を基礎とした貸主の恩恵的な貸与によって成り立つ契約であって、民法においても、当事者が利用目的は定めたが返還時期を定めなかったときは、借主は、目的に従い使用収益を終わった時に返還しなければならない(597条2項本文)、ただし、使用収益を終わる前であっても、使用収益に足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求できる(同条項ただし書)と規定しています。

そして、使用収益期間の経過については、経過年月、無償貸借に至った事情、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の事情を比較較量して判断すべきとされています(最高裁判所・平成11年2月25日判決)。

本件事案においては、①契約後約37年が経過しており、②本件契約は地縁血縁に根差した特殊な人的信頼関係により締結され、③その後の会社更生手続により、地元とは縁もゆかりもない人物が経営権を取得していることから、④ゴルフ場としての利用が現在も継続し、借主側に高い利用の必要性が継続的に存在していることには疑いがないとしても、経営者と地主との間の人的関係が断絶した場合には、契約継続の基礎を失うと考えられ、⑤地主は80歳を超える高齢で、存命中に土地返還を受け子孫に引き継いでおきたいという思いは尊重されるべきであることから、使用収益期間は経過していると考えられます。

これらは権利濫用の成否の判断ともほぼ重なるため、使用収益期間の経過を認めながら、返還請求が権利濫用であるとされる可能性は、相当考えにくいと思われます。しかし大阪地裁判決は、使用収益期間の経過を認めながら十分な検討もなく、他の賃貸借部分と同様に、地主Aの請求を権利濫用としてあっさり否定しています。まさに権利濫用論の濫用ともいえる残念な判決でした。

控訴審では裁判所もこの点に注目し、論点として十分主張立証がなされました。地主側は、権利濫用との主張は容認されるべきものではないとする高名な民法学者の意見書を提出し、大阪地裁判決に反論しました。その結果、高裁裁判官の強い勧告のもと、地主Aに返還する訴訟上の和解が成立しています。

ゴルフ場経営やM&Aの注意点

大阪高裁判決は、借地問題を抱えるゴルフ場経営者にとって衝撃的な結果であり、真剣に借地問題に取り組まなければならないとの警鐘を鳴らすものでしょう。

ゴルフ場経営者の借地問題への取り組みとしては、差し当たり以下のようなことが考えられます。

使用貸借契約については、少なくとも固定資産税相当額程度はゴルフ場側で負担するなどして、賃貸借契約に切替えることが急務です。

借地の買取り、賃貸借契約期間の長期化、地主との円満な関係の維持も必要でしょう。また、クラブハウスの敷地はコース敷地の賃貸借契約とは別個に借地契約を締結しておけば、借地借家法(旧借地法)上のいわゆる借地権として保護されます。

さらに、地主と交渉し、地上権にしてもらうことも考えられます。地上権は、地主と借主の間の地上権設定契約によって成立する物権であり、債権に過ぎない賃借権よりも強い権利です。

また、M&Aの際にも、借地問題に関するデューデリジェンスが非常に重要になります。借地があることはその内容によってはディスカウント要因になり得ます。デューデリにおいては、形式的に賃貸借契約期間などの調査では足りず、地主との関係・繋がり、地主の返還意思の有無(特に相続により当事者が変わっている場合には要注意)等、掘り下げが必要で、安易に権利濫用論に寄りかかって借地問題を軽視することがあってはなりません。

「ゴルフ場セミナー」2012年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「借地問題①」

全国のゴルフ場約2400コースの中で、約7割のゴルフ場が借地を抱えていると言われています。ゴルフ場経営者としては、ゴルフコースの用地を100パーセント自社所有とすることが好ましいとしても、地主から全ての土地を買取ることは実際上困難を伴うことであり、借地は不可避であると考えられてきました。

