熊谷信太郎の「労働安全衛生法①」

本年9月11日、伊賀労働基準監督署は、労働安全衛生法違反の疑いで伊賀市のゴルフ場経営会社と会社社長の男性を津地方検察庁伊賀支部に書類送検したと発表しました。

この事件は今年7月、従業員の男性が貨物自動車でコンペティションマークの設置作業中、カート道路脇の路肩から車両とともに法面の下3.3mに転落し、車の車体と地面に胸部を挟まれ死亡したというものです。伊賀労基署によると、違反内容は労働安全規則の定める「作業場所の広さや地形、車輌等の種類や能力、荷の種類や形状等に適応する作業計画」を事前に定めていなかったというもので(詳しくは後述)、社長は事実を認めており、死亡という結果の重大性に鑑み送検に踏み切ったということです。

平成22年の休業4日以上の労働災害による死傷者数は、全事業で11万6733人、ゴルフ場においては1187人が被災しています(プレーヤーの事故は除く)。事故は「転倒」が最も多く4割程度を占め、冒頭のような「墜落・転落」による事故も1割程度を占め(以上、厚生労働省「労働者私傷病者報告」)、キャディの災害が6割強、次いでコース管理員が2割強を占めています(日本ゴルフ場支配人連合会による調査)。

こういった労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境を形成することを目的として、企業の安全管理体制について定めているのが労働安全衛生法(以下「労安衛法」)です。今回はこの法律について検討します。

 

企業の安全配慮義務

労安衛法は、労働災害を防止するため、事業者は労安衛法で定められた最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境を作り労働条件を改善することで、労働者の安全と健康を守らなければならないと規定しています。

使用者の労働者に対する安全配慮義務については、平成20年3月に施行された労働契約法第5条で、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明文化されています。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例も存在しますが、労働契約法には罰則がありません。

これに対し、事業者が労安衛法の規定に違反すると、多くの場合、懲役や罰金などの罰則が科されます。また、監督行政庁が事業者に対して、労働災害の発生防止のために、作業の停止や建物の使用の停止などを命じることもあります。

 

安全衛生管理体制

労安衛法1条は、「職場における労働者の安全と健康を確保」するという目的を果たすための手段の一つとして、「責任体制の明確化及び自主的活動の促進への措置を講ずる」ことを掲げ、これを受けて、労働災害を防止するため、必要な安全衛生管理体制について定めています。

ゴルフ場でも、経営トップから各作業別責任者まで、それぞれの役割、責任、権限を明らかにすることが大切です。

まず、労働者数が10人~49人の事業場では、支配人等を「安全衛生推進者」として選任し、その氏名を関係労働者に周知させる必要があります。50人以上の事業場では、「総括安全衛生管理者」「安全管理者」「衛生管理者」を配置し、労働基準監督署に選任報告を行うことが必要です。

以上の義務違反には、罰則が定められています(50万円以下の罰金)。

安全衛生管理体制の中でもその役割の重要性が近年注目されているものとして産業医の制度があります。

産業医とは、事業者に雇用され、又は事業者の嘱託として事業場の労働者の健康管理等を行う医師です。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医の選任が義務付けられています。しかし実際には、労働者数が50人以上100人未満の中小事業場では産業医の選任率が低いことが問題として指摘されています。平成8年の法改正により、常時50人未満の労働者を使用する事業場についても、医師等に労働者の健康管理等を行わせる努力義務が課され、国が必要な援助を行うことが定められています。

 

健康の保持増進のための措置

労安衛法は、事業者に、労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を課しています。健康診断は、雇入れ時及びその後は1年ごと(深夜業等の特定の業務については、配置替時及び6か月ごと)に1回、定期に実施することが必要です。実施義務違反には50万以下の罰金が規定されています。

健康診断を実施したら、その結果に基づき従業員の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴取し、必要があるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければなりません。

特に近年では熱中症対策が重要です。直射日光や地面からの照り返しを遮ることができる屋根等を工夫する等して作業環境を整え、冷房完備又は日陰等の涼しい休憩場所を確保する、コース内に飲料水の備付を行う等の対応も必要となります。

また、平成17年の法改正によって、長時間労働者への医師による面接指導の実施も義務付けられました。具体的には、週40時間を越える労働が1月あたり100時間を超え、かつ疲労の蓄積が見られる労働者が申し出たときは、事業者は、医師による面接指導を行わなければなりません。それ以外の労働者についても、長時間の労働により疲労の蓄積が見られる者や、健康上の不安を有している労働者などについて、事業者は医師による面接指導又はこれに準ずる措置を取らなければなりません。

 

メンタルヘルスケア

健康には心の健康も含まれます。厳しい経済情勢の中、職業生活等において強い不安、ストレス等を感じる労働者は近年増加しています。業務に密接な関係があると判断されたメンタルヘルス不調者は労災の補償対象となり、その件数も増えてきています(平成19年厚生労働省による労働者健康状況調査)。事業者が民事上の損害賠償責任を問われる例も出ています。

