熊谷信太郎の「暴力団排除とコンプライアンス」

日本プロゴルフ選手権の主催や男子ゴルフのシニアツアーの運営などを行う公益社団法人日本プロゴルフ協会(PGA)の現職理事が、本年6月に指定暴力団の会長と、それと知りながら熊本県内のゴルフ場でプレーしていたことが判明し、本年9月に理事を辞任したとして話題になりました。さらに10月には現職副会長も一緒にプレーしていたことが判明しました。

PGAは元理事について、9月17日開催の理事会において、倫理規定に抵触するとして、懲罰諮問委員会の答申に基づき会員資格停止8か月の懲戒処分を決定しました。資格停止は除名や退会勧告に次いで重い処分であり、処分期間中は大会に出場できず、会員を名乗ってのゴルフレッスンもできません。PGAによると、これまでは6か月が最長でしたが、プレー時に原職理事だったことを重く見て8か月にしたということです。

なお、PGAは会員倫理規定の中で暴力団とのつきあいを禁止しており、平成18年と本年2月には「暴力団排除宣言」を出しています。

 

コンプライアンスとの関係

暴力団等の反社会的勢力の排除はコンプライアンス上の要請です。

コンプライアンスとは、狭義には法令、契約、内部規定などのルール遵守を意味しますが、近年では、企業倫理遵守(法令等を遵守するのみでは足りず、明文化されていない社会的要請への適応も含む)と広義に捉える考え方が有力です。

反社会的勢力を社会から排除していくことは、企業にとっても社会的責任の観点から必要かつ重要なことであり、特に近時のコンプライアンス重視の流れにおいて、反社会的勢力に屈することなく法律に則して対応することや、反社会的勢力に対して資金提供を行わないことは、コンプライアンスそのものであるとも言えます。

なお、近年の暴力団は、組織実態が隠蔽され、資金獲得活動の手口の巧妙化が進んだため、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(平成19年6月19日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)が示され、反社会的勢力による被害を防止するための基本原則として、①組織としての対応、②外部専門機関との連携、③取引を含めた一切の関係遮断、④有事における民事と刑事の法的対応、⑤裏取引や資金提供の禁止の5つの提言が示されました。

今回は、コンプライアンスの観点から暴力団員のプレーについて検討します。

 

暴力団員排除の明示

暴力団員個人のプレーは、暴力団対策法や暴力団排除条例により禁止されていませんが、ゴルフ場は契約自由の原則から、暴力団員とのゴルフ場施設利用契約の締結を拒否することができます。

具体的には、クラブハウス内の出入口や各掲示板、HP等において、「当クラブでは、○○県暴力団排除条例及び○○県ゴルフ場防犯協議会ゴルフ場利用約款により、暴力団員及びその関係者、身体の一部に入れ墨のある方の入場やプレーを一切お断りします。 その旨が判明した場合は、すぐに退場していただきます。」ということを明示し、暴力団関係者の利用を断る意思を明確に表示することが必要です。

HPからの予約申込画面においても、「予約者のみならずプレーする全員に暴力団関係者は含まれない」をクリックしないと先に進めないといったシステムにするなどの工夫も有効だと思われます。

ゴルフ場のフロントでの受付の際にも、受付票に「暴力団関係者の利用は固くお断り」であることを明示した上で、さらに受付票に「予約者のみならずプレーする全員に暴力団関係者は含まれない」という欄を設け、プレー客にチェックしてもらうなどの対応も効果的です。

暴力団員であると分かったときにこれらを根拠にプレーを断りやすくなります。

 

暴力団員のプレーと詐欺罪の成否

「暴力団関係者お断り」のゴルフ場で、会員Aが、知人Bが暴力団幹部であることを隠して一緒にプレーしたことについて、その知人とともに詐欺罪に問われたという事案もあります(本誌平成23年6月号参照)。

この事案において、名古屋地裁平成24年3月29日判決(判決①)は、会員Aに詐欺罪の成立を認め、名古屋地裁平成24年4月12日判決(判決②)は、暴力団幹部Bに詐欺罪の成立を認めませんでした。

