熊谷信太郎の「原発事故」

2011年3月11日に発生した東日本大震災から3年半が過ぎました。この震災では地震自体により被害を受けたゴルフ場のほか、震災後に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染やそれによる風評被害を受けたゴルフ場も多数にのぼりました。特に、原発事故により飛散した放射性物質による被曝の恐れからプレーヤーがゴルフ場の利用を控えたために、売上の減少という風評被害を被ったゴルフ場は福島近県のみならず首都圏のゴルフ場の中にも相当数出たのではないかと思います。

原発事故による被害に対しては、東京電力が賠償金の支払を行っていますが、賠償の基準や範囲には問題点も多く、実際に生じた被害に対して十分な賠償が行われているかについては疑問があります。

ゴルフ場の風評被害に関し、東京電力の賠償基準では、福島県内のゴルフ場と東北5県および茨城・栃木・群馬・千葉の4県に所在し、宿泊施設などを併設して「観光業」と認められるゴルフ場を賠償の対象とするという運用が行われてきたようです。これは、原子力損害賠償紛争審査会の定めた中間指針が、風評被害に対する賠償対象について、事業所の所在する地域により区別するとともに、「観光業」か、その他の「サービス業等」にあたるかによっても区別していることによると思われますが、こういった区別に基づく運用が画一的に行われてきたために、これらの地域外に所在するゴルフ場や「観光業」にあたらない専業のゴルフ場などについては十分な賠償が行われてこなかったのが実情でした。

もっとも、最近では千葉県や茨城県に所在する専業のゴルフ場の中にも、文部科学省の設置した原子力損害賠償紛争解決センター(以下、「ADRセンター」と表記します。)の和解仲介手続を利用して東京電力から賠償金の支払を受けるケースが出てきました。このような動向をふまえ、今回は原発事故により被害を受けたゴルフ場が東京電力に対して損害賠償を求める手続とその注意点を解説したいと思います。

風評被害

原発事故によりゴルフ場に生じうる損害としては、放射性物質により汚染された土壌や芝などの除染費用といったものも考えられますが、大きなウェイトを占めるのは、いわゆる「風評被害」と呼ばれる損害です。これは、原発事故後に行われた報道などの結果、ゴルフ場の所在する地域に放射能汚染が及んでいるのではないかとの風評が生じ、これによりゴルフ場の来場者数や売上が減少したために生じた損害です。なお、東京電力に対して賠償を求めることができるのは原発事故を原因とする風評被害から生じた損害に限られますから、たとえば地震自体を原因とする交通機関の障害、ガソリンの値上がり、余震のおそれなどを理由とした来場者数・売上の減少は自然災害や経済事情によるものであって、原発事故による風評被害に該当せず、賠償請求の対象にはならないことに注意が必要です。

原子力損害賠償紛争審査会の定めた中間指針では、原発事故と相当因果関係の認められる風評被害であれば賠償の対象とすると明記されています。この相当因果関係の有無については「消費者又は取引先が、商品又はサービスについて、本件事故による放射性物質による汚染の危険性を懸念し、敬遠したくなる心理が、平均的・一般的な人を基準として合理性を有していると認められる」かどうかによって判断されます(同中間指針)。ゴルフ場の場合も「ゴルフ場の利用者である平均的・一般的なプレーヤーにとって、放射性物質による汚染の危険性を懸念し、当該ゴルフ場の利用を敬遠することが合理性を有しているかどうか」を基準に賠償の対象となる風評被害の有無を検討すべきということになります。

ここで留意すべきなのは、放射能汚染の広がりは、単純に原発からの距離だけで決まるものではなく、風向きや地形といった個別の地理的状況によって大きく左右されるということです。原発から相当離れた場所であっても高い放射線量が観測される地域、いわゆる「ホットスポット」と呼ばれる地域があることはご承知のとおりです。

ゴルフ場が原発から離れた場所にあったとしても、ゴルフ場の近隣地域にホットスポットがあるとの報道がなされており、原発事故後の来場者数が例年を相当程度下回っていれば原発事故による風評被害が原因である可能性は高いと考えられます。

風評被害が生じていた場合の損害額の具体的な算定方法については技術的に難しい部分を含むため本稿では詳述を控えますが、損益計算書などの計算書類や帳簿類をもとに、基準となる年度と風評被害を受けた年度の利益額の差額(減少額)をもとに、原発事故以外の要因による利益の減少を加味して算出することになります。ゴルフ場ごとの個別の事情に大きく左右されますが、算定される損害額は数百万円から数千万円程度に及ぶ場合もあります。

東京電力に対する請求の方法

それでは、賠償の対象となる損害がゴルフ場に生じている場合、どのような方法で賠償請求を行うことになるのでしょうか。

第1に考えられるのは、東京電力に対して直接損害賠償を求める方法です。原発事故により生じた損害について東京電力は賠償請求を受け付ける専用の窓口を設けていますので、これを利用することになります。この方法によるメリットは、東京電力が定めた賠償基準に沿った請求であれば早期に賠償金の支払を受けられるという点にあります。他方、賠償金を支払うかどうかは東京電力の判断次第ですから、賠償基準に当てはまらないゴルフ場が請求を行う場合には支払がなされる見込みは低いと考えられます。

