熊谷信太郎の「消費者裁判手続特例法②」

会員権の市場価格が低迷している現在、預託金額面と相場との乖離の増大が固定化し、依然として多くのゴルフ場が、事業を継続し会員のプレー権を保障しながら預託金の償還問題を解決する方法を模索しています。本誌平成27年7月号で特集した「抽選弁済」(毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式)も一つの有効な方法です。

一方、ゴルフ会員権を預託金額面より安い価格で譲り受け、業としてゴルフ場に対して預託金返還請求を行い、差額を利得するという、いわゆる預託金償還ビジネスも横行しています。

このような状況下で、今年10月、悪徳商法の被害者に代わって特定の消費者団体が損害賠償請求を起こすことのできる「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続きの特例に関する法律」(以下「法」)が施行されました。

消費者庁のガイドラインによると、本制度の対象となるものの典型例として、ゴルフ会員権の預り金の返還請求に関する事案が挙げられており、本法案が国会に提出された平成25年4月当時には、一部の新聞等でも報道され、ゴルフ業界でも話題となりました。

これまで、ゴルフ場経営会社の中には、預託金の額面が低い場合には、訴訟費用とのバランスで裁判を起こされることはないだろうという見通しから、この問題を先送りしていたというところもあるかと思います。

しかしながら今後は、既存のゴルフ場であっても、新たに会員を募集し会員契約を締結する場合には本制度の対象となり、本制度を利用した預託金返還請求訴訟が起こり得ますので注意が必要です。

なお、本制度は施行後の消費者契約が対象となりますので、ゴルフ場経営会社が施行前に負担している預託金返還債務について本制度による訴訟提起を受けることはありません。

しかしながら、近年ゴルフ場の新規募集も増えており、その際には注意が必要です。ゴルフ特信の調査によると、本年度の3大都市圏の新規募集は239コース(本年4月30日現在)、前年比で26コース増加となっています。

一方、近年も少数ながらゴルフ場の新規開場もみられます。ゴルフ場を新規に開設する場合、ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律(いわゆる適正化法)の規定を遵守する必要があるわけですが(本誌平成28年5月号参照)、今後は本制度による集団訴訟の危険性も考えて、会員募集をする必要があります。

本制度については以前本誌でも取り上げていますが(平成25年8月号)、施行を受けて、再度検討します。

 

制度の概要

この制度では、消費者と事業者との間で締結される契約(消費者契約)に関し、事業者に対して一定の金銭の支払請求権が生ずる事案を対象としています。例えば、英語学校の受講契約を解約したので既払いの授業料の返還を請求する場合や購入したマンションが耐震基準を満たしていないので、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求する場合等がこれにあたります。

消費者が利用しやすいものとするため、2段階の制度設計となっています。被害を受けた消費者が自ら主体となって訴訟手続きを申し立てるのではなく、その消費者に代わって、国が認定した特定適格消費者団体(以下「団体」)が事業者に被害回復の訴訟を提起できるようにしました。まずは団体が訴訟を行い、判決或いは和解により一定の金額を受け取れる方向になった段階で、消費者は団体に授権することにより手続に参加するわけです。

さらに団体が消費者からの授権を受けることなく、事業者の財産への仮差押命令の申立てをすることができますので、事業者には無視できない制度です。

 

対象となる事案

この制度は、その対象を「消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害」(法1条)とし、「事業者が消費者に対して負う金銭の支払義務」であって、消費者契約に関する次の①から④に掲げる一定の請求に限定しており、事業者側の利益にも配慮しています(法3条1号~5号)。

①契約上の債務の履行の請求(1号)

事業を営んでいる者が事業目的ではない個人と結んだ契約は、ほとんど全て「消費者契約」に該当することとなります。ゴルフ場経営会社と会員との間の会員契約も当然対象となり、会員契約の不履行に基づく訴訟が起こり得ます(但し、消費者は個人に限られていますので、法人会員の場合には本制度の対象とはなりません)。

消費者庁のガイドラインにもあるように、ゴルフ会員権の預託金の返還の共通義務を確認するケースがその典型例でしょう。

また、ゴルフ場が閉鎖した場合、年会費の返還請求やプレー権侵害による損害賠償請求(損害の客観的評価は困難ですが)等も問題となります。この場合、年会費の金額に比べて訴訟費用がかさむということで、会員個人が単独で裁判を起こすことは一般に困難だと思われますが、本制度により責任追及が比較的容易になります。具体的には、㋐閉鎖の場合に年会費を返還するような規定があればその履行請求(1号)、㋑そのような規定がない場合には不当利得返還請求(2号)、㋒閉鎖に違法性が認められるような場合には不法行為に基づく損害賠償請求(5号)が考えられます。

②不当利得に係る請求(2号)

これまでにも、英会話学校の中途解約料等について、不当に高額な解約料を定めたものと認定され、当該解約料の返還義務を認めた裁判例も複数存在します。

このような現状からすると、本制度により、低額なキャンセル料等を規定する約款等も無効となり、当該金額を返金するようにとして本制度が活用されることが見込まれます。ゴルフ場の会則等においても、無効とされるような規定が含まれていないか、問題点の洗い出しを行っておくことが必要となるでしょう。

③契約上の債務の不履行による損害賠償の請求(3号)・瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求(4号)

多数の消費者が購入した製品等について、同一の不具合が存するような場合です。但し、その製品の不具合により、人の生命や身体、財産に損害が生じた場合(いわゆる拡大損害)は対象外です。

もっとも、ゴルフ場の売店で同一の不具合のある製品を多数の会員に販売するというようなケースは想定しにくいので、問題となることは少ないでしょう。

④不法行為に基づく民法の規定による損害賠償の請求(5号)

一般的に不法行為に基づく損害賠償請求と聞くと、慰謝料が問題となる事例が思い浮かぶと思いますが、本制度においては、精神的損害に対する賠償はその対象となりません。

 

第1段階(共通義務確認訴訟)

以上のような請求であって、①多数性(一般的な事案では、数十人程度)②共通性(事実関係や法的根拠が共通であること)③支配性(第2段階の簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であるとはいえないこと)等、本制度における他の訴訟要件を満たす場合であれば、対象となり得ると考えられます。

第1段階では、内閣総理大臣の認定を受けた「特定適格消費者団体」という団体が消費者を代表して原告となり、訴訟を追行します。

「特定適格消費者団体」とは、被害回復裁判手続を追行するのに必要な資格を有する法人である適格消費者団体(消費者契約法12条)のうち、内閣総理大臣による特定認定を受けた団体です(法2条10号、65条)。本稿執筆現在、「特定非営利活動法人 消費者機構日本(東京都千代田区)」が、「特定適格消費者団体」の認定を消費者庁に申請しています。

第1段階の手続きは、「共通義務確認訴訟」と呼ばれ、対象消費者の全体に共通する争点(共通義務=事業者の消費者に対する金銭支払義務)の確認が求められます 。共通義務確認訴訟で原告である団体が勝訴するなどして被告事業者の共通義務の存在が確認されると、第2段階の手続に進みます。

 

第2段階(簡易確定手続)

第2段階の手続きは、「簡易確定手続」と呼ばれ、第1段階での団体の勝訴を前提として、団体が対象消費者を募り、事業者から損害賠償金を回収し、これを集まってきた消費者に分配するというものです。第1段階で勝訴が確定してから、第2段階で消費者が参加するため、消費者に敗訴リスクがない点が特徴です。

ゴルフ場経営会社への預託金返還請求権を例に手続きの概略をみると以下のとおりです。

第一段階の判断が出た後、原告の申立てを受けて、裁判所が「簡易確定手続開始決定」をします。当該ゴルフ場は、原告である団体に対して会員名簿を提出しなければなりません。団体は、その名簿をもとに、預託金会員に対して、メールや手紙で手続参加を促します。

手続きに参加することを希望する個々の会員は、団体に対して授権(委任)をし、団体が、個々の会員に代わって、債権届出を行います。裁判所は債権届出を受付け、ゴルフ場側で当該預託金を認めるかどうかの認否を行います。

なお、この段階で手続参加を希望しなかった会員にはこの判決の効力は及びませんので、返還を請求する場合は個人として改めて訴訟提起しなければなりません。

ゴルフ場側が債権認否において届出債権を認めない場合には、裁判所が簡易な手続により対象債権の内容を確定し、これに争いがある場合には最終的には個別の訴訟で解決することになります。

 

預託金返還請求訴訟

ご承知のとおり、預託金返還請求訴訟において、裁判所はゴルフ場側の預託金返還を拒む様々な構成の法的主張(例えば延長決議等)について、これを認容する可能性は非常に低いのが現実です。そのため、仮に特定適格消費者団体から訴訟提起をされると、第一段階において会員がゴルフ場に対して預託金返還請求権を有するとの抽象的な判断がなされ、さらに第二段階の債権確定手続においても、個々の返還請求権を認めざるを得ないという事態になりかねません。

そこでゴルフ場としては、本制度の第一段階(共通義務確認訴訟)、第二段階(簡易確定手続)の各段階で、特定適格消費者団体と和解により解決することが現実的であり、その意味で、ゴルフ場にとっては受動的な制度ではあるものの債務整理手続の一方法として機能する面もあることになります。

もっともゴルフ場からすれば、上述のように自ら働きかけてこれを利用することはできず、訴訟の提起を待って対応するしかないという受動的な手続ですし、また、第一段階で和解をした場合に、その和解の効力は、その後、第二段階の対象債権の確定手続に参加しなかった他の債権者には効力は及ばないという限界があります。こういった点でゴルフ場にとって必ずしも使い勝手が良い制度とは言えませんが、今後の預託金問題の解決方法の一つとして注目されるものと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2016年12月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場内での盗難事故」

今年9月、日本女子プロゴルフ選手権に出場していた女子プロゴルファーが車上荒らしの被害に遭ったという報道がありました。空港近くの駐車場に停めた車からクラブやDVD等を盗まれたということです。

ゴルフ場でも、駐車場で来場者の車が車上荒らしに遭い、車ごと、或いは中に入っていた金品が盗まれた場合、ゴルフ場に責任があるのでしょうか。ゴルフ場内でのゴルフクラブの盗難や貴重品ロッカーからの金品の盗難の場合、或いはゴルフ宅配便を利用した際、キャディバッグやクラブが破損していたというような場合はどうでしょうか。

ゴルフ場での盗難については以前本誌でも取り上げていますが(平成24年2月号)、改めてゴルフ場での金品の盗難や破損等のトラブルについて検討します。

 

お客から預かった物

ゴルフ場がお客から物を預かることを、法的には「ゴルフ場が客から寄託を受けた」或いは「ゴルフ場と客との間に寄託契約が成立した」等と表現します。

ゴルフ場等の商人(商法上、自己の名をもって商行為を行うことを業とする者を意味し、ゴルフ場事業者もこれにあたります)は、営業の範囲内において他人から物を預かったときは、無償であっても善良なる管理者の注意義務(いわゆる善管注意義務)をもって管理しなければならないとされています(商法593条)。ここで善管注意義務とは、取引上で抽象的な平均人として一般的に要求される注意義務を言い、自己の財産に対するのと同一の注意義務よりも重いものとされています。

さらに、ホテルや温泉宿、浴場など多数の人が出入りする場所(これを商法では「場屋」(ジョウオク)といいます)となると、盗難や紛失の危険が高まるので、商法は保管する側にさらに重い責任を課しています。

ホテルやレストランなど、お客を集めて営業する場合、お客から預かった金品については、滅失・毀損が不可抗力であったことを証明しない限り、営業者は責任を負うとされているのです(商法594条1項)。

この規定に関連して、名古屋地裁昭和59年6月29日判決は、ゴルフ場も「客の来集を目的とする場屋」に該当するという判断をしています。

この事案は、車上荒らしではなく、プレー終了後にゴルフバッグごとなくなってしまったという事案です。ゴルフ場は、プレー終了後キャディが点検してお客に確認させた時点でゴルフ場は責任を免れると主張しましたが、裁判所は、点検後はキャディがバッグを運んでしまうのだから、これはただの点検にすぎず、寄託が終了するのはもう少し先であると判断し、ゴルフ場の主張を認めず、約60万円の損害賠償を命じました。