もっとも、仮に地主から土地明渡請求訴訟が提起されても、地主の明渡請求は権利濫用として認められないだろうという考えから、近年ではゴルフ場経営においては、借地問題は最重要課題とは捉えられてこなかったようにも思われます。ゴルフ場のM&Aにおいても、借地問題は権利濫用論で対抗すればよく、地代のことだけ考えておけばよい、といった風潮が感じられたのも事実です。

ところが、平成24年5月31日、大阪高等裁判所において、借地問題を抱えるゴルフ場にとって重大な影響が想定される判決が出ました(以下、「本件大阪高裁判決」といいます)。

これは、地主からの賃貸借終了に伴う土地明渡請求に対し、ゴルフ場側は権利濫用であって認められないとの抗弁で対抗して激しく争った事例でしたが、大阪高裁はゴルフ場側の権利濫用の主張を認めず、地主勝訴の判決を下したのです。

これは、地主の返還請求には従来の権利濫用論で対抗し得るとするゴルフ場側の期待を完全に否定したもので、ゴルフ場関係者にとって軽視することのできない重大なポイントが含まれています。

そこで、今回は、ゴルフ場における借地問題について2号にわたって連載します。今号では、土地明渡請求訴訟における権利濫用の法理について概説した上でこれまでの裁判の流れを概観し、次号では、本件大阪高裁判決の事案を詳しく取り上げたいと思います。

 

借地権と賃借権

ゴルフコースについて地主と賃貸借契約を締結し場合、ゴルフ場が有する敷地利用権は、借地借家法上のいわゆる借地権ではなく、民法上の賃借権という位置付けです。

借地権は、借地上に建物を所有することを目的としていなければなりませんが、クラブハウスや売店等はゴルフ競技をするための付随的な存在に過ぎないとして、判例・学説上借地借家法上の借地権であるとは認められていないのです。

借地権は、借地借家法(旧借地法)に基づく権利で、借地法上の建物に登記がしてあれば、貸主(地主)が変わっても借主は新地主に対抗できます。期間は制限がなく最低期間の20年又は30年が満了しても、地主側に自己使用等の正当事由がない限り法定更新され、半永久的な権利として存続します。

これに対し、民法上の賃借権は、地主が交替すると、借地に賃借権の登記がない限り新地主に自己の権利を対応できません(借地の登記は地主の協力がないとできませんが、協力してくれる地主はほとんどいないのが実情です)。また、期間も最長20年で、法定更新という制度はなく、地主との合意で更新されるに過ぎず、地主が期間満了の際に再び貸すかどうかは自由です。

 

地主の土地明渡請求と権利濫用

このように、ゴルフ場が地主から賃借している権利は借地権のような強い保護は受けられないわけですが、従来は、地主が土地明渡請求をしてきたとしても、ゴルフ場は、地主の請求を権利濫用であると主張して、これを斥けることができると考えられてきました。

権利濫用の法理とは、「権利の濫用は、これを許さない」という民法1条3項の規定に根拠を有する一般法理です。

つまり、権利濫用の法理とは、形式的には正当な権利行のように見えても、具体的なその行使の目的が相手方に損害を与えることを目的としたり、あるいは権利行使の結果、権利者にそれほどの利益はないが相手方に大きな損害が生じるなどの場合、そのような状態を考慮して正当な権利行使とは認められないようなケースにおいて、その権利行使を制限する機能を有するものです。現在では、権利は社会共同生活の向上発展のために認められたものであることが自覚され、その行使は信義に従い誠実になされるべきであって、そうでない権利の行使、つまり権利の濫用は、違法なものとして禁止されているのです。

権利濫用にあたるかどうかの判断基準としては、一般的には、①主観的要件ないし権利濫用認定の主観的標識(権利行使者が相手方に対して加害意思ないし加害目的を持っていること)と、②客観的要件ないし権利濫用認定の客観的標識(権利行使に当たって対立する当事者の利益の評価との比較考量により、両者に不均衡があり、私的利益相互間の調整が図られる必要のあること)とが存在し、権利濫用に当たるか否かは、この2要件に従って慎重に判断する必要があるとされています(最高裁判所昭和57年10月19日判決)。

