熊谷信太郎の「ストレスチェック」

平成27年12月、労働安全衛生法の改正により、「ストレスチェック制度」が開始され、毎年1回、全ての労働者に対して、心理的な負担の程度を把握するための検査(以下「ストレスチェック」)を実施することが義務付けられました(法66条の10)。従業員が50人以上の事業所では、今年の11月30日までの間に1回目の検査を実施する必要があります。

ストレスチェックとは、ストレスに関する調査票(選択回答)に労働者が記入し、それを集計・分析することで、自分のストレスがどのような状態にあるのかを調べる検査です。

これは、労働者が自分のストレスの状態を知ることでストレスをため過ぎないように対処し、ストレスが高い状態の場合は医師の面接を受けて助言を得て、会社側に仕事の軽減などの措置を実施して貰い職場の改善につなげることで、うつなどのメンタルヘルス不調を未然に防止するための仕組みです。

厚労省によると、平成27年の自殺者は2万4025人で、このうち原因・動機の特定できた1万7981人のうち2159人が勤務問題を苦に命を絶ったということです。職場におけるメンタルヘルスの改善は喫緊の課題と言えます。

今回はこの新しく開始されたストレスチェック制度について解説します。

 

企業の安全配慮義務

雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払を内容とする双務契約なので、使用者は賃金を支払うことで本来的な義務を果たしたことになりますが、それに加えて、使用者には付随義務として、労働者の生命・健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています。

安全配慮義務は古くから判例法理として確立され、平成18年施行の労働契約法5条で明文化されました。義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、例えば職場環境配慮義務(セクハラやパワハラの防止)もその一つであるとされています。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者は損害賠償義務を負うことになります。

健康配慮義務も安全配慮義務の1つであり、健康には心の健康も含まれます。

ゴルフ場の事例ではありませんが、大手広告代理店に勤務していた労働者が長時間に及ぶ時間外労働を恒常的に行っていて、うつ病に罹患し、入社約1年5ヵ月後に自殺した事案で、最高裁は、過酷な勤務条件による過労の蓄積、うつ病の発症、自殺の間のそれぞれの相当因果関係を肯定し、会社側の安全配慮義務違反を認めました(最高裁平成12年3月24日判決)。最終的には会社が約1億6800万円を支払うとの内容で和解が成立しています。

過重労働により労働者がうつ病などの精神疾患を発症して自殺した場合、平成23年の厚労省の基準によると、①発症の1ヶ月前に160時間、3週間前に120時間、②発症前2ヶ月連続で120時間、3ヶ月連続で100時間の時間外労働がある場合、過重労働とうつ発症との間の因果関係が認められやすくなります。過重労働によりうつ病を発症したと認められる者が自殺を図った場合には、過重労働と自殺との因果関係も認められるとされています。

過重労働による健康障害防止のため、時間外・休日労働の削減、年次有給休暇の取得促進等の他、健康管理体制の整備、健康診断の実施等とともに、今後はストレスチェック制度の実施も、使用者の安全配慮義務違反の有無の判断材料の1つとなるわけです。

 

ストレスチェック制度

ストレスチェックの実施が義務とされるのは、従業員数50人以上の事業場です。従業員数50人以上には、正社員だけでなく、派遣やパート、アルバイト等非正規雇用の従業員も含むことに注意が必要です。ゴルフ場では、キャディやレストランのウェイトレス等、派遣やパート、アルバイトの従業員も多いと思いますが、例えば正社員10名、パートアルバイトの合計40名の場合、その事業場にはストレスチェックの義務が課せられることになります。

従業員数50人未満の事業場については、当分の間は努力義務とされています。また、契約期間が1年未満の労働者や、労働時間が通常の労働者の4分の3未満の短時間労働者に対しては、ストレスチェックを行うことは義務ではありませんが、厚労省の指針により、これらの労働者に対しても検査を実施するとともに、職場の集団ごとの集計・分析を実施することが望ましいとされています。

ストレスチェックは1年以内ごとに1回以上実施する必要があり、今年の11月30日までに1回目の検査を実施する必要があります。一般定期健康診断と同時に実施することも可能ですが、定期健康診断とは異なり、ストレスチェック検査には受診義務はなく、結果も本人に直接通知されることに注意が必要です。

制度の概要は以下のとおりです。

①事業者は労働者に対し、医師、保健師その他の一定の研修を受けた看護師、精神保健福祉士によるストレスチェックを行う。

②検査結果は検査を実施した医師等から直接本人に通知され、予め本人の同意を得ないで検査結果を事業者に提供してはならない。

③高ストレスと評価された労働者から申出があったときは、医師による面接指導を行う。

④面接指導の申出を理由として不利益な取扱いをしてはならない。

⑤事業者は面接指導の結果に基づき医師の意見を聴き、その意見を勘案し必要に応じて適切な就業上の措置を講じる。

 

実施前の準備

厚労省の指針では、会社として「メンタルヘルス不調の未然防止のためにストレスチェック制度を実施する」旨の方針を示すことが求められています。明文化までは求められていませんが、目的や制度内容等を「ストレスチェック導入に関する基本方針」として文書化し、従業員に周知させるとよいでしょう。

また社内の衛生委員会等、従業員の健康の保持増進を担当する部署において、ストレスチェック制度の実施方法等について調査審議を行い、その結果を踏まえ、実施方法等を規程として定めることとされています。社内規定の策定例につては厚労省の実施マニュアルが参考になります。(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150507-1.pdf)

さらに指針では、ストレスチェック制度の実施者、実務担当者等を選定する等、実施体制を整備することが望ましいとされています。ストレスチェックの実施者は医師、保健師、厚労大臣の定める研修を受けた看護師・精神保健福祉士の中から選ぶ必要があります。また、調査票の回収、データ入力、結果送付等、実施者の補助をする実施事務従事者は、労働者の人事権(解雇権)のない者が担当する必要があります。

 

ストレスチェックの実施

ストレスチェックに使用する調査票は、①ストレスの原因②ストレスによる心身の自覚症状③労働者に対する周囲のサポートに関する質問項目が含まれていれば特に指定はありませんが、国が推奨する57項目(上記実施マニュアルにも掲載)を用いることが望ましいとされています。

ITシステムを利用してオンラインで実施することもできます。厚労省がストレスチェック実施プログラムを無料で公開しているのでこれを利用してもよいでしょう。
(https://stresscheck.mhlw.go.jp/)

記入が終わった調査票は、医師などの実施者か実施事務従事者が回収します。第三者や人事権を持つ職員が、記入・入力の終わった調査票の内容を閲覧してはいけません。

回収した調査票をもとに、医師などの実施者がストレスの程度を評価し、高ストレス(自覚症状が高い者や、自覚症状が一定程度あり、ストレスの原因や周囲のサポートの状況が著しく悪い者)で医師の面接指導が必要な者を選びます。

結果は実施者から直接本人に通知され、企業には返ってきません。結果を入手するには、結果の通知後、本人の同意が必要です。この点一般定期健康診断と異なるので、同時に実施する場合には注意が必要です。

結果は医師などの実施者か実施事務従事者が保存します。企業内の鍵のかかるキャビネットやサーバー内に保管することもできますが、第三者に閲覧されないよう、実施か実施事務従事者が鍵やパスワードの管理をしなければいけません。

 

面接指導の実施

ストレスチェック結果で「医師による面接指導が必要」とされた労働者から申出があった場合は、医師に依頼して面接指導を実施します。申出は、結果が通知されてから概ね1月以内に、面接指導は申出後概ね1月以内に行うこととされています。

ストレスチェック制度は、メンタルヘルス対策の一次予防に位置づけられ、労働者自身にストレスへの気づきを促すことを主目的としているため、結果は労働者に直接通知され、会社は把握できません。そのため高ストレス者がいても申出がなければ会社は面接指導を実施できないことになりますが、後にその労働者が精神疾患に罹患し、会社は何もしてくれなかったと、会社を安全配慮義務違反で訴えてくる可能性もあります。そこで事後のリスクを軽減するために、労働者からの面接指導の申出の有無について記録を保管することが必要です。また、医師などが面接指導が必要と判断した場合には、当該労働者に対し面接勧奨の通知を行うよう会社が医師などに依頼することも必要でしょう。

 

就業上の措置

労安衛法では、面接指導を実施した医師の意見を勘案し必要がある場合には、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければならないとしています。

厚労省の指針では、就業上の措置を決定する場合には、予め当該労働者の意見を聴き、十分な話し合いを通じてその労働者の了解を得られるよう努めるとされており、十分な話し合いのもと了解を得られるよう努めたのであれば、最終的な判断は事業者が決定できると解されます。ストレスチェックは自己記入方式であり故意に高ストレスとすることも可能であり、希望通りの異動のためのツールに使われないような対応が必要です。

例えばゴルフ場で、高ストレスと判断されたキャディがフロント業務への配転を希望したからと言って、これに無条件に従う必要はありません。その従業員の特性や人員配置の適正等の観点から当該配置転換を不適当と判断した場合には、時間外労働の減少等の会社案を提示します。複数回面談を重ね、会社案への理解を求めてもなお当該労働者が会社案を拒否した場合には、債務の本旨に従った労務提供ができないものとして、休職の勧奨等通常のメンタル疾患者と同様の取り扱いをすることになります。

 

罰則規定

現時点では労安衛法に罰則規定はなく、ストレスチェックを実施しなかったことをもって罰則が適用されることはありません。

しかしながら、従業員数50人以上の会社は実施状況を労基署に報告する義務があり、義務違反には50万円以下の罰金が科せられる可能性があります。また、労働者の同意を得て受領した検査結果及び面接指導の結果の記録を5年間保存しなかった場合も同様です。

「ゴルフ場セミナー」2016年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「受動喫煙対策」

今年のリオデジャネイロオリンピックからゴルフはオリンピックの正式種目となり、平成32年には東京での開催が決定しましたが、日本は招致活動当時から受動喫煙防止法が未整備であり、対策の遅れが指摘されています。

平成22年には、世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は、たばこのないオリンピック等を共同で推進することについて合意しました(「健康なライフスタイルに関する協定」)。後述のとおり、平成20年以降、日本を除く全てのオリンピック開催地及び開催予定地が、罰則を伴う受動喫煙防止対策を講じています。受動喫煙防止対策は、分煙ではなく屋内禁煙とするのが主流であり、屋外であっても運動施設を規制の対象としている国が多くなっています。

政府も今年に入り、受動喫煙の防止に向け、全面禁煙など具体的な対策を取らない国内の公共施設や飲食店に罰金などの罰則を科すよう定める新法の検討を始めました。

ゴルフと喫煙については、以前本誌でも取り上げましたが(平成22年5月号)、東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた受動喫煙対策強化の取り組みの観点で、再度検討します。

 

たばこの規制に関する世界的取組み

喫煙のみならず受動喫煙が死亡、疾病及び障害の原因となることが世界的に認識されるようになり、平成17年2月に発行した「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(FCTC)では、締約国に対して、受動喫煙防止対策の積極的な推進を求めています。日本も平成16年3月にFCTCに署名しています。

平成19年7月にバンコクでFCTCの第2回締約国会合(COP2)が開かれ、「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」が採択され、締約国には、より一層、受動喫煙防止対策を進めることが求められました。日本もFCTC発効後5年以内に、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。

このガイドラインの主な内容は、

①100%禁煙以外の措置(換気の実施、喫煙区域の設定)は、不完全であることを認識すべきである。

②全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきである。

③たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきである。

というものです。

平成26年時点で、公共の場所(医療施設、大学以外の学校、大学、行政機関、事業所、飲食店、バー、公共交通機関の8施設)の全てを屋内全面禁煙とする法律(国レベルの法規制)を施行している国は、49か国に及んでいます。

 

我が国の受動喫煙防止対策

平成15年5月に施行された健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法25条)。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」に過ぎません。