 

お客の持ち物

一方、寄託を受けていない物品については、持ち主自身が管理すべきであって、営業者は責任を負わないのが原則です。

しかしながら、商法は、客が寄託しない物品であっても、営業者側に不注意があって客の持ち物が滅失・毀損した場合には、営業者は客に対して損害賠償責任を負うと規定しています(商法594条2項)。

ゴルフ場としては、預かった物でなくとも、ゴルフ場内において客の荷物が滅失毀損しないように、善良なる管理者の注意義務をもって管理する必要があり、これを怠ったがために紛失・毀損したような場合には損害賠償責任が生じるのです。

例えば、ゴルフ場にはゴルフ場内に設置した貴重品ロッカーを安全に使えるようにする義務があり、これを怠ったためにお客の財布等が盗まれたと認められるような場合には、損害賠償責任が生じるわけです(詳細は後述)。

 

張り紙や約款による告知

このように営業者はお客から預かっていない物についてまで滅失毀損の責任を課せられることになるわけですが、約款や張り紙で、預かった物以外は責任を負わない旨を規定しておけば、営業者は免責されるでしょうか。

この点、商法は594条3項で「客の携帯品につき責任を負わざる旨を告示したるときといえども場屋の主人は前2項の責任を免れることを得ず」と規定しています。

そのため、仮にゴルフ場が「ゴルフ場内においては、金品は自己責任で管理してください。ゴルフ場は一切責任を負いません。」などと張り紙をしたとしても、法律的な意味は厳密にはないということになります。

では、約款で預かった物以外は責任を負わない旨を規定しておく場合はどうでしょうか。

商法594条は任意規定なので、当事者間の合意により責任免除や制限をすることは可能です。張り紙は一方的な告示に過ぎず、契約になりませんが、約款であれば当事者の意思により別段の定めをすることになるので、効力が認められ、有効であると考えられます。

したがって、思わぬ高額な賠償責任を負うことを避けるためには、約款で責任の免除や限定(責任限度額)を定めておくことが有効ということになります。ただ、責任の免除というのはあまりに片面的であり、合理性もない(当事者間の合理的意思に合致しない)と考えられるので、免責ではなく責任を制限する内容の方が効力が認められ易いと思われます。

 

高価品の特則

紛失したものが高価品であった場合には、客が予め種類とその価額を明らかにして告げておくのでなければ、営業者は賠償責任を負わないと規定されています(商法593条)

例えば、営業者が、見かけはごく普通の段ボール箱を預かったが、実はその中には何億円もする貴重な宝石が入っていたというような場合、中身や価額を知らされていればともかく、それを知らされていないような場合まで営業者に何億円もの責任を負わせるのは酷ですから、その場合営業者は重い責任を負わなくてよい、という規定です。

この規定に関連し、東京・六本木の駐車場に歯科医が預けたベンツが車ごと盗まれたという事案があります(東京地裁平成元年1月30日判決)。駐車場自体はお客を集める場所ではありませんが、裁判所は同条が準用されるべきだとしつつ、通常自動車に置かれている物品どうかで、駐車場が責任を負うかどうか判断すべきだとしました。

この判断を前提にすると、ゴルフ場でお客から預かった物品についても、ゴルフバッグの中に入っているゴルフクラブやゴルフシューズ等については、ゴルフ場は原則として責任を負うべきですが、現金や時計、貴金属類が入っていたとしても、責任を負う必要はないと考えられます。

 

車上荒らしの場合

ゴルフ場駐車場での車上荒らしの場合も、基本的にはお客がゴルフ場に車(及び車内の金品)を預けたと言えるか否かが問題となります。

この点で参考になる裁判例が2つあります。

1つは営業者側の責任を肯定した事例です。ホテルを利用したお客がホテル側で車を動かすことを了承して従業員にスペアキーを渡したところ、車ごと盗まれてしまったという事案で、大阪高裁平成12年9月28日判決は、「ホテル敷地内での移動を了承し、鍵を預けたから、お客はホテルに車を預けたといえる」「<免責の告示>で免責を主張することはできない」等と判断し、ホテル側の責任を認めました。

一方、営業者側の責任を否定した事例もあります。お客が1階駐車場に駐車し、2階のレストランで飲食している間に、車の窓ガラスが割られ、車内に置いていたスポーツバッグを盗まれたという事案で、東京簡裁平成17年7月19日判決は、「車と積載品についてレストランが保管したと解することは困難」「駐車場を利用しない客も多数おり、駐車車両の管理が飲食物供給契約の付随義務となる余地は全くない」等と判断し、レストランの責任を否定しました。この事案では、「駐車場の出入りは自由であり、空いている場所に自由に駐車できる」「レストランは鍵も預かっていない」といった事実認定が前提とされています。

これらの裁判例を前提に考えると、車を預かるバレパーキング等のサービスを行っている場合は別として、多くのゴルフ場では、お客は自由に駐車場を利用できますし、お客がゴルフ場に鍵を預けることもないので、このようなゴルフ場では、お客の車を預かったということはできず、車上荒らしについて責任を負わないということになると思われます。

 

ゴルフクラブの盗難

キャディバッグやゴルフクラブの盗難の場合も同様に考えられます。

例えば、宅配便等で事前にキャディバッグが送られた場合にはゴルフ場がそれを受け取った以降、客がキャディバッグを持ってきた場合にはポーターが受け取った以降、寄託物に対する責任を負うことになります。

係の者が不在で、客が勝手にクラブハウスの玄関に置いた場合には、原則として寄託を受けたとは言えませんが、その場所が普段からキャディバッグの受渡しの場所となっていて、実際に他の客のものが置いてあるような場合には、担当者がその場を離れてしまったこと自体がゴルフ場側の不注意と判断される場合もあるので、注意が必要です。

プレー終了後も、引換券等と引換えに客にキャディバッグを引き渡すまでは、ゴルフ場に寄託物に対する責任があると考えられます。要所要所に従業員を配置する等して、盗難を防ぐような措置が大切です。

 

貴重品ロッカーからの盗難

貴重品ロッカーからの盗難の場合も、そもそも貴重品ロッカーの中の物について営業者側が寄託を受けたと言えるか否かが問題となります(商法594条1項)。

この点、寄託を受けたとは言えないという判断に落ち着いたと言ってよいでしょう。東京高裁平成16年12月22日判決も、ゴルフ場の貴重品ロッカーについては、プレイヤーがゴルフ場に対して保管を申し込み、ゴルフ場がこれを承諾して物品を受け取ったわけではないから寄託契約は成立しないと判断し、ゴルフ場の責任を否定しています。

もっとも、寄託を受けたとは言えないとしても、ゴルフ場は貴重品ロッカーを設置し管理しているわけですから、貴重品ロッカーの安全を維持確保する義務を負担していると言うべきです(商法594条2項)。この点、注意義務違反を認めた裁判例もあるのでその点の備えが必要です(ゴルフ場の事案で秋田地裁平成17年4月14日判決、スポーツクラブの事案で東京地裁八王子支部判決平成17年5月19日判決等)。

そこで、貴重品ロッカーの日常点検を怠らず、不審者に気を付け、具体的に予想される犯行手口があればそれを防止できるような措置を取ることが必要でしょう。最近では指紋認証機能のあるロッカーも発売されていますし、設備の更新を怠らないことも大切です。

 

ゴルフ用宅配便の利用

宅配便による運送の場合、消費者保護の観点から標準約款が定められており、宅配便業者の殆どはこの約款にならっています。

標準約款によると、「荷物の滅失又はき損についての配送業者の責任は、荷物を荷送人から受け取ったときに始まる」とされ、配送業者は、荷物の受取、引渡し、保管及び運送に関し注意を怠らなかったことを証明しない限り、原則として「荷物の滅失、き損又は遅延について損害賠償の責任を負う」とされています。

このように、宅配便を利用した際、到着時にキャディバッグやクラブが破損していたというような場合、原則として配送業者の責任となります。

「ゴルフ場セミナー」2016年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「受動喫煙対策」

今年のリオデジャネイロオリンピックからゴルフはオリンピックの正式種目となり、平成32年には東京での開催が決定しましたが、日本は招致活動当時から受動喫煙防止法が未整備であり、対策の遅れが指摘されています。

平成22年には、世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は、たばこのないオリンピック等を共同で推進することについて合意しました(「健康なライフスタイルに関する協定」)。後述のとおり、平成20年以降、日本を除く全てのオリンピック開催地及び開催予定地が、罰則を伴う受動喫煙防止対策を講じています。受動喫煙防止対策は、分煙ではなく屋内禁煙とするのが主流であり、屋外であっても運動施設を規制の対象としている国が多くなっています。

政府も今年に入り、受動喫煙の防止に向け、全面禁煙など具体的な対策を取らない国内の公共施設や飲食店に罰金などの罰則を科すよう定める新法の検討を始めました。

ゴルフと喫煙については、以前本誌でも取り上げましたが(平成22年5月号)、東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた受動喫煙対策強化の取り組みの観点で、再度検討します。

 

たばこの規制に関する世界的取組み

喫煙のみならず受動喫煙が死亡、疾病及び障害の原因となることが世界的に認識されるようになり、平成17年2月に発行した「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(FCTC)では、締約国に対して、受動喫煙防止対策の積極的な推進を求めています。日本も平成16年3月にFCTCに署名しています。

平成19年7月にバンコクでFCTCの第2回締約国会合(COP2)が開かれ、「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」が採択され、締約国には、より一層、受動喫煙防止対策を進めることが求められました。日本もFCTC発効後5年以内に、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。

このガイドラインの主な内容は、

①100%禁煙以外の措置(換気の実施、喫煙区域の設定)は、不完全であることを認識すべきである。

②全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきである。

③たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきである。

というものです。

平成26年時点で、公共の場所(医療施設、大学以外の学校、大学、行政機関、事業所、飲食店、バー、公共交通機関の8施設)の全てを屋内全面禁煙とする法律(国レベルの法規制)を施行している国は、49か国に及んでいます。

 

我が国の受動喫煙防止対策

平成15年5月に施行された健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法25条)。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」に過ぎません。

平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、以下のように、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。

①受動喫煙による健康への悪影響は明確であることから、多数の者が利用する公共的な空間においては原則として全面禁煙を目指す。

②全面禁煙が極めて困難である場合には、施設管理者に対して、当面の間、喫煙可能区域を設定する等の受動喫煙防止対策を求める。

③たばこの健康への悪影響や国民にとって有用な情報など、最新の情報を収集・発信する。

④職場における受動喫煙防止対策と連動して対策を進める。

職場における受動喫煙防止対策としては、平成27年6月、労働安全衛生法が改正され、労働者の受動喫煙防止対策の推進が定められ(法68条の2)、国は受動喫煙防止のための設備の設置の促進に努めるものとされました(法71条)。これを受け、国は喫煙室の設置等、受動喫煙防止対策のための費用を助成や、無料相談窓口を設ける等の支援措置を実施しています。

こうした対策により、職場や飲食店においては、漸減傾向にあるものの、非喫煙者の4割近くが受動喫煙被害にあっており、行政機関(市役所、町村役場、公民館等)や医療機関においても、非喫煙者の1割近くが依然として受動喫煙被害にあっています(平成20、23、25年の国民健康・栄養調査による)。

地方公共団体においては、平成22年に神奈川県で違反に対する罰則付きの受動喫煙防止条例が施行され、平成25年には兵庫県においても同様の条例が施行されています。

 

ゴルフ場の現状と対策

以上のような対策により、日本人の成人喫煙率は近年一貫して減少傾向にあり、日本におけるたばこの販売本数は減少し続けています。

ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っているわけですが(健康増進法25条)、ゴルフ場における現状や対策はどうなっているのでしょうか。

