平成27年12月、労働安全衛生法の改正により、「ストレスチェック制度」が開始され、毎年1回、全ての労働者に対して、心理的な負担の程度を把握するための検査(以下「ストレスチェック」)を実施することが義務付けられました(法66条の10)。従業員が50人以上の事業所では、今年の11月30日までの間に1回目の検査を実施する必要があります。
ストレスチェックとは、ストレスに関する調査票(選択回答)に労働者が記入し、それを集計・分析することで、自分のストレスがどのような状態にあるのかを調べる検査です。
これは、労働者が自分のストレスの状態を知ることでストレスをため過ぎないように対処し、ストレスが高い状態の場合は医師の面接を受けて助言を得て、会社側に仕事の軽減などの措置を実施して貰い職場の改善につなげることで、うつなどのメンタルヘルス不調を未然に防止するための仕組みです。
厚労省によると、平成27年の自殺者は2万4025人で、このうち原因・動機の特定できた1万7981人のうち2159人が勤務問題を苦に命を絶ったということです。職場におけるメンタルヘルスの改善は喫緊の課題と言えます。
今回はこの新しく開始されたストレスチェック制度について解説します。
企業の安全配慮義務
雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払を内容とする双務契約なので、使用者は賃金を支払うことで本来的な義務を果たしたことになりますが、それに加えて、使用者には付随義務として、労働者の生命・健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています。
安全配慮義務は古くから判例法理として確立され、平成18年施行の労働契約法5条で明文化されました。義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、例えば職場環境配慮義務(セクハラやパワハラの防止)もその一つであるとされています。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者は損害賠償義務を負うことになります。
健康配慮義務も安全配慮義務の1つであり、健康には心の健康も含まれます。
ゴルフ場の事例ではありませんが、大手広告代理店に勤務していた労働者が長時間に及ぶ時間外労働を恒常的に行っていて、うつ病に罹患し、入社約1年5ヵ月後に自殺した事案で、最高裁は、過酷な勤務条件による過労の蓄積、うつ病の発症、自殺の間のそれぞれの相当因果関係を肯定し、会社側の安全配慮義務違反を認めました(最高裁平成12年3月24日判決)。最終的には会社が約1億6800万円を支払うとの内容で和解が成立しています。
過重労働により労働者がうつ病などの精神疾患を発症して自殺した場合、平成23年の厚労省の基準によると、①発症の1ヶ月前に160時間、3週間前に120時間、②発症前2ヶ月連続で120時間、3ヶ月連続で100時間の時間外労働がある場合、過重労働とうつ発症との間の因果関係が認められやすくなります。過重労働によりうつ病を発症したと認められる者が自殺を図った場合には、過重労働と自殺との因果関係も認められるとされています。
過重労働による健康障害防止のため、時間外・休日労働の削減、年次有給休暇の取得促進等の他、健康管理体制の整備、健康診断の実施等とともに、今後はストレスチェック制度の実施も、使用者の安全配慮義務違反の有無の判断材料の1つとなるわけです。
ストレスチェック制度
ストレスチェックの実施が義務とされるのは、従業員数50人以上の事業場です。従業員数50人以上には、正社員だけでなく、派遣やパート、アルバイト等非正規雇用の従業員も含むことに注意が必要です。ゴルフ場では、キャディやレストランのウェイトレス等、派遣やパート、アルバイトの従業員も多いと思いますが、例えば正社員10名、パートアルバイトの合計40名の場合、その事業場にはストレスチェックの義務が課せられることになります。
従業員数50人未満の事業場については、当分の間は努力義務とされています。また、契約期間が1年未満の労働者や、労働時間が通常の労働者の4分の3未満の短時間労働者に対しては、ストレスチェックを行うことは義務ではありませんが、厚労省の指針により、これらの労働者に対しても検査を実施するとともに、職場の集団ごとの集計・分析を実施することが望ましいとされています。
ストレスチェックは1年以内ごとに1回以上実施する必要があり、今年の11月30日までに1回目の検査を実施する必要があります。一般定期健康診断と同時に実施することも可能ですが、定期健康診断とは異なり、ストレスチェック検査には受診義務はなく、結果も本人に直接通知されることに注意が必要です。
制度の概要は以下のとおりです。
①事業者は労働者に対し、医師、保健師その他の一定の研修を受けた看護師、精神保健福祉士によるストレスチェックを行う。
②検査結果は検査を実施した医師等から直接本人に通知され、予め本人の同意を得ないで検査結果を事業者に提供してはならない。
③高ストレスと評価された労働者から申出があったときは、医師による面接指導を行う。
④面接指導の申出を理由として不利益な取扱いをしてはならない。
⑤事業者は面接指導の結果に基づき医師の意見を聴き、その意見を勘案し必要に応じて適切な就業上の措置を講じる。
実施前の準備
