熊谷信太郎の「労働安全衛生法①」

本年9月11日、伊賀労働基準監督署は、労働安全衛生法違反の疑いで伊賀市のゴルフ場経営会社と会社社長の男性を津地方検察庁伊賀支部に書類送検したと発表しました。

この事件は今年7月、従業員の男性が貨物自動車でコンペティションマークの設置作業中、カート道路脇の路肩から車両とともに法面の下3.3mに転落し、車の車体と地面に胸部を挟まれ死亡したというものです。伊賀労基署によると、違反内容は労働安全規則の定める「作業場所の広さや地形、車輌等の種類や能力、荷の種類や形状等に適応する作業計画」を事前に定めていなかったというもので(詳しくは後述)、社長は事実を認めており、死亡という結果の重大性に鑑み送検に踏み切ったということです。

平成22年の休業4日以上の労働災害による死傷者数は、全事業で11万6733人、ゴルフ場においては1187人が被災しています(プレーヤーの事故は除く)。事故は「転倒」が最も多く4割程度を占め、冒頭のような「墜落・転落」による事故も1割程度を占め(以上、厚生労働省「労働者私傷病者報告」)、キャディの災害が6割強、次いでコース管理員が2割強を占めています(日本ゴルフ場支配人連合会による調査)。

こういった労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境を形成することを目的として、企業の安全管理体制について定めているのが労働安全衛生法(以下「労安衛法」)です。今回はこの法律について検討します。

 

企業の安全配慮義務

労安衛法は、労働災害を防止するため、事業者は労安衛法で定められた最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境を作り労働条件を改善することで、労働者の安全と健康を守らなければならないと規定しています。

使用者の労働者に対する安全配慮義務については、平成20年3月に施行された労働契約法第5条で、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明文化されています。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例も存在しますが、労働契約法には罰則がありません。

これに対し、事業者が労安衛法の規定に違反すると、多くの場合、懲役や罰金などの罰則が科されます。また、監督行政庁が事業者に対して、労働災害の発生防止のために、作業の停止や建物の使用の停止などを命じることもあります。

 

安全衛生管理体制

労安衛法1条は、「職場における労働者の安全と健康を確保」するという目的を果たすための手段の一つとして、「責任体制の明確化及び自主的活動の促進への措置を講ずる」ことを掲げ、これを受けて、労働災害を防止するため、必要な安全衛生管理体制について定めています。

ゴルフ場でも、経営トップから各作業別責任者まで、それぞれの役割、責任、権限を明らかにすることが大切です。

まず、労働者数が10人~49人の事業場では、支配人等を「安全衛生推進者」として選任し、その氏名を関係労働者に周知させる必要があります。50人以上の事業場では、「総括安全衛生管理者」「安全管理者」「衛生管理者」を配置し、労働基準監督署に選任報告を行うことが必要です。

以上の義務違反には、罰則が定められています(50万円以下の罰金)。

安全衛生管理体制の中でもその役割の重要性が近年注目されているものとして産業医の制度があります。

産業医とは、事業者に雇用され、又は事業者の嘱託として事業場の労働者の健康管理等を行う医師です。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医の選任が義務付けられています。しかし実際には、労働者数が50人以上100人未満の中小事業場では産業医の選任率が低いことが問題として指摘されています。平成8年の法改正により、常時50人未満の労働者を使用する事業場についても、医師等に労働者の健康管理等を行わせる努力義務が課され、国が必要な援助を行うことが定められています。

 

健康の保持増進のための措置

労安衛法は、事業者に、労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を課しています。健康診断は、雇入れ時及びその後は1年ごと(深夜業等の特定の業務については、配置替時及び6か月ごと)に1回、定期に実施することが必要です。実施義務違反には50万以下の罰金が規定されています。

健康診断を実施したら、その結果に基づき従業員の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴取し、必要があるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければなりません。

特に近年では熱中症対策が重要です。直射日光や地面からの照り返しを遮ることができる屋根等を工夫する等して作業環境を整え、冷房完備又は日陰等の涼しい休憩場所を確保する、コース内に飲料水の備付を行う等の対応も必要となります。

また、平成17年の法改正によって、長時間労働者への医師による面接指導の実施も義務付けられました。具体的には、週40時間を越える労働が1月あたり100時間を超え、かつ疲労の蓄積が見られる労働者が申し出たときは、事業者は、医師による面接指導を行わなければなりません。それ以外の労働者についても、長時間の労働により疲労の蓄積が見られる者や、健康上の不安を有している労働者などについて、事業者は医師による面接指導又はこれに準ずる措置を取らなければなりません。

 

メンタルヘルスケア

健康には心の健康も含まれます。厳しい経済情勢の中、職業生活等において強い不安、ストレス等を感じる労働者は近年増加しています。業務に密接な関係があると判断されたメンタルヘルス不調者は労災の補償対象となり、その件数も増えてきています(平成19年厚生労働省による労働者健康状況調査)。事業者が民事上の損害賠償責任を問われる例も出ています。

ゴルフ場においても、メンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に実行する体制づくりを行う必要があります。ここで参考になるのが、平成12年に厚生労働省が作成した「労働者の心の健康の保持増進のための指標」の示す、4つのケア(①セルフケア、②ラインケア、③事業場内産業保健スタッフによるケア、④社外の専門機関によるケア)です。

①セルフケアとは、自分の体調や心の状態を把握することです。心の健康を保つためには、労働者が自己のストレスに対する反応の現れ方や、心の状態を正しく把握することが不可欠です。そこで事業主は従業員に対し、セルフケアに必要な教育や情報(メンタルヘルスケアに関する事業場の方針、事業場内の相談先や事業場外資源の情報等)を提供することが必要となります。

②ラインケアとは、管理監督者が社員へ個別の指導・相談や職場環境改善を行う取り組みのことです。管理監督者は、部下にあたる労働者の状況を日常的に把握でき、具体的なストレス要因やその改善を図ることが可能であるため、労働者からの相談に対応し、職場環境を改善すべき立場にあります。事業者は管理監督者がこれを実行できるよう、ラインによるケアに関する教育・研修、情報提供を行う必要があります。

③産業医等の事業場内産業保健スタッフは、セルフケアやラインによるケアが効果的に実施されるよう、労働者及び管理監督者に対する支援を行うとともに、具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、個人の健康情報の取扱い、事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口となること等、具体的なメンタルヘルスケアの実施にあたり中心的な役割を果たすことが期待されます。

④さらに、メンタルヘルスケアを行う上では、事業場が抱える問題や求めるサービスに応じて、専門的な知識を有する各種の事業場外資源の支援を活用することが有効です。また、労働者が相談内容等を事業場に知られることを望まないような場合にも、事業場外資源を活用することが効果的です。

職場でのメンタルヘルス対策の大切さは誰もが理解するところだと思いますが、何から始めたらいいのかわからないといった場合は、この4つのケアを基本に考えて職場で取り入れてみるとよいでしょう。

 

労働者の危険又は健康障害を防止するための措置

労安衛法は、事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するため、必要な措置を講ずるよう義務付けています。

事業者が講じるべき措置の具体的内容は技術的細部にわたることも多いため、具体的な措置の内容については、労安衛法規則(以下「規則」)等で詳細に定められています。

例えば冒頭の事例ように、貨物自動車等を用いて作業を行うときは、①予め場所の広さや地形、車輌等の種類や能力、荷の種類や形状等に適応する作業計画を定め、かつ②当該作業計画により作業を行わなければならず、③これを関係労働者に周知させなければならない(以上規則151条の3)、④車両等の転倒又は転落による労働者の危険を防止するため、当該車両系荷役運搬機械等の運行経路について必要な幅員を保持し路肩の崩壊を防止すること等必要な措置を講じなければならない(規則151条の6)等と規定されています。

冒頭の事例の事故の詳細は明らかにされていませんが、この事例を前提にすると、貨物自動車等を用いて作業をする際には、使用車両や作業方法・内容について定めた「作業計画書」(書式については中央労働災害防止協会「ゴルフ場の事業における労働災害防止のためのガイドライン」https://www.jaish.gr.jp/user/anzen/cho/joho/h23/cho_0476.html参照)を作成するとともに、路肩の崩壊を防止するに十分なカート道の幅員を保持する等の対策が必要となります。

事業者の義務については規則の第2編「安全基準」に詳細に規定されており(101条~575条の16)、 これらの義務に違反した場合には、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

 

落雷による災害防止

ゴルフ場では落雷による災害の危険性が高く、落雷事故を防止するため支配人等を責任者として組織的に対応を取る必要があります。

日頃から避難判断するための雷や天気の情報(ウエブサイト、情報会社、襲雷警報器)を入手し、災害発生時には、責任者は情報を総合的に判断し、避難が必要と判断した場合には速やかに避難指示を発令します。伝達は、サイレンやスピーカー、無線やカートナビ機能、巡回等で適切・確実に行うことが必要です。

避難指示が出された場合は、①作業を中断し、予め決められた避雷設備のついた建物へ非難する、②屋外で比較的安全な場所(電線の下、5m以上の高い物体の4m離れた場所等)を見つけ、その場で適切な姿勢を保つ(頭を低くしゃがみ、両足を揃え、膝を地面に付けず、耳をふさぐ。腹這いは電流の流れが心臓に通電する可能性が高く危険)、③安全な場所に避難が困難な場合は、高い場所から移動し、電流を通しにくい木の付近は避け、適切な姿勢を保つ等の避雷の基本的事項を事前に確認・周知しておくが必要です。