今年6月、中央大学より、「日本のゴルフ場における喫煙環境と受動喫煙対策の現状と課題」と題した研究資料がインターネットで公開されました。これによると、

①『コース内・ラウンド中にタバコを吸える場所』として、「各ティーグラウンド」が殆どのゴルフ場(89.6%)で挙げられ、続いて「カート内」(72.1%)となっており、殆どのゴルフ場でラウンド中に喫煙可能となっています。

②『クラブハウス内の喫煙環境』では、全面禁煙は18.3%に過ぎず、「屋内に喫煙場所を設置」が58.1%、「屋外に喫煙場所を設置」が48.7%、「全面喫煙可」とするゴルフ場も14.5%もあり、「喫煙ルームを設置」は9.9%にとどまっています。

③『レストラン内の喫煙環境』については、「全面禁煙」(40.6%)への回答が最も多く、続いて「禁煙席と喫煙席を分けている」(33.0%)となっていますが、「全面喫煙可」の回答も17.5%に上っています。

④『ゴルフ場としてタバコ対策の基本方針を決めているか』については、「決めている」が27.4%、「検討中」が17.0%であり、回答の半数が「決めていない」(50.0%)となっており、⑤『健康増進法施行後何らかの受動喫煙対策を実施したか』については、約半数が「何もしていない」(44.4%)と回答しています。

その一方で、⑥『ゴルフ場内の喫煙環境規制はビジネスに影響すると思うか』については、「影響しない」とする回答(約40%)が「影響する」(約23%)を上回っています。

⑦『今後の禁煙対策に必要な法規制のレベル』については、「各業界団体による自主規制」への回答率が最も高く(42.9%)、次いで、「諸外国のような全国レベルの禁煙法」(34.5%)、「神奈川県の様な都道府県による条例」(14.7%)の順に多く挙げられています。

以上のように、殆どのゴルフ場でラウンド中に喫煙可能であり、約半数のゴルフ場で喫煙対策の基本方針が決められていない一方で、喫煙規制がビジネスに影響を及ぼすと考えているのは少数に過ぎず、受動喫煙を禁止する業界による自主規制や法的規制が望まれているという結果になっています。

 

オリンピック開催地の喫煙対策

平成20年以降、日本を除く全てのオリンピック開催地が受動喫煙防止対策を講じています。

受動喫煙防止対策は、分煙ではなく屋内全面禁煙とするのが主流であり、中国(北京/平成20年夏)、カナダ(バンクーバー/平成22年冬)、イギリス(ロンドン/平成24年夏)、ロシア(ソチ/平成26年冬)、ブラジル(リオデジャネイロ/平成28年夏)の全てにおいて、学校、医療機関、官公庁等の公共性の高い施設、公共交通機関(鉄道、駅、バス、タクシー)、飲食店、宿泊施設、スポーツ施設、職場において、屋内全面禁煙が原則とされています。スポーツ施設は屋外であっても、規制の対象となっているわけです。

これらの国では、違反した場合、施設管理者及び違反者に罰金が科せられます(但し、ブラジルでは施設管理者のみ)。例えばイギリスの場合、違反者には最大50ポンド(約1万2400円)、企業や施設管理者には最大2500ポンド(約62万円)の罰金が科せられます。

このように、オリンピック開催地における受動喫煙防止対策は年々強化されていますが、日本は前述のとおり、多数の者が利用する施設について、屋内禁煙又は分煙等の「努力」義務が課せられているのみで、違反した場合の罰則もありません。

 

東京オリンピック開催に向けて

冒頭に記載したとおり、WHOとIOCは「健康なライフスタイルに関する協定」を結んでおり、その中で「タバコのないオリンピック」を目指すことが謳われています。これを受け、近年のオリンピック開催都市の全てで罰則付きの強制力をもった受動喫煙防止法が整備されています。オリンピック会場のみならず、国(都市)全体の公共的施設において、禁煙または完全分煙が実現しています。

今までこうした対応がなされていないのは、日本(東京)のみというのが実状です。そこで東京オリンピック・パラリンピックを成功に導くために、政府も罰則付の受動喫煙防止法の検討を始めました。スポーツ施設や学校、病院などの公共施設を全面禁煙に、レストランやホテルなど不特定多数の人が利用する施設は喫煙スペースを設置するなどして分煙とするよう、施設管理者らに義務づけ、違反者への罰則も盛り込む方針だということです。

安倍内閣総理大臣も、平成27年11月の東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部において、「大会は健康増進に取り組む弾みとなるものであり、大会に向け、受動喫煙対策を強化していく」と発言し、「競技会場及び公共の場における受動喫煙防止対策を強化する」という基本方針が閣議決定されています。

ゴルフ場においても同様です。スポーツ施設を全面禁煙とすることは、IOC及び政府の方針であり、ゴルフもオリンピックの正式種目となった以上、この方針に従い、コースも含め全面禁煙とする必要があります。とは言え、一度に全面禁煙の措置を取ることに抵抗のあるクラブもあるかもしれません。そこでまずは、クラブハウス内は、バーのような場所を除き、レストランやコンペルームも含めて全面禁煙、コースについては、茶店を除き、ティーインググラウンド付近も含めて全面禁煙、といった段階的な対応も次善の策として許容されると思います。

なお、喫煙室や閉鎖系の屋外喫煙所を設置する場合、その費用の1/2(上限200万円)について国から助成を受けることができます。受動喫煙防止対策については国が無料相談窓口を設けており、この助成金の申請書類の記載方法等についても相談できます。(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049989.html)

「ゴルフ場セミナー」2016年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「入会審査」

今年5月、スコットランドにある名門ゴルフコース、ミュアフィールドで、女性会員を受け入れるかどうかの会員投票の結果、これまでと同様に女性会員を認めないという結論を下したことを受け、R&Aはミュアフィールドを全英オープン開催コースから除外したと報道されています。

世界では、男性メンバー限定だったゴルフクラブが次々と女性メンバーを受け入れる方針に変更しています。平成24年にはオーガスタナショナルGC、平成27年にはロイヤル・セント・ジョージズが女性会員を受け入れると発表し、平成26年にはゴルフの総本山R&Aも女性メンバーの受け入れを決めました。

一方、ミュアフィールドに限らず、女性が入会できないゴルフクラブも依然として多く存在しています。

このように、性別を理由に、ゴルフクラブへの入会を制限することは許されるのでしょうか。また、国籍や人種だとどうなのでしょうか。この問題については過去に本誌でも取り上げましたが、再度検討します。

 

会社の採用の場合

憲法14条1項は「法の下の平等」を定め、人種や性別に基づく不合理な差別を禁じています。

そして、国家権力を規制する憲法規定の私人間(私企業や個人間の契約など)への適用について、判例・通説は、私的自治や契約自由の原則、私的団体の結社の自由等との調和の観点から、私人間に直接適用されないが、公序良俗違反(民法90条)や不法行為による損害賠償(民法709条)などの解釈・適用において、憲法規定の趣旨を間接的に考慮すべきであるとしています。

この点に関する著名な判決として、三菱樹脂事件判決があります(最高裁昭和48年12月12日判決)。

これは、入社試験時に学生運動歴等を隠していたことを理由に本採用を拒否された原告が、憲法が保障する思想信条の自由や法の下の平等が侵害されている等と主張して、雇用契約上の地位確認と賃金支払いを求めたという事件です。

この事案で、最高裁は、企業者は契約締結の自由を有し、いかなる者を雇い入れるか等について、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決定することができ、企業者が特定の思想、信条を有する者をその故をもって雇い入れを拒んでも、当然に違法とすることはできないと判断しました。

すなわち、解雇の場面とは異なり、どのような人物を採用するかについては、会社の自由が広く認められるというわけです。

特に、「傾向企業」或いは「傾向経営」をしているといわれ、特定の思想信条を有している企業では、結社の自由、私的自治が強く認められます。例えば、ある政党の機関紙を発行する新聞社が、その政党の主義主張と全く相容れない言動をとっている者を排除したとしても、やむを得ない判断といえるでしょう。

 

クラブの自由裁量

クラブはその成り立ちからして閉鎖的・排他的なものです。ゴルフクラブはあくまでも私的な団体にすぎず同好の士の集まりであり、前述の傾向企業に近い性質を有しています。

そこでゴルフクラブには基本的に私的自治の原則が妥当し、個別具体的なケースにおいて、形式的には個人の自由や平等が害されているように見えても、その態様や程度が社会的に許容しうる限度を超えない限り、違法ではないものというべきです。

そして、入会審査というのは、当事者間でこれから継続的な関係を構築するという場面の問題です。メンバーの除名という場面とは異なり、基本的にはゴルフクラブに自由な裁量が認められるというべきでしょう。

裁判所も、ゴルフクラブがある者の入会を認めるか否かは、そのクラブの自由な自主的裁量的判断によって決すべきで、社会的に許容しうる限度を超えない限り公序良俗違反とはならない、と考えています。しかし、具体的事情によっては、入会拒否が違法とされた例も散見されます。

 

入会拒否を合法とした裁判例

  • Cカントリークラブ事件(東京高判平成14年1月23日)

A氏は日本で生まれた韓国人です。株主会員制のCカントリークラブは外国人の入会を制限していました。A氏はそのことを知りながら株式を取得し、名義書換を請求しましたが、クラブはこれを拒否しました。

そこで、A氏は、理事会決議の無効確認と譲渡承認を求めて訴えを提起しました。

原審の東京地裁は、ゴルフクラブはゴルフを楽しむための単なる私的な団体で、ごく閉鎖的なものであり、入会が認められなくても投下資本を回収することは容易であると述べ、理事会決議の無効確認については、争い方が迂遠であるとして訴えを却下し、譲渡承認請求については棄却しました。

A氏はこれを不服として控訴しましたが、東京高裁も、東京地裁の判断を是認した上で、結社の自由の重要性を説き、外国人の入会制限は違法でないとして控訴を棄却しました。

 

入会拒否を違法とした裁判例

  • Hカントリークラブ事件(東京高判平成27年7月1日)

B氏は、性同一性障害により男性から女性へ性別変更しており、これを理由に入会及びゴルフ場経営会社の株式譲渡承認を拒否されました。

そこで、B氏は、Hカントリークラブとゴルフ場経営会社に対して慰謝料等の支払いを求めて訴えを提起しました。

クラブ側は①性同一性障害者(性転換者)の入会は、会員(特に女性会員)がロッカールーム、浴室等を使用する際などに不安感を抱き、クラブ競技の出場資格などに疑義を生じ、親睦、交流のクラブ目的に反する結果となる、②50年以上皆で築いてきたクラブの親睦、交流の一体感を傷つけたくない等と主張しました。

しかしながら、裁判所は、性同一性障害が本人の意思に関わりなく生ずる疾患であることが社会的にも認識されており、被告らが構成員選択の自由を有することを考慮しても、憲法14条などの趣旨に照らし、社会的に許容しうる限界を超え、違法であると判断し、原審の静岡地裁浜松支部、東京高裁ともに、慰謝料100万円、弁護士費用10万円の損害を認めました。

本件は、医学的疾患である性同一性障害が問題となった特殊な事例であって、①B氏が戸籍のみならず声や外性器を含めた外見も女性であったこと、②B氏が女性用の施設を使用した際特段の混乱等は生じていないことからすれば、被告らが危惧するような事態が生じるとは考え難いこと、といった事情が影響したものであって、一般化することは困難であろうと思われます。

 

性別や国籍、人種による制限

上記のとおり、基本的にクラブの自由な自主的裁量的判断によって入会の拒否を決すべきで、社会的に許容し得る限度を超えない限り違法ではないと考えられます。

では、性別や国籍を理由に入会を制限することは、社会的に許容し得る限度と言えるのでしょうか。

①性別による制限

新たに女性を受け入れるとすれば、着替えをするロッカールームやシャワールームは女性専用とせざるを得ないため、そのための設備を整えなければならず、大きな負担となることが容易に予想されます。

このような観点から、女性を全く受け入れない、或いは一定の人数まで受け入れるに留める、という判断をしたとしても、一定の合理性が認められると考えられます。

また、伝統的に男性中心に形成されてきたゴルフクラブのクラブライフや伝統的価値を守りたいという要望もそれなりに合理性を有すると言えましょう。この反面、女性だけのクラブも許されることになります。