そして、本件大阪高裁判決によれば、権利行使者側に①の要件が存在しない場合に、②の要件だけで権利の濫用に当たるかを判断する場合には、これを安易に行うことは、とかくすると巨額の投資による事業であれば、違法でも既成事実として優先してしまうという不当な結果となることから、とりわけ②の要件のみで権利の濫用に当たるとの判断をする場合は、その判断を慎重に行う必要があるべきであるとされています。

このように、権利濫用に当たるかどうかの判断は、個別具体的な事案に即してなされるものであるわけですが、ゴルフ場の土地明渡請求訴訟においては、概ね、㋐その土地の返還により、ゴルフ場やその関係者に与える不利益と、㋑返還を受ける地主が土地明渡しを求める必要性との比較考量により決定されていると言ってよいと思います。

 

これまでの裁判例

これまでの裁判においては、下記に述べるように、平成初期にゴルフ場の権利濫用の主張が否定され地主が勝訴したケースはあるものの、ゴルフ場の権利濫用の主張は概ね認められてきたと言ってよいでしょう。

以下、権利濫用の主張が否定された事例と認められた事例について、少し詳しくみていきます。

 

権利濫用の主張が否定された事例

まず、ゴルフ場の権利濫用の主張が否定された事例を紹介します。

これは、戦前からの伝統的ゴルフクラブの集まりである、いわゆる関東七倶楽部の一つであり、昨年の日本オープン開催コースとなった鷹之台カンツリー倶楽部の事例です。

ゴルフ場敷地の賃貸借契約期間が満了したとして、地主から土地明渡請求がなされましたが、東京高裁は、概ね以下のとおり判断し、ゴルフ場の権利濫用の主張を斥け、地主の請求を認めました(東京高等裁判所平成4年2月12日判決)。

まず、裁判所は、①本件賃貸借契約は、賃貸期間を10年とし、しかも、右期間が合意されるに至った経緯からしてその満了の場合の契約更新は必ずしも楽観を許さないことが予想される状況の下で締結されたものであること、②ゴルフ場としては、本件各土地を返還した場合、チャンピオンコースを備えたゴルフ場としての継続は不可能になるが、なお18ホールを有するゴルフ場として継続してゆくことは可能な状況にあること、③地主は、本件各土地が返還された場合にそこに社会福祉施設を建設することを計画しており、その実現は可能なものと認められる上、地主が右社会福祉施設を周辺の土地にではなく本件各土地に建設したいとすることにも社会的にみて妥当性、合理性が認められることを認定しました。

その上で、控訴人が本件各土地を返還することによってチャンピオンコースとしてのゴルフ場を継続することが不可能となり、しかも、コースの変更等の工事が必要となり、そのために相当の費用を要することになることその他の諸事情を考慮しても、地主が本件賃貸借契約の更新を拒絶し、本件各土地の明渡しを求めることが信義則に反し、あるいは権利の濫用に当たるものとは認め難い、とし、地主勝訴の判決を下しました。

このゴルフ場は、市街地に近く、明渡請求の対象とされた土地は公道に接していたことも、重要な判断要素の1つとなったと考えられます。

その後、最高裁で和解が成立し、ゴルフ場はそのままの姿で存続していますが、ゴルフ場は地主に対し多額の和解金を支払っており、この事件は借地を抱える全国のゴルフ場に衝撃を与えることになりました。

 

権利濫用の主張を認めた事例①

ところが、一方で、ゴルフ場の権利濫用の主張が認められ、地主が敗訴した事例が相次ぎます。これらの判例によって、ゴルフ場に対する地主の土地返還請求は権利濫用論によって斥けられるという流れが作られたと言われています。

まず1つ目は、100余名の地主のうち1名だけが賃借権の譲渡を承諾せずに、コース内に点在する7筆の土地の返還を要求したという事案です(東京高等裁判所昭和48年4月11日判決)。