「ゴルフ場セミナー」2014年12月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「時間外労働」

本年3月、神戸市のパブリックゴルフ場の経営を受託している会社とゴルフ場の元総支配人及び支配人が、男性事務職員に労使協定を超える違法な時間外労働をさせたとして、西宮労働基準監督署から神戸地検に書類送検されました。男性(当時45歳)は平成24年11月、業務中に急性心停止で死亡しました。

会社は従業員と1日4時間、1か月40時間までの時間外労働が可能な協定を結んでいましたが、この男性は同年5〜9月、1か月に62時間から77時間の時間外労働をしていました。他にも数人の従業員に協定を超えた時間外労働をさせていたようです。

労働時間と健康管理は大きな社会問題となっており、平成23年12月に厚生労働省が新たに策定した「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」によると、うつ病などの精神障害を発病する直前の1か月に概ね160時間を超えるような時間外労働があると、これだけで労災認定される可能性が高いとされています。

労働基準法は労働条件の最低基準を定めた行政取締法規であり違反すると罰則が科せられます。

罰則の対象となるのは、違反行為を行った「使用者」ですが、これには「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」が含まれ、経営者や取締役といった個人だけが罰せられるのではなく、事業主である法人そのものも罰せられます(いわゆる「両罰規程」)。

冒頭の例で違反が確定すると、会社には30万円以下の罰金、総支配人等には6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という厳しい罰則が科せられます。

今回は労働時間に関する法規制について検討します。

 

法定労働時間

労働基準法では、1日8時間、週40時間という法定労働時間や、週1日(又は4週で4日)の法定休日が定められています。使用者は原則として法定の労働時間を超えて労働者を働かせたり休日労働を命じることはできません。

なお、一部の業種で、常時10人未満の労働者を使用する事業場(特例措置対象事業場)では、週の法定労働時間が44時間とする特例を認めています。ゴルフ場も接客娯楽業としてこれに含まれます。

但し、業務の必要上、法定労働時間を超えた労働等を命じる必要が生じる場合も少なくありません。

この場合、使用者は、①予め事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその組合、それがない場合には労働者の過半数を代表する者との間で、時間外(休日)労働についての書面による協定を締結し、②協定内容を就業規則等に明記するとともに、③労働基準監督署長に届け出た場合、労働者に業務命令として法定労働時間を超える労働や休日労働を命じることができます。

この労使の協定は、労働基準法第36条に基づくことから三六協定(さぶろく協定)と呼ばれます。

こうした手続きを経て行われる時間外労働や休日労働の業務命令の場合、労働者は正当な理由がない限り、業務命令を拒否することはできません。

 

時間外労働と割増賃金

就業規則や労働契約に基づく所定労働時間や労働基準法に基づく法定労働時間を超えて労働させた場合、時間外労働に対する次のような賃金の支払いが必要です。

① 時間外割増賃金

法定労働時間(特例措置対象事業場を除き、1日8時間、1周40時間)を超えて労働させた場合は、その超えた労働時間に応じて、通常の賃金(基礎単価)に割り増しをした賃金を支払う必要があります(割増率は基礎単価の25%以上)。

但し、月60時間を超えた時間外労働に対しては、その超えた労働時間に対して50%以上の割増賃金を支払わなければなりません。

なお、所定労働時間(就業規則や労働契約などで定めた労働時間)を超えるが法定労働時間を超えない労働(法定内残業)の場合は、その所定労働時間を超え法定労働時間の範囲内の労働時間に対しては、就業規則や労働契約などで割増賃金を支払う旨の定めがある場合を除き、割増賃金ではなく、その超えた労働時間に応じて通常(割増しない)賃金を支払えばよいとされています。

② 休日割増賃金

1週間に1日又は4週間に4日の休日(法定休日)に労働させた場合、その労働時間に対して割増賃金を支払う必要があります(割増率は基礎単価の35%以上)。

③ 深夜割増賃金

深夜(午後10時から翌日午前5時まで)に労働させた場合、この深夜の時間帯の労働時間に応じて割増賃金の支払いが必要です(割増率は基礎単価の25%以上)。

実際には、時間外労働や休日労働をさせた場合、深夜労働と重複することも多く、その場合には割増率は加算されます。例えば、時間外労働で深夜労働の場合は、時間外+深夜で25%以上 + 25%以上 = 50%以上、休日労働で深夜労働の場合は、休日+深夜で35%以上 + 25%以上 = 60%以上の割増が必要となります。

 

手待時間、仮眠時間

では、労働時間に含まれる時間とはどのようなものでしょうか。休憩時間や着替えの時間等は含まれるのでしょうか。

労働時間については、一般に「労働者が実際に労働に従事している時間だけでなく、労働者の行為が何らかの形で使用者の指揮命令下に置かれているものと評価される時間」と解されています。

例えば、ゴルフ場のコース管理課では、日の出から作業し午後プレー終了後再び作業をし、拘束時間が14、5時間に及ぶようなケースもあると思います。この場合、社内に仮眠室や休憩室等の設備がある等、実際の作業時間の合間に使用者の指揮命令から解放される時間が確保されている状況が認められれば、この時間は休憩時間であって労働時間ではないと言えると思われます。なお、労働基準法では坑内労働以外に拘束時間の規定はないので、拘束時間が長時間に及んでも法定の休憩時間が与えられていれば(6時間超8時間以下→45分以上の休憩。8時間超→1時間以上の休憩)、労働基準法違反にはなりません。

一方、ゴルフ場の例ではありませんが、ビル管理会社の従業員が管理・警備業務の途中に与えられる夜間の仮眠時間も、仮眠場所が制約されることや、仮眠中も突発事態への対応を義務づけられていることを理由に、労働時間に当たるとする判例があります(大星ビル管理事件・最高裁第一小法廷平成14年2月28日判決等)。

また、実作業に入る前や作業終了後の更衣時間については、最高裁は、使用者が造船所の労働者に事業所内での作業服等の着脱を義務づけていた事案において、就業規則等の定めにかかわらず、そうした更衣時間は労働時間に当たると判断しました(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁第一小法廷平成12年3月9日判決)。

但し、最高裁は、そうした更衣に要する時間も「社会通念上必要と認められるものである限り」労働時間に当たるとして一定の限定を付しており、例えばゴルフ場の受付事務職の制服についての更衣時間に関して、この判決の射程距離がどこまで及ぶかは必ずしも明らかではありません。

 

変形労働時間制

変形労働時間制とは、一定の単位期間について(1週間、1か月、1年)、週あたりの平均労働時間が週法定労働時間の枠内に収まっていれば、1週または1日の法定労働時間の規制を解除することを認める制度です。

この制度は、季節により繁閑が分かれているゴルフ場などでも利用できる制度です。例えば、積雪のため冬期はクローズするゴルフ場では、1年単位の変形労働時間制を採用し、繁忙期には長い労働時間を設定する等、年間を通して週平均40時間を達成する範囲で休日や労働時間を弾力的に設定することができます。

単位期間の長短により弾力化の程度や労働者に与える影響が異なるために、単位期間によりそれぞれ異なる要件が設けられていますが、いずれの場合でも労使協定又は就業規則等により制度の採用を明らかにするとともに、労働基準監督署長への届出が必要です。

 

年次有給休暇

年次有給休暇の日数は最低10日で、その後、継続勤務1年ごとに、当初の6か月以降の継続勤務2年目までは1労働日ずつ、3年目以降は2労働日ずつ加算され、20日が法律上要求される上限となります。パートタイム労働者については、その年の所定労働日数に比例した日数の年休が付与されます。

年次有給休暇権の発生要件は、①労働者が6か月継続勤務したことと、②初年度は6か月、2年目以降は1年の勤務期間について全労働日の8割以上出勤したことです。

年休の取得に際して使用者の承認を得ることは法律上は必要ではありません(林野庁白石営林署事件・最高裁第二小法廷昭和48年3月2日判決)。

もっとも、使用者は、それにより事業の正常な運営が妨げられる場合には時季変更権を行使できます。時季変更権の行使の適否は、事業の内容、規模、労働者の担当業務、事業活動の繁閑、予定された年休日数、他の労働者の休暇との調整等様々な要因を考慮して判断しますが、使用者は労働者の希望が実現できるように配慮を行うことが求められます。

 

労働基準法に違反した場合

法定労働時間や法定休憩を守らなかった、法定休日を与えなかった、割増賃金を支払わなかった、年次有給休暇を付与しなかった場合等には、個人については6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金、法人については30万円以下の罰金に科せられる可能性があります。

労働者から労働基準監督署(労基署)に対して法違反の申告(被害届)がなされた場合、労基署の監督官により事業場(会社、建設現場等)の立入検査が実施され、タイムカードやパソコン、入退館記録等を調査してタイムカードの打刻の修正や打刻後の残業がないか等を調べたり、賃金台帳その他の労務関係書類や安全衛生管理の状況が調査されます。

その結果労働基準法などの法律違反や要改善点が見つかった場合は、是正勧告や指導が行われ、法令違反ではないが改善が必要と判断された項目については指導票が交付され、法令違反の項目についてはその違反項目と是正期日が書かれた是正勧告書が交付されます。

指導や是正勧告は行政指導であり法的強制力はなく改善するかどうかは会社の任意です。

しかし、是正勧告に対して不誠実な対応、無視、或いは虚偽の報告などをすれば、冒頭の例のように書類送検の手続を取られる場合もあります。指導や勧告がなされた場合には、その指導を真摯に受け止め、改善を行い、改善状況を報告する等真摯な対応が必要です。