平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、以下のように、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。

①受動喫煙による健康への悪影響は明確であることから、多数の者が利用する公共的な空間においては原則として全面禁煙を目指す。

②全面禁煙が極めて困難である場合には、施設管理者に対して、当面の間、喫煙可能区域を設定する等の受動喫煙防止対策を求める。

③たばこの健康への悪影響や国民にとって有用な情報など、最新の情報を収集・発信する。

④職場における受動喫煙防止対策と連動して対策を進める。

職場における受動喫煙防止対策としては、平成27年6月、労働安全衛生法が改正され、労働者の受動喫煙防止対策の推進が定められ(法68条の2)、国は受動喫煙防止のための設備の設置の促進に努めるものとされました(法71条)。これを受け、国は喫煙室の設置等、受動喫煙防止対策のための費用を助成や、無料相談窓口を設ける等の支援措置を実施しています。

こうした対策により、職場や飲食店においては、漸減傾向にあるものの、非喫煙者の4割近くが受動喫煙被害にあっており、行政機関(市役所、町村役場、公民館等)や医療機関においても、非喫煙者の1割近くが依然として受動喫煙被害にあっています(平成20、23、25年の国民健康・栄養調査による)。

地方公共団体においては、平成22年に神奈川県で違反に対する罰則付きの受動喫煙防止条例が施行され、平成25年には兵庫県においても同様の条例が施行されています。

 

ゴルフ場の現状と対策

以上のような対策により、日本人の成人喫煙率は近年一貫して減少傾向にあり、日本におけるたばこの販売本数は減少し続けています。

ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っているわけですが(健康増進法25条)、ゴルフ場における現状や対策はどうなっているのでしょうか。

今年6月、中央大学より、「日本のゴルフ場における喫煙環境と受動喫煙対策の現状と課題」と題した研究資料がインターネットで公開されました。これによると、

①『コース内・ラウンド中にタバコを吸える場所』として、「各ティーグラウンド」が殆どのゴルフ場(89.6%)で挙げられ、続いて「カート内」(72.1%)となっており、殆どのゴルフ場でラウンド中に喫煙可能となっています。

②『クラブハウス内の喫煙環境』では、全面禁煙は18.3%に過ぎず、「屋内に喫煙場所を設置」が58.1%、「屋外に喫煙場所を設置」が48.7%、「全面喫煙可」とするゴルフ場も14.5%もあり、「喫煙ルームを設置」は9.9%にとどまっています。

③『レストラン内の喫煙環境』については、「全面禁煙」(40.6%)への回答が最も多く、続いて「禁煙席と喫煙席を分けている」(33.0%)となっていますが、「全面喫煙可」の回答も17.5%に上っています。

④『ゴルフ場としてタバコ対策の基本方針を決めているか』については、「決めている」が27.4%、「検討中」が17.0%であり、回答の半数が「決めていない」(50.0%)となっており、⑤『健康増進法施行後何らかの受動喫煙対策を実施したか』については、約半数が「何もしていない」(44.4%)と回答しています。

その一方で、⑥『ゴルフ場内の喫煙環境規制はビジネスに影響すると思うか』については、「影響しない」とする回答(約40%)が「影響する」(約23%)を上回っています。

⑦『今後の禁煙対策に必要な法規制のレベル』については、「各業界団体による自主規制」への回答率が最も高く(42.9%)、次いで、「諸外国のような全国レベルの禁煙法」(34.5%)、「神奈川県の様な都道府県による条例」(14.7%)の順に多く挙げられています。

以上のように、殆どのゴルフ場でラウンド中に喫煙可能であり、約半数のゴルフ場で喫煙対策の基本方針が決められていない一方で、喫煙規制がビジネスに影響を及ぼすと考えているのは少数に過ぎず、受動喫煙を禁止する業界による自主規制や法的規制が望まれているという結果になっています。

 

オリンピック開催地の喫煙対策

平成20年以降、日本を除く全てのオリンピック開催地が受動喫煙防止対策を講じています。

受動喫煙防止対策は、分煙ではなく屋内全面禁煙とするのが主流であり、中国(北京/平成20年夏)、カナダ(バンクーバー/平成22年冬)、イギリス(ロンドン/平成24年夏)、ロシア(ソチ/平成26年冬)、ブラジル(リオデジャネイロ/平成28年夏)の全てにおいて、学校、医療機関、官公庁等の公共性の高い施設、公共交通機関(鉄道、駅、バス、タクシー)、飲食店、宿泊施設、スポーツ施設、職場において、屋内全面禁煙が原則とされています。スポーツ施設は屋外であっても、規制の対象となっているわけです。

これらの国では、違反した場合、施設管理者及び違反者に罰金が科せられます(但し、ブラジルでは施設管理者のみ)。例えばイギリスの場合、違反者には最大50ポンド(約1万2400円)、企業や施設管理者には最大2500ポンド(約62万円)の罰金が科せられます。

このように、オリンピック開催地における受動喫煙防止対策は年々強化されていますが、日本は前述のとおり、多数の者が利用する施設について、屋内禁煙又は分煙等の「努力」義務が課せられているのみで、違反した場合の罰則もありません。

 

東京オリンピック開催に向けて

冒頭に記載したとおり、WHOとIOCは「健康なライフスタイルに関する協定」を結んでおり、その中で「タバコのないオリンピック」を目指すことが謳われています。これを受け、近年のオリンピック開催都市の全てで罰則付きの強制力をもった受動喫煙防止法が整備されています。オリンピック会場のみならず、国(都市)全体の公共的施設において、禁煙または完全分煙が実現しています。

今までこうした対応がなされていないのは、日本(東京)のみというのが実状です。そこで東京オリンピック・パラリンピックを成功に導くために、政府も罰則付の受動喫煙防止法の検討を始めました。スポーツ施設や学校、病院などの公共施設を全面禁煙に、レストランやホテルなど不特定多数の人が利用する施設は喫煙スペースを設置するなどして分煙とするよう、施設管理者らに義務づけ、違反者への罰則も盛り込む方針だということです。

安倍内閣総理大臣も、平成27年11月の東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部において、「大会は健康増進に取り組む弾みとなるものであり、大会に向け、受動喫煙対策を強化していく」と発言し、「競技会場及び公共の場における受動喫煙防止対策を強化する」という基本方針が閣議決定されています。

ゴルフ場においても同様です。スポーツ施設を全面禁煙とすることは、IOC及び政府の方針であり、ゴルフもオリンピックの正式種目となった以上、この方針に従い、コースも含め全面禁煙とする必要があります。とは言え、一度に全面禁煙の措置を取ることに抵抗のあるクラブもあるかもしれません。そこでまずは、クラブハウス内は、バーのような場所を除き、レストランやコンペルームも含めて全面禁煙、コースについては、茶店を除き、ティーインググラウンド付近も含めて全面禁煙、といった段階的な対応も次善の策として許容されると思います。

なお、喫煙室や閉鎖系の屋外喫煙所を設置する場合、その費用の1/2(上限200万円)について国から助成を受けることができます。受動喫煙防止対策については国が無料相談窓口を設けており、この助成金の申請書類の記載方法等についても相談できます。(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049989.html)

「ゴルフ場セミナー」2016年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「自然災害」

本年4月14日に熊本県で震度7を観測する地震が発生して以降、熊本県と大分県で相次いで地震が発生しており、本稿執筆時点においても依然として予断を許さない状況が続いています。被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

この地震の影響で、4月15日から開催する予定だった国内女子ツアーも中止、また被災地周辺のゴルフ場では予約のキャンセルが相次ぎ、休業に追い込まれる等の問題が発生しています。

今回は自然災害に伴って生じるいくつかの法律問題を取り上げます。

 

利用者との関係

①プレーの中止と料金

地震が発生し、地割れが起こりプレーできなくなってしまった、というような場合、民法上の危険負担の原則からは、プレーできなくなってしまった分のプレー料金は請求することができません。すでにプレーが終わった分については、既に回り始めたハーフの分のみ料金を請求する場合や、全く請求しないケースも実務上の扱いとしてはあると思います。利用約款でこのような場合の取り扱いを定めているのが一般的なので、それに従うことになります。

②予約のキャンセル

ゴルフ場周辺で余震が続き、顧客が安全にプレーできる状況を確保することが難しい状況であると判断してゴルフ場がクローズを決定した場合には、不可抗力によるものとしてゴルフ場に債務不履行責任は発生しないものと考えられます。

例えば大きなコンペ等が開催できなくなったとしても、原則としてコンペ主催者に対してゴルフ場で補償等をする必要はないことになります。

一方、ゴルフ場は安全性を確認しクローズしていない状況で、利用者の判断で予約をキャンセルする場合もあり得ます。実際に請求することはあまりないかもしれませんが、約款上はキャンセルフィーを請求できる場合があります。この場合、利用者からデポジット(予約金)を預かっていれば、キャンセルフィーとの差額を精算することになります。但し、「平均的な損害の額」(同じ事業者の同種類の契約が解除された場合を想定し、その場合に生ずる平均的な損害額)を超える高額なキャンセルフィーを定めた条項は、消費者契約法9条1項により無効とされますので注意が必要です。

③怪我をした場合

地震のせいでクラブハウス等が倒壊し、利用者が怪我をしたというような場合、クラブハウス等が通常備えるべき安全性を有していたかどうかが問題となります。通常備えるべき安全性を有していれば、ゴルフ場に責任はない、ということになります。従来は、少なくとも震度5程度に耐えられる構造になっているかどうかというのが一つの基準だったと思われます(例として仙台地裁平成4年4月8日判決)。しかし現在、震度6弱以上の地震も決して珍しいことではありませんし、耐震・免震の技術も進歩しています。ゴルフ場側に要求される水準も高くなる可能性があります。

④ゴルフ場のクローズ

地震による経営悪化を理由に、廃業や業種転換(例えば大規模太陽光発電建設)は許されるでしょうか。

会員制ゴルフ倶楽部の場合には会員保護の観点から、クラブを解散しての業種転換が無制限に認められるものではありません。

このことは、仮に会則に「会社はいつでも本倶楽部を解散することができる」といった規定がある場合であっても同様です。裁判例においても、会員にとって不利益を伴うゴルフクラブの解散を経営会社の機関(理事会)の決議のみによってすることを是認するに足りる客観的かつ合理的な事情の存する場合にのみ解散が許されるとしたものがあります(東京高裁平成12年8月30日判決)。

一方、会則等に解散規定がなくても、事業の継続が客観的にみて不可能で事業者に責のないやむを得ない事情に基づくような場合にまで一切解散は認められないとすることは事業者に酷を強いることになります。裁判例でも、会員契約の解除が、経営会社の経営努力にもかかわらず、経営成績の悪化、会員数の減少…等により、経営の継続が困難となったために行われた等の事実関係においては、解除はやむを得ない事情によるものであり会員契約上の債務不履行に当たらないと判断したものがあります(東京地方裁判所平成10年1月22日判決)。

これらの裁判例を前提に考えると、地震により壊滅的なダメージを受けコースの修復に膨大な費用を要する場合や集客が著しく困難だというような場合は、事業の継続が客観的にみて不可能であって事業者に責のないやむを得ない事情に基づくものとして、会員契約の会社側からの解除は有効であり、会員契約上の債務不履行にはあたらないことになります。

もっとも、ゴルフ倶楽部を解散して事業者が会員との会員契約を解除する場合、事業者は会員に対し利用できない分に応じて年会費を返還するとともに、預託金制であれば預託金も返還する必要があります。

入会金の返還については入会金の性質と絡み争いがありますが、上記平成12年東京高裁判決は入会金不返還条項に基づいて返還しないことを有効と判断しています。

預託金の全額返還が困難であれば破産手続や民事再生手続等により預託金返還債務の減免を受ける必要が生じます。

 