これは、賃借権の無断譲渡を理由とする地主からの返還請求の事例ですが、裁判において考慮された内容は、賃貸借契約期間の満了の場合にもあてはまるものと考えられます。

この事例において、裁判所は、概ね以下のように判断し、一部の土地について権利濫用の主張を認めました。

まず、裁判所は、①本件土地7筆のうち6筆(以下、「A土地」といいます)は、いずれも狭い土地であり、それぞれ離れ離れに点在し、いずれもその各一部がホールの一部にかかっていて、これを除外するときは当該ホールの設計を相当変更しなければならない上、これをゴルフ場以外の用途に使うことは極めて困難であり、ヘリコプターでも使用しない限リゴルフ場を通行しないでは外部から直接到達できない位置にあること、②これに対し、本件土地のうち1筆(以下、「B土地」といいます)は、A土地とは全く離れた場所に位置し、直接ゴルフ場外の地域に外周の大半を接しているが、その地域はコースの重要部分にまたがっていること、③ゴルフ場は、本件土地を失うことを慮り、ゴルフ場の南側に用地の拡張を計画し、既にその手当を施しつつあることを認定しました。

その上で裁判所は、上記①~③で認定した事実によれば、ゴルフ場が本件土地を失うときは、既存のコースに相当広範囲な設計変更を加えねばならず、これによって受ける打撃は相当なものであることは、容易に理解することができるとした上で、概ね以下のとおり判断しました。

まず、B土地については、地主において直ちにゴルフ場以外の用途に使用することができるのであって、ゴルフ場側のこれまでの認定してきた諸事情は、地主の明渡請求を拒む事由とはなり難いと考えるとして、ゴルフ場の権利濫用の主張を認めず、地主の請求を認めました。

これに対し、A土地については、地主が明渡しを受けてみても、ゴルフ場の承諸がない限リヘリコプターでも使わなければ到達できない場所にあり、しかもこれをゴルフ場以外の用途に使用することは至難のわざであって、このような土地の明渡しを求めることは、これによって何ら得るところはないから、ゴルフ場側に手落があったにしても、嫌がらせとみられてもやむを得ず、その明渡請求は権利の濫用といわねばなるまいとして、ゴルフ場の権利濫用の主張を認め、地主の請求を斥けました。

以上のように、裁判所は、土地の位置関係により判断を分けたのです。

 

権利濫用の主張を認めた事例②

次に紹介するのは、コースの半分以上が借地のゴルフ場において、地主全員が当初は期間満了に伴う更新の条件として、従来の地代の4倍の値上げ要求等をしていましたが、その後、ゴルフ場を自分達のものにしようと企み、ゴルフ場所有の土地、建物の買取請求を始めたという事案です(宇都宮地方裁判所栃木支部昭和62年3月20日判決)。

裁判所は、まず、「地主らが本件土地の返還を受けても、その最有効利用のためには、結局のところゴルフ場用地として他に賃貸するほかはないが、地主側の土地だけではゴルフ場の経営は不可能であり、地主側は、賃料収入の途を失いかねず、本件土地の返還を受けても利益は得られない。もし現ゴルフ場会社が本件土地を地主に返還すれば、本件土地がゴルフ場の全用地に占める割合・位置関係からして廃業を余儀なくされ、永続的なゴルフ場施設の経営にあたってきた現ゴルフ場に予想外の、多大な損失をもたらすことになる」と認定しました。

その上で、結論として、「以上を総合して判断すると、地主側が本件土地の返還を受けても、これを自己使用したのでは現実的には収益を上げることはできず、本件土地から賃料収入を得るにはゴルフ場用地として賃貸するほかないが、現実的には、現ゴルフ場会社によるゴルフ場用地としての利用の継続がほとんど唯一の方法といえるし、あえて本件土地を返還させることにより本件ゴルフ場を経営不能に陥らせ、これを崩壊させることによる現ゴルフ場会社の損害は多大なものというべきであり、両者を比較較量すると、本件土地明渡の請求は権利の濫用に該当する」として、権利濫用を理由に地主側の請求を斥けました。