なお、事業主には業種や規模を問わず健康診断を実施する義務があり、違反が認定された場合には50万円以内の罰金となる可能性もあります。冒頭の例のような深刻な事態とならないよう、労働時間の遵守と共に従業員の健康への配慮が必要です。

「ゴルフ場セミナー」2014年8月号
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場と太陽光発電」

東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故を受け、我が国のエネルギー政策は大きな転換点を迎えました。注目されているのは太陽光や風力等の枯渇することのない再生可能エネルギーを用いた発電です。

平成24年7月には「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(以下「措置法」)が制定され、個人や事業者が再生可能エネルギーを利用して発電を行うことが容易になる制度が整備されました(固定価格買取制度)。

広大な敷地を有するゴルフ場用地は、巨大ソーラーパネルを多数設置する太陽光発電の場所として適していると考えられるため、ゴルフ場用地を利用して大規模太陽光発電を建設する企業も、外資系を含め続々と現れてきています(報道によると昨年9月時点で37か所)。

 

ゴルフ場の閉鎖と会員の権利

ゴルフ場事業は一般的には収益性がそう高い業種ではないと言われてはいますが、広大な敷地という資産を有しており、この資産を生かせる業種への転換を図りたいという事業者の発想は理解できるところです。

しかしパブリック制のゴルフ場であればともかく、会員制ゴルフ倶楽部の場合には多数の利害関係者を有する業種であることから、クラブを解散しての業種転換が無制限に認められるものでないのは言うまでもありません。

ゴルフ倶楽部の会則等には解散規定の置かれているものがほとんどであろうと思われます。この場合会則等は会員契約の内容となることから、その要件該当性を判断することになりますが、仮に「会社はいつでも本倶楽部を解散することができる」といった規定がある場合であっても、無制限に解散が認められるわけではありません。

裁判例においても、会則に「クラブ運営上やむを得ぬ事情のある場合」に解散できるという定めのある預託金制ゴルフ倶楽部で、事業者が経営悪化のためゴルフ場を閉鎖したため、会員が優先的施設利用権の侵害である等として事業者に対して損害賠償請求をした事案において、東京高裁平成12年8月30日判決は、

①「クラブ運営上やむを得ぬ事情のある場合」とは、会員にとって不利益を伴うゴルフクラブの解散を経営会社の機関(理事会)の決議のみによってすることを是認するに足りる客観的かつ合理的な事情の存する場合をいう。

②その判断にあたっては、ゴルフ場経営における会社運営上の事情のみならず、会員が受ける不利益の程度及びその不利益をできるだけ少なくする観点からのゴルフ場経営会側の配慮の程度などの事情をも総合して判断する必要がある。

とし、このまま事業を継続すればゴルフ場が破綻し会員は施設利用権のみならず預託金償還請求権も失ってしまうものとして、解散の有効性を認め、会員からの損害賠償請求を否定しました。

 

解散規定のない場合

一方、会則等に解散規定がなくても事業の継続が客観的にみて不可能で事業者に責のないやむを得ない事情に基づくような場合にまで一切解散は認められないとすることは事業者に酷を強いることになります。

例えば、同じく集団的役務提供型の契約であるスポーツクラブの会員であった者が、閉鎖により施設利用権を奪われる等の損害を受けたとして、事業者らに対し会員契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案があります。

この事案で東京地方裁判所平成10年1月22日判決は、会員契約の解除が、経営会社の経営努力にもかかわらず、経営成績の悪化、会員数の減少…等により、経営の継続が困難となったために行われた等の事実関係においては、右解除はやむを得ない事情によるものであり会員契約上の債務不履行に当たらないと判断しました。

これらの裁判例を前提に考えると、今回の震災により壊滅的なダメージを受けコースの修復に膨大な費用を要する場合や、放射能等の影響により営業の継続が不可能になったような場合には、事業の継続が客観的にみて不可能であって事業者に責のないやむを得ない事情に基づくものとして、会員契約の会社側からの解除は有効であり、会員契約上の債務不履行にはあたらないと考えられます。

 

預託金の返還

もっとも、ゴルフ倶楽部を解散して事業者が会員との会員契約を解除する場合、事業者は会員に対し利用できない分に応じて年会費を返還するとともに、預託金制であれば預託金も返還する必要があります。

入会金の返還については入会金の性質と絡み争いがありますが、上記平成12年東京高裁判決は入会金不返還条項に基づいて返還しないことを有効と判断しています。

預託金の全額返還が困難であれば破産手続や民事再生手続等により預託金返還債務の減免を受ける必要が生じます。

第三者がゴルフ場用地を事業者から買い取り太陽光発電事業を行い会員との会員契約を引き継がない場合には、資産の移転が濫用的会社分割にあたり、用地の取得が詐害行為として取消される可能性もありますので注意が必要です。なお、資産の移転を会社分割により行う場合には、債権者保護のため、官報公告及び知れている債権者に対する個別の催告をする必要があります(官報公告の他時事に関する日刊新聞紙又は電子公告がなされた場合には個別の催告は不要です)。

以上に対し、第三者がゴルフ場用地を競売により取得したような場合には、会員契約の解除の問題はクリアすることができます。

 

施設利用権の侵害となる場合

では解散が認められるような事態には至っていないゴルフ場事業者が、例えば36Hから18Hに縮小したり、複数所有する一部のコースを閉鎖してメガソーラー基地を建設し、売電収入を得ようとするとき、どのような場合に会員の施設利用権の侵害になると考えるべきでしょうか。

施設利用権の意味については一般に、一般の利用者に比べて有利な条件で継続的にゴルフプレーを行うために当該ゴルフ場の施設を利用する権利であると考えられています。

施設利用権の侵害については、会員権分割や開場後の募集による会員数の増加が事業者の債務不履行を構成するかという形で裁判上問題となっています。

例えば、東京地裁平成8年2月19日判決は、東京近郊のゴルフ場の事案で、会員数が1000名に限定されており、クラブが高級なものと設定されている場合には、会員数が1000名ないしこれをそれ程大幅に上回らない範囲の数に止めることは、事業者の債務とされる場合があるとして、平成7年当時会員数が4400名に上っていたことについて事業者の債務不履行を認めました。

一方、東京地裁平成10年5月29日判決は、高級感を演出しゆとりと格調をセールスポイントにして会員権を販売した千葉県のHカントリークラブの事案において、正会員募集限度数を1180名から1800名に増加させることが直ちに本件会員権募集当時構想した本件ゴルフクラブの性質の基本的部分を破壊するものということはできないから、会員権の分割は債務不履行にあたらないと判断しています。

コースの縮小や一部コースの閉鎖の場合も、事業者が有する倶楽部経営やコース運営管理上の裁量権と会員の施設利用権の保護のバランスの観点から、パンフレット等に記載された当初の募集計画、目標とするクラブのグレード、会員が利用し得る関連会社のコースの有無、会則規定等の個別具体的事情を総合して事業者の債務の内容を判断し、会員の施設利用権の基本的部分の侵害と言える場合には、事業者の債務不履行を構成し得ると考えられます。

例えば、現在のゴルフ環境と異なる古い時期の裁判例ではありますが、東京高裁昭和49年12月20日判決は、18Hのゴルフ場であれば1500名、36Hのゴルフ場であれば2500~2600名を適正会員数の1つの基準としています。コース縮小や一部ホールの閉鎖の場合もこの基準を参考にしつつ、コースのグレード等を加味した上で、実質的に会員の施設利用権の基本的部分の侵害と言えるかどうかを判断することになるでしょう。

実質的に会員の施設利用権の基本的部分の侵害と判断される場合には、会員は①事業者の債務不履行を理由とした会員契約の解除だけでなく、②体力、健康増進の機会を奪われ、倶楽部ライフを通じた人間関係を侵害された等の金銭によって評価できない重大な損害が発生したとして、事業者に対する損害賠償請求をすることが考えられます。

③さらに、ゴルファーとしては、施設利用権侵害を理由とし、ゴルフ場を他に転用することの差止請求も行いたいところです。しかしながら、差止請求が認められるのは所有権が侵害される場合や、生命や健康が侵害される公害や環境汚染の場合等であって、特定の事業者に対する請求権である施設利用権によっては差止請求までは認められないのが一般です。裁判例においても一般に債権の侵害を理由とした差止請求は認められておらず(東京地裁平成12年7月18日判決等)、施設利用権侵害を理由とした差止請求は通常認められにくいと思われます。

 

従業員との関係等

ゴルフ場閉鎖や規模縮小を理由に従業員を解雇するには原則として、過去の労働判例で確立された4要件(㋐人員整理の必要性㋑解雇回避努力義務の履行㋒被解雇者選定の合理性㋓解雇手続の妥当性)を充たさなければならず慎重な対応が必要です。

なお破産手続では未払賃金のうち3か月分は財団債権として一般債権者よりも優先的に支払を受けることができます(破産法149条1項)。

会社の全財産でも未払賃金に足りない場合には、国(労働省健康福祉機構)が労働者個人からの請求によって、未払賃金の一部を事業主に代って支払う制度もあります。請求期間は裁判所の破産等の決定又は労働基準監督署長の倒産の認定があった日の翌日から2年以内、金額は原則として未払賃金総額の8割です。

ゴルフコースの地主との賃貸借契約の内容の確認も必要です。用途をゴルフ場の使用などに限定している場合には、他の用地への転用は解除事由となる可能性があります。

もっとも、賃貸借契約のような継続的契約においては、信頼関係が破壊されたと言えない等の事情のある場合には解除権の行使は制限されるという判例法理が確立されていますが、事前に地主に事情を説明し契約を巻き直すことが必要です。承諾料(相場は更地価格の5~10%)の支払を求められることもあるでしょう。