従業員との関係

①休業補償

労働基準法では、使用者(企業)の責めに帰すべき事由による休業の場合には、企業側は、休業期間中当該従業員に対して、その平均賃金の6割以上を支払わなければならないと定められています(法26条)。これに違反した場合には30万円以下の罰則が科される場合があります。

この「責めに帰すべき事由」については、広く使用者側に起因する経営上の障害を含むものと解されており(ノース・ウェスト航空事件判決)、使用者側に起因するとはいえない天災地変等の不可抗力を除いて、これに該当すると解釈されています。

地震等の天災地変は不可抗力の典型と考えられますので、余震が続き休業に追い込まれたようなケースは、客観的に休業の必要があるものとして、使用者の責めに帰すべき事由によらない休業と認定される場合が多いものと考えられます。

そこで、就労できなかった時間分について、給与から控除することができることになります。

仮に年俸制を採用している場合であっても欠勤控除は可能と考えられます。この場合の計算方法については、特段の定めがあればそれに従うことになりますが、この特段の定めは労務の提供がなかった限度で定める必要があります。

特段の定めがない場合は、欠勤1日につき年俸額を年間所定労働日数で除して得た日額を控除するのが妥当と思われますが、この際、賞与分を含めて算定するかどうかは取決めによりますので、就業規則(賃金規定)を整備することが必要です。

なお、先般の東日本大震災の際には、電力会社による計画停電が実施されましたが、計画停電による休業についても、厚労省の通達により、使用者の責めに帰すべき事由には該当しないものとされており、計画停電の時間帯については、企業は給与支払義務を負わないことになります。

もっとも従業員の就労が不可能となった場合であっても、従業員が有給休暇を消化することは可能であり、この場合には有給休暇を消化してから欠勤控除をすることになります。

なお、災害による休業を余儀なくされた場合、実際には離職していなくとも、当該従業員は、雇用保険上の失業手当を受給できるという特例措置が定められています。

②欠勤

ゴルフ場は通常通りの営業を行っているが、従業員が通勤できない等、従業員には過失がないものと考えられ、その欠勤を理由に解雇することはできません。その反面、当該従業員に対する給与支払義務は、従業員の労務の提供が不可抗力により不可能となった場合にあたり、消滅することになります(民法536条1項)。

したがってこのような場合、原則として、不就労時間に対応する給与部分については、企業に支払義務は生じません。

③減給

地震による経営悪化を理由として、減給をすることが許される場合もあります。例えば就業規則で給与が定められる場合、就業規則を変更することになりますが、労働者にとって不利益な変更となる場合であっても、その変更が合理的なものであれば、個々の労働者もこれに従わなければならないものとされます。

問題は変更が合理的なものと言えるか否かですが、変更の内容(不利益の程度・内容)と変更の必要性との比較衡量を基本とし、不利益の程度・内容の酌量において変更との関連で行われた労働条件改善の有無・内容を十分に考慮に入れるとともに、変更の社会的相当性や、労働組合との交渉経過、他の従業員の態度などをも勘案し判断することになると考えられます。

④解雇

地震による経営悪化を理由として、一部の従業員を解雇することが許される場合もあります。いわゆる整理解雇の一種ですから、人員削減の必要性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性、被解雇者の選定の妥当性、手続きの妥当性を考慮して解雇の有効性が判断されます(労働契約法16条)。地震によって甚大な被害が出ているような場合には、解雇もやむを得ず有効と判断される場合が多いと考えられますが、労働者に特に大きな影響を与える行為であり、慎重に、誠意をもって行わなければならないことは言うまでもありません

⑤労災保険

労災が認定されるには、業務遂行性(会社、雇い主、事業主や会社の上司等の支配下の状態にあること)と業務起因性(就いていた仕事に伴う危険性が具体化すること)が必要であると解されています。

天災地変は不可抗力的に発生するものであって、事業主の支配、管理下にあるか否かに関係なく等しくその危険があるといえ、個々の事業主に災害発生の責任を帰することは困難であるため、このように考えられています。

そこで、従業員が業務中に地震に遭遇し怪我したような場合、原則として業務上の災害とは認められないと考えられます。

もっとも、業務の性質や内容、作業条件や作業環境等の状況からみて、かかる天災地変に際して災害を被りやすい事情にある場合には、天災地変に際して発生した災害についても業務起因生を認めることができると考えられています。

そのため、従業員から労災給付申請があった場合、企業としては、地震によるものであることを理由に一律に協力しないのではなく、個別の事案ごとに慎重に対応すべきであると考えます。

 

その他の問題

①株主総会の問題

12月決算や3月決算の会社は、定時株主総会の開催に支障を来す可能性があります。別途公告等が必要になりますが、基準日を変更することにより定時株主総会の時期をずらして開催することも会社法上可能と考えられます。

②税金等の問題

被災資産の評価額の損金算入、災害損失金の繰越控除といった法人税の減免措置制度があります。今回の地震で被害を受けた熊本県については申告期限・納付期限の延長等が認められています。労働保険料、社会保険料及び障害者雇用納付金などの納付期限の延長・猶予等も行われています。

「ゴルフ場セミナー」2016年7月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「労働者派遣」

キャディさんやコース管理に派遣会社から労働者の派遣を受けているゴルフ場も多いと思います。派遣社員やパート、アルバイト等の非正規雇用者は平成26年平均で1962万人、役員を除く雇用者全体の37.4%を占めており、このうち派遣社員は292万人、非正規雇用者の14.9%を占めており、無視できない存在となっています。

平成27年9月、改正労働者派遣法が成立・施行され、新しい法律の下での運用が開始しています。

そこで今回は、労働者派遣について検討します。

派遣法の歴史

派遣労働とは、労働者と雇用契約を結んだ会社(派遣元)が、労働者派遣契約を結んでいる依頼主(派遣先)へ労働者を派遣し、労働者は派遣先の指揮命令に従って働くという働き方です。

なお、派遣とよく似た就業形態に出向(在籍出向)があります。どちらも出向先や派遣先の会社の指揮命令に従って就業しますが、両社の違いは、派遣先(出向先)に労働契約と指揮命令関係があるかどうかです。 出向の場合には、労働契約及び指揮命令関係の双方が出向先にあるのに対し、派遣の場合には、労働契約は派遣元にのみあり、指揮命令関係は派遣先にあります。つまり、出向の場合、出向元と出向先の両方で二重の労働契約関係が成立し、出向先では自社の従業員と同様に扱えるのに対して、派遣の場合には労働契約関係と使用関係が分離することになります。派遣社員に派遣先のゴルフ場の就業規則は適用されず、仮に派遣社員がゴルフ場でトラブルを起こしたとしてもゴルフ場側では懲戒処分をすることができず派遣元に懲戒処分を申し入れるのが関の山ということになります。

我が国の人材派遣は、昭和61年にいわゆる労働者派遣法が施行され、一部の特筆すべき技能を有する13業務(同年16業務に変更)について、一時的に外部から労働者の提供を受ける手段として始まりました。

平成8年には、専門性の高い業務を中心に、対象業務を26業務に拡大しました。平成11年には、派遣業種を原則自由化し、一部禁止するものを指定する方式に変更し、26業種は3年、新しく追加されたものは最長1年間の派遣期間制限が設けられました。平成12年には、派遣先企業に直接雇用されることを前提に一定期間派遣として就業し、期間終了後に企業と本人が合意した場合、直接雇用として採用されるシステム(紹介予定派遣)が解禁されました。

平成16年改正

平成16年改正で派遣先企業にとって重要なのは以下の2点です。平成27年の改正後も、施行日(平成27年9月30日)前に契約している派遣契約については、これらの規定が適用されるので依然として注意が必要です(後述)。

①派遣受入期間の延長

26業務については制限が撤廃され、派遣期間がこれまで1年間と制限されてきた業務については、最長で3年間と改正されました。

②直接雇用の申込み義務

派遣期間後(最長で3年)も同じ派遣労働者を使用しようとする派遣先の事業主は、期間前日までに派遣労働者に対して雇用契約の申込みをしなければいけません。つまり、一つの会社で3年を超えて派遣されることはなく、4年目以降も同じように働いて貰うには、派遣社員ではなく直接雇用されることになります。

また最長3年という派遣期間の制限がない業種でも、3年以上派遣されている労働者がいるのにさらに別の新たな労働者を雇入れようとする場合、現在、派遣されている労働者に対して直接雇用を申し込まなければなりません。

これら「直接雇用の申込み義務」に違反した事業主に対しては国が指導し、勧告・企業名公表される場合もありますので注意が必要です。

平成24年改正

平成24年には、法律名称が「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」(以下「派遣法」)に改正され、26業務が28業務に整頓されました。派遣先企業にとって重要な改正は以下点です。

  • 労働契約申込みみなし制度

この制度は、派遣先が違法派遣と知りながら派遣労働者を受け入れている場合、違法状態が発生した時点において派遣先が派遣労働者に対して労働契約の申込み(直接雇用の申込み)をしたとみなすもので、平成27年10月1日に施行されました。

違法派遣とは、㋐派遣労働者を禁止業務に従事させること、㋑無許可又は無届出の派遣会社から派遣を受け入れること、㋒派遣期間制限に違反して派遣を受け入れること、㋓いわゆる偽装請負等の場合です。

平成27年改正

平成27年改正法には、「派遣労働者のより一層の雇用の安定、キャリアアップを図る」との目的が掲げられました。この目的を実現するため種々の改正が行われましたが、派遣先企業にとって重要なのは、派遣期間制限が見直された点です。期間制限に関する28業務とその他の業務の区別を廃止し、以下の制度が設けられました。

  • 事業所単位の期間制限

派遣先の同一の事業所における派遣労働者の受入れは3年を上限とする。それを超えて受け入れるためには過半数労働組合等からの意見聴取が必要。意見があった場合には対応方針等の説明義務を課す。

つまり、ゴルフ場で派遣社員を受け入れる場合、意見聴取が行われないと3年を超えて派遣を受け入れることはできません。意見聴取がとても重要になります。

  • 個人単位の期間制限

派遣先の同一の組織単位(課)における同一の派遣労働者の受入れは3年を上限とする。

つまり、ゴルフ場事業会社が意見聴取により長期的に派遣利用を行う場合であっても、属人的に考えると、3年毎に仕事内容(課)を変えなくてはなりません。派遣社員をレストランスタッフとして採用した場合、3年経過後は経理課等仕事内容を変える必要があるわけです。

なお、平成27年改正法施行日前までに契約している派遣契約は、改正前の規定が適用され、施行日以降に締結した派遣契約から新制度が適用されます。

つまり、施行日(平成27年9月30日)前までに締結された派遣契約で、施行日以降に自由化業務の派遣制限期間(3年間)の抵触日を超えて派遣労働者を受け入れていた場合や、28業務で3年以上受け入れている派遣労働者がいる場合で、同じ業務に新たに労働者を雇い入れする場合には、改正後の「労働契約申込みみなし制度」ではなく、改正前の「直接雇用の申込み義務」が適用されることになります。

 派遣契約のトラブル事例

ゴルフ場においてもキャディやレストランスタッフを派遣社員として受け入れている場合も多いと思われます。以下に実務上の注意点を取り上げます。

  • 事前打ち合わせ後の不採用

派遣法は、派遣先が派遣受入れにあたり、派遣労働者を選考し、特定する行為を、紹介予定派遣を受入れる場合を除き禁止しており(派遣法26条6項)、派遣社員の受け入れに当たっての事前面接も禁止されます。そのため、「打ち合わせ」の名目で、派遣スタッフと接触を試みた場合、個々のケースによって程度の差はありますが、「打ち合わせの時点ですでに雇用関係が成立しているとみなされる可能性がある」という厚生労働省の見解が出ていますので注意する必要があります。また今後は「労働契約申込みみなし制度」の適用も考えられます。労働契約が成立したとされる場合、面接に要した日当と交通費の請求もされますし、場合によっては解雇とみなされ不採用に対する損害賠償の可能性も生じてきます。