ゴルフ場においても、メンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に実行する体制づくりを行う必要があります。ここで参考になるのが、平成12年に厚生労働省が作成した「労働者の心の健康の保持増進のための指標」の示す、4つのケア(①セルフケア、②ラインケア、③事業場内産業保健スタッフによるケア、④社外の専門機関によるケア)です。

①セルフケアとは、自分の体調や心の状態を把握することです。心の健康を保つためには、労働者が自己のストレスに対する反応の現れ方や、心の状態を正しく把握することが不可欠です。そこで事業主は従業員に対し、セルフケアに必要な教育や情報(メンタルヘルスケアに関する事業場の方針、事業場内の相談先や事業場外資源の情報等)を提供することが必要となります。

②ラインケアとは、管理監督者が社員へ個別の指導・相談や職場環境改善を行う取り組みのことです。管理監督者は、部下にあたる労働者の状況を日常的に把握でき、具体的なストレス要因やその改善を図ることが可能であるため、労働者からの相談に対応し、職場環境を改善すべき立場にあります。事業者は管理監督者がこれを実行できるよう、ラインによるケアに関する教育・研修、情報提供を行う必要があります。

③産業医等の事業場内産業保健スタッフは、セルフケアやラインによるケアが効果的に実施されるよう、労働者及び管理監督者に対する支援を行うとともに、具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、個人の健康情報の取扱い、事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口となること等、具体的なメンタルヘルスケアの実施にあたり中心的な役割を果たすことが期待されます。

④さらに、メンタルヘルスケアを行う上では、事業場が抱える問題や求めるサービスに応じて、専門的な知識を有する各種の事業場外資源の支援を活用することが有効です。また、労働者が相談内容等を事業場に知られることを望まないような場合にも、事業場外資源を活用することが効果的です。

職場でのメンタルヘルス対策の大切さは誰もが理解するところだと思いますが、何から始めたらいいのかわからないといった場合は、この4つのケアを基本に考えて職場で取り入れてみるとよいでしょう。

 

労働者の危険又は健康障害を防止するための措置

労安衛法は、事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するため、必要な措置を講ずるよう義務付けています。

事業者が講じるべき措置の具体的内容は技術的細部にわたることも多いため、具体的な措置の内容については、労安衛法規則(以下「規則」)等で詳細に定められています。

例えば冒頭の事例ように、貨物自動車等を用いて作業を行うときは、①予め場所の広さや地形、車輌等の種類や能力、荷の種類や形状等に適応する作業計画を定め、かつ②当該作業計画により作業を行わなければならず、③これを関係労働者に周知させなければならない(以上規則151条の3)、④車両等の転倒又は転落による労働者の危険を防止するため、当該車両系荷役運搬機械等の運行経路について必要な幅員を保持し路肩の崩壊を防止すること等必要な措置を講じなければならない(規則151条の6)等と規定されています。

冒頭の事例の事故の詳細は明らかにされていませんが、この事例を前提にすると、貨物自動車等を用いて作業をする際には、使用車両や作業方法・内容について定めた「作業計画書」(書式については中央労働災害防止協会「ゴルフ場の事業における労働災害防止のためのガイドライン」https://www.jaish.gr.jp/user/anzen/cho/joho/h23/cho_0476.html参照)を作成するとともに、路肩の崩壊を防止するに十分なカート道の幅員を保持する等の対策が必要となります。

事業者の義務については規則の第2編「安全基準」に詳細に規定されており(101条~575条の16)、 これらの義務に違反した場合には、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

 

落雷による災害防止

ゴルフ場では落雷による災害の危険性が高く、落雷事故を防止するため支配人等を責任者として組織的に対応を取る必要があります。

日頃から避難判断するための雷や天気の情報(ウエブサイト、情報会社、襲雷警報器)を入手し、災害発生時には、責任者は情報を総合的に判断し、避難が必要と判断した場合には速やかに避難指示を発令します。伝達は、サイレンやスピーカー、無線やカートナビ機能、巡回等で適切・確実に行うことが必要です。

避難指示が出された場合は、①作業を中断し、予め決められた避雷設備のついた建物へ非難する、②屋外で比較的安全な場所(電線の下、5m以上の高い物体の4m離れた場所等)を見つけ、その場で適切な姿勢を保つ(頭を低くしゃがみ、両足を揃え、膝を地面に付けず、耳をふさぐ。腹這いは電流の流れが心臓に通電する可能性が高く危険)、③安全な場所に避難が困難な場合は、高い場所から移動し、電流を通しにくい木の付近は避け、適切な姿勢を保つ等の避雷の基本的事項を事前に確認・周知しておくが必要です。

「ゴルフ場セミナー」2014年12月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