また、ゴルフ場としての営業のために取得している許認可関係についても、所轄の地方公共団体等に廃止(廃業)の届出が必要になります。取扱いは各地方公共団体によって異なるようです。

「ゴルフ場セミナー」2014年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

 

熊谷信太郎の「セクハラ」

近年、いわゆるセクハラやパワハラが職場での大きな問題となっています。いずれのハラスメントも、企業活動に重大な支障を与えることから、職場の労務管理上無視できない重要な課題です。

日本のゴルフ場においては女性のキャディが多数を占めています。また、フロントやレストラン、経理には女性従業員が多く、メンテナンス部門やキャディマスター、支配人には男性が多いという特徴もあります。キャディやウエィトレス等の従業員に対しいわゆるセクハラ的行為があった場合、ゴルフ場経営会社は使用者としてどのような責任を負うのでしょうか。

今回は、セクハラを中心に企業の安全配慮義務について検討します。

 

企業の安全配慮義務

使用者には、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています。古くから判例により確立されてきたもので、労働契約上の付随義務とされています。

その後、平成18年施行の労働契約法において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と安全配慮義務が明示されました(労働契約法5条)。

安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、職場環境配慮義務(セクハラ、パワハラ)も、この安全配慮義務の一つであるとされています。

セクシュアルハラスメントとは、「相手方の意に反する性的な言動で、それによって、①相手方に仕事をする上での一定の不利益を与えたり、②職場の環境を悪化させたりすること」であり、男女雇用機会均等法11条に規定されています。

一方、パワーハラスメントとは、職場における職権等の力(パワー)を利用した人権侵害であり、法律上の定義はありません。

 

パワハラとは

労働者は、労働契約に基づき、その労働力の処分を使用者に委ねることを約しており、使用者はその雇用する労働者に対し、業務遂行のために必要な指示・命令をできる権限(業務命令権)を有しています。

そのため、業務上必要な指導や注意など適正な業務命令権の行使が、権限の濫用や逸脱と認められない限り、たとえそれで部下が嫌な思いをしたとしてもパワハラとは評価されません。

この点の著名な裁判例として、いわゆる東芝工場事件判決があります。

これは上司の常軌を逸した言動により人格権を侵害されたとして、部下が上司と会社に対し民事上の損害賠償請求をした事案です。

東京地裁八王子支部平成2年2月1日判決は、上司にはその所属の従業員を指導し監督する権限があるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすること自体は違法性を有するものではないとしました。

しかしながら、上司の行為が権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべきと判示しました。

そして、休暇を取る際の電話のかけ方のような申告手続上の軽微な過誤について、執拗に反省書等を作成するよう求めたりする行為はその裁量の範囲を逸脱するものとして、会社及び上司が部下に対し連帯して15万円の損害賠償額を支払うよう結論付けました。

 

セクハラとは

一般に、セクハラには①対価型と②環境型の二類型があるとされています。

①は「上司Aが従業員Bに対し交際を求めたが拒否されたため、Bを配置転換した」など、性的関係を拒絶されて腹いせに解雇したり、人事の査定を低くするようなケースです。

②は、「社員Cが、職場で業務上不要な性的冗談を繰り返したことにより、従業員Dが不快感を持ち就業意欲が低下した」など、労働者の意に反する性的な言動により労働者の就労環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるようなケースです。

セクハラの場合はパワハラと異なり、労働契約の内容となっていない職場では全く不要であるはずの「性的な言動」を要件とすることから、それにより相手方に不快感や精神的被害を与えた場合には違法と評価されやすい性質を有しています。

そして「相手方に不快感や精神的損害を与えた」といえるかどうかは、外形上同一の行為であっても、相手方の受け止め方により異なるので、セクハラの成否も異なってくる点に注意が必要です。

例えば、女性従業員の容姿を話題にするような行為や、飲み会の席においてカラオケのデュエットやチークダンスを誘うなどの行為も、相手方の受け止め方によりセクハラになる場合もならない場合もあります。

行為主体と相手方の受け止め方によって、同じ言動でも、「素敵な同僚に褒められて(誘われて)嬉しい」と思われる場合もあれば、「残念な感じの上司にあんなことを言われて(誘われて)気持ち悪い。セクハラだ」と思われる場合もある訳です。

もっとも、セクハラと認定されるためには、「相手方の意に反する性的な言動」であることを認識して行うことが必要ですので、服装を褒める等客観的に明らかに「相手方の意に反する性的な言動」であると言えないような行為の場合は、1回でセクハラと評価されるわけではなく、相手方が嫌がる態度を取ったにも関わらず同様の行為を繰り返し行ったような場合にセクハラと評価されると考えられます。

一方、お客がキャディの身体に触る等のわいせつな行為は、客観的に明らかにセクハラと評価できます。このような場合には、ゴルフ場は毅然とした態度で直ちにそのお客に対して厳重注意し、従業員を保護する必要があるものと思われます。

 

企業の使用者責任

セクハラが認定された場合、被害者から加害者に対して慰謝料請求がなされることもあり、加害者の上司や会社も監督責任、使用者責任を問われる場合があります。

例えば、ゴルフ場の例ではありませんが、ビル管理会社に勤務する知的障害者の女性職員に対し、上司が背後から身体を密着させる等したという事案で、大阪地裁平成21年10月16日判決は、上司の不法行為責任を認めると共に、代表取締役が女性職員から苦情を受けたにもかかわらず必要な措置を講じなかったことについて、会社に代表者の行為についての損害賠償責任を認めました。

なお、加害者の上司や会社が監督責任、使用者責任を問われた場合には、上司や会社は、直接の加害者である被用者に対し、支払った賠償金の返還を請求(求償)できます。

もっとも、被用者の行為が使用者の業務としてなされた以上、必ずしも全額の返還が認められるわけではありません。

判例も、「諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」において求償できるとしています(最高裁昭和51年7月8日判決)。

実務的には、支払った損害の50%程度までの求償しかできないと考えておくのがよいと思います。

 

ゴルフ場に求められる対策

では、ゴルフ場はどのような対策を施していれば法的責任を免れることができるのでしょうか。

この点、男女雇用機会均等法11条に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」が参考になります。

この指針が示している必要な措置は以下のようなものです。

①就業規則や社内報、社内HP等にセクハラの内容及びセクハラ禁止の方針、行為者への厳正な対処方針等を記載して配布し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発しなければなりません。

②相談への対応のための窓口を予め定め、相談窓口の担当者が相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにしなければなりません。

③セクハラ問題が発生した場合には、相談窓口や人事部門の担当者が、相談者及び行為者とされる者の双方から事実関係を確認しなければなりません。それぞれの主張に不一致がある場合には、第三者からも事実関係を聴取しなければならないでしょう。

セクハラの事実が確認できれば場合には、加害者に対する懲戒処分等を実施し、加害者の配置転換や被害者・加害者間の関係改善に向けての援助、加害者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復等の措置が必要となります。

場合によっては、調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を講じることになります。

④以上と併せ、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を実施し、相談したことや事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め労働者に周知・啓発することも必要となります。

ゴルフ場においてこれらの措置を完全に行うことはなかなか困難な面もあろうかと思いますが、できる限り対応し、健全な企業としての義務を尽くすことが必要でしょう。

 

加害者に対する懲戒処分

セクハラ行為が認定された場合、加害者に対ししかるべき懲戒処分を行うことも必要です。

使用者が懲戒処分を行うためには、予め就業規則にその種類・程度を記載し、当該就業規則に定める手続きを経て行わなければなりません(労働基準法89条)。また就業規則は労働者に周知させておかなければなりません(同106条)。これらの手続きに瑕疵があると、処分自体が無効とされることもあり得ます。

懲戒処分の内容については、加害者の行為の性質・態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、懲戒処分は無効となります(労働契約法第15条)。

セクハラによる懲戒処分の内容については、国家公務員に関する指針がある程度の参考になります(平成12年3月31日人事院事務総長発)。

この指針では、①暴行や脅迫、職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いてわいせつな行為等をした職員については、免職又は停職(免職、停職は、民間企業における「解雇、出勤停止」に相当)。②わいせつな発言や身体的接触等の性的な言動を繰り返した職員については、停職又は減給。③わいせつな発言等性的な言動を行った職員については、減給又は戒告等と定められています。

国家公務員の場合には減給については人事院規則により「1年以下の期間、俸給の月額の5分の1以下に相当する額を給与から減ずる」ものとされています(人事院規則3条)。

これに対し、民間企業においては、労働基準法により、①1回の減給の額がその社員の1日分の平均賃金の50%を超えてはならない、②1ヶ月の減額の総額がその月の月次給与の総額の10%を超えてはならないという制限があるので注意が必要です(労働基準法91条)。賞与から減額する場合も同様です。

例えば月次給与240,000円、平均賃金8,000円(過去3ヶ月間に支払われた賃金の総額をその期間の総日数で割った金額)の場合、1回の処分の限度額は4,000円で1ヶ月の限度額は24,000円となります。

「ゴルフ場セミナー」2014年2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場の使用者責任」

昨年の4月、京都・祇園で当時30歳の男性Aが軽ワゴン車を運転中に暴走事故を起こし、運転者を含む8名が死亡、11人が重軽傷を負うという痛ましい事故があったことは記憶に新しいと思いますが、本年3月、男性Aを雇用していた呉服店の女性社長が業務上過失致死傷で書類送検されました。