  • トライアルターム

派遣先で行われるトライアルターム(試用期間)も、派遣先が派遣スタッフを特定するためのものであれば、派遣法違反となります(派遣法26条6項)。

例えば、複数の派遣会社から3人派遣させて、1週間働かせて採用したのは1人のみというケースでは、派遣先がスタッフの働きぶりをみて採用を決めていると見なされる危険があります。今後このようなケースでは派遣先と派遣労働者との間に、当初から雇用関係が生じていたと判断される可能性が生じます(労働契約申込みみなし制度)。

  • 偽装請負

形式上、請負人(受託業者)が注文主との間で請負契約を締結しているものの、請負人が従業員を注文主の事業場等において作業させる際に注文主の指揮命令を受けて労務を提供させることを偽装請負と呼んでいます。

偽装請負と評価される場合、請負事業者は派遣法違反となり罰則の対象となります(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金等) 。派遣先は派遣法による罰則の対象となっていませんが、労働者供給を行っていると判断される場合には職業安定法44条違反として罰則の対象となるので注意が必要です(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金 ) 。

偽装請負とされないための基準としては厚労省告示 37 号が挙げる基準が参考になります。以下の要件を満たせば適法な請負となりますが、満たさない場合には請負事業者は労働者派遣事業の許可を取得しなければなりません。

①請負事業主が、請負業務に従事する労働者に対して、直接業務指示をし、その労務管理の全てを行なっていること。②請負契約により請け負った業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理すること。

このうち実務的に主として問題となるのは①の指揮命令の要件です。ゴルフ場が請負業者から労働者を受け入れる場合も、当該労働者の中で業務指示を担当する者を決め、ゴルフ場の要望はその担当者を通じて社外労働者に伝えるようにする必要があります。仮に当該労働者が1名しかいないような場合には、ゴルフ場と請負業者との間で事前にマニュアルを定め、当該労働者にはそのマニュアルに従って作業させ等、注文主が直接指揮命令したことにならないような工夫が必要です。

これまで、偽装請負であると判断された場合、注文主と請負人が雇用する労働者との間に黙示の労働契約関係の成立の余地を認める裁判例もありました(マイスタッフ(一橋出版)事件・東京地平17・7・25判決、伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件・松山地平15・5・22判決等)。

もっとも、今後は「労働契約申込みみなし制度」の適用要件に当てはまり、かつ派遣労働者から承諾の意思表示がなされた場合には、明示の労働契約が成立したことになります。

「ゴルフ場セミナー」2016年2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「マタハラ」

近年いわゆるセクハラやパワハラ、さらに最近ではマタハラ(マタニティーハラスメント)が職場での大きな問題となっています。いずれのハラスメントも企業活動に重大な支障を与えることから、職場の労務管理上無視できない重要な課題です。

昨年11月には、厚生労働省がマタハラに関する初の実態調査を実施し、妊娠・出産経験のある女性のうち、マタハラを受けたと回答する人が、正社員で21%、派遣社員では48%に上り、契約社員(13%)や、パートタイマー(5%)も被害に遭っている実態が判明しました。

マタハラの内容については、解雇や雇止めといった深刻なケースはそれぞれ約2割、降格と減給もそれぞれ約1割、「迷惑だ」「辞めたら?」等の嫌がらせの発言は半数近くの女性が受けていたということです。

日本のゴルフ場では女性のキャディが多数を占め、フロントやレストラン、経理等、女性が多い職場であり、女性従業員の妊娠・出産は避けて通れません。パートのキャディから妊娠の報告を受けた後の契約更新をどうするか、フロントの女性従業員から育休を1年取りたいと相談された場合の雇用をどうするか等、マタハラは無視することのできない身近な問題であり、慎重な対応が必要であると思われます。今回はいわゆる「マタハラ」について検討します。

マタハラ訴訟

ゴルフ場の事案ではありませんが、昨年11月にマタハラに関する注目すべき判決が出ました。

広島市の病院に勤務していた女性が妊娠を理由に降格されたことが、男女雇用機会均等法に反するかが争われた事案で、広島高裁は、降格を適法とした一審の広島地裁判決を変更し、精神的苦痛による慰謝料も含めてほぼ請求どおり約175万円の賠償を病院側に命じ、女性が逆転勝訴したのです。

判決によると、女性は平成16年から管理職の副主任を務めていましたが、第2子を妊娠した平成20年、軽い業務への配置転換を希望すると副主任の役職を外され、復帰後も管理職ではなくなりました。

一、二審では原告側が敗訴しましたが、平成26年10月に最高裁は、妊娠による降格は原則禁止で、①自由意思で同意しているか、②業務上の理由等の特殊事情がない限り、違法で無効であるとの初判断を示し、広島高裁に審理のやり直しを命じました。社会問題化しているマタハラをめぐって行政や事業主側に厳格な対応や意識改革を迫った判断と言えるでしょう。

差戻し後の広島高裁では、降格が許される例外として最高裁が示した①明確な同意(当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき)、或いは②業務上必要な特段の事情(円滑な業務運営や人員の適正配置の確保等の業務上の必要性から支障がある場合であって、男女雇用機会均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情)の有無が争点となりました。

広島高裁はいずれも認められないと判断し、「病院は、使用者として女性労働者の母性を尊重し職業生活の充実の確保を果たすべき義務に違反した過失がある」としました。

一方、病院側は、特殊事情として、女性に協調性がない等と適格性を問題視し、女性を再任用すると指揮命令が混乱する等と主張しましたが、裁判所はいずれの主張も具体性に欠けるとして退けました。

法律による規制

使用者には、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています(労働契約法5条)。

安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、職場環境配慮義務(セクハラ、パワハラ、マタハラ)も、この安全配慮義務の一つであるとされています(本誌平成26年2月号参照)。

マタニティーハラスメント(マタハラ)とは、「妊娠・出産、育児休業等を理由として解雇、不利益な異動、減給、降格等不利益な取扱い」であり、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法等で禁止されています。

まず、男女雇用機会均等法は、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを禁止しています(法9条3項)。

また、育児・介護休業法は、育児休業、子の看護休暇、所定外労働の制限、所定労働 時間の短縮措置、時間外労働の制限及び深夜業の制限について、その申出をしたこと又は取得等を理由として、労働者に対して解雇その他不利益取扱いを禁止しています(法10条等)

そのため事業主は、女性労働者が妊娠・出産・産前産後休業を取得したり、妊娠中の時差通勤等男女雇用機会均等法による母性健康管理措置や深夜業免除等労働基準法による母性保護措置を受けたこと、子どもを持つ労働者が育児休業、短時間勤務、子の看護休暇等を取得したことを理由として、以下のような不利益取扱いをしてはなりません。

<不利益取扱いの具体例>

解雇、雇止め、契約更新回数の引き下げ、退職や正社員を非正規社員とするような契約内容変更の強要、降格、減給、賞与等における不利益な算定、不利益な配置変更、不利益な自宅待機命令、昇進・降格の人事考課で不利益な評価を行う、仕事をさせない・専ら雑務をさせる等就業環境を害すること、派遣労働者について派遣先が当該派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を拒む…

不利益取扱いの禁止

男女雇用機会均等法や育児・介護休業法の違反の要件となっている「理由として」とは、「妊娠・出産、育児休業等の事由と不利益取扱いとの間に因果関係があること」を意味すると考えられています。

そして、妊娠・出産、育児休業等の事由を「契機として」不利益取扱いを行った場合は、原則として「理 由として」いる(事由と不利益取扱いとの間に因果関係がある)と判断されます。

ここで、妊娠・出産、育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は、原則として「契機として」いると考えられています。

但し、事由の終了から1年を超えている場合であっても、実施時期が事前に決まっている、又は、ある程度定期的になされる措置(人事異動、人事考課、雇止め等)については、事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断されますので注意が必要です。

不利益取扱い禁止の例外①

但し、①㋐業務上の必要性から不利益取扱いをせざるをえず、 ㋑業務上の必要性が、当該不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる「特段の事情」が存在する場合には、基本的に法違反にはならないと考えられています。

例えば、経営悪化の為人員削減を検討していた折に、フロントの女性従業員に育休を1年取りたいと相談されたとしましょう。育休を取ることを理由に解雇・退職勧奨することは許されないのは既述のとおりです。但し、事業主側の状況(職場の組織・業務体制・人員配置の状況)や労働者側の状況(知識・経験等)等を勘案し、㋐業務上の必要性からその従業員を解雇せざるを得ず、 ㋑業務上の必要性が解雇等によりその従業員が受ける影響を上回ると認められる事情が存在する場合には、例外的に許される余地があります。

例えば、本人の能力不足等が理由である場合で、妊娠等の事由の発生前から能力不足等が問題とされており、不利益取扱いの内容・程度が能力不足等の状況と比較して妥当で、 改善の機会を相当程度与えたが改善の見込みがないような場合は、上記㋐㋑の「特段の事情」が存する場合として許される余地があります。

この場合、妊産婦以外の従業員についても同様の取扱いをしていたか否かが、例外か否かの判断上重要な要素になります。

なお、上記広島高裁の事案では、病院側は、特殊事情として、女性に協調性がないなどと適格性を問題視し、女性を再任用すると指揮命令が混乱する等と主張しましたが、裁判所はいずれの主張も具体性に欠けるとして退けました。

不利益取扱い禁止の例外②

また、②㋐労働者が当該取扱いに同意している場合で、 ㋑有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適切 に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するときにも、基本的に法違反にはならないと考えられています。

つまり、契機となった事由や取扱いによる有利な影響(労働者の求めに応じて業務量が軽減されるなど)があって、それが不利な影響を上回り、不利益取扱いによる影響について事業主から適切な説明があり、労働者が十分理解した上で応じるかどうかを決められたような場合には、例外にあたり許される可能性があります。

例えば、ゴルフ場の女性管理職について、妊娠に伴う軽易業務への転換を契機に降格・減給することは原則として許されませんが、会社から本人に対して適切な説明が行われ(書面等本人が理解しやすい形で、降格に伴う減給等についても説明)、本人の自由意思に基づく明確な同意があり、業務量の軽減による利益が降格・減給による不利益を上回っている等の事情が認められれば、例外にあたり許される可能性があります。

なお、上記広島高裁の事案では、裁判所は、復帰後の地位の説明がなかった点等から、降格を女性が承諾したことについて「自由意思に基づいていたとの客観的な理由があったとは言えない」と判断しています。

ゴルフ場の対応

以上のように、原則として、妊娠・出産・育児休業等の事由から1年以内(時期が事前に決まっている措置に関する不利益取扱いの場合は、事由の終了後の最初のタイミング)になされた不利益取扱いについては、例外に該当しない限り、違法と判断されます。そのため、妊産婦の従業員に対して雇用管理上の措置を行う場合、それが法違反となる不利益取扱いでないか、改めて確認した上で慎重に行うことが必要です。

法違反の不利益取扱いを行った場合には、報告、助言、指導、勧告等の行政指導がなされ、例えば解雇撤回勧告等に従わない場合には事業主名が公表されます。行政指導の際に必要な報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には20万円以下の過料が科せられる場合があります。また、当該従業員との間で裁判となった場合、そのような事実がネット等を通じて広まると企業イメージに打撃を与え、裁判の結果次第では、解決金や損害賠償金、慰謝料等を支払わなければならなくなる可能性もあります。

なお、厚労省はマタハラ対策強化のため、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法を見直し、企業に対し、社員教育や相談窓口の設置を義務付けること等を検討しているということです。