②国籍や人種による制限

親睦を目的として結成されたゴルフクラブに、生活習慣や価値観が異なり、意思疎通が十分に図れない人物が入会したり、クラブ内部に外国人だけのグループができたりすれば、クラブの和が乱されたり、雰囲気が壊れたりすることが懸念されます。そこで、そのような事態を引き起こすおそれがある外国人を受け入れないという判断にも一定の合理性があると考えられます。

国籍による制限は、平等の観点から疑問はあるものの、現在の社会情勢の下では、社会的に許容される限度をただちには超えず、通常は違法ではないと考えてよいと思われます。

これに対し黒人は不可というような人種による制限は、人種差別を許さないという社会通念に照らすと、社会的な許容限度を超え、違法とすべきものと思われます。

③年齢による制限

ジュニアゴルファーの育成はゴルフ界の重要テーマであり、JGAもこれに積極的に取り組んでいます。

しかし、クラブのメンバーとして入会を認めるかは別問題です。例えば30歳以上というような入会資格を設けることも、クラブの落ち着いた雰囲気やクラブライフを維持していく上で許される措置であり、年齢による入会制限は、社会的に許容される限度を超えず、違法ではないと考えられます。

④職業・所属団体による制限

一定の職業の従事者や所属団体に属する者の入会を一律に拒否することは、社会的な許容限度を超え、違法とされる恐れがあると思われます。

とは言え、職業や所属団体は人格や挙措動作に影響を与えるものなので、個々の人物を判断する際にこれらを有利にも不利にも斟酌することは裁量の問題として許容されます。

なお暴力団の構成員や準構成員の一律排除については、合理性があり社会的な許容限度の範囲内であるとすることに異論はないと思われます。

 

公の競技開催コースの場合

以上のとおり、プライベートなゴルフクラブが性別や国籍を理由に入会を制限することは、法的には原則的に許容されるものと考えられます。

しかしながら、JGA主催競技等、公的な競技の開催コースの場合には、以上に述べたクラブの自由裁量を広く認める考え方が妥当するのか疑問なしとしません。日本オープン等のJGA主催競技は、公益財団法人のJGAや公共放送のNHKが共催する公的色彩をもつものであり、その開催コースが国籍や性別の差別を許容しているとすると、そのようなコースを会場に選んだJGAの見識が問われかねません。スポンサーからも批判の声が上がるでしょう。また、当該イベントによる収入やスポンサーからの支援等、会員から以外の資金が投入されます。このような観点からは、国籍や性別による差別を許容するクラブは、JGA主催競技開催コースとしてふさわしくないということになると思います。

冒頭の全英オープンの開催会場の問題もこの文脈で理解されるべきものです。USGAやUSPGAツアーでは、人種や性別による入会制限のあるクラブでの競技は行わない方針です。女性の入会制限があるパインバレーGCはコース評価は世界トップクラスですが、このところ全米オープンの会場にはなっていません。

 

入会審査基準の制定と開示

女性や外国人が入会可能かどうかという問題は、会員権業者にとっても重要な関心事であり、業者からの問合せがあった場合、実務的には、ある程度の回答をしている例が多いものと思われます。

しかし、ゴルフクラブが入会審査基準をどこまで明確に開示するかは本来クラブ側の自由であって、開示することは義務ではありません。入会を拒否する場合であっても、その理由を開示する必要はありません。無用な紛争を防ぐためには、入会審査結果に関しての具体的な判断理由は一切非開示と定めておき、入会希望者から理由非開示についての承諾を取っておくことが妥当でしょう。

「ゴルフ場セミナー」2016年8月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「自然災害」

本年4月14日に熊本県で震度7を観測する地震が発生して以降、熊本県と大分県で相次いで地震が発生しており、本稿執筆時点においても依然として予断を許さない状況が続いています。被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

この地震の影響で、4月15日から開催する予定だった国内女子ツアーも中止、また被災地周辺のゴルフ場では予約のキャンセルが相次ぎ、休業に追い込まれる等の問題が発生しています。

今回は自然災害に伴って生じるいくつかの法律問題を取り上げます。

 

利用者との関係

①プレーの中止と料金

地震が発生し、地割れが起こりプレーできなくなってしまった、というような場合、民法上の危険負担の原則からは、プレーできなくなってしまった分のプレー料金は請求することができません。すでにプレーが終わった分については、既に回り始めたハーフの分のみ料金を請求する場合や、全く請求しないケースも実務上の扱いとしてはあると思います。利用約款でこのような場合の取り扱いを定めているのが一般的なので、それに従うことになります。

②予約のキャンセル

ゴルフ場周辺で余震が続き、顧客が安全にプレーできる状況を確保することが難しい状況であると判断してゴルフ場がクローズを決定した場合には、不可抗力によるものとしてゴルフ場に債務不履行責任は発生しないものと考えられます。

例えば大きなコンペ等が開催できなくなったとしても、原則としてコンペ主催者に対してゴルフ場で補償等をする必要はないことになります。

一方、ゴルフ場は安全性を確認しクローズしていない状況で、利用者の判断で予約をキャンセルする場合もあり得ます。実際に請求することはあまりないかもしれませんが、約款上はキャンセルフィーを請求できる場合があります。この場合、利用者からデポジット(予約金)を預かっていれば、キャンセルフィーとの差額を精算することになります。但し、「平均的な損害の額」(同じ事業者の同種類の契約が解除された場合を想定し、その場合に生ずる平均的な損害額)を超える高額なキャンセルフィーを定めた条項は、消費者契約法9条1項により無効とされますので注意が必要です。

③怪我をした場合

地震のせいでクラブハウス等が倒壊し、利用者が怪我をしたというような場合、クラブハウス等が通常備えるべき安全性を有していたかどうかが問題となります。通常備えるべき安全性を有していれば、ゴルフ場に責任はない、ということになります。従来は、少なくとも震度5程度に耐えられる構造になっているかどうかというのが一つの基準だったと思われます(例として仙台地裁平成4年4月8日判決)。しかし現在、震度6弱以上の地震も決して珍しいことではありませんし、耐震・免震の技術も進歩しています。ゴルフ場側に要求される水準も高くなる可能性があります。

④ゴルフ場のクローズ

地震による経営悪化を理由に、廃業や業種転換(例えば大規模太陽光発電建設)は許されるでしょうか。

会員制ゴルフ倶楽部の場合には会員保護の観点から、クラブを解散しての業種転換が無制限に認められるものではありません。

このことは、仮に会則に「会社はいつでも本倶楽部を解散することができる」といった規定がある場合であっても同様です。裁判例においても、会員にとって不利益を伴うゴルフクラブの解散を経営会社の機関(理事会)の決議のみによってすることを是認するに足りる客観的かつ合理的な事情の存する場合にのみ解散が許されるとしたものがあります(東京高裁平成12年8月30日判決)。

一方、会則等に解散規定がなくても、事業の継続が客観的にみて不可能で事業者に責のないやむを得ない事情に基づくような場合にまで一切解散は認められないとすることは事業者に酷を強いることになります。裁判例でも、会員契約の解除が、経営会社の経営努力にもかかわらず、経営成績の悪化、会員数の減少…等により、経営の継続が困難となったために行われた等の事実関係においては、解除はやむを得ない事情によるものであり会員契約上の債務不履行に当たらないと判断したものがあります(東京地方裁判所平成10年1月22日判決)。

これらの裁判例を前提に考えると、地震により壊滅的なダメージを受けコースの修復に膨大な費用を要する場合や集客が著しく困難だというような場合は、事業の継続が客観的にみて不可能であって事業者に責のないやむを得ない事情に基づくものとして、会員契約の会社側からの解除は有効であり、会員契約上の債務不履行にはあたらないことになります。

もっとも、ゴルフ倶楽部を解散して事業者が会員との会員契約を解除する場合、事業者は会員に対し利用できない分に応じて年会費を返還するとともに、預託金制であれば預託金も返還する必要があります。

入会金の返還については入会金の性質と絡み争いがありますが、上記平成12年東京高裁判決は入会金不返還条項に基づいて返還しないことを有効と判断しています。

預託金の全額返還が困難であれば破産手続や民事再生手続等により預託金返還債務の減免を受ける必要が生じます。

 

従業員との関係

①休業補償

労働基準法では、使用者(企業)の責めに帰すべき事由による休業の場合には、企業側は、休業期間中当該従業員に対して、その平均賃金の6割以上を支払わなければならないと定められています(法26条)。これに違反した場合には30万円以下の罰則が科される場合があります。

この「責めに帰すべき事由」については、広く使用者側に起因する経営上の障害を含むものと解されており(ノース・ウェスト航空事件判決)、使用者側に起因するとはいえない天災地変等の不可抗力を除いて、これに該当すると解釈されています。

地震等の天災地変は不可抗力の典型と考えられますので、余震が続き休業に追い込まれたようなケースは、客観的に休業の必要があるものとして、使用者の責めに帰すべき事由によらない休業と認定される場合が多いものと考えられます。

そこで、就労できなかった時間分について、給与から控除することができることになります。

仮に年俸制を採用している場合であっても欠勤控除は可能と考えられます。この場合の計算方法については、特段の定めがあればそれに従うことになりますが、この特段の定めは労務の提供がなかった限度で定める必要があります。

特段の定めがない場合は、欠勤1日につき年俸額を年間所定労働日数で除して得た日額を控除するのが妥当と思われますが、この際、賞与分を含めて算定するかどうかは取決めによりますので、就業規則(賃金規定)を整備することが必要です。

なお、先般の東日本大震災の際には、電力会社による計画停電が実施されましたが、計画停電による休業についても、厚労省の通達により、使用者の責めに帰すべき事由には該当しないものとされており、計画停電の時間帯については、企業は給与支払義務を負わないことになります。

もっとも従業員の就労が不可能となった場合であっても、従業員が有給休暇を消化することは可能であり、この場合には有給休暇を消化してから欠勤控除をすることになります。

なお、災害による休業を余儀なくされた場合、実際には離職していなくとも、当該従業員は、雇用保険上の失業手当を受給できるという特例措置が定められています。

②欠勤

ゴルフ場は通常通りの営業を行っているが、従業員が通勤できない等、従業員には過失がないものと考えられ、その欠勤を理由に解雇することはできません。その反面、当該従業員に対する給与支払義務は、従業員の労務の提供が不可抗力により不可能となった場合にあたり、消滅することになります(民法536条1項)。

したがってこのような場合、原則として、不就労時間に対応する給与部分については、企業に支払義務は生じません。

③減給

地震による経営悪化を理由として、減給をすることが許される場合もあります。例えば就業規則で給与が定められる場合、就業規則を変更することになりますが、労働者にとって不利益な変更となる場合であっても、その変更が合理的なものであれば、個々の労働者もこれに従わなければならないものとされます。

問題は変更が合理的なものと言えるか否かですが、変更の内容(不利益の程度・内容)と変更の必要性との比較衡量を基本とし、不利益の程度・内容の酌量において変更との関連で行われた労働条件改善の有無・内容を十分に考慮に入れるとともに、変更の社会的相当性や、労働組合との交渉経過、他の従業員の態度などをも勘案し判断することになると考えられます。

④解雇

地震による経営悪化を理由として、一部の従業員を解雇することが許される場合もあります。いわゆる整理解雇の一種ですから、人員削減の必要性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性、被解雇者の選定の妥当性、手続きの妥当性を考慮して解雇の有効性が判断されます(労働契約法16条)。地震によって甚大な被害が出ているような場合には、解雇もやむを得ず有効と判断される場合が多いと考えられますが、労働者に特に大きな影響を与える行為であり、慎重に、誠意をもって行わなければならないことは言うまでもありません

⑤労災保険

労災が認定されるには、業務遂行性(会社、雇い主、事業主や会社の上司等の支配下の状態にあること)と業務起因性(就いていた仕事に伴う危険性が具体化すること)が必要であると解されています。