事故原因は、最終的に男性Aの持病のてんかん発作であると判断され、同社長は、男性Aが持病のてんかん発作で事故を起こす可能性があると知りながら運転をやめさせなかったとして、業務上過失致死傷容疑で書類送検されました(男性Aは自動車運転過失致死傷容疑で被疑者死亡のまま書類送検)。

この事故がきっかけとなり、病気の影響で交通死亡事故を起こした場合の罰則を強化する新法案が閣議決定されたことをご存知の方も多いと思います。

報道によりますと、同社長は一貫して容疑を否認しているということですが、京都府警は、同僚等から得られた証言や社長の携帯電話にその従業員の主治医の電話番号が登録されていたこと等から総合的に考えて、男性Aが車の運転に適さないことを同社長が認識していた可能性が高いと判断したようです。

一方、遺族らによって、男性Aの遺族及び雇用者だった企業に対して、損害賠償を求める民事裁判も進行中のようです。

ゴルフ場においても、クラブバスの運転を業務としているような場合に限らず、キャディであっても日常的にカートを運転することが考えられ、自動車の運転はゴルフ場内外で頻繁に行われます。

てんかんの発作は重大な事故につながる可能性が高く、新規採用者や在職者の健康状態を把握することが重要となります。

では使用者は、てんかんや精神疾患、B型肝炎やHIVウイルスのキャリアであるといった従業員の身体的な問題をどのように把握すればよいのでしょうか。

今回は従業員の健康状態の把握と使用者責任について検討したいと思います。

 

使用者責任とは

使用者責任とは、ある事業のために他人を使用する者(使用者)が、被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えた場合にそれを賠償する責任のことをいいます。

使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは免責されますが(民法第715条第1項)、裁判例では免責を容易に認めていないので、実質的には無過失責任に近い責任となっています。

なお、使用者に代わって事業を監督する者も使用者としての責任を負うとされています(民法715条第2項)。

使用者責任の要件は以下のとおりです。

①使用関係が存在すること

使用者責任が発生するには、使用・被用の関係にあることが必要ですが、雇用関係の有無、有償・無償、継続的・臨時的等の区別を問わず、実質上の指揮監督関係があればよいとされています(大判大正6年2月22日民録23輯212頁)。

したがって、下請負人の場合は、原則的には使用関係にありませんが、元請負人の実質上の指揮監督下にある場合には、使用者責任が発生する可能性があります。

ゴルフ場においても、例えばコース管理を外注した場合に、その会社の従業員が交通事故を起こし、実質上の指揮監督関係があるような場合には使用者責任を問われる可能性がありますので注意が必要です。

②事業の執行についてなされたものであること

事業の執行に伴って損害を与えたことが条件となりますが、その範囲は本来の事業の範囲に限らず、客観的・外形的に使用者の支配領域下にあればよいとされています(外形標準説)。

③第三者に損害を加えたこと

第三者へ被用者が損害を加えたことが709条の不法行為の成立要件を満たすことが必要です。

④使用者に免責事由のないこと

使用者が相当な注意を払った等の免責事由についての立証責任は使用者側が負担します。

 

採用の自由

てんかんの患者については、仕事中に発作が起こった場合の支援体制や安全配慮義務について明確な基準を設けにくいことから、事業主にとってリスクが大きく、事前に分っていれば採用を回避したい気持ちが働くものと思われます。

では、採用段階で、就職希望者に対し既往歴について申告を求めることは許されるのでしょうか。

この点、既往歴の確認は就職差別にあたるとしてこれに否定的な産業医もいるようです。

しかしながら、企業には、経済活動の自由の一環として、その営業のために労働者を雇用する採用の自由が保障されているので、採否の判断の資料を得るために、応募者に対する調査を行う自由が保障されているといえます(三菱樹脂事件判決、後述)。

この点、金融公庫事件において、東京地裁平成15年6月20日判決も、労働契約は労働者に対し一定の労務提供を求めるものであるから、企業が、採用にあたり、労務提供を行い得る一定の身体的条件、能力を有するかを確認する目的で、応募者に対する健康診断を行うことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定できるというべきであると判断しています。

この判決の趣旨からすれば、てんかんの発作は重大な事故につながる危険性が高いので、予想される労務提供の内容に自動車やカートの運転が含まれるクラブバスの運転手やキャディとしての採用のような場合には、てんかん等の既往歴の調査や申告を求めることも許されるものと考えられます。

 

労働安全衛生法

使用者には、雇入れ時の健康診断や定期健康診断実施の義務が課せられており(労働安全衛生法66条、同規則43条、44条)、義務違反には罰則が規定されています。

健康診断の受診項目には「既往歴の調査」がありますが、医師がどの程度まで問診を行う義務があるのか、又は労働者がどの程度まで医師に自己申告しなければならないか、といった具体的基準や指針は定められておらず、「一般的に求められる労働能力に支障のある病気に罹患したことがあるか」という観点から、形式的に問診が行われているのが実状のようです。

また、労働安全衛生法違反は刑事責任を問うものですから、民事上の責任を免れることはできず、「健康診断による申告がなかった」、又は「既往歴の確認が適切に行われていなかった」ということをもって、使用者責任を免れることができると考えるのは危険です。

今回の事故をきっかけに、今後行政から既往歴確認に関する指針等が設けられる可能性はありますが、現状において、今回のような事故における使用者責任を回避・軽減するためには、従業員に対する既往歴の調査等が必要不可欠となるものと考えられます。

 

心身の故障を理由とする本採用の許否、健康診断受診命令

既往歴の調査の結果、心身の故障が判明した場合、①治癒しているかどうか、治癒していなければ治癒の予定、②債務の本旨に従った労務提供が今後継続的にできるか等を踏まえて、採用内定の取消、本採用の許否を判断することになります。

この点、いわゆる三菱樹脂事件において最高裁は、

㋐企業者は、契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない

㋑思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない

㋒企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、これに関連する事項についての申告を求めることも、法律上禁止された違法行為とすべき理由はないと判示しています(最高裁昭和48年12月12日判決)。

また、心身の故障を疑わせる従業員に対しては、健康診断の受診を命ずることができると考えられます。

この点、電電公社帯広局事件において最高裁は、就業規則に健康診断受診に関する規程がある場合には、健康診断受診命令に基づき受診を命じ、これに反した場合には懲戒処分も可能であると判断しました(最高裁昭和61年3月31日判決)。

また、京セラ事件において最高裁は、就業規則に規定がなくとも、労働者に何らかの故障のあることがある程度明確になっている場合には、健康診断の受診を命ずることができると判断しました(京セラ事件・最高裁昭和63年9月8日判決)。

 

プライバシーの保護との関係

一方、従業員のプライバシーの保護の観点から、調査事項や調査方法によっては応募者や在職者のプライバシーを侵害する可能性もあるので、使用者の調査の自由も全く無制約ということではありません。

近年、プライバシー権が重視されており、B型肝炎やHIVウイルスなどの労働能力と関連性の薄い疾病についての調査に関して否定的な立場をとる裁判例もありますので、注意が必要です(東京都警察学校事件・東京地裁平成15年5月28日判決、金融公庫事件・東京地裁平成15年6月20日判決)。

従業員のプライバシー保護に配慮し、労働能力との関連性に留意した上で既往歴の確認を行うことが必要でしょう。

なお、会社が実施する健康診断における労働者の健康・医療情報は、健康診断実施義務(労働安全衛生法66条)、健康診断結果通知義務(同法66条の6)が課せられていることから、会社帰属情報といえ、またそのアクセスにつき労働者から黙示の同意が得られていると言えます。

 

てんかんの持病が判明した場合

採用後にてんかんの持病があることが判明した場合、職種変更・職場変更は使用者の労務管理・人事権に基づいて行うことができます。

さらに、てんかんの持病があることを隠して就職したことは重大な経歴等の詐称に該当し、ほかに配置転換ができないと客観的に判断される場合は、懲戒解雇の事由に該当する可能性が高いと考えられます。

ゴルフ場においても、クラブバスの運転手やキャディにてんかんの持病が判明した場合、同様の業務に使用し続けることは絶対に避けなければなりません。

なお、今回のような不幸な事故を招かないためには、本人の申告による情報収集だけに頼るのではなく、使用者や上司による従業員の日常観察が重要と考えます。

このような問題が起こる前にはその予兆として「遅刻しがちになる」「定期的に休暇を取得するようになった」等の異変が潜んでいると言われます。

従業員に心身の故障が疑われる場合には、日頃から観察するとともに、その状況、経過、対応等につき詳細な記録を残していくことが大切でしょう。

「ゴルフ場セミナー」2013年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「受動喫煙防止」

2010年4月1日より、神奈川県では「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行されています。この条例は、違反に対する罰則付きの条例として話題になりました。

ゴルファーにも愛煙家が多いと思いますが、今回は、受動喫煙防止に関する法律問題について説明したいと思います。

 

受動喫煙の害

愛煙家の中には、喫煙と肺癌の因果関係は立証されていないなどと強弁する人もいるようです。喫煙が自身の健康に無害であると信じることや、喫煙による各種癌や心臓血管系の疾病等への罹患リスク増加を知った上で甘受することは喫煙者の自由です。人には自己責任で体に悪いことをする自由も認められています。

しかし、問題は受動喫煙です。一般的にはタバコは身体に対して有害であると認められているうえ、喫煙者本人の害よりも、周囲の人間の受動喫煙の方がより有害であるという研究結果もあります。