 

権利濫用の主張を認めた事例③

3つ目は、全長が7629ヤードと極めて長く、コースレートが日本一の76.3の名物コースであることを売り物にしている茨城県の鹿島の杜カントリー倶楽部の事例です。

このゴルフ場は、ゴルフ場全体が市街化調整区域に入っており、新たに建築物を建てたり、増築をしたりすることができない地域になっていました。

この訴訟において、地主側は「土地の賃貸借契約は終了している」などと主張していましたが、東京地方裁判所は、地主からの土地明渡請求を権利の濫用であるとして斥け(東京地方裁判所平成21年2月27日判決)、東京高等裁判所も地主からの土地明渡請求部分に関する控訴を棄却したため(東京高等裁判所平成21年10月22日判決)、地主側が上告していましたが、最高裁判所第3小法廷は、平成22年3月16日、上告を棄却し、高裁判決が確定しました。

この事例において、ゴルフ場側は、①土地明渡請求は旧経営陣を復帰させるための経営妨害である、②土地を明渡すことになれば、甚大な不利益を被り、約1700名の会員の権利や他の地権者の安定した賃料収入を失わせることになり、甚大な社会的損失を生じさせる、③明渡す土地は外部から直接到達することはおよそ不可能で、地主が明渡しを受けられないことによる不利益はほとんどないことなどを理由に、土地明渡請求は権利の濫用にあたると主張していました。

これに対し、東京地裁は、「旧経営陣の復帰が目的」などとしたゴルフ場側の主張を斥けましたが、①権利者の明渡請求を認めると、多大な費用と時間をかけてゴルフコースの配置ないしコース距離等を変更しなければならず、場合によっては現在の敷地の外に新たに敷地を確保しなければならなくなることも容易に予想される土地であり、本件各土地の明渡しを認めることは、ゴルフ場や会員、継続的に賃料収入を得ている地権者にとって、多大な不利益をもたらすものといえるのに対し、②地主は、土地について具体的な計画を有しておらず、また、本件各土地はいずれも公道には接していない上、本件ゴルフ場全体が市街化調整区域であり、地主が本件各土地を利用する方法の選択肢は相当に限定されているものといえるなどとして、地主の請求は権利の濫用に当たると判断し、地主の土地明渡請求を斥けました。

上告に対し、最高裁は「上告をすることが許されるのは、民事訴訟法312条1項又は2項所定の場合に限られるが、上告理由に該当しない」、また、「民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない」として、今回の決定となりました。

 

その後の裁判の流れ

このように、鷹之台カンツリー倶楽部での事例を除いて、裁判においてはゴルフ場側の権利濫用の主張が概ね認められてきたと言ってよいと思いますが、近年、その傾向が変わってきたように見受けられます。

福島県いわき市にあるゴルフ場が、ゴルフ場の一部用地(全体の約2パーセント)を所有する地主1名から土地明渡しの訴訟を提起されて敗訴したのです。もっとも、訴訟において、ゴルフ場側は権利濫用の抗弁で対抗しておらず、積極的に争っていなかったようなので、この判決は権利濫用論について判断していません。

このゴルフ場では、平成22年7月16日に執行官に立入り禁止の杭を打たれたため、翌17日から9ホール営業への切り替えを余儀なくされ来場者が激減しましたが(9月の延べ入場者数は1066人)、地主の用地を避けて、テンポラリーグリーンの設置やホールの再編などを行ない、同年11月1日から18ホールでの営業を再開しています。

そして、本年5月31日の本件大阪高裁判決では、地主からゴルフ場に対する土地明渡請求訴訟において、一審のゴルフ場勝訴判決を覆し、地主側逆転勝訴の判断が下されたのです。

筆者は、主として控訴審から地主側で本件大阪高裁判決に関与しましたので、次号では、この大阪での裁判の内容について、詳しく紹介したいと思います。

「ゴルフ場セミナー」2012年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