天災地変は不可抗力的に発生するものであって、事業主の支配、管理下にあるか否かに関係なく等しくその危険があるといえ、個々の事業主に災害発生の責任を帰することは困難であるため、このように考えられています。

そこで、従業員が業務中に地震に遭遇し怪我したような場合、原則として業務上の災害とは認められないと考えられます。

もっとも、業務の性質や内容、作業条件や作業環境等の状況からみて、かかる天災地変に際して災害を被りやすい事情にある場合には、天災地変に際して発生した災害についても業務起因生を認めることができると考えられています。

そのため、従業員から労災給付申請があった場合、企業としては、地震によるものであることを理由に一律に協力しないのではなく、個別の事案ごとに慎重に対応すべきであると考えます。

 

その他の問題

①株主総会の問題

12月決算や3月決算の会社は、定時株主総会の開催に支障を来す可能性があります。別途公告等が必要になりますが、基準日を変更することにより定時株主総会の時期をずらして開催することも会社法上可能と考えられます。

②税金等の問題

被災資産の評価額の損金算入、災害損失金の繰越控除といった法人税の減免措置制度があります。今回の地震で被害を受けた熊本県については申告期限・納付期限の延長等が認められています。労働保険料、社会保険料及び障害者雇用納付金などの納付期限の延長・猶予等も行われています。

「ゴルフ場セミナー」2016年7月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「会員契約適正化法」

バブル崩壊後ゴルフ場の新規開場は減少し、平成13年まで2ケタの開場が続いたものの、平成17年にはついにゼロとなりました。しかしその後も少数とはいえゴルフ場の新規開場がみられます。

ゴルフ場を新規に開設する場合、ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律(以下「適正化法」)の規定を遵守する必要があります。

適正化法は、平成3年に施設開場前に募集予定会員数を大幅に上回る会員募集を行った茨城カントリークラブ事件が大きな社会問題となり、会員制事業に対する法的規制の必要性を求める声が高まり、平成4年5月に制定されました。

この事件は、茨城県の「茨城カントリークラブ」の開発会社が、ゴルフ会員権を2830名限定と偽って募集し、実際には5万2000人以上もの会員から金を集めて、約1000億円の資金を関連会社に横流ししたというものです。

また、平成24年9月には、神戸市北区で建設中だった神戸CC神戸コースが、適正化法で義務付けられた届け出等をせずに会員権を販売していたとして、ゴルフ会員権の販売等を手掛ける会社に対し、是正を求める行政処分が出されています。

同ゴルフ場は森林法に基づく林地開発の手続きも取っていませんでしたが、平成26年6月に「開発行為に関する工事完了確認証」を県から受け、漸く同年7月に正式開場になりました。

 

対象となる会員契約

適正化法の対象になるのは、会員が50万円以上の金銭を支払い、ゴルフ場等の施設を継続的に利用する役務の提供契約です(2条)。

「その他のスポーツ施設又は保養のための施設」については、現在のところ、政令で定められていませんので、ゴルフ場のみが本法の対象となっています。

なお、ゴルフ場とそれ以外の施設の利用についての契約が一体となっている場合(いわゆる複合型施設)、例えば、ゴルフ場と乗馬クラブやテニスクラブとが一体となっている場合もゴルフ会員契約適正化法の対象となります。

ここに、50万円以上というのは、預託金の額だけではなく、入会金、預託金、保証金、消費税等、会員(となろうとする者)が会員契約に基づき会員制事業者に支払うこととなる一切の金銭の総額で判断されます。分割払いの合計が50万円以上の場合も含みます。

 

適正化法の対象となる募集

適正化法における「募集」とは、①広告その他これに類似する方法により会員契約の締結について勧誘すること及び勧誘させること、及び②会員契約を締結すること及び会員契約の締結の代理・媒介を行わせることをいいます(2条4項)。

このような行為をする場合は、予め会員募集の届出が必要になります。

①「勧誘」とは、会員契約の締結を勧めることを意味します。したがって、「広告その他これに類似する方法」によって会員契約の締結を勧めていれば、会員制事業者が自ら行う場合だけでなく、他の事業者に依頼して勧誘させる場合も、募集に該当します。なお、ダイレクトメール等による勧誘も「これに類似する方法」と考えられます。

②会員契約を締結することとは、自ら会員契約を締結する場合を指しますが、契約締結しさえすれば、その数に関わらず募集にあたります。そのため、一度募集を終了した後、改めて欠員を補充する場合にも、会員募集の届出が必要になる点に注意が必要です。

また、会員契約の締結の代理・媒介を行わせることとは、会員制事業者が会員契約代行者に会員契約を締結させる場合や、会員契約が成立するよう尽力させる場合です。一個の契約締結の代理・媒介を行わせることであっても募集になるという点は、自ら契約を締結する場合と同じです。

なお、既存の会員に対する契約変更の場合には適正化法の適用はありません。

例えば、17Hを27Hに増やす等ホール数等施設の変更をする場合において、新規の会員募集を行わず、既存の会員のみを対象として追加の預託金を支払わせる等の会員契約の変更を行う場合には、会員契約の締結と言えませんので、適正化法の対象とはなりません。

これに対し、開場後であっても、追加募集は新たな会員契約の締結ですので、対象となります。またゴルフ会員権を分割する場合も、ゴルフ場事業者と会員との間の既存の契約関係の変更に加え、分割によって増加した分の新たな契約関係が生じることから、分割により増加する分の会員権が、適正化法の対象となり、後述の届出が必要となります。

 

株主会員制のゴルフクラブ

適正化法の対象となる会員契約は、事業者がゴルフ場等の施設を継続的に利用させる役務を提供することを約し、会員がその対価として金銭を支払うことを約するものをいいます。したがって、いわゆる株主会員制のゴルフ場においてみられるような、株式の取得の対価として金銭が支払われる契約は、会員契約の定義に該当しません(もっとも、株主制と預託金制を併用している場合、預託金契約に該当する部分については適正化法の適用対象となります)。

株主会員は株主総会での議決権や計算書類の閲覧請求権等を有し、会社の経営に一定の統制を働かせ得るため、適正化法により情報開示等を義務付けなくとも、会員の保護が図られることから、適正化法の適用がないとされています。

このような趣旨からすると、例えば、株式会社が直接ゴルフ場を経営しないで、A株式会社とB倶楽部組織を分離し、「開場後にBゴルフ倶楽部が会員を募集し、A社の株主についてはB倶楽部の株主会員として優遇するという前提で、開場前にA株式会社が株主募集を行う」等という方法は、ゴルフ場について会員から株主としての統制を免れつつ、一方適正化法の適用は受けないことになり、法の趣旨を潜脱するものと言わざるを得ません。

この場合、株券取得契約は単体でみると会員契約に該当せず、適正化法の適用はないようにも思えます。しかしながら、株主の募集とはいっても、その後に行われる会員募集と一体をなすものと評価できるような場合には、株券取得契約の時点で会員契約の締結があったものとして、適正化法の対象とすることで、会員の保護を図る必要が出てきます。その場合、開場前の株主募集は許されないと解する余地もあるので(適正化法4条)、株主募集とその後に予定されている会員募集との関係が、実質的に連続した一体の行為といえるか、実態に即した判断が必要です。

 

一般社団法人制のゴルフクラブ

適正化法は、特別の法律に基づいて設立された組合並びにその連合会及び中央会その他の政令で定める者がその構成員と締結する会員契約については、適用しないこととされています(19条2項)。「その他の政令で定める者」について、政令では「ゴルフ場の設置及び運営をその主な事業とする一般社団法人」を定めています(政令7条)。

社団とは、㋐団体としての組織を備え、㋑多数決の原理が行われ、㋒構成員の変更に関わらず団体が存続し、㋓その組織において代表の方法・総会の運営・団体としての重要な点が確定している場合をいいます(これはいわゆる権利能力なき社団に関する最高裁の判例ですが、社団性についても基本的に妥当すると考えられます)。そのうち一般社団法人とは、いわゆる一般社団・財団法人法に基づいて一定の要件を満たしていれば設立できる法人です。

このように、一般社団法人とその構成員(社員)との契約については、適正化法により情報開示等を義務付けなくとも、内部関係における規範によって会員の保護が図られ得ると考えられるため、適用除外とされているのです。

そのため、一般社団法人が社員以外の会員種別を設ける等新しい会員制度を取る場合(例えば、平日会員や家族会員)等、ゴルフ場の運営に意思を反映させる仕組みが確保されていない場合は、適正化法の対象となる可能性があります。

 

外国のゴルフ場

適正化法は日本国内において締結される会員契約を対象としており、施設自体が日本に所在することは要件にはなっていないため、外国のゴルフ場についても、日本国内で募集する場合には同法の適用を受けます。なお、外国のゴルフ場の開設前に、会員契約を締結する場合には、都道府県等による開発許認可等(4条)がなされることはありえないため、保証委託契約を締結し、その旨を届け出れば、会員契約を締結することが可能となります。

 

規制の内容

①募集の届出(3条)

会員制事業者は、会員募集に際し、事業者の概要、施設の計画、会員数等について、省令において定められた届出の要式に従って記載し、主務大臣に届け出なければなりません。

なお、「募集」には広告や勧誘行為等も該当し、それらの行為を行う前に届出を行う必要があります。

会員募集の届出をせず、又は虚偽の届出をして募集を行った会員制事業者については、経済産業大臣による指示(10条)や業務の停止命令(11条)の対象となるほか、罰則(50万円以下の罰金、23条)も定められています。

②会員契約締結時期の制限(4条)

さらに、4条は、ゴルフ場等の施設開設前の会員募集(会員契約の締結)を原則として禁止しています。

この規定により、開設許認可取得ができないことによる開場不能・開設遅延といった問題は、ほぼ解消されました。

なお、「開設」とは、建設工事が完了し、営業準備等も整い、会員が契約に基づき利用できる状態をいい、このような状態になっていれば、仮オープン等の場合のように、本オープンまでの期間も、既に開設していることになります。

4条に違反する会員契約の締結についても、3条(募集の届出)の違反と同様、経済産業大臣による指示(10条)や業務の停止命令(11条)及び罰則(50万円以下の罰金、23条)が定められています。

③契約締結に当たっての書面による情報の開示等(法5条~12条)

会員制事業者等は、契約成立前及び契約締結時において、顧客に対し、会員契約の内容を説明した書面を交付しなければなりません。

その他、誇大広告や不実告知等の禁止、クーリング・オフ規定、書類の閲覧等の規制があります。

なお、本法のクーリングオフは、業者に落ち度がなくても、所定の期間内であれば何らの理由もなく無条件で契約の解除ができる権利であり、消費者契約法で認められる「事業者が不適切な勧誘行為をした場合に取消ができる権利」とは異なります。

④会員制事業協会の指定(13条)

会員制事業者の自主規制努力を促すための業務(本法等の規定を遵守させるための指導・勧告・会員等からの苦情の解決、預託金等に係る債務の保証等)を行う指定法人(会員制事業協会)についての規定を設けています。

ゴルフ場に係る会員制事業協会には、(社)日本ゴルフ場事業協会が指定されています。

「ゴルフ場セミナー」2016年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場利用税」

日本のゴルフ場では、利用代金にゴルフ場利用税が加算されます。標準税率は800円ですが、都道府県の条例によって、最高1200円まで課税されます。この税金に対して、以前からゴルフ関係者から廃止を求める声があるのは周知のとおりですが、ここ数年、特にその動きが活発になっています。

この税の前身は、昭和15年に国税として導入された入場税です。映画館、劇場、遊園地などとともに、ゴルフ場でプレーする人は担税力があると考えられたわけです。その後、昭和29年にパチンコ店やマージャン店などとともに「娯楽施設利用税」という地方税となり、さらに平成元年の消費税導入に際して、国税の入場税は廃止され、娯楽施設利用税もゴルフ場の利用に限定され、名称もゴルフ場利用税と変更されました。