第2の方法としては、ADRセンターの和解仲介手続を利用することが考えられます。これは、文部科学省の設置したADRセンターの指定する仲介委員が、中立的な第三者の立場で被害者と東京電力双方の言い分を聞き、妥当な和解案を提示するなどして和解の成立を仲介するという手続です。後述の訴訟提起と比較すると、解決までに要する期間が短期間であり(センターでは4~5か月以内の解決を目標としています)、申立自体に費用がかからないなどのメリットがあります。

また、原発ADRセンターは、東京電力の定めた賠償基準にとらわれずに和解案の提示を行うことができますので、東京電力の基準では賠償の対象外とされてしまうゴルフ場であっても賠償金の支払を認める内容の和解案が提示される可能性があります。センターの提示した和解案に法的な拘束力はありませんが、原子力損害賠償支援機構と東京電力が作成した「総合特別事業計画」において、東京電力はセンターの提示した和解案を尊重することとされています。

もっとも、ADRセンターの提示した和解案の受諾を東京電力が拒否するという事例もあるようですので、解決手続としての実効性という点では劣る面があるといえます。

第3の方法は、東京電力に対して賠償金の支払を求めて訴訟を提起するという方法です。原発ADRセンターの手続を利用したが、和解が成立せずに手続を打ち切られた場合にも、訴訟提起を検討することになります。これは通常の裁判を行うということですので、賠償を認める判決が出されて確定すれば東京電力の意思にかかわらず賠償金の支払を受けることができます。実効性という点では最も優れた方法ですが、手続が非常に厳格であり、控訴や上告も含めると解決までに長い期間がかかってしまうというデメリットがあります。また、手続が原則として公開の法廷で行われるため、風評被害について損害賠償を求めていることを第三者に知られたくないという場合には望ましい方法ではありません。

原発ADRの利用と注意点

以上の3つの方法のうち、どれを選択するかはケースごとに個別の判断が必要となります。

東京電力の賠償基準に沿った請求であれば東京電力に対する直接請求が最も迅速な解決が見込めますし、労力も少なくて済みますが、首都圏の専業のゴルフ場が風評被害に基づいて損害賠償を請求するケースでは支払を拒否されてしまうケースが多いと考えられます。

こういったケースでは、ADRセンターの和解仲介手続の利用、または訴訟提起のいずれかを選択するのが現実的だと思いますが、訴訟提起には前述のとおりリスクが大きいことから、まずはADR手続の利用を検討することをお勧めします。ADR手続で和解案の提示がなされた場合、万一、東京電力が受諾を拒否したとしても、センターから賠償金の支払を認める内容の和解案の提示がなされたという事実は、その後の訴訟でゴルフ場側にとって有利な事情となると考えられます。

原発ADRの手続を利用するためには、原発事故と損害との因果関係や損害額についての主張を記載した申立書を作成してADRセンターに提出する必要があります。作成方法や申立書の書式はセンターのホームページに掲載されていますが、因果関係についてゴルフ場ごとの個別の事情をふまえて効果的な主張を行うことは難しい面がありますし、損害額の計算も前述のとおり計算書類や帳簿などの精査・検討が必要となります。ADRの手続自体は弁護士に委任せずに行うことも可能ですが、有利な和解案の提示を受けるためには専門的な知識のある弁護士への委任も検討してみる必要があります。

申立書の提出後は、センターが仲介委員を指名することになっています。この仲介委員は経験のある弁護士などから選ばれるようです。仲介委員は、申立書とこれに対する東京電力の反論を記載した答弁書を検討した上で口頭審理期日を指定します。この口頭審理期日では、申立てを行った被害者側と東京電力側がセンターに出向き、仲介委員に対して補足説明を行ったり、和解についての協議を行います。東京電力側からは弁護士が代理人として出席しますが、必要に応じて東京電力社内の担当者も同席します。この口頭審理期日では、仲介委員や東京電力から質問された点についてその場で回答するとともに、自らの主張を説得的に説明することが必要となります。東京電力側の代理人弁護士は同様のADR手続を何件も処理していて慣れていますから、これに対応するためにはやはりゴルフ場側も弁護士に手続を委任するのが得策だと思います。

このような口頭審理期日を経て双方の主張・立証が出揃った段階で、仲介委員から和解案の提示がなされることになります。双方が和解案を受諾すれば和解書を締結して、東京電力から賠償金の支払がなされます。和解案について当事者が合意に至らず、話し合いによる解決の見込みがない場合には和解仲介手続は打ち切られ、その後、訴訟提起を行うかどうかを検討することになります。

原発被害について東京電力に対して損害賠償請求を行うのは、手続等の面で難しい部分もありますが、問題の本質は「原発事故により生じた損害は、原発事故について責任を負う者(東京電力)が償うべきである」ということです。原発事故後の風評被害で来場者数・売上が減少したゴルフ場は、コースの臨時クローズや人件費削減、設備・施設の簡素化などにより対応することを余儀なくされたと思いますが、それは結局ゴルフ場利用者の利便性やプレーの快適性に影響を与えるものです。種々の理由から損害賠償請求をためらわれているゴルフ場も多いと思いますが、原発事故による被害を受けたゴルフ場が正当な賠償を受け、被害回復を図ることが、ひいてはゴルフ場利用者の利益の増進にもつながるのではないでしょうか。

「ゴルフ場セミナー」2014年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