我が国においては少子化が進行し、人口減少時代を迎えています。少子化の急速な進行は、労働力人口の減少、地域社会の活力低下など、社会経済に深刻な影響を与えます。持続可能で安心できる社会を作るためには、効率優先一辺倒の社会から「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)」を実現する社会に転換していくことが必要不可欠です。子育て等家庭の状況から時間的制約を抱えている時期の労働者について、仕事と家庭の両立支援を進めていくことが、企業や社会全体の明日への投資であり、活力の維持につながるのではないかと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2016年1月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場での電気さく事故」

今年7月、静岡県で、川岸に設置された動物よけの電気さくにより、川遊びをしていた家族連れら7人が感電し、2人が死亡するという痛ましい事故が発生しました。この電気柵さくは、設置者が自作したもので、必要な安全基準(後述)を満たすものではなかったことが原因だったようです。

この事故を受けて、政府が全国の農地などに設置が確認されたおよそ10万箇所の電気さくを調査したところ、7000箇所余りで必要な安全対策が取られていないことが分かりました。

調査によると、ゴルフ場では181箇所の電気さくが設置されており、このうち15箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。農地や牧場などでは全体の7%に当たる7090箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。

電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されており、インターネット等でも容易に入手することができますが、適切な方法で設置しないと人に重大な危害を及ぼすおそれがあります。

経産省は電気さくの設置について、昭和40年にパルス発生装置(電流を断続的に流す)の設置を義務化し、平成18年には漏電遮断機の設置を義務化していました。

設置業者によると、正規メーカーによりPSEマーク(電気用品に国が安全と認可した印)の付いているパルス発生装置と漏電遮断器を設置していれば事故の危険性は低いということですが、平成18年以前に設置したゴルフ場では安全確保措置が万全とは言い切れません。

今回は、電気さくに関する安全確保措置について検討します。

 

安全確保措置

電気さくとは、田畑や牧場等で、高圧の電流による電気刺激によって、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する「さく」のことです。

日本では、電気設備の一種として、人に対する危険防止のために、電気事業法や電気用品安全法等で設置方法が定められています。

電気さくは、田畑や牧場、その他これに類する場所で、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する場合に限り設置できます。

設置に際しては、以下の安全基準を満たす必要があります。

①危険である旨の表示をすること

電気さくを設置する場合は、人が見やすいように、適当な位置や間隔、見やすい文字で、「危険」「さわるな」「電気さく使用中」等の注意看板を設置する等、危険である旨の表示を行うことが必要です。

②電気さく用電源装置の使用

電気さくに電気を供給する場合は、感電により人に危険を及ぼすおそれのないように、出力電流が制限される電気さく用電源装置(パルス発生装置。PSEマークの付いているもの)を用いる必要があります。

③漏電遮断器の設置

電気さくを公道沿いなどの人が容易に立ち入る場所に施設する場合で、30ボルト以上の電源(家庭のコンセント等)から電気を供給するときは、漏電による危険を防止するために、15mA 以上の漏電が起こったときに0.1 秒以内に電気を遮断する漏電遮断器を設置する必要があります。

④ 専用の開閉器(スイッチ)の設置

電気さくに電気を供給する回路には、電気さくの事故等の際に、容易に電源がオン・オフできるよう、専用の開閉器(スイッチ)を設置する必要があります。

これらの規定に違反した場合には、30万円以下の罰金という罰則が規定されています(電気事業法120条)。

 

NGKによる電気さく調査

経産省から依頼を受けて、日本ゴルフ場経営者協会(NGK)では、「電気さくの安全措置の実施状況アンケート」調査を全国のゴルフ場を対象に行いました。

NGKは実質で全国1775コースの支配人に調査票を送付し、8月17日現在で452コースから回答を得ました。その回答のうち38.3%にあたる173コースが電気さくを設置し使用していました。

173コースのうち、91.3%にあたる158コースが前記安全基準に適合していますが、8.7%にあたる15コースが不適合と回答しています。

不適合の内容は、「①危険である旨の表示をしていない」が4コース、「③漏電遮断器を設置していない」が9コース、「①表示をしておらず+③漏電遮断器を設置していない」が2コースとなっています(上記のとおり、漏電遮断器は平成18年より設置が義務化されたため、それ以前に設置した電気さくについては設置要請にとどまり義務違反とはなりません)。

②電気さく用電源装置や④専用の開閉器(スイッチ)を未設置とする回答はなかったということです。

不適合があると回答したゴルフ場では、「8月中に改善」が11コース、「9月中に改善」が1コース、「年内には改善」が2個コースとなっています。

 

ゴルフ場の法的責任

電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されていますが、これまでイノシシは夜行性と言われ、昼間は電源を切っており、ゴルファーに危険はないと考えるゴルフ場もあるようです。しかし最近ではイノシシは夜行性というわけでなく、人を避けているだけとも言われ、昼間も通電したままのコースもあるようです。

万一ゴルフ場内で電気さくによる感電事故が起き、前記安全基準を満たしていなかったような場合には、刑法上の業務上過失致死傷罪にあたり、5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金となる可能性もあります。

また民事責任として一般に、①安全配慮義務違反、②土地工作物責任が考えられます。

①安全配慮義務違反とは、民法第415条が定める債務不履行責任(契約責任)の一種です。

ゴルファーがゴルフ場と締結する利用契約の中には、「ゴルフ場は、ゴルファーに対し、安全にプレーさせる」という内容も含まれます。

しかしゴルフ場側の配慮が足りずゴルファーに事故が起こった(例えば、電気さくの設置につき前記4つの安全基準を満たしていないため感電事故が起きた)ような場合には、ゴルフ場が「安全にプレーさせる」という契約内容に違反しており、ゴルフ場はゴルファーに対して損害を賠償しなければならない、というわけです。

②土地工作物責任とは、民法第717条第1項が定める不法行為責任の一種です。安全配慮義務違反の場合と異なり、ゴルフ場と契約関係にある相手方に限られず、ゴルフ場内に立ち入った第三者との関係でも問題となります。

同条項は「土地の工作物」の「設置又は保存に瑕疵」があって損害が生じた場合、占有者や所有者が賠償責任を負わなければならないと定めています。

「土地の工作物」とは、「土地に接着し、人工的作業をしたことで成立したもの」と説明され、電気さくもこれに含まれます。

「設置又は保存に瑕疵」というのは、「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであると解されており、電気さくの場合、前記4つの安全基準(①危険である旨の表示、②電気さく用電源装置の使用、③漏電遮断器の設置、④専用スイッチの設置)を遵守しているかどうかが「通常備えるべき安全性を欠いている」かどうかの判断基準になると考えられます。

ゴルフ場内の電気さくが、前記4つの安全基準を満たさず通常備えるべき安全性を欠いていたために、ゴルファーや第三者に損害が生じた場合、占有・所有をしているゴルフ場が損害賠償をしなければならないというわけです。

プレーヤーがOBラインにボールを取りに行ったりする際に、電気さくに触れたとしても、4つの安全基準を遵守していれば、基本的に感電事故は防止できるものと考えられています。

ただ、設置後の漏電遮断器の故障や、電気さくが大雨で流されて水たまり等に浸かっている等により感電事故を起こす危険性もあります。そのため上記安全基準を満たして設置すれば充分と考えるのではなく、電気柵設置後は、断線や草木等による漏電がないか定期的に点検を行い、大雨等の後にも電気さくや電源装置、漏電遮断器等に破損がないかを検査して、常に安全な状態を保つことが必要であると考えられます。

こういった事後的な措置を欠いた結果感電事故が発生したようなケースでは、ゴルフ場の責任が問われることもあり得るので、日頃の点検が重要です。コース管理者にこういった指示を具体的に出しておく必要があります。

なお、ゴルフ場ではゴルファー以外の第三者の立ち入りを禁止しているのが通常ですので、ゴルファー以外の第三者がゴルフ場内に立ち入り事故にあったようなケースでは、不法侵入した点を過失相殺される場合もあり得るものの、不法侵入だからといって、責任を免除されるということにはなりません。

過失相殺とは、損害賠償を請求する側(被害者)にも過失があった場合、裁判所がその過失を考慮して賠償額を減額する制度です。

例えば、被害者の損害が100万円と認められたとしても、被害者の過失が10%あると認定されたら、100万円の10%=10万円分が相殺され、最終的に90万円の請求が認められることになります。

 

従業員の事故の場合

ゴルフ場は、労働安全衛生法第3条第1項により、また、労働契約法第5条により、従業員の業務上の安全にも配慮すべき義務を負っています。これに違反し、事故が発生すると、民事・刑事上の責任を問われることがあります。

死亡事故や重大な後遺症が残ったような場合の民事上の損害賠償責任は相当高額になります。刑法上の業務上過失致死罪に問われる可能性もあります。

安全な労働環境を提供していなかったとなれば、労働安全衛生法第23条ないし第25条等の違反となり、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金となることもあります(労働安全衛生法第119条第1号)。

従業員の場合、業務上の必要性から電気さくに近づかなければならないこともあろうかと思います。電気さくの近くで作業をする際は、万一漏電している場合に備えて、手袋を着ける、長袖に長ズボン等感電を防ぐ服装を心がけさせる等の安全教育を徹底することも必要です。

「ゴルフ場セミナー」2015年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「労働安全衛生法②」

今年6月、群馬県のゴルフ場で、土砂の運搬などに使う建設機械のバケット部分に乗って木の枝を切る作業をしていた男性作業員が、バケットから約3メートル下の地面に転落して死亡する事故がありました。ゴルフ場経営会社と安全管理責任者は、建設機械を主な用途以外に使用したとして、労働安全衛生法違反の疑いで書類送検されました。ゴルフ場は再発防止に努めるとコメントしています。昨年9月にも、三重県のゴルフ場で、男性作業員が貨物自動車で作業中、カート道路脇の路肩から車両とともに法面の下3.3mに転落し、車の車体と地面に胸部を挟まれ死亡する事故が発生しています。

平成22年の休業4日以上の労働災害による死傷者数は、全事業で11万6733人、ゴルフ場においては1187人が被災しています(プレーヤーの事故は除きます)。事故は「転倒」が最も多く4割程度を占め、上記のような「墜落・転落」による事故も1割程度を占め(以上、厚生労働省「労働者私傷病者報告」)、キャディの災害が6割強、次いでコース管理員が2割強を占めています(日本ゴルフ場支配人連合会による調査)。

このように頻発する労働災害ですが、その中には不可避的なものもあるように思われるものの、労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境を形成することは企業の法的義務として求められるところです。

労働者の安全と健康を守らなければならないことは労働安全衛生法で規定されています(以下「労安衛法」)。労安衛法については以前本誌でも取り上げましたが、事故頻発を受けて、警鐘を鳴らす意味で再度検討したいと思います。

使用者の労働者に対する安全配慮義務については、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明文化されています(労働契約法第5条)。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例も存在しますが、労働契約法には罰則がありません。

これに対し、事業者が労安衛法の規定に違反すると、多くの場合、懲役や罰金などの罰則が科されます。また、監督行政庁が事業者に対して、労働災害の発生防止のために、作業の停止や建物の使用の停止などを命じることもあります。

 

安全衛生管理体制

労安衛法1条は、「職場における労働者の安全と健康を確保」するという目的を果たすための手段の一つとして、「責任体制の明確化及び自主的活動の促進への措置を講ずる」ことを掲げ、これを受けて、労働災害を防止するため、必要な安全衛生管理体制について定めています。

ゴルフ場でも、経営トップから各作業別責任者まで、それぞれの役割、責任、権限を明らかにすることが大切です。

まず、労働者数が10人~49人の事業場では、支配人等を「安全衛生推進者」として選任し、その氏名を関係労働者に周知させる必要があります。50人以上の事業場では、「総括安全衛生管理者」「安全管理者」「衛生管理者」を配置し、労働基準監督署に選任報告を行うことが必要です。