ある医師の報告によれば、タバコの煙にはタール、ニコチン、一酸化炭素など、200種類以上の有害物質が含まれているそうです。中でも、タールは発癌性物質や発癌促進物質、毒性物質を含み、一酸化炭素には動脈硬化を促進させる作用があるそうです。煙に含まれる発癌物質が体に吸収されると、臓器に蓄積され、肺癌、膀胱癌、肝臓癌、子宮頸癌や、慢性気管支炎、肺気腫、心筋梗塞、胃潰瘍、クモ膜下出欠、歯周病や不妊などを引き起こす原因になるそうです。

小児の受動喫煙による喘息や下気道疾患などの呼吸器感染症等の発症率を非喫煙者の子供と比較すると、2~5割も高く、また、喫煙者と30年以上同居している人は、喫煙者と同居したことがない人と比べて認知証の発症率が約30%も高いというデータもあるようです。

周囲の人間に対する迷惑は、単にマナーの問題にとどまらないのです。

ちなみに、この医師によれば、タバコによって解消されるのは「タバコを吸いたい」という欲求から生まれるストレスだけで、それ以外のストレスは全く軽減されないのだそうです。

 

受動喫煙防止に向けた取り組み

平成15年5月1日施行の健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法第25条)。ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っています。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」にすぎませんでした。

健康増進法制定と前後して、たばこによる害の広がりは、公衆の健康に深刻な影響を及ぼす問題であることが世界的に認識されるようになり、平成16年3月9日には、我が国も「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(たばこ規制枠組条約)に署名し、同条約は平成17年2月27日に発効しました。

平成19年6月から7月にかけて、同条約の第2回締約国会合(COP2)が開かれ、日本も、同条約発効後5年以内、すなわち平成22年2月までに、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。

この際に定められたガイドラインでは、「完全禁煙以外の措置は不完全だ」「全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきだ」「たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきだ」と定められていますが、「法的拘束力はない」とされています。

ガイドラインに定められた期限ぎりぎりの平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。

そこでは、「今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性として、多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべきである。…(中略)…特に、屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である。」とされています。

 

神奈川県の条例

現在、受動喫煙防止に関して最も法的規制が進んでいるのは神奈川県です。

神奈川県では、昨年3月に、冒頭に述べた条例を定め、本年4月1日から施行されています。この条例は、官公庁やスポーツ施設等(第1種施設)を全て禁煙としています。ただし、これらの施設でも、喫煙所を設けることはできます。また、飲食店やホテル等(第2種施設)では禁煙だけでなく分煙も選択できますし、小規模な飲食店や宿泊施設等については、後述の罰則規定の適用はなく、この条例による規制はすべて「努力義務」とされます。

ここで、「禁煙」と「分煙」の違いについて説明しておきます。

一般的には、ある施設の中で全面的に喫煙が禁止されるのが「禁煙」、部分的に喫煙が禁止され、禁止部分に全く煙が流れ込まないような仕組みになっているのが「分煙」と言われます。ただし「禁煙」であっても、専ら喫煙のためだけに使用する「喫煙所」を設けることは許されることが多いでしょう。(屋内に専用喫煙室を設けただけでは「分煙」にとどまるとする県もあります。)

例えば、あるレストランで、喫煙所以外では一切喫煙できないというのであれば「禁煙」ですが、喫煙と禁煙の部屋を完全に分けて、禁煙の部屋に全く煙が流れ込まないように設備を整えたとしても、テーブルで喫煙できるのであれば、それは「分煙」にとどまる、ということです。

条例制定を受け、一部のファストフード店やファミリーレストランでは、神奈川県内の全店舗を禁煙化するとのことです。これに対し、居酒屋等では、禁煙としてしまうと、特に宴会等大人数で利用する場合の客足が遠のくとして、禁煙には慎重な姿勢を見せているようです。

神奈川県の条例の画期的な点は、施設管理者が禁煙措置を講じない場合等、知事は施設管理者に指導、勧告、命令ができ、命令に従わない場合には5万円以下の過料に処することとして、罰則をもって受動喫煙防止措置を義務付けた点です。

地方自治法14条3項を根拠として、地方公共団体は条例に2年以下の懲役等の罰則を定めることができますが、そもそも、国の法律で罰則が定められていないのに、都道府県レベルの条例で罰則を定めて良いのか、という問題があります。

これは結局法律の趣旨(法律に定めた趣旨、あるいは法律に定めない趣旨)の解釈の問題です。国が、その行為を一律に処罰しない趣旨で罰則を定めないのであれば、条例で罰則を定めることはできません(教科書で引用される例としては刑法改正による姦通罪の廃止等が挙げられます)。逆に、地域の実情に応じて罰則を定めても良いという趣旨であれば、条例で罰則を定めることもできます。

受動喫煙防止については、国レベルの法制度の整備が遅れているだけであって、条例で罰則を定めることを禁じるものではなく、むしろたばこ規制枠組条約のガイドラインの趣旨に照らせば、罰則を設けることが望ましいとすらいえるでしょう。

本年3月の報道によれば、知事選と重なった石川を除く46知事に対するアンケートの結果、静岡、京都、奈良、兵庫、和歌山、鳥取、鹿児島の7知事が、受動喫煙防止を目的にした独自の条例制定を検討中とのことで、京都及び奈良は、罰則の必要性も今後検討するとのことです。また、18知事が、国が罰則付きの法規制をすべきだと考えているのに対し、10知事が、国の罰則付きの法規制に反対しているそうです。

 

ゴルフ場における取組み

今後、世の中はますます禁煙の方向に進むものと思われます。ゴルフ場は、スポーツ施設ですから、特に禁煙化が強く求められるようになりますが、どのように禁煙化を進めるべきでしょうか。

クラブハウスの中をくわえタバコで歩き回るのは論外ですが、非喫煙者も利用する食堂や風呂場、トイレで喫煙をすることも受動喫煙につながりますので、法の趣旨からは認めるべきではありません。

コンペルームを原則禁煙、一部だけ喫煙可とすることは、喫煙者に配慮した穏当な方法のようにも思われますが、これではせいぜい「分煙」にとどまります。通常であれば、コンペ参加者の中に非喫煙者もいるでしょうから、受動喫煙防止という観点からは全く不十分です。

どうしても喫煙スペースを設けたいのであれば、専用の「喫煙室」を設置することが本来的な方法ですが、費用もスペースもない、という場合も多いでしょう。

そうなると、屋外に喫煙場所を設けるしかないということになります。しかし、屋外であっても受動喫煙の可能性はあります。また、ジュニアの育成が叫ばれている今、屋外においても、子供が来る可能性がある場所で喫煙をするべきではありません。日本ゴルフ協会や関東ゴルフ連盟もジュニア委員会を設け、ジュニアゴルファーの育成に力を入れています。前述した厚生労働省局長通知の「屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である」という指摘も忘れてはなりません。

ティーインググラウンド付近に灰皿を設置し、待ち時間に喫煙することは許されるかもしれません。ただし受動喫煙に対する配慮をしなければならないのは当然です。しかし、フェアウェーやグリーンでは、火災防止の観点やマナーの観点から、全面禁煙とすべきでしょう。コース売店でも、受動喫煙の害が大きいため禁煙とすべきでしょう。

当面、神奈川県以外の県では条例で罰則が定められていませんが、いずれ罰則付き条例が多数派になるのは目に見えています。神奈川県のゴルフ場は勿論のこと、他県のゴルフ場も早急にこれらの措置を講ずべきなのは言うまでもありません。

 

従業員への安全配慮義務

ゴルフ場において受動喫煙を防止するというのは、何もゴルフ場を訪れたプレイヤーのためだけではありません。従業員との関係においても、受動喫煙の防止は重要な課題です。

使用者は、事業遂行に用いる物的施設及び人的施設の管理を十全に行うなど、従業員の職場における安全と健康を確保するため、十分な配慮をしなければなりません。これを安全配慮義務といいます。

勿論、使用者としても、従業員の安全や健康そのものを保障できるわけではなく、結果責任を問うことは妥当ではありませんが、受動喫煙の害について広く認識されるに至った今日において、職場における受動喫煙を防止する措置を講じることは、使用者が負うべき安全配慮義務から導かれる要請です。

もっとも、工場設備の管理に明らかな不備があって事故が起こり、従業員が怪我をしたというような場合と異なり、受動喫煙と従業員の健康被害との間に相当因果関係があることを立証することは、実際問題としては非常に困難であると思われます。

しかし、訴訟等になった場合の立証が困難であるからといって、使用者が、従業員の安全と健康に配慮しなくてよいということにはならないのは当然のことです。

「ゴルフ場セミナー」2010年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「従業員への懲戒処分」

ゴルフ場といえども、人間の集う場所ゆえ、さまざまな不祥事が発生します。

例えば、メンバーがキャディさんに痴漢行為を行った場合、民事上・刑事上の責任を負わなければならないのに加え、除名、来場停止、戒告など、倶楽部メンバーとしての制裁も受けなければならないのは当然です。

また、従業員が不祥事を起こすことも多々あります。平成17年1月、ゴルフ場を舞台にした貴重品ロッカー内の貴重品盗難事件では、スキミングという手法が世間を驚かせましたが、ゴルフに関わる人々にとっては、ゴルフ場支配人が共犯として逮捕されたことも非常に衝撃的でした。