そのため、現在では特別な税金が課されている唯一の施設ということになります。しかも、ゴルフが次期オリンピックから競技種目に正式に決まったため、スポーツに対する不当な課税という批判が強まっているのです。

そこで今回は、改めてゴルフ場利用税について整理・検討したいと思います。

 

ゴルフ場利用税

ゴルフ場利用税とは、日本の地方税法に基づき、ゴルフ場の利用について、1日当たりの定額で、ゴルフ場の所在する都道府県が課する税金です(地方税法4条2項6号、75条以下、1条2項)。この税は、都道府県税ですが、税収の7割はゴルフ場が所在する市町村(特別区を含む)に交付することとされています(地方税法103条)。ちなみに、ゴルフ練習場の利用は課税対象とはなりません。

税率の基準は各都道府県により異なり、利用料金、ゴルフ場の規模などの等級に応じて課税を行っています。標準税率は1日当たり800円で、1200円が上限とされています(地方税法76条)。

 

非課税措置と軽減措置

ゴルフ場利用税は、ゴルフ場を利用した人からゴルフ場の経営者(特別徴収義務者)が都道府県に代わって徴収し、当該都道府県に納入するものです。

但し、以下の場合には、ゴルフ場利用税は課税されません。

①年齢18歳未満又は70歳以上のゴルフ場の利用

②身体障害者等のゴルフ場の利用

③国民体育大会のゴルフ競技に参加する選手が、国民体育大会のゴルフ競技として行うゴルフ場の利用

④学校教育法第1条に規定する学校の学生、生徒等又はこれらの者を引率する教員がその学校の教育活動として行うゴルフ場の利用

非課税の適用を受けるためには、①運転免許証・身分証明書等年齢が証明できるもの②障害者手帳等③都知事が発行する証明書④学長又は校長の発行する証明書を利用の際に提出・提示して貰う必要があります。

また、以下の場合には、ゴルフ場利用税の税率が2分の1に軽減されます。但し、ゴルフ場の利用料金が通常の2割(②の場合は5割)以上軽減されている場合に限ります。

①年齢65歳以上70歳未満のゴルフ場の利用

②①に掲げる以外の利用で利用時間について特に制限があるもの(早朝利用、薄暮利用、夜間利用等)

①の場合、運転免許証・身分証明書等年齢が証明できるものを利用の際に提示して貰う必要があります。

 

最高裁判決

ゴルフ場利用税に関しては、最高裁昭和50年2月6日判決があり、概ね以下のとおり判断し、この税の合憲性や合理性を肯定しています。

①憲法13条違反の点について(スポーツをする自由の制限)
ゴルフは娯楽としての一面をも有し、ゴルフ場の利用が相当高額な消費行為であることは否定し難い。ゴルフ場の利用に対し娯楽施設利用税を課する趣旨も、娯楽性の面も有する高額な消費行為に担税力を認めたからである。地方税法は、ゴルフ自体を直接禁止制限するものではく、高額な支出をなしうる者に対し、1日500円程度の税金を課したからといって、ゴルフをすることが困難になるとは考えられず、スポーツをする自由を制限するものであるということはできない。

②憲法14条違反の点について(法の下の平等に反する)

立法上ある施設の利用を娯楽施設利用税の課税対象とするか否かは、社会通念等を基礎として、施設の利用の普及度、利用料金に表される担税力の有無等を総合的に判断した上で決定されるべき問題である。

ゴルフは野球等と同じく健全なスポーツとしての一面を有するが、野球場等の利用は普遍的、大衆的であり、利用料金も担税力を顕著に表すものとはいえないのに対し、ゴルフ場の利用は高額な消費行為であることは否定し難い。このような顕著な差異を無視して租税負担の公平を欠き平等原則に違反するとする違憲の主張は、その前提を欠く。

③憲法21条違反の点について(結社の自由の侵害)

娯楽施設利用税は社団の結成、運営それ自体に課せられるものではなく、1日500円程度の娯楽施設利用税を課したからといって直ちに社団の結成、運営を妨げるものとは考えられないし、また、同好者による競技会の開催を困難にするものとも考えられない。

④二重課税となるかどうか

固定資産税は、土地、家屋等の資産価値に着目して課税される一種の財産税であり、土地、家屋及び償却資産の所有に対し課されるものである。一方、娯楽施設利用税は、法定の施設の利用行為に伴う消費支出行為に担税力を認めて課税される一種の消費税であり、特定の施設の利用行為に対し課されるものである。

両者はその性格、課税の対象を異にするだけでなく、納税義務者も異なるから、ゴルフ場の土地、建物に固定資産税を賦課した上、ゴルフ場を利用する会員に対し娯楽施設利用税を賦課しても、二重課税の問題を生じない。

 

課税の理由

平成元年の消費税導入時に、娯楽施設利用税が廃止されたにもかかわらず、ゴルフ場の利用についてのみゴルフ場利用税を設け、現在も存在している理由は、一般に次のように説明されています。

㋐贅沢税-ゴルフ場の利用は、日本においては、他のレジャーに比べて費用が高いことから、利用者にはより高い担税力があるとする考え方

前記最高裁判決もこの点に言及していますが、ある団体がゴルファーを対象に行ったアンケートでは、「平均年収700万円未満」との回答が過半数を占め、「格安になっているゴルフ場利用料金に比べ、この税金は負担である」「ゴルフ場利用税が撤廃されれば、ゴルファーの底辺拡大、ゴルフの普及につながる」との声も多くあります。現在、ゴルフは国民体育大会(国体)の正式種目であり、次期オリンピックの正式種目にも加えられています。このようにゴルフが国民スポーツとして一般に受け入れられている現在にもこの考え方が妥当するかどうか疑問のあるところです。

㋑応益税-ゴルフ場に係る開発許可、道路整備などの行政サービスは専らゴルフ場の利用者に帰属することから、利用者にこれらの費用を負担させようとする考え方

確かにゴルフ場を開設する時の開発許可(都道府県知事の許認可権)等行政サービスを受けていますが、一方で、ゴルフ場は新たな雇用の創出や諸物品販売等、事業が発生して地元経済の活性化に貢献しています。そもそもゴルフ場だけを対象にした行政サービスは見当たらないと思われ、この考え方の妥当性には疑問が残ります。

㋒本税収の内、3割が都道府県の収入となり残り7割は当該ゴルフ場が存在する市町村に交付されており、市町村にとっては貴重な財源となっているとする考え方(平成24年度は507億円の税収があり、うち7割の354億円が市町村に交付)

この考え方については、平成26年11月、参院予算委員会の審議で、麻生太郎財務相が「オリンピックの種目に税金がかかるのはいかがか。仮に消費税が来年10月から上がるのであれば、地方税も収入が増えるから、いいタイミングかなという感じはする」と答弁し、安倍晋三首相も「(プレー料金の)全国平均は食事が付いて8000円位で、ゴルフ場利用税の比率が高くなっているのは事実。総務大臣とも相談しながら検討したい」とし、ゴルフ場利用税廃止に一定の理解を示しました。遠藤利明五輪相も、ゴルフ場利用税の是非について、「一般国民が普通にやるスポーツから税を取るのは、本来のスポーツの趣旨から違うのではないか。五輪種目であることも踏まえて対応すべきだ」と指摘しています。

しかしながら、消費税率10%への引き上げが平成29年4月に延期されるに伴い、廃止は見送られてしまいました。

 

ゴルフ場利用税廃止へ向けて

以上のとおり、贅沢税や応益税といった課税理由が現在も妥当性するかどうかについては疑問が残るところであり、市町村の重要な財源だからという理由だけでゴルフ場利用者に対してのみ税負担を貸すことは、税の公平性の観点からも問題があろうと思われます。

平成23年に制定されたスポーツ基本法では、スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり、全ての国民が日常的にスポーツに親しみ、スポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならないと規定されています。ゴルフは子供から高齢者、障害者まで広く親しまれている国民スポーツです。ゴルフ場の利用料金の低額化も進む中、ゴルフ場利用者にとって、ゴルフ場利用税の負担は決して小さいものではなく、ゴルフ場利用税の存続はスポーツ基本法の理念にも悖るものとも言えます。

なお、国家公務員倫理規程が利害関係者との禁止行為にスポーツでゴルフだけを特記している点も、不当な制限と言わざるを得ません。前述の遠藤五輪相も、「もともとはぜいたくな遊びとの感覚だったのだろうが、今では大衆スポーツとなっている。ゴルフを特別と見るのはふさわしくない」とし、利用税と同じく、ゴルフを特別扱いにして不当な扱いをする同規定の削除について理解を示しています。

ゴルフが次期オリンピックの正式種目に加えられ、国際的にも生涯スポーツとして認知されている現在、世界的に例がないゴルフ場利用税を存続させることが妥当かどうか、平成32年東京オリンピック・パラリンピック開催国として、改めて議論すべき問題であろうと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2016年4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場での電気さく事故」

今年7月、静岡県で、川岸に設置された動物よけの電気さくにより、川遊びをしていた家族連れら7人が感電し、2人が死亡するという痛ましい事故が発生しました。この電気柵さくは、設置者が自作したもので、必要な安全基準(後述)を満たすものではなかったことが原因だったようです。

この事故を受けて、政府が全国の農地などに設置が確認されたおよそ10万箇所の電気さくを調査したところ、7000箇所余りで必要な安全対策が取られていないことが分かりました。

調査によると、ゴルフ場では181箇所の電気さくが設置されており、このうち15箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。農地や牧場などでは全体の7%に当たる7090箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。

電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されており、インターネット等でも容易に入手することができますが、適切な方法で設置しないと人に重大な危害を及ぼすおそれがあります。

経産省は電気さくの設置について、昭和40年にパルス発生装置(電流を断続的に流す)の設置を義務化し、平成18年には漏電遮断機の設置を義務化していました。

設置業者によると、正規メーカーによりPSEマーク(電気用品に国が安全と認可した印)の付いているパルス発生装置と漏電遮断器を設置していれば事故の危険性は低いということですが、平成18年以前に設置したゴルフ場では安全確保措置が万全とは言い切れません。

今回は、電気さくに関する安全確保措置について検討します。

 

安全確保措置

電気さくとは、田畑や牧場等で、高圧の電流による電気刺激によって、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する「さく」のことです。

日本では、電気設備の一種として、人に対する危険防止のために、電気事業法や電気用品安全法等で設置方法が定められています。

電気さくは、田畑や牧場、その他これに類する場所で、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する場合に限り設置できます。

設置に際しては、以下の安全基準を満たす必要があります。

①危険である旨の表示をすること

電気さくを設置する場合は、人が見やすいように、適当な位置や間隔、見やすい文字で、「危険」「さわるな」「電気さく使用中」等の注意看板を設置する等、危険である旨の表示を行うことが必要です。

②電気さく用電源装置の使用

電気さくに電気を供給する場合は、感電により人に危険を及ぼすおそれのないように、出力電流が制限される電気さく用電源装置(パルス発生装置。PSEマークの付いているもの)を用いる必要があります。

③漏電遮断器の設置

電気さくを公道沿いなどの人が容易に立ち入る場所に施設する場合で、30ボルト以上の電源(家庭のコンセント等)から電気を供給するときは、漏電による危険を防止するために、15mA 以上の漏電が起こったときに0.1 秒以内に電気を遮断する漏電遮断器を設置する必要があります。

④ 専用の開閉器(スイッチ)の設置

電気さくに電気を供給する回路には、電気さくの事故等の際に、容易に電源がオン・オフできるよう、専用の開閉器(スイッチ)を設置する必要があります。

これらの規定に違反した場合には、30万円以下の罰金という罰則が規定されています(電気事業法120条)。

 

NGKによる電気さく調査

経産省から依頼を受けて、日本ゴルフ場経営者協会(NGK)では、「電気さくの安全措置の実施状況アンケート」調査を全国のゴルフ場を対象に行いました。

NGKは実質で全国1775コースの支配人に調査票を送付し、8月17日現在で452コースから回答を得ました。その回答のうち38.3%にあたる173コースが電気さくを設置し使用していました。