以上の義務違反には、罰則が定められています(50万円以下の罰金)。

安全衛生管理体制の中でもその役割の重要性が近年注目されているものとして産業医の制度があります。

産業医とは、事業者に雇用され、又は事業者の嘱託として事業場の労働者の健康管理等を行う医師です。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医の選任が義務付けられており、違反した場合の罰則は50万円以下の罰金が規定されています。しかし実際には、労働者数が50人以上100人未満の中小事業場では産業医の選任率が低いことが問題として指摘されています。平成8年の法改正により、常時50人未満の労働者を使用する事業場についても、医師等に労働者の健康管理等を行わせる努力義務が課され、国が必要な援助を行うことが定められています。

 

健康の保持増進のための措置

労安衛法は、事業者に、労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を課しています。健康診断は、雇入れ時及びその後は1年ごと(深夜業等の特定の業務については、配置替時及び6か月ごと)に1回、定期に実施することが必要です。実施義務違反には50万以下の罰金が規定されています。

健康診断を実施したら、その結果に基づき従業員の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴取し、必要があるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければなりません。

また、平成17年の法改正によって、長時間労働者への医師による面接指導の実施も義務付けられました。具体的には、週40時間を越える労働が1月あたり100時間を超え、かつ疲労の蓄積が見られる労働者が申し出たときは、事業者は、医師による面接指導を行わなければなりません。それ以外の労働者についても、長時間の労働により疲労の蓄積が見られる者や、健康上の不安を有している労働者などについて、事業者は医師による面接指導又はこれに準ずる措置を取らなければなりません。但し、違反しても罰則規定はありません。

 

メンタルヘルスケア

健康には心の健康も含まれます。厳しい経済情勢の中、職業生活等において強い不安、ストレス等を感じる労働者は近年増加しています。業務に密接な関係があると判断されたメンタルヘルス不調者は労災の補償対象となり、その件数も増えてきています(平成19年厚生労働省による労働者健康状況調査)。事業者が民事上の損害賠償責任を問われる例も出ています。

ゴルフ場においても、メンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に実行する体制づくりを行う必要があります。ここで参考になるのが、平成12年に厚生労働省が作成した「労働者の心の健康の保持増進のための指標」の示す、4つのケア(①セルフケア、②ラインケア、③事業場内産業保健スタッフによるケア、④社外の専門機関によるケア)です。

①セルフケアとは、自分の体調や心の状態を把握することです。心の健康を保つためには、労働者が自己のストレスに対する反応の現れ方や、心の状態を正しく把握することが不可欠です。そこで事業主は従業員に対し、セルフケアに必要な教育や情報(メンタルヘルスケアに関する事業場の方針、事業場内の相談先や事業場外資源の情報等)を提供することが必要となります。

②ラインケアとは、管理監督者が社員へ個別の指導・相談や職場環境改善を行う取り組みのことです。管理監督者は、部下にあたる労働者の状況を日常的に把握でき、具体的なストレス要因やその改善を図ることが可能であるため、労働者からの相談に対応し、職場環境を改善すべき立場にあります。事業者は管理監督者がこれを実行できるよう、ラインによるケアに関する教育・研修、情報提供を行う必要があります。

③産業医等の事業場内産業保健スタッフは、セルフケアやラインによるケアが効果的に実施されるよう、労働者及び管理監督者に対する支援を行うとともに、具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、個人の健康情報の取扱い、事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口となること等、具体的なメンタルヘルスケアの実施にあたり中心的な役割を果たすことが期待されます。

④さらに、メンタルヘルスケアを行う上では、事業場が抱える問題や求めるサービスに応じて、専門的な知識を有する各種の事業場外資源の支援を活用することが有効です。また、労働者が相談内容等を事業場に知られることを望まないような場合にも、事業場外資源を活用することが効果的です。

職場でのメンタルヘルス対策の大切さは誰もが理解するところだと思いますが、何から始めたらいいのかわからないといった場合は、この4つのケアを基本に考えて職場で取り入れてみるとよいでしょう。

 

労働者の危険又は健康障害を防止するための措置

労安衛法は、事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するため、必要な措置を講ずるよう義務付けています。

事業者が講じるべき措置の具体的内容は技術的細部にわたることも多いため、具体的な措置の内容については、労安衛法規則(以下「規則」)の第2編「安全基準」に詳細に規定されており(101条~575条の16)、 これらの義務に違反した場合には、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能がありますので注意が必要です。

例えば冒頭の群馬県の事例ように、建設機械を用いて作業を行なうときは、①建設機械の転落、地山の崩壊等による労働者の危険を防止するため、予め当該作業に係る場所について地形、地質の状態等を調査し、その結果を記録しておかなければならない(規則154条)、②調査により知り得たところに適応する作業計画を定め、当該作業計画により作業を行なわなければならない、③これを関係労働者に周知させなければならない(以上規則155条)、④建設機械の転倒又は転落による労働者の危険を防止するため、当該車両系建設機械の運行経路について路肩の崩壊を防止すること等必要な措置を講じなければならない(規則157条)⑤当該機械の主たる用途以外の用途に使用してはならない(規則164条)等、詳細に規定されています。

 

熱中症対策

特に近年では熱中症対策が重要です。職場における熱中症の予防については、厚労省労働基準局安全衛生部の通達「熱中症の予防について」(平成8年5月21日付元発第329号)などにより取組みが推進されていますが、災害は後を絶たず、記録的猛暑であった平成22年の47人を最高に、平成10年以降概ね20人前後の労働者が熱中症で死亡しており、熱中症により休業(4日以上)した者も年間約300名(平成19年)に上っています。炎天下での作業の多いゴルフ場においては一層の注意が必要です。

具体的には、

①WBGT値(暑さ指数)を測定することなどによって、職場の暑熱の状況を把握し、作業場所のWBGT値の低減を図る、作業内容・作業計画の見直しを行い、作業環境や作業、健康の管理を行う(直射日光や地面からの照り返しを遮ることができる屋根等を工夫する等して作業環境を整え、冷房完備又は日陰等の涼しい休憩場所を確保する、コース内に飲料水の備付を行う等)

②熱への順化期間(熱に慣れ、その環境に適応する期間)を計画的に設定する

③自覚症状の有無にかかわらず、定期的に水分・塩分を摂取させる

④特に熱中症の発症に影響を与えるおそれのある糖尿病などの疾患がある労働者への健康管理を行う

⑤作業を管理する者や労働者に対して、予め熱中症の症状や予防方法、救急処置等について労働衛生教育を行う

などの対策が必要となります。

「ゴルフ場セミナー」2015年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場の池での事故」

今年2月、岐阜県のゴルフ場で、小学 2 年生の男児 2 人が池に転落し水死するという大変痛ましい事故が発生し、メディアでも大きく取り上げられました。詳細については現在調査中と思われますが、2 人は友人の男児と 3 人でゴルフ場に遊びに来ており、コース内の池に石を投げて遊んでいたところ、誤って転落した1人を助けようともう1人が池に入った結果、2人とも溺れたとみられています。

ゴルフ場には様々な危険がありますが、池はゴルフ場の中でも特に危険な場所の一つであり、ゴルファーや従業員が池に転落して亡くなるという事故も少なくありません。池に飛び込んだボールを捜そう、取ろうとして、或いは先に池に転落した同伴者を助けようとして、足を滑らせ池に転落した事例が多いものと思われます。池の底がゴムでコーティングされていることが多い上に、藻などが生えており、また、池の中がすり鉢状の斜面になっている場合には非常に滑りやすく、場合によっては藻が足に絡みつくなどして岸に上がることができず、あわててどんどん深みにはまって溺れてしまう、ということが指摘されています。

ゴルフ場での事故については、これまでにも取り上げましたが、今回は、池での事故について検討します。

ゴルフ場の池での事故

平成23年5月には、群馬県のゴルフ場で、ツーサムでセルフプレー中の男性が、2名とも池に転落して死亡するという事故が発生しています。この池には、他のゴルフ場での事故(後述する栃木県の事故)を教訓に、池への転落事故に備え、ロープ付きの浮輪をかけた支柱が2本あり、また、支柱のそばには約3メートルの竹竿も設置されていたということですが、事故当時、浮輪や竹竿は未使用のまま残されており、備えが役立たなかったようです。

平成19年9月には北海道のゴルフ場で男性ゴルファーが亡くなっています。この男性は、池に入った同伴者のボールを拾おうとし滑って池に転落したものとみられています。

平成18年8月には栃木県のゴルフ場で女性ゴルファーが亡くなっていますが、この女性は、ボールを拾おうとして池に転落した同伴者を助けようとしたものの、自らも滑って池に転落したと報道されています。

ゴルファー以外では、平成19年4月には噴水工事中のパート従業員が、平成14年8月には群馬県で除草作業中の従業員が、平成23年3月には、ロストボール回収中の作業員(ゴルフ場の従業員ではない)が亡くなる等の事故が発生しています。

ゴルフ場の法的責任

池での事故の場合、ゴルフ場の責任として一般に①安全配慮義務違反と②土地工作物責任が考えられます。

①安全配慮義務違反とは、民法第415条が定める債務不履行責任(契約責任)の一種です。

ゴルファーがゴルフ場と締結する利用契約の中には、「ゴルフ場は、ゴルファーに対し、安全にプレーさせる」という内容も含まれます。しかしゴルフ場側の配慮が足りず、ゴルファーに事故が起こったような場合には、ゴルフ場が「安全にプレーさせる」という契約内容に違反しており、ゴルフ場はゴルファーに対して損害を賠償しなければならない、というわけです。

②土地工作物責任とは、民法第717条第1項が定める不法行為責任の一種です。安全配慮義務違反の場合と異なり、ゴルフ場と契約関係にある相手方に限られず、岐阜県の事故における男児等第三者との関係でも問題となります。

同条項は「土地の工作物」の「設置又は保存に瑕疵」があって損害が生じた場合、占有者や所有者が賠償責任を負わなければならないと定めています。

「土地の工作物」とは、「土地に接着し、人工的作業をしたことで成立したもの」と説明されています。ゴルフ場内にある池も、もともと自然に存在したものをそのまま何ら手を加えずに利用しているのであれば別ですが、人工池であれば、ここにいう「土地の工作物」に含まれます。

「設置又は保存に瑕疵」というのは、「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであると解されています。ゴルフ場内の池が、通常備えるべき安全性を欠いていたために、ゴルファーに損害が生じた場合、占有・所有をしているゴルフ場が損害賠償をしなければならないというわけです。

自己責任の原則

では、池の事故を防止するという観点から、ゴルフ場としてどの程度の対応が要求されるのでしょうか。

ゴルフ場がどこまで安全に配慮する義務を負うか、ゴルフ場の池が通常備えるべき安全性はどの程度か、ということを考える際に重要な基本的視点は、ゴルファーとの関係では、ゴルフはプレイヤーであるゴルファー自身が審判も兼ねる紳士のスポーツだということです。ラウンド中の行動については、基本的に自己の責任において全て決定すべきです。

ゴルフ場との比較のために紹介したいのが、小学校の遊具で発生した事故に関し土地工作物責任が問題となったいわゆる徳島遊動円棒[遊動円木]事件です(大正5年6月1日大審院判決)。

この事件で、大審院は、小学校の遊動円棒(前後に動く丸太に乗る遊具)が腐朽していたというケースで、「三人以上同時に乗るべからず」という立札をするくらいでは足りず、現実的な措置(ロープを張って立入禁止にする、遊動円棒を動かないよう固定してしまう等の対応を念頭に置いているものと思われます)をしなければならないと示しています。

この判例の結論だけ参考にすると、ゴルフ場の池の周りに「危険」という立札をするくらいでは足りず、柵を立て、ネットを張ってでも、ゴルファーが池に近づくのを防止すべきだという考えも出てきそうです。