ゴルフ場を訪れたお客さんは、安心して貴重品を預けていたのに、一たびこのような事件が発生すると、そのゴルフ場の信用は丸潰れです。

会社としてはそのような従業員を当然クビにできないと困るわけですが、一歩方法を誤ると、解雇ができなくなってしまうこともあり、注意が必要です。

メンバーへの懲戒処分についても様々な問題がありますので、後の機会に述べたいと思いますが、今回は、従業員に対する懲戒処分について説明したいと思います。

 

懲戒処分の際のルール

労働者が秩序違反を犯した場合に、使用者がその違反を是正するために行うのが懲戒処分です。

懲戒処分にもさまざまな種類があります。反省を求め、将来を戒める「譴責・戒告」、賃金を減らす「減給」、出勤させず賃金も支払わない「出勤停止」、下位の資格や役職に下げる「降格・降職」、退職願を提出させて解雇する「諭旨解雇」等がありますが、最も重いのは、労働者を即時解雇とする「懲戒解雇」です。

懲戒処分は、労働者に対するペナルティーですから、一定のルールに従って行う必要があります。

懲戒処分が有効となるためには、実体的な条件と、手続的な条件の双方を満たす必要があるのです。

まずは、実体的な条件ですが、懲戒処分の内容が、労働者の違反行為に見合ったものでなければなりません。些細な違反行為に対して重いペナルティーを科すことは許されないのです。

次に、手続的な条件ですが、懲戒処分を行うには、告知聴聞の機会を与えるなど、適正な手続き(デュープロセス)による必要があります。

まず、どのような場合にどのような処分をするのか、あらかじめ就業規則等に定めておく必要があります。事後的に定めた規定を根拠に懲戒処分をすることは許されませんし、同一の行為に対して再度懲戒処分をすることも許されません。

また、懲戒は、公平・平等に行われなければなりません。過去に行われた同種の事案に対する取扱いとの均衡を欠く懲戒も無効とされるおそれがあります。従来黙認してきた行為に対して処分を行おうとする場合には、事前に十分に警告を行って周知させる必要があります。

そして、労働者に対し、懲戒の理由を書面で通知し、弁明の機会を与え、懲罰委員会で討議した上で最終的な処分を決定するなど、公平で慎重な手続きをとることが重要です。

懲戒処分にあたって、これらの実体的・手続的な条件を満たす必要があることは判例でも認められており、平成20年3月から施行されている労働契約法15条でも、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定められています。

 

懲戒解雇の注意点

懲戒処分の中でも、懲戒解雇はいわば労働者に対する極刑です。そのため、懲戒解雇は実体的にも手続的にも、特に慎重に行う必要があります。

実体的・手続的に懲戒解雇が相当であるとしても、解雇予告手当や退職金の支払いはまた別の問題です。

懲戒解雇をした場合であっても、原則として30日分の解雇予告手当の支払いが必要となります。しかし、労働者に重大な規律違反や背信行為があるなど「労働者の責に帰すべき事由」がある場合には、労働基準監督署長の認定を受けて解雇予告手当を支払わないことができます。

退職金も、懲戒解雇だから支払わなくてよい、というものではありません。労働者のそれまでの勤続の功績を台無しにしてしまうほどの行為があって初めて退職金の一部または全部の不支給が許されるのです。

懲戒解雇の場合には退職金を支払わないというルールは、事前に定めておくことが必要です。

ルールを定める際、「懲戒解雇の場合には退職金を支払わない」と定めている例を多く見かけます。

しかし、労働者には退職の自由が認められており、退職の意思表示をしてから2週間で退職の効果が生じます。懲戒解雇されそうになった労働者がすぐに退職届を出し、2週間経過すると基本的には退職を認めざるを得ません。この場合、形式的には懲戒解雇ではなく自主退職ですから、退職金不支給規定に該当せず、会社はその労働者に対して退職金を支払わなければならなくなってしまいますが、この結論の不当性は明らかです。

これに対処する方法としては、就業規則を「懲戒解雇事由があるときは退職金を支払わない」とすることによって、この種の不都合さを回避することが可能になります。

また、事後的に懲戒解雇事由が判明することもあります。そのような場合に備え、「退職後に懲戒解雇事由があることが判明した場合、労働者は受け取った退職金を返還する義務を負う」という趣旨の規定を設けておくことが望ましいでしょう。

 

Sカントリー倶楽部事件(東京地裁平成14年11月11日判決、同平成15年3月10日判決、同平成15年3月14日判決)

Sカントリー倶楽部では、昭和62年ころ、負債が増え、資金繰りが苦しくなったことから、収支の改善を図るため、当時の常務取締役兼支配人A氏の発案で、9ホール増設して27ホールへ拡大することを計画しました。

この計画を実行するためには、地権者との交渉や、許認可を得るための県や市町村との交渉、資金繰りのための金融機関との交渉が必要でしたが、これらの交渉は、接待等のために、多額の経費を要するものでした。

そこで、オーナーである会長の指示のもと、この計画を実行するために必要な接待交際費、地元対策費等の経費を、従業員給与名目や仮払金名目の支払いをさせ、またクレジットカードを使用させることで捻出することとしました。

これらの経費は、その使途の機密性から、仮払金として経理処理を行い、また、個別具体的な使途については、本社に特段の報告を要しないものとされていました。

ところが、父であるオーナーの健康問題を契機に経営を引き継いだ新オーナーは、これらの経理処理について詳細を知らされておらず、決算報告書の内容を見て不審に思い、調査を行いましたが、明確な回答が得られませんでした。

新オーナーは、この不透明な経理に関与したA氏、経理担当取締役B氏及び副支配人C氏に辞職を迫り、A・B両取締役は辞任、C氏は懲戒解雇となりました。

会社が3人に対して退職金を支払わなかったため、退職金の支払いを求めたのがこの事件です。

B取締役は従業員として勤務していた期間が短かったため、退職金の請求は認められませんでしたが、残りの2人については、会社都合退職の際の退職金の請求が認められました。

不透明な経理自体は事実であったものの、ワンマン経営をしていたオーナーの指示による計画の実行に伴うものであり、不正経理とまではいえない、と判断されたのです。

また、この事件では、不正経理を認める書面も作成されていたのですが、判決文では、新オーナーが3名に対して適切な弁解の機会を与えていないことについても言及されています。

すなわち、新オーナーは午後1時ころ3名を本社に呼び出し、事情説明を求めましたが、明確な回答がなかったため、興奮して怒号し、机を叩いたり灰皿を投げつけたりするほか、A・B両取締役を土下座させ、食事もとらせず翌朝午前6時まで詰問を続け、午前7時ころ、不正経理をしたと自認する内容の書面に十分な確認もさせないまま署名押印をさせたのです。

このような方法で不正を認めさせても、その自白は真意に基づくものではないものとして、不正行為があったことの証拠にはできないのです。

 

Kカントリークラブ事件(福岡地裁小倉支部昭和59年7月13日判決)

このゴルフ場に勤務するあるキャディDさんには問題行動が多く見られました。

Dさんは、無断遅刻・無断欠勤が多く、支配人や副支配人をあだ名で呼び、言葉遣いや所作が粗雑で、他のキャディと協調性を欠いていました。また、労働組合が発行するニュースに職制を揶揄中傷する漫画や記事を掲載しました。

また、梅雨の時期に、芝を傷めないため、フェアウェイの一部についてカートを引いて通行することが厳禁されていたにもかかわらず、Dさんはこの指示に反しました。

さらにDさんは、会社で別のキャディと口論になり、その女性に対し威迫的言動に及びました。会社の電話を、会社の許可なく、労働組合との連絡用に頻繁に使用していました。

Dさんは、労働組合の闘争ニュースを配布し、ステッカーを貼付したのですが、会社やゴルフ場のみならず、会社の代表者や支配人等管理職の自宅周辺、駅付近の見やすい電柱等にまでステッカーを多数枚貼付しており、管理職個人やその家族の私的生活の平穏をいたずらに脅かしていました。

会社は3度の警告、厳重注意、譴責処分を経て最終的にはDさんを解雇しました(解雇の形式は懲戒解雇ではなく予告解雇でした)。

ところが、裁判所は、Dさんの行為については、「懲戒事由に該当する事実がない訳ではなく、その情状についても…悪質なものがあることを容易に窺うことができるのであるが、同時に、債務者(=会社)の労務政策宜しきを得れば、企業秩序紊乱の問題に至るまでもなく解決できる些細な事柄も多いことが認められる」として、解雇が無効であると判断しました。

裁判所は、会社がDさんを解雇したのは、「労働組合に対する過分な嫌悪感に根ざすもの」とし、「経営者としては具体的事情に応じて臨機応変に且つ原則的には順序を追って適正な対応を講ずるべきである。」と判示しました。

Dさんの行為を全体としてみれば、解雇事由に該当するように思われますが、一方で、労組法は、労働組合員であることを理由に解雇をすることを不当労働行為の一種として禁じています(労組法7条1号)。裁判所はDさんの解雇につき会社側に組合嫌悪の不当労働行為意思が支配的動機としてあり、そのため解雇権濫用にあたると判断したものと考えられます。解雇をする場合には、組合嫌悪の意思が存すると判断されないよう細心の注意を払うことが重要です。

「ゴルフ場セミナー」5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「派遣切り」

一昨年に放映された「ハケンの品格」という人気ドラマでスーパー派遣社員が大活躍し、「派遣」という働き方が脚光を浴びた時期もありました。しかし、最近の経済情勢の急速な悪化により、今では「派遣切り」が深刻な社会問題となっています。