173コースのうち、91.3%にあたる158コースが前記安全基準に適合していますが、8.7%にあたる15コースが不適合と回答しています。

不適合の内容は、「①危険である旨の表示をしていない」が4コース、「③漏電遮断器を設置していない」が9コース、「①表示をしておらず+③漏電遮断器を設置していない」が2コースとなっています(上記のとおり、漏電遮断器は平成18年より設置が義務化されたため、それ以前に設置した電気さくについては設置要請にとどまり義務違反とはなりません)。

②電気さく用電源装置や④専用の開閉器(スイッチ)を未設置とする回答はなかったということです。

不適合があると回答したゴルフ場では、「8月中に改善」が11コース、「9月中に改善」が1コース、「年内には改善」が2個コースとなっています。

 

ゴルフ場の法的責任

電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されていますが、これまでイノシシは夜行性と言われ、昼間は電源を切っており、ゴルファーに危険はないと考えるゴルフ場もあるようです。しかし最近ではイノシシは夜行性というわけでなく、人を避けているだけとも言われ、昼間も通電したままのコースもあるようです。

万一ゴルフ場内で電気さくによる感電事故が起き、前記安全基準を満たしていなかったような場合には、刑法上の業務上過失致死傷罪にあたり、5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金となる可能性もあります。

また民事責任として一般に、①安全配慮義務違反、②土地工作物責任が考えられます。

①安全配慮義務違反とは、民法第415条が定める債務不履行責任(契約責任)の一種です。

ゴルファーがゴルフ場と締結する利用契約の中には、「ゴルフ場は、ゴルファーに対し、安全にプレーさせる」という内容も含まれます。

しかしゴルフ場側の配慮が足りずゴルファーに事故が起こった(例えば、電気さくの設置につき前記4つの安全基準を満たしていないため感電事故が起きた)ような場合には、ゴルフ場が「安全にプレーさせる」という契約内容に違反しており、ゴルフ場はゴルファーに対して損害を賠償しなければならない、というわけです。

②土地工作物責任とは、民法第717条第1項が定める不法行為責任の一種です。安全配慮義務違反の場合と異なり、ゴルフ場と契約関係にある相手方に限られず、ゴルフ場内に立ち入った第三者との関係でも問題となります。

同条項は「土地の工作物」の「設置又は保存に瑕疵」があって損害が生じた場合、占有者や所有者が賠償責任を負わなければならないと定めています。

「土地の工作物」とは、「土地に接着し、人工的作業をしたことで成立したもの」と説明され、電気さくもこれに含まれます。

「設置又は保存に瑕疵」というのは、「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであると解されており、電気さくの場合、前記4つの安全基準(①危険である旨の表示、②電気さく用電源装置の使用、③漏電遮断器の設置、④専用スイッチの設置)を遵守しているかどうかが「通常備えるべき安全性を欠いている」かどうかの判断基準になると考えられます。

ゴルフ場内の電気さくが、前記4つの安全基準を満たさず通常備えるべき安全性を欠いていたために、ゴルファーや第三者に損害が生じた場合、占有・所有をしているゴルフ場が損害賠償をしなければならないというわけです。

プレーヤーがOBラインにボールを取りに行ったりする際に、電気さくに触れたとしても、4つの安全基準を遵守していれば、基本的に感電事故は防止できるものと考えられています。

ただ、設置後の漏電遮断器の故障や、電気さくが大雨で流されて水たまり等に浸かっている等により感電事故を起こす危険性もあります。そのため上記安全基準を満たして設置すれば充分と考えるのではなく、電気柵設置後は、断線や草木等による漏電がないか定期的に点検を行い、大雨等の後にも電気さくや電源装置、漏電遮断器等に破損がないかを検査して、常に安全な状態を保つことが必要であると考えられます。

こういった事後的な措置を欠いた結果感電事故が発生したようなケースでは、ゴルフ場の責任が問われることもあり得るので、日頃の点検が重要です。コース管理者にこういった指示を具体的に出しておく必要があります。

なお、ゴルフ場ではゴルファー以外の第三者の立ち入りを禁止しているのが通常ですので、ゴルファー以外の第三者がゴルフ場内に立ち入り事故にあったようなケースでは、不法侵入した点を過失相殺される場合もあり得るものの、不法侵入だからといって、責任を免除されるということにはなりません。

過失相殺とは、損害賠償を請求する側(被害者)にも過失があった場合、裁判所がその過失を考慮して賠償額を減額する制度です。

例えば、被害者の損害が100万円と認められたとしても、被害者の過失が10%あると認定されたら、100万円の10%=10万円分が相殺され、最終的に90万円の請求が認められることになります。

 

従業員の事故の場合

ゴルフ場は、労働安全衛生法第3条第1項により、また、労働契約法第5条により、従業員の業務上の安全にも配慮すべき義務を負っています。これに違反し、事故が発生すると、民事・刑事上の責任を問われることがあります。

死亡事故や重大な後遺症が残ったような場合の民事上の損害賠償責任は相当高額になります。刑法上の業務上過失致死罪に問われる可能性もあります。

安全な労働環境を提供していなかったとなれば、労働安全衛生法第23条ないし第25条等の違反となり、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金となることもあります(労働安全衛生法第119条第1号)。

従業員の場合、業務上の必要性から電気さくに近づかなければならないこともあろうかと思います。電気さくの近くで作業をする際は、万一漏電している場合に備えて、手袋を着ける、長袖に長ズボン等感電を防ぐ服装を心がけさせる等の安全教育を徹底することも必要です。

「ゴルフ場セミナー」2015年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「抽選弁済」

預託金の抽選弁済制度を採用するゴルフ場で、抽選に漏れた会員が、ゴルフ場経営会社に対し預託金680万円を返還請求した事案で、平成25年に名古屋地裁・高裁ともに、会員の訴えを棄却していたことが判明しました。両裁判所は、抽選弁済制度についても一定の合理性を認めており、注目すべき判決です。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、会員も当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目され、本誌平成24年5月号でも取り上げました。

この方法による場合の最大の問題は、抽選に漏れた会員からの償還請求をどう防ぐかです。今回は、名古屋地裁・高裁判決の事案について解説した上で、抽選弁済制度の実施方法について検討します

 

事案の概要

①原告は、平成4年7月、被告が経営するゴルフ倶楽部(以下「本件倶楽部」)に入会し、保証金680万円を預託しました。

②本件倶楽部旧規約10条には以下のような定めがありました。

○保証金は預託を受けた日の翌日から起算して10年間据え置き、据置期間経過後は、会員の希望により返還し、返還を受けたものは退会する。

○会社は理事会の承認を得て経済状況の著しい変化等やむを得ないときは、会員に通知して据置期間を延長することができる。

③被告は、平成16年に理事会の承認決議を経て、預託金償還請求について以下のような規約に変更しました(新規約9条)。

○据置期間経過後、会員が会社に対し保証金の返還の請求をした場合、会社は事業年度に設定する返還資金を支払限度とし、別途定める方法によって抽選を行い、選出された会員に対し、保証金を返還する。抽選に漏れた会員は会員へ復帰し、翌事業年度以降同様に抽選に参加して返還を受けるものとする。

④原告は、抽選会に参加しましたが、抽選に漏れ、旧規約による手続で預託金を返還請求しましたが、会社は受け付けませんでした。

⑤そこで原告は、平成25年4月に預託金返還請求訴訟を提起しました。

 

裁判所の判断

原告は、㋐新規約9条は、抽選会に参加すると抽選償還制度以外の方法で返還請求できなくなるという制限はしていない、㋑このような制限に同意もしていない、㋒仮に抽選会に参加したことで同意したと評価されても、抽選会に参加すると抽選償還制度以外の方法で返還請求できなくなるという認識はなく、その同意は錯誤により無効である、㋓新規約9条は消費者の利益を一方的に侵害し消費者契約法10条に該当し無効である等と主張しました。

これに対し、名古屋地裁・高裁は、新規約9条は、バブル経済崩壊後の経済情勢の変化から、倶楽部の存続と会員の利用権を守るため新たに導入した制度で、他の返還方法に関する規定を定めていないことから、抽選償還方法以外の返還方法を認めない趣旨であることは明らかであると判断しました。

その上で、預託金の返還請求権は、会員とゴルフ場経営会社との個別の契約関係であるから、これに関する権利義務の変更は入会契約の変更に他ならず、会社側からの一方的変更は認められず、会員の個別同意をもって入会契約変更の効力が発生するものとしました。

そして本件で原告の同意があるかどうかについては、原告は、⑴ゴルフ倶楽部預かり保証金返還抽選会事前申込書兼同意書に署名捺印していること、⑵同意書には「規約9条に定める抽選方法によるもの、並びに貴社が定めた実施要項により実施されることに同意致します」とあり、原告は入会規約の変更に同意して抽選会に応募したことが認められること、⑶原告は被告から情報提供された資料を検討して抽選会に参加しており、同意に錯誤はないと判断しました。

消費者契約法10条との関係についても、名古屋高裁は、バブル経済とその後のデフレ経済により、入会保証金の返還は不可能であり、規約の変更は法的破綻を避けながら多くの会員のプレー権を確保するためのものであり、新規約は公平かつ公正なものであって、消費者の利益を一方的に害する条項とは言えないとして、合理性を認めました。

 

抽選弁済の実施手続

このように高裁でも合理性の認められた抽選弁済制度ですが、これを実施する場合の手続きは概ね以下のとおりです。

1 各年度の原資の決定

まず、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)を決定します。

この金額は経営の継続が可能な限度に抑えることができます。

2 規則の制定・変更

次に、抽選弁済の採用に必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定する必要があります。

ここで最も重要なのは、細則には、上記事案のように抽選に漏れた会員がゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを明記することです。

この点の明記がなくても、上記名古屋地裁・高裁は「他の返還方法に関する規定を定めていないので、抽選償還以外の方法を認めていないのは明らかである」と判断していますが、この点が抽選弁済制度を採用することの妙味であり、無用の混乱を避けるため明記することが必要です。

償還限度額

各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)については、償還原資額を具体的に記載せず、「各年度の決算における税引き後の利益に減価償却費を加算した金額の〇パーセントを限度として償還する」などと規定することも考えられます。こうすれば会社は各期の利益状況に応じて柔軟に原資額を定めることができます。

もっとも、会員の利益を考慮するという観点から、「毎年金○円を限度として償還する」などと、具体的な金額を記載する例も多いようです。

なお、後者のように確定した金額を記載する場合には、その年の経営状況からその金額を確保できないという場合に備えて、「ゴルフ場が償還金額の上限を増減できる」旨の規定も置いておくことが必要です。

償還原資額の増減について明確な規定を置いていない場合には、償還原資額を引き下げることができるかどうかが問題となります。

この点、「毎年2億円を限度として償還する」ということ以外特に規則に定めはない場合で、ゴルフ場が8000万円しか償還していないというケースで、東京地裁平成18年9月15日判決は、「2億円については確保の目標値であって、これを下回る償還ができないというものではない」とし、毎年2億円の抽選償還義務を否定しました。

この立場に立ては、償還金額の増減について明確な定めがない場合であっても、償還原資額を引き下げることができることになります。

3 償還請求総額の確定

制度の内容が決まりましたら、その年の抽選会の実施内容を確定し、会報や通知等で各会員に知らせることになります。

預託金の償還は退会を前提とするものですから、抽選弁済への参加を希望する会員からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、これらを集計し、償還請求の総額を確定します。

そして、上記名古屋地裁・高裁判決も指摘するように、預託金返還請求権は、会員とゴルフ場経営会社との個別の契約関係に基づくものですから、会社側から一方的に預託金の返還方法を抽選弁済制度に変更することは認められず、会員の個別の同意が必要であると考えられます。

したがって、退会届(抽選弁済への申込書)にも、「預託金償還に関する細則及び貴社が定めた実施要項により定められた抽選弁済の方法により預託金が返還されることに同意し、抽選に外れた場合においても、貴社に対し、抽選弁済に参加する以外の方法で預託金返還請求をしないことを誓約する」旨を記載しておき、この点申し込みをした各会員との間で個別に合意しておくことが必要となります。