冒頭の岐阜県のゴルフ場では、今回の事故を受け、ゴルファーを含めた全ての人に、改めて池への注意喚起を行うため、敷地内にある全ての池の周りにローピング措置を実施し、立ち入り禁止・注意喚起を促す警告看板を設置したということです。

しかし、これはゴルフ場の池と小学校の遊具の差異を考慮しない誤った考え方であり、ゴルフの精神にも反すると思われます。小学校の遊具は判断力に乏しい児童が利用するものであるのに対し、ゴルフは自己責任・自己決定が要求される紳士のスポーツであって、事情が異なります。

柵を立てたことで、本来池に入るべきミスショットしたボールが救われる、というのは競技のあり方として不適切と思われます。また、柵や網はゴルフ場に求められる美観を損ねるという問題もあります。

もちろん、池の周囲がすり鉢状で滑りやすく、近づくだけで非常に危険というような池であれば、ゴルフ場としても何らかの措置を講じなければならないでしょう。

しかし、そのような特段の事情のない限り、ゴルファーには自己責任・自己決定が要求されるという基本的視点に立てば、現在のゴルフ場における池の管理のあり方を大きく変える必要はないと思われます。

ゴルフ場の対応

ゴルフ場の池への転落死亡事故が発生すると、ゴルフ場の池は浅くても障害物として十分なのだから、浅く作れば死亡事故を防げるのではないか、という意見もあるようです。しかし池には雨水を吸収し溜める機能もあり、浅い池にするというのは現実的ではありません。

また、藻やアオコを除去すればよいのではないかという意見もあります。実際、定期的に除去しているゴルフ場もありますし、それを請け負う専門業者もあります。ただ、農薬を使わないという制約のもとで完全に除去するのはほぼ不可能でしょうし、手間も費用も大変な割に、効果は限定的と思われます。仮に除去できても、ゴムのコーティングで滑ってしまうことまでは防止できません。そもそも池に近づくのはゴルファーの自己責任ですから、ゴルフ場が安全確保のため池の藻やアオコを除去しなければならない義務まで負うと考えるべきではありません。

とはいえ、全てゴルファーの自己責任だから、池に落ちてもゴルフ場は一切関知しない、というのも極端すぎます。事故に備え、浮輪や竹竿を設置しておくというのは、コスト・果両面からも、現実的な選択肢でしょう。そして美観との兼ね合いもありますが、浮輪や竹竿は目立つように設置することが大切です。また、セルフプレーの組の場合は、他の注意点とあわせてカートに掲示して案内をするくらいの配慮があっても良いと思います。

第三者の立ち入りのケース

一方、ゴルファー以外の第三者がゴルフ場に立ち入った場合には、「池に近づくのは自己責任」とは言い切れないケースもあるかもしれませんが、ゴルフ場ではゴルファー以外の第三者の立ち入りを禁止しているのが通常であり、不法侵入者が池に転落したからといって、特段の事情のない限りこれまで述べたようなゴルフ場の安全性の判断基準が変わることはないでしょう。

つまり、土地工作物責任における「設置又は保存に瑕疵」というのは、前述のとおり「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであって、ゴルフ場があらゆる可能性を想定してこれに対応すべき義務があるわけではないと考えられます。

但し、安全策を実施すべき黙示の義務が発生したとみる余地のある場合には、不作為による安全配慮義務違反が問題となる可能性があるので注意が必要です。

例えば、子供がゴルフ場に立ち入り池に転落して死傷したケースで、過去に子供の立ち入りが度々目撃され、ゴルフ場が子供の遊び場化しているにも関わらずゴルフ場がこれを容認していたとみられるような場合には、上記徳島遊動円棒事件が指摘するように、池の周りにロープを張って立入禁止にする等の現実的措置が必要であると判断される可能性もあるので、遊び場化しないよう注意が必要でしょう。また、近隣住民にゴルフ場を開放して催し物を実施するような場合も、池の危険性について注意喚起する等の措置が必要となるでしょう。

岐阜県のゴルフ場では、今回の事故を踏まえ、敷地外との境界に設けてあるフェンスには、地元行政との協議の上立ち入り禁止看板の増設等、再発防止のための安全策を実施していくということですが、こういった対策が必要な場合もあるでしょう。

従業員の事故の場合

ゴルフ場は、労働安全衛生法第3条第1項により、また、労働契約法第5条により、従業員の業務上の安全にも配慮すべき義務を負っています。これに違反し、事故が発生すると、民事・刑事上の責任を問われることがあります。

死亡事故や重大な後遺症が残ったような場合の民事上の損害賠償責任は相当高額になります。安全な労働環境を提供していなかったとなれば、労働安全衛生法第23条ないし第25条等の違反となり、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金となることもあります(労働安全衛生法第119条第1号)。場合によっては、刑法上業務上過失致死罪に問われ、5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金となる可能性もあります。

ゴルファーや第三者とは異なり、従業員の場合には業務上の必要性から池に近づかなければならないこともあろうかと思います。物的な防護措置を講じることはもちろん必要ですが、従業員に対する安全教育を行い、池の周囲での作業手順を定めることも必要でしょう。状況が許せば、池の周りの作業は複数名で行うようにすることも重大な結果の発生を防止する上で有効と思われます。

「ゴルフ場セミナー」4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「兼業禁止」

就業後にこっそりアルバイトをするという副業だけでなく、最近ではパソコンやインターネットによる在宅ワークが容易になったこともあって、これらを利用して小遣い稼ぎをするサラリーマンもいるようです。

いわゆる正社員であれば兼業は原則禁止が当然という認識が一般的です。平成17年の厚生労働省・労働契約法制研究会の「最終報告」によれば、兼業を禁止している企業は51.5%、許可制としている企業が31.1%となっています。

一方、兼業者数は増えており、平成14 年の兼業者数は約81.5 万人で、15 年前に比べて約1.5 倍となっています(総務省「就業構造基本調査」)。

法律で兼業が禁止されている公務員とは異なり、私企業における従業員の兼業は各種労働法では直接は禁止されておらず、就業規則でこれを規制するのが一般です。逆に言うと、就業規則に従業員の兼業を禁止する定めがないと、これを直接規制することは難しくなります。

では就業規則で従業員の兼業を禁止したり、違反した場合にどのような懲戒処分をできるのでしょうか。今回は兼業禁止について検討します。

兼業禁止規定は有効

労働者は、労働契約によって定められた労働時間にのみ労務に服するのが原則であり、就業時間外は本来労働者の自由な時間であると考えられます。

但し、労働者の兼業は、その程度や態様によっては、会社に対する労務提供に支障が生じ、会社の対外的信用や体面を傷つける場合があり得るので、就業規則に労働者の兼業について会社の承諾を必要とする規定を設けることは不当ではないと考えられ、裁判例でもその有効性自体は認められています。

例えば、勤務時間終了後に深夜零時までキャバレーの会計係を兼業していた従業員に対する普通解雇の有効性が争われた事案で、東京地裁は、懲戒事由である「会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇われたとき」との規定は、労働者が就業時間外に適度な休養をとることが誠実な労務提供のための基礎的条件であり、兼業の内容によっては会社の経営秩序等を害することもあり得るから、合理性があると判断しています(小川建設事件、東京地判57.11.19)。

そこで、雇用管理の面からは、兼業禁止規定を定め、兼業をしたい場合には会社の許可を受けてから、というルールを明確にしておく必要があります。以下の規定例を参考にして下さい。なお、後記の「遵守事項」に、「会社の許可なく他の業務に従事しないこと」を加えるという方法もあります。

第○条(兼業の許可)

従業員が他の会社への就職、役員への就任、或いは自ら事業を営む計画等がある場合は、事前に会社に報告を行い、会社の許可を得なければならない。会社は、企業秩序・企業利益及び従業員の完全な労務の提供の可否などの観点から、望ましくないと判断した場合は、それらを禁止することがある。この規定に違反した場合は、懲戒の対象とする。

仮に、現在の就業規則兼業を制限する規定そのものがない場合でも、一般的な服務規律等に関する規定があればこれで対応することが可能な場合もあります。

例えば、以下のような規定があれば、別の仕事で疲れて居眠りすることが多くなれば職務怠慢ということで対応が可能ですし、兼業によって会社の名誉信用に傷がつく、或いは情報漏えいの危険があるような場合にも対応が可能でしょう。

第○条(遵守事項)

従業員は、次の事項を守らなければならない。

○勤務中は職務に専念し、みだりに勤務の場所を離れないこと

○会社、取引先などの機密を漏らさないこと

○その他会社の内外を問わず、会社の名誉又は信用を傷つける行為をしないこと

兼業禁止に違反する行為

では、就業規則に兼業禁止規定を設けた場合、これに違反した従業員に対して懲戒処分を課すことはできるのでしょうか。

兼業とは特に法律上の定義はありませんが、一般に、在籍のまま他社へ就職すること或いは自ら事業を営むこと全般をいいます。

しかし裁判例は、兼業許可制の違反については、会社の職務秩序に違反せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の兼業は兼業禁止規定に言う「兼業」に該当しないとし、そのような影響・支障のある兼業のみ兼業禁止規定に違反し、懲戒処分の対象となると限定的に解釈しています。通説も概ね同様に解しています。

例えば、勤務時間外に短時間の内職・アルバイトをする程度で、会社の企業機密やノウハウを利用したり競業会社に利益を与えたりするものでなく、かつ会社に対する労務提供の支障を生じないような場合には、兼業禁止規定に言う「兼業」に該当しないと判断されることが多いと考えられます。

一方、勤務時間中に副業をしていたり、勤務時間外であっても会社の備品を消費して副業しているような場合には、企業秩序を乱すものとして、兼業禁止に違反することになるでしょう。同業他社への就業や、会社の企業機密を兼業先へ漏らすような場合も同様と思われます。

裁判例では、労務提供に支障をきたす程度の長時間の二重就職(上記小川建設事件)や、競業会社の取締役への就任(橋元運輸事件・名古屋地判昭47.4.28、東京メディカルサービス事件・東京地判平3.4.8)、使用者が従業員に対し特別加算金を支出しつつ残業を廃止し、疲労回復・能率向上に努めていた期間中の同業会社における労働(後記昭和室内装置事件・福岡地判昭47.10.20)等が、禁止に違反する兼業とされています。

懲戒解雇は許されるか

兼業禁止に違反する行為が懲戒処分の対象となる場合でも、懲戒は、規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければなりません。特に懲戒解雇は、「本来の業務への支障」或いは「会社との労働契約上の信頼関係破壊」がどの程度かを個別具体的に考え、慎重に適用を検討すべきです。

ゴルフ場のケースではありませんが、懲戒解雇を有効とした裁判例として、日通名古屋製鉄作業事件があります(名古屋地判平3.7.22)。

これは、大型特殊自動車の運転手として採用され交代勤務に就いていた者が、公休日にタクシー運転手として勤務していたことが、兼業禁止違反にあたるとして懲戒解雇処分を受けたという事案です。

裁判所は、その勤務時間は、被告会社の就業時間と重複するおそれもあり、時に深夜にも及ぶもので、アルバイトであっても誠実な労務提供に支障を来す蓋然性は極めて高いとし、禁止規定に違反し、懲戒解雇処分を有効としています。

この事件では、会社を退社するとその足でタクシー会社に赴き午後5時から翌朝まで乗務し、納車した後仮眠を取ってから当日の勤務に就く等かなり無理のあるものだったため、労務の提供に支障があると判断されたものと思われます。

また、A社の経理部長が他社の代表取締役としてA社の取引先と取引をしていたという昭和室内装置事件もあります。

この事件で、福岡地裁は、①会社の再三の警告を無視し、職場内に他社就労の噂を生じさせて他の従業員の作業意欲を減退させる等好ましからざる影響を与え、会社の労務の統制を乱したものといえ、就業規則の禁止する「他への就業」に該当する、②情状は悪質で、懲戒の種類として出勤停止ではなく懲戒解雇の処分を選んだのもやむを得ないと判断しました(福岡地判昭47.10.20)。

懲戒解雇が無効とされた事例

一方、懲戒解雇を無効とした裁判例として、国際タクシー事件があります(福岡地判裁昭59.1.20)。

これは、タクシー運転手として勤務しながら、父親の経営する新聞販売店の業務に従事したことが、兼業禁止規定にあたるとして懲戒解雇処分を受けたという事案です。

裁判所は、①一部の期間については、経営者である高齢の父親の懇請によりやむを得ず引き受けたものであること、所定終業時刻より前の約2時間で、月収も6万円と低額であったことから、会社に対する労務の提供に格別の支障を来す程度のものとは認められず、禁止規定に違反しないとしました。

一方、②新聞販売業務が勤務時間内に行われ、月収15万円を得ていた期間については、会社秩序に影響を及ぼし、労務の提供に格別の支障を来す程度のもので、兼業禁止規定には該当するとしました。

しかし結論として、労働者は②の期間中タクシー乗務に熱心で業務成績を上げていたこと、懲戒解雇を受けるといわゆるブラックリストに掲載され、同業者への再就職が困難となり労働者の受ける不利益があまりに大きい等として、懲戒解雇は無効としました。

このようなケースでは?