厚労省の指針では、会社として「メンタルヘルス不調の未然防止のためにストレスチェック制度を実施する」旨の方針を示すことが求められています。明文化までは求められていませんが、目的や制度内容等を「ストレスチェック導入に関する基本方針」として文書化し、従業員に周知させるとよいでしょう。
また社内の衛生委員会等、従業員の健康の保持増進を担当する部署において、ストレスチェック制度の実施方法等について調査審議を行い、その結果を踏まえ、実施方法等を規程として定めることとされています。社内規定の策定例につては厚労省の実施マニュアルが参考になります。(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150507-1.pdf)
さらに指針では、ストレスチェック制度の実施者、実務担当者等を選定する等、実施体制を整備することが望ましいとされています。ストレスチェックの実施者は医師、保健師、厚労大臣の定める研修を受けた看護師・精神保健福祉士の中から選ぶ必要があります。また、調査票の回収、データ入力、結果送付等、実施者の補助をする実施事務従事者は、労働者の人事権(解雇権)のない者が担当する必要があります。
ストレスチェックの実施
ストレスチェックに使用する調査票は、①ストレスの原因②ストレスによる心身の自覚症状③労働者に対する周囲のサポートに関する質問項目が含まれていれば特に指定はありませんが、国が推奨する57項目(上記実施マニュアルにも掲載)を用いることが望ましいとされています。
ITシステムを利用してオンラインで実施することもできます。厚労省がストレスチェック実施プログラムを無料で公開しているのでこれを利用してもよいでしょう。
(https://stresscheck.mhlw.go.jp/)
記入が終わった調査票は、医師などの実施者か実施事務従事者が回収します。第三者や人事権を持つ職員が、記入・入力の終わった調査票の内容を閲覧してはいけません。
回収した調査票をもとに、医師などの実施者がストレスの程度を評価し、高ストレス(自覚症状が高い者や、自覚症状が一定程度あり、ストレスの原因や周囲のサポートの状況が著しく悪い者)で医師の面接指導が必要な者を選びます。
結果は実施者から直接本人に通知され、企業には返ってきません。結果を入手するには、結果の通知後、本人の同意が必要です。この点一般定期健康診断と異なるので、同時に実施する場合には注意が必要です。
結果は医師などの実施者か実施事務従事者が保存します。企業内の鍵のかかるキャビネットやサーバー内に保管することもできますが、第三者に閲覧されないよう、実施か実施事務従事者が鍵やパスワードの管理をしなければいけません。
面接指導の実施
ストレスチェック結果で「医師による面接指導が必要」とされた労働者から申出があった場合は、医師に依頼して面接指導を実施します。申出は、結果が通知されてから概ね1月以内に、面接指導は申出後概ね1月以内に行うこととされています。
ストレスチェック制度は、メンタルヘルス対策の一次予防に位置づけられ、労働者自身にストレスへの気づきを促すことを主目的としているため、結果は労働者に直接通知され、会社は把握できません。そのため高ストレス者がいても申出がなければ会社は面接指導を実施できないことになりますが、後にその労働者が精神疾患に罹患し、会社は何もしてくれなかったと、会社を安全配慮義務違反で訴えてくる可能性もあります。そこで事後のリスクを軽減するために、労働者からの面接指導の申出の有無について記録を保管することが必要です。また、医師などが面接指導が必要と判断した場合には、当該労働者に対し面接勧奨の通知を行うよう会社が医師などに依頼することも必要でしょう。
就業上の措置
労安衛法では、面接指導を実施した医師の意見を勘案し必要がある場合には、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければならないとしています。
厚労省の指針では、就業上の措置を決定する場合には、予め当該労働者の意見を聴き、十分な話し合いを通じてその労働者の了解を得られるよう努めるとされており、十分な話し合いのもと了解を得られるよう努めたのであれば、最終的な判断は事業者が決定できると解されます。ストレスチェックは自己記入方式であり故意に高ストレスとすることも可能であり、希望通りの異動のためのツールに使われないような対応が必要です。
例えばゴルフ場で、高ストレスと判断されたキャディがフロント業務への配転を希望したからと言って、これに無条件に従う必要はありません。その従業員の特性や人員配置の適正等の観点から当該配置転換を不適当と判断した場合には、時間外労働の減少等の会社案を提示します。複数回面談を重ね、会社案への理解を求めてもなお当該労働者が会社案を拒否した場合には、債務の本旨に従った労務提供ができないものとして、休職の勧奨等通常のメンタル疾患者と同様の取り扱いをすることになります。
罰則規定
現時点では労安衛法に罰則規定はなく、ストレスチェックを実施しなかったことをもって罰則が適用されることはありません。
しかしながら、従業員数50人以上の会社は実施状況を労基署に報告する義務があり、義務違反には50万円以下の罰金が科せられる可能性があります。また、労働者の同意を得て受領した検査結果及び面接指導の結果の記録を5年間保存しなかった場合も同様です。
「ゴルフ場セミナー」2016年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