ゴルフ場業界においても派遣が一般化しており、ゴルフ場も「派遣切り」と無縁ではいられません。

「派遣切り」に関する議論の中には「派遣切りはけしからん」として、派遣先の会社に非難の矛先が向くこともあるようです。

しかし、「派遣切り」は派遣先による解雇ではありません。派遣元と派遣先との間の派遣契約によって定められた期間が満了し、あるいは契約が解除されたことによって派遣は終了しますが、労働者と派遣元との雇用関係に直接の影響はありません。

日本では、後述するように解雇が厳しく制限されており、正社員だけでは要員の波動に機動的な対応ができません。

派遣は、極論すれば、人員削減が必要な時に備えて設計された制度であり、実際上「雇用の調整弁」として機能し、自由経済のメカニズムの中で非常に重要な役割を果たしているのです。

各企業は、いつでも雇用を調整できる代わりに、高い単価を支払って派遣を受けています。「派遣切り」という言葉を用いて、まるで派遣先に責任があるかのようなイメージを植え付けてしまうマスコミの言葉遣いには疑問もあります。

ゴルフ場における派遣の典型例はキャディーの派遣です。季節や予約の入り方に応じてキャディーの人数を調節できるため、ゴルフ場にとっては大変便利な仕組みです。

最近は大不況により接待ゴルフが激減し、キャディー付きのプレーもニーズが低下しています。このようにキャディーの人手が余ってしまう場合でも、派遣キャディーであれば、派遣を終了させれば良いだけです。

しかし、会社所属のキャディーの場合、労働力に余剰が生じたときの対応は容易ではありません。仕事もないのにただ待機させるのでは会社としては大変非効率ですし、そうかといって毎日除草作業をさせるわけにもいきません。

このような場合、会社はキャディーを整理解雇することが考えられます。また、短期の雇用契約に切り替えておき、キャディーが不要になった場合にはその後契約の更新をしないという方策も考えられます。

そこで今回は、解雇・雇止めについて説明したいと思います。

 

解 雇

民法上、期間の定めのない雇用契約については、労働者には辞職の自由が、使用者には解雇の自由が認められています。

しかし、立場の弱い労働者を保護するため、労働基準法は産前産後や業務災害の場合の解雇を制限し、解雇予告が30日前までになされなかった場合の予告手当支払義務を定めています。

また、使用者の解雇権の行使が客観的合理的理由を欠く場合には解雇権を濫用したものとして解雇は無効となります(労基法18条の2)。

そして、経営上の必要性に基づく整理解雇の場合には、その客観的合理性については、以下の4要素を総合考慮して判断するものとされています。

①経営不振・不況などにより、人員削減が必要であると認められるか(人員削減の必要性)

②配転や希望退職者の募集をするなどして整理解雇回避のために真摯な努力をしたか(手段として整理解雇を選択することの必要性)

③客観的合理的基準を設定しそれを公正に適用して解雇対象者を選定したか(被解雇者選定の妥当性)

④労働組合や労働者に対し、整理解雇の必要性と時期・規模・方法について納得を得るために説明を行い、それらの者と誠実に協議をしたか(手続きの妥当性)

ゴルフ場で整理解雇を行う場合にも、これらの4要素を念頭に置いて実施する必要があります。

 

Yカンツリー倶楽部事件(津地裁四日市支部昭和60年5月24日判決・労民36巻3号336頁)

ゴルフ場経営会社の行ったキャディー全員の整理解雇に経営上の必要性があるか否かが争われた事例があります。

このゴルフ場では、年会費や名義書換料は会社ではなく倶楽部の収入とされていました。

会社自体は赤字であり、会社は経営危機を理由として雇用するキャディー全員を解雇しました。

ところが、裁判所の認定によれば、会社と倶楽部は一応別個の団体ではあるものの、倶楽部の収入金をその必要に応じて会社の経営資金にあてるなどしており、実質的には、会社と倶楽部は一体であり、会社は大幅な黒字であって経営危機になく、キャディーの解雇には経営上の必要性がありませんでした。

また、会社取締役と倶楽部理事で構成される合同役員会の席上突然キャディー制度廃止案が提案されたのですが、会社は、十分な調査や検討も行わないまま臨時会員総会に諮って短絡的にキャディー制度を廃止し、労働組合に対して一方的に全キャディーの解雇を通知したのです。

このような具体的事情のもとでは、整理解雇の4要素はいずれも満たされていません。裁判所が整理解雇を無効としたのは当然の結論であったと思われます。

 

雇止め

期間の定めのある雇用契約の期間満了をもって雇用契約を終了させ、それ以降契約を更新しないことを雇止めといいます。

期間の定めのある雇用契約の期間が満了すれば、雇用契約は当然に終了するのが民法上の原則ですが、その後も労働者が労働を続け、使用者が異議を述べない場合は黙示の更新があったものと推定されます。

黙示の更新がなされると、期間の定めのない契約に変わるという考え方と、従前と同じ期間の契約として更新されるという考え方があります。

ところで、短期の雇用契約であっても、反復継続してその契約が更新された場合、その更新が明示・黙示のいずれによるものであっても、労働者がその後の雇用継続に期待を抱くことがあります。

判例によれば、このような場合の雇止めについては、解雇権濫用法理が類推適用されます。

すなわち、期間満了に伴う雇用契約を終了させるためには、客観的合理的な理由のある更新拒絶の意思表示をする必要があり、もし客観的合理的な理由のある更新拒絶の意思表示がなされない場合には、雇止めは認められず、雇用契約が自動更新されるのです。

ゴルフ場で雇止めを行う場合も、労働者との間の契約が反復継続して更新され、労働者が継続雇用の期待を有していると認められる場合には解雇権濫用法理が類推適用されます。

そこで、使用者が後日の雇止めができなくなることを避けるために、契約時に継続雇用の期待を生じさせないよう言動に注意する必要があります。また、契約期間満了時に更新をするにあたっても、単に形式的な手続きにとどめることなく、十分に契約内容を納得させた上で雇用契約を更新する必要があります。さらに、処遇の面でも継続雇用を前提としないよう注意する必要があります。たとえば、任命した役職の任期が雇用期間満了後まで続くことが予定されている場合、労働者が雇用継続を期待してもやむを得ない一事情ということができます。

なお、契約更新の際に「今回限り」との特約が付されることがあります。使用者と労働者との間で真にそのような合意が成立したと認められれば、その特約は有効です。しかし、労働者側で契約更新を期待するような事情がある場合、合意は真意に基づくものではなく、特約は無効とされる恐れがあります。

また、業務委託契約の更新拒否については、解雇権濫用法理が類推適用されることはないのが原則です。しかし、業務委託とは名ばかりで、受託者が、業務を断る自由もなく、委託者から具体的な指揮命令を受けているような場合には、形式的には業務委託契約であっても、実質的には雇用契約であると判断され、業務委託契約の更新拒否にあたり、解雇権濫用法理が適用される可能性もあります。

 

H国際カンツリー倶楽部事件(横浜地裁平成9年6月27日決定・労判721号30頁)

Aさんはパートキャディとして会社に勤務していました。当初の5年間は期間の定めがなかったのですが、途中から期間を1年とする雇用契約となりました。

就職から7年9か月後、会社は①上司のキャディーマスターや会社を批判するなどの越権行為がある、②自己の考えを強く主張して強調性に乏しく専断行為がある、③不当な文書を配布したというビラ配布行為がある等として、Aさんを雇止めにしました。

裁判所は、Aさんの雇用契約が反復して更新されたため、従前の期間の定めのない雇用契約が継続するのと実質的に異ならない状態となっている等の理由で、Aさんが期間満了後も雇用を継続すべきものと期待することに合理的理由があるものと認めました。

Aさんの雇用契約の更新を拒絶することは、実質上には解雇と同視されるので、解雇が許される場合と同等の事由の存在が必要です。

裁判所は、①そもそも会社が主張するような批判行為をAさんがしたとは認められないが、仮に認められたとしてもやむを得ない行為である、②具体的にどのような専断行為をAさんがしたのか明らかにされていない、③Aさんが配布した文書は業務執行のための補助文書であってビラではなく、その他会社が主張するようなAさんのビラ配布は認められない等の理由で、会社による雇止めは解雇権の濫用であり無効であると判断しました。

 

K高原事件(大阪地裁平成9年6月20日判決・労判740号54頁)

B氏は会社が経理するゴルフ場に臨時作業員として入社しましたが、プロテスト合格を機に、正社員となり、所属プロとして勤務していましたが、B氏は、プロゴルファーとして競技会に参加する必要があったことや他の練習場でレッスンをしていたことなどから、その労働実態は、就業規則の規定や他の正社員の労働状況とはかけ離れたものになっていました。

そこで会社は、B氏との契約を期間1年とする嘱託契約に切り替え、以降4年間、更新をしないまま嘱託契約が続いていました。

その後会社は、①B氏は社外レッスンについて会社の承認を得ておらず、レッスンのため出勤日数も少ない、②タイムカードの打刻を怠るようになった、③プロゴルファーとしての実績に見るべきものがない、④B氏所有の自家用車のガソリン代が未清算である等として、B氏を雇止めにしました。

ところが裁判所は、B氏と会社の間の嘱託契約は黙示の更新がなされ期間の定めのないものに転化していると認定した上で、①B氏の社外レッスンは会社も認めていた、②B氏の場合、出退社時間はさほど重要でない、③B氏の給与に競技会での活躍を通じた貢献に対する報酬が含まれているとは言い切れない、④B氏は、ガソリン代清算に関する経理処理に関与していない等の理由から、会社がB氏を解雇したことは解雇権の濫用であって無効であると判断しました。

「ゴルフ場セミナー」2009年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