そこで、例えばゴルフ場でフロント受付業務を担当する女性従業員Aが、会社に無断で、就業時間終了後午後6時から午前2時までスナック店に会計係として勤務し、接客もしていたというようなケースでは、兼業時間が長く深夜に及び、ホステス業務まで行っていることから、本業への支障の程度が大きく、会社との信頼関係にも影響を及ぼすと考えられ、懲戒解雇もなし得る事案かと思われます。

一方、キャディBが、就業後やゴルフ場休業日に警備員のアルバイトをして収入を得ていることが判明したが、Bは無遅刻・無欠勤で、勤務態度や勤務成績にも全く問題がないようなケースで、本業への支障も特になく、会社との信頼関係にも影響を及ぼさないとみられる場合は、そもそも兼業禁止規定に違反しないと判断される可能性が高いと思われます。このようなケースでは、本人から事情を聞き、会社業務に影響を与えないように指導をするにとどめた方が無難でしょう。

事業者の対応

兼業の予防策としては、従業員が兼業など必要のない労働条件の整備・充実が必要です。また、単に兼業禁止規定を置くだけでなく、その趣旨を研修や社員手帳等を通じて徹底することが必要です。

一方最近では、会社の業績悪化によって賃金が抑制されているという状況から、従業員の副業を積極的に認めるという企業もあるようです。

兼業を許可した場合でも、営業秘密を害する行為をしないという誓約書を書かせ、これに違反する行為が不正競争防止法の定める刑事罰の対象となりうることや、在職中の従業員が競業避止義務を負っていることを理解させる必要があります。

正社員以外の場合

ゴルフ場ではキャディなど、パートやアルバイト、派遣社員等のいわゆる非正規雇用の従業員も多いと思います。

非正規雇用の場合には、正社員と異なり、勤務日数や勤務時間が少ない従業員も多く、兼業を認めても本業への支障の程度が低いと考えられるケースも多いでしょう。また、非正規雇用の場合には、兼業という一事のみをもって、会社の対外的信用や体面を傷つけるようなケースも通常は考えにくいように思われます。一般に給与が低く、複数の企業で稼働しなければ生活が成り立たないという従業員も正社員に比較して多いという現実もあります。

非正規雇用の場合、正社員を対象としたものとは別の就業規則を作成すべきあり、兼業については許可制とするのが現実的な方法と思われます。

「ゴルフ場セミナー」3月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「高年齢者雇用安定法の改正」

平成24年に高年齢者雇用安定法(以下「高齢法」)が改正され、平成25年4月1日から定年を迎えた従業員が希望した場合に、65歳まで希望者全員を継続雇用することが義務化されました。

改正の背景には、少子高齢化が急速に進展する中、労働力の減少を跳ね返し経済と社会を発展させることに加え、平成25年4月から公的年金(報酬比例部分)の支給開始年齢が段階的に引き上げられ、無年金・無収入者が生じる可能性が生じたため、年金を受給できる年齢になるまでは自ら就労して収入を得ることが期待されるということがあります。

この改正により、企業の規模や業種に関わりなく、定年の年齢を65歳未満にしている企業が、希望者全員を65歳まで継続して雇用する制度を導入していない場合には、就業規則等の改正が必要となります。ゴルフ場も従業員の数等に関わりなく対象となるので注意が必要です。

 

高齢法改正の概要

改正前の高齢法旧9条2項では、労働者の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者)との書面による協定(労使協定)を締結し、65歳までの継続雇用制度の対象となる労働者の基準(以下「対象者基準」)を定めることが可能とされていました。

つまり、労使協定により一定の勤務成績や就労意欲等を有する者といった具体的な対象者基準を定めておくことで、この基準に当てはまらない者については、継続雇用の対象としないことが認められていたのです。

しかしながら、平成24年改正は、この規定を廃止し、対象者基準を定めることによる継続雇用制度を認めないこととし、一律に①65歳までの定年の引き上げ、②高年齢者が希望するときには、定年後に当該者を引き続き雇用継続すること、③定年の定めの廃止(以下これらを総称して「高年齢者雇用確保措置」)のいずれかの措置を取ることを義務付けることとしました。但し、詳しくは後述しますが、当面対象者基準を引き続き利用できるという一時的な措置(経過措置)が認められています。

つまり、対象者基準の定めができなくなることにより、事業主は、65歳までの定年引上げ或いは定年の廃止の措置を取らない限り(但し経過措置あり)、原則として、希望者全員を対象とする継続雇用制度を導入することが義務付けられることになったわけです。

なお、高齢法9条は、主として期間の定めのない労働者(いわゆる正社員)に対する継続雇用制度の導入等を求めています。したがって、ゴルフ場でキャディやウェイトレス等をパートやアルバイトといった有期契約で採用している場合には、高齢法の適用はないと考えられます。

但し、有期契約労働者に関しては、通算5年間を超えて反復更新された場合には、有期契約労働者が使用者に対し申込を行うことによって期間の定めのない契約へと転換するので(労働契約法18条)、前述のような継続雇用制度の措置を取ることが必要となります。

また本改正で、継続雇用先を自社のみではなく、一定のグループ企業とする制度も可能となりました。

経過措置について

労使協定で対象者基準を平成25年3月31日までに定めている事業主は、老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢に到達した者を対象に、平成37年3月末まではその基準を引き続き利用できます。

具体的には、次の表の左欄に掲げる期間においては、右欄に掲げる年齢以上の者に対して、それぞれ対象者基準を適用することができるとされています。

平成25年4月1日から平成28年3月31日まで 61歳
平成28年4月1日から平成31年3月31日まで 62歳
平成31年4月1日から平成34年3月31日まで 63歳
平成34年4月1日から平成37年3月31日まで 64歳

例えば、60歳を定年としており、かつ、施行日前日までに対象者基準を定めていた企業の場合、定年の定めにも関わらず平成28年3月31日までは定年後満61歳に達するまでは当該者が希望すれば継続雇用制度の対象としなければなりませんが、61歳に達した段階で対象者基準の適用により、再雇用の限定をすることができることになります。

就業規則の変更の留意点

平成25年4月1日の改正高齢法施行以前に、継続雇用基準を定めた労使協定を締結していた会社は、㋐希望者全員を65歳まで雇用する、㋑経過措置を適用し、継続雇用基準を設ける、の2つから選択することができます。労使協定を定めていなかった場合は㋐しか選択できません。

労使協定で定める基準の策定に当たっては、労働組合等と事業主との間で十分に協議の上、各企業の実情に応じて定められることを想定しており、その内容については、原則として労使に委ねられます。

但し、労使で十分に協議の上、定められたものであっても、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとする等本改正の趣旨や他の労働関連法規に反し、公序良俗に反するものは認められません。

例えば、「会社が必要と認める者」や「上司の推薦がある者」というだけでは基準を定めていないことに等しく、高年齢法の趣旨を没却してしまうことになりますので、より具体的なものにする必要があります。このような不適切な事例については、公共職業安定所において、必要な報告徴収が行われるとともに、個々の事例の実態に応じて、助言・指導、勧告、企業名の公表の対象となり得るので注意が必要です。

なお、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準については、①意欲、能力等をできる限り具体的に測るものであること(具体性)②必要とされる能力等が客観的に示されており、該当可能性を予見することができるものであること(客観性)の2点に留意して策定されたものが望ましいと考えられます。

つまり、①労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような具体性を有するものであること、②企業や上司等の主観的な選択ではなく、基準に該当するか否かを労働者が客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことのないよう配慮されたものであることが望ましいでしょう。具体的には以下の例を参考にして下さい。

【希望者全員を65歳まで継続雇用する場合の就業規則の例】

第○条 従業員の定年は満60歳とし、60歳に達した年度の末日をもって退職とする。但し、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、65歳まで継続雇用する。

【経過措置を利用する場合の就業規則の例】

第○条 従業員の定年は満60歳とし、60歳に達した年度の末日をもって退職とする。但し、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者であって、高年齢者雇用安定法一部改正法附則第3項に基づきなお効力を有することとされる改正前の高年齢者雇用安定法第9条第2項に基づく労使協定の定めるところにより、次の各号に掲げる基準(以下「基準」という。)のいずれにも該当する者については、65歳まで継続雇用し、基準のいずれかを満たさない者については、基準の適用年齢まで継続雇用する。

①引続き勤務を希望している者

②過去○年間の出勤率○%以上の者

③直近の健康診断の結果、業務遂行に問題がないこと

④○○○○

2 前項の場合において、次の表の左欄に掲げる期間における当該基準の適用については、同表の左欄に掲げる区分に応じ、右欄に掲げる年齢以上の者を対象に行うものとする。

(上記の表を入れる)

継続雇用しなくてよいケース

希望者全員を対象とする継続雇用制度を導入する場合、企業は、原則として対象者から要請があれば継続雇用しなければなりません。

もっとも、厚労省の告示によると、「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等、就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」とされています。

但し、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられ、特定の者を再雇用の対象としないことについては厳格かつ慎重な判断が必要となることに留意が必要です。

解雇・退職事由に該当する者は継続雇用の対象としないこととするには、「継続雇用しないことができる事由」として、解雇や退職に関する規定とは別に、就業規則に別途規定しておくべきでしょう。

なお、就業規則の解雇事由又は退職事由のうち、例えば試用期間中の解雇のように継続雇用しない事由になじまないものを除くことは差し支えありません。しかし、解雇事由又は退職事由と別の事由を追加することは、継続雇用しない特別な事由を設けることになるため認められないと考えられます。

【就業規則の例】

(定年後の再雇用)

第○条 定年後も引き続き雇用されることを希望する従業員については、65歳まで継続雇用する。但し、以下の事由に該当する者についてはこの限りではない。

①勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たし得ないとき。
②精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。
③○○○○

(①~③は解雇事由と同一の事由に限られます。)

継続雇用する場合の条件は?

継続雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保するという高齢法の趣旨を踏まえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、企業と労働者の間で決めることができるものとされています。例えば、定年後の就労形態をいわゆるワークシェアリングとし、勤務日数や勤務時間を弾力的に設定することも差し支えないと考えられています。

一方、1年ごとに雇用契約を更新する形態については、高年齢者雇用安定法の趣旨に鑑みれば、年齢のみを理由として65歳前に雇用を終了させるような制度は適当ではないと考えられます。

したがって、㋐65歳を下回る上限年齢が設定されていないこと、㋑65歳までは原則として契約が更新されることが必要ですが、能力等年齢以外を理由として契約を更新しないことは認められると考えられます。

また、本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高齢法違反となるものではないと考えられます。

「ゴルフ場セミナー」2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