4 抽選会の実施

償還請求の総額を確定し、この金額が償還原資額より小さい場合には、償還請求した会員に、一括で償還することができます。

これに対し、償還請求総額が償還原資額より大きい場合には、抽選会を実施し、当選者を決定します。

その際、参加の機会をできる限り保障するため、代理人の出席も認めた方がよいと思われ.ます。自ら出席できず代理人も見つけられない会員については、ゴルフ場の理事等が代理することも考えられます。

なお、当選しなかった会員については、①翌年度に持ち越しとする方法、②翌年度も申し込む場合には改めて申し込みが必要とする方法、いずれも考えられると思います。

抽選の方法としては、誰でもすぐに思い浮かべることのできる「ガラポン福引抽選器」を使用する方法、抽選箱に当選札とはずれ札を入れて各人に引いてもらう方法など、いろいろ考えられるでしょう。

出席者が当選状況を確認しやすいように、会場の前方には大型スクリーンや大きな当選表を準備します。

抽選会当日は、手続きの公正性を確保するため、立会人として理事若干名や顧問弁護士などに出席してもらうことも考えられます。この場合、会社側の出席者とは別の場所に席を設けるなどの配慮も必要です。

翌年度以降も同様の方法にて償還を実施し、前年度において原資から償還額を控除した端数が出る場合には、翌年度の償還原資として繰り越します。

なお、預託金の償還の請求は、退会を前提とするものですが、抽選弁済申込者について、当選して償還がなされるまでは、希望者には会員料金でのプレーや競技会への参加を認めることは、ゴルフ場の裁量として制度設計上考えらえると思います。また、プレーを希望しない会員に対しては年会費を免除する等の配慮も考えられるでしょう。上記名古屋高裁判決においても、こういった配慮がなされていることが、公平かつ公正な制度であることの理由とされています。

 

当選し退会した会員の再入会

ちなみに、抽選弁済に当選して償還を受け退会した会員が、再度償還期限が到来した会員権を取得して入会し、またすぐに抽選弁済に申し込むという事態も考えられます。

会員の入会を認めるかどうかは倶楽部の裁量に属する事柄ですので、そのような会員の入会を拒否できるのは当然です。

さらに、このような行為に対する対応策として、新規入会の場合の預託金の償還については、会則に「入会時から〇年後に償還する」或いは「クラブ解散時に償還する」などと規定しておく必要があるでしょう。

「ゴルフ場セミナー」2015年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「会社法の改正」

平成26年6月、会社法の一部を改正する法律が公布され、本年5月から施行されます(本年3月現在)。

今回の改正では、実務に少なからぬ影響を与える様々な規定の見直しが行われています。特に昨今のゴルフ業界でも珍しくないと思われる組織再編やM&Aに関しては、多岐にわたる改正がありました。

中でも注目を引くのが、会社分割における債権者保護規定の新設です。以下では、この点を中心に検討した上で、ゴルフ場経営会社に関係すると思われるその他の改正点を紹介します。

 

会社分割とは

近年、ゴルフ場の法的整理や売却の際にも、会社分割の制度が利用されることが増えています。

会社分割とは、既存の会社(分割会社)がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割によって設立する会社(承継会社)等に承継させることを目的として行う会社の行為です(法2条30号)。

企業の事業再編の手段としては、会社分割の他に、株式譲渡や事業譲渡といったものもありますが、会社分割には、簿外債務のリスクを抑えられる、債権者の個別の承諾を得る必要がないなどのメリットがあり、広く利用されるようになりました。

 

改正前の債権者保護手続

会社法は、会社分割による債権者保護手続として、「分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者」(承継会社に移る債権者)に対する保護手続を設けています。

まず、①承継会社に移る債権者には会社分割について異議を述べる機会が与えられています(法789条1項2号、810条1項2号)。

②異議を述べた債権者に対しては、会社分割により当該債権者を害するおそれがない場合を除き、弁済ないし担保の提供等がなされることとなり、当該債権者は債権の満足を得られることとなります(法789条5項、810条5項)。

③また、会社分割の手続に瑕疵がある場合には、会社分割無効の訴えを提起することもできます(法828条2項9号、10号)。

これに対し、「分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者」(分割会社に取り残される債権者)は、こうした保護手続の対象から除外されており、異議を述べる機会を与えられず、会社分割無効の訴えを提起することもできません。

このように、改正前の会社法では、承継会社に移る債権者(以下「承継債権者」)と、分割会社に残された債権者(以下「残存債権者」)との取り扱いは、大きく異なっていました。

 

濫用的会社分割

このように残存債権者に対する保護手続が会社法上要求されていないことに加え、簿外債務のリスクを抑えられる、債権者の個別の承諾を得る必要がないなどのメリットがあるため、近年債務超過に陥り実質的に倒産状態にある会社が、会社を再建する場合に、会社更生や民事再生といった法的倒産処理手続を利用しないで、会社分割の制度を利用するといったケースが増えていました。

会社更生や民事再生といった倒産手続を利用する場合には、経営者は、経営権を失うなど一定の責任を取ることになります。

これに対し、会社分割制度を利用する場合には、経営者はその責任を取ることなしに、財産を新会社に移転して資産を確保しつつ、債務を整理できるという、大変都合のよいことができてしまうわけです。

これは、緊急時における制度運用を想定し、資産の保全や債権者の平等を基本的理念とした倒産処理法と異なり、会社分割は会社法上の制度であり、平常時における制度運用を想定して制度設計されているためと解されています。

これによって、一部の債権者と協議し、会社分割によって新設した会社(承継会社)に、採算部門や優良資産等を承継させた上で、不採算部門や不良資産を残した既存の会社(分割会社)を清算し、会社再建を図ることができるわけです。

しかし、債権者を害する意思をもってこのような資産移転が行われると、残された債権者は債権の引き当てとなる財産が空虚化した状態になる一方で、経営者は経営責任を取ることなく優良資産を隔離して保全することができることになってしまいます。このような都合の良すぎることがそのまままかり通るのでは、ゴルフ場に対する債権者(会員)は、たまったものではありません。

 

濫用的会社分割に関する判例

このような濫用的会社分割が詐害行為に該当するとして、残存債権者が債権者取消権を行使した事案で、最高裁平成24年10月12日判決は、債権者取消権の行使を認め、当該債権者の債権保全に必要な限度で新設分割設立会社への権利の承継の効力を否定すべきものと判断しました(本誌平成24年12月号参照)。

債権者取消権とは、債務者の資力が十分でない状況で、債権者を害する行為がなされた場合に、債権者が当該行為を取り消し、その債権の保全を図る制度です(民法424条)。

こうして、濫用的会社分割については、債権者取消権を行使することで自己の権利保全を図るという判例法理が確立されました。

 

改正会社法による債権者保護手続

しかし、債権者取消権という民法上の原則ではなく会社法において何らかの規定を設ける必要があるという指摘がなされ、残存債権者による直接請求制度が新設されました。

例えば、㋐ゴルフ場経営会社が、「既存の会員を害することを知って」預託金返還債務を分割会社A(多額の債務のみ残り、資産もない)に残し、新設分割によりゴルフ場事業を承継会社B(採算部門を承継し、資産もある)に承継させたような場合、A社に残される債権者(会員)は、知ったときから2年以内に、㋑B社に対して、「承継した財産の価額を限度として」預託金の返還請求ができることとされました(法759 条4項本文、764条4項)。

もっとも、吸収分割の場合には、 吸収分割承継会社が、「残存債権者を害すべき事実」について知らなかったことを証明した場合には、かかる請求を免れるものとされています(法759条4項但し書き)。

㋐「残存債権者を害することを知って」とは、当該行為により分割会社が債務超過となる場合が典型と考えられていますが、特に債権者を害することを意図することまでは必要ないと解されます。

㋑「承継した財産の価額を限度として」とは、承継資産の価額から承継債務の価額を控除した金額ではなく、当該財産自体の価額を意味し、その範囲内で、承継会社に対して 債務の履行を求めうるということになります。

なお、残存債権者による承継会社への直接請求制度の新設後も、濫用的会社分割に対する債権者取消権の行使は可能と考えられており、債権者としては、債権者取消権を行使するか、会社法上の直接請求権を行使するかを選択的に判断できます。

 

M&Aの際の注意点

残存債権者による直接請求の対象となるのは、改正会社法施行日以降に、吸収合併契約が締結、又は新設分割計画が作成された会社分割です(改正附則 20 条)。したがって、施行日より前に行われた会社分割は、従前どおり、債権者取消権の対象となり得るにとどまります。

残存債権者による直接請求によって、会社分割の効力が左右されることはありませんが、承継会社は残存債権者に対して承継資産の限度で当該債権者に係る債務を履行しなければならない可能性があります。 そして、承継会社がその責任を負うのは、承継資産と承継負債との差額ではなく、承継資産自体の価額を言うと解されているため、この請求権が行使された結果、承継債権者としては会社分割がなされる前よりも不利な状況となることも想定されます。

このような場合、承継債権者としては、当該会社分割が残存債権者を害するものとなる可能性があることが判明した場合には、上記のとおり、分割会社に対して異議を述べた上で、債権の保全を図る等の措置が必要となるでしょう。

また、吸収分割承継会社は、上記のとおり、残存債権者を害する認識がなければ、残存債権者からの直接請求を受けることはありません。

しかし、残存債権者を害する認識の有無について、例えば、会社分割契約書で、分割会社が承継会社に対して「本件会社分割は分割会社 の残存債権者を害さないこと」を表明保証する条項を定めておくだけで、承継会社にこの認識がなかったと言えるかどうかは判断の分かれるところです。デューデリジェンスの過程で詐害性について疑義がある場合には、慎重な検討が必要でしょう。

 

監査役の監査範囲を会計監査に限定している場合の登記義務

定款で株式の譲渡制限を定めている株式会社は、定款で監査役の監査の範囲を会計監査に限定する旨を定めることができます。

ゴルフ場経営会社で多くを占めると思われる中小企業の多くは非公開会社であり、監査役の監査の範囲を制限しているところが多いと思われます。

今回の改正では、監査役の監査の範囲を会計監査に限定する場合はその旨を登記することが義務づけられました(法911条3項17号)。当該登記は、改正会社法の施行後最初に監査役が就退任する際に行う必要があります。

監査役の就退任の際には、上記登記を行うことを忘れないように注意する必要があります。

 

社外役員の要件の厳格化

社外役員(社外取締役、社外監査役)は、社内の指揮命令関係の影響を受けない立場で発言することで、経営を健全に維持する役割が期待されています。そのため資格要件として会社関係者でないことが要求されています。

今回の改正では、社外役員になれない人的範囲が拡げられ、これまでより一層社外性が求められることになります(法2条15号ハニホ)。

具体的には、①当該会社の経営を支配している個人(以下「支配個人」)、又は親会社の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと、②親会社の子会社(以下「兄弟会社」)の業務執行取締役等でないこと、③当該会社の取締役、支配人、その他の重要な使用人又は支配個人の配偶者、二親等内の親族(親子、兄弟姉妹等)ではないこと、が追加されました。

一方、過去に会社関係者となったらその後いつまでも社外役員となれないとするのも不合理なので、資格要件が緩められ、「社外役員に就任する前10年以内に、当該会社又はその子会社の取締役、会計参与、執行役、支配人その他の使用人であったことがないこと」とされました(法2条15号イロ)。

社外監査役についても、社外取締役と同様の改正がなされました(法2条16号)。

子会社の社外監査役に親会社の従業員が就任している例は少なくないと思われますが、改正法下では、子会社は親会社や兄弟会社以外から社外監査役を迎える必要があります。

社外取締役の範囲の変更は、改正法施行時に社外取締役がいる場合には、施行後最初に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結の時から適用されます(改正附則4条)。

3月決算の会社であれば、遅くとも平成28年6月の定時株主総会において、改正後の要件を満たす社外役員を選任する必要がありますので注意して下さい。

「ゴルフ場セミナー」5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