両被告人に対して詐欺罪の成否の結論が分かれたのは、両被告人が本件ゴルフ場の会員であるか否か、つまり本件ゴルフ場が「暴力団関係者お断り」であることを両者が知っていたかどうかについての判断の違いによるものです。

この点、会員ではない暴力団幹部Bに詐欺罪の成立を否定した判決②の判断が、一般的な実務感覚や世間の常識から相当ずれたものであることは明らかでしょう。

判決①も指摘しているとおり、暴力団関係者の施設利用は、ゴルフ場に対し計り知れない不利益を与えることになり、暴力団排除条例の施行後、暴力団関係者の施設利用はほとんどのゴルフ場の約款等で禁止されていること、及び暴力団関係者であることがゴルフ場に分かれば施設利用を拒否されるであろうことを、暴力団関係者は十分承知していることは明らかと言えるからです。

とは言え、ゴルフ場における実務的処理としては判決②も踏まえた対応が求められます。

つまり、判決②が判旨した詐欺罪の成立に必要な故意の要件との関係で、「暴力団関係者の施設利用は固くお断り」であるということを、前記のように具体的に意思表示する必要があるということです。

 

暴力団員が来場したら…

暴力団関係者と思われる人物が来場した場合には、すぐに所轄の警察署に受付名簿の氏名・生年月日・住所等を連絡して、暴力団関係者かどうかの照会を依頼します。暴力団問題の担当部署にゴルフ場の概要を説明し協力を依頼する等、常日頃からの関係作りが大切です。

その結果、暴力団関係者が含まれることが判明した場合には、すぐに所轄の警察署に暴力団排除のための警察官の立会いを依頼し、警察官立会いのもとで、ゴルフ場の利用約款により暴力団関係者は入場及びプレーをお断りしている旨を説明し、もしプレーを始めてしまった後でも、直ちにプレーを止め全員退場してもらう(例えばプレーの前半に判明した場合にはハーフプレーでやめてもらう)といった対応が必要です。

約款等に暴力団関係者の施設利用を制限する旨及びプレーヤー側の事情によるプレー中断の際はプレーフィやキャディフィを返還しない旨の規定があれば、暴力団関係者のプレーを途中でやめてもらう場合でも、プレーヤー側の事情によるものとして、受領済みのプレーフィ等を全額返金する必要はありません。

約款等にこれらの規定がなければプレーの程度(ハーフかラウンド)に応じて返金します。もちろん交通費や、仕事まで休んでゴルフに来たのにゴルフ出来ないなら休業損害を払えといった要求に応じる必要はありません。

プレーを断ったところ、暴力団員が納得せずフロントで騒ぐ場合は、暴力団員を会議室等の別室に通すことになりますが、暴力団員との対応内容を正確に記録します。

この際、暴力団員に記録を咎められたとしても、対応状況を上司に報告する必要があると説明し、咎められた事実も記録します。

プレーを断る理由を説明しても同じ話を繰り返すのであれば、何度か退去を促した上で最終的に警察に連絡する旨宣言し、なお居座るようであれば不退去事件として110番通報します。この際、退去を促した時刻も細かく記録しておきます。

警視庁や都道府県警察本部では業種別、企業単位での責任者向けに「不当要求防止責任者講習」を実施しているので、組織犯罪対策本部や捜査第四課などの暴力団対策担当部署に相談してみるのもよいでしょう。

 

入れ墨(タトゥー)による入浴許否

本年9月、ニュージーランドの先住民族マオリの言語指導者の女性が、北海道の民間の温泉施設で顔の入れ墨を理由に入館を断られていたことが報道され問題となりました。

女性側は「反社会的な入れ墨とは異なる部族の伝統文化であり差別ではないか」と抗議しましたが、施設側は「入れ墨が見えれば一律で断っている」と説明したということです。

ゴルフ場のお風呂場では、「入れ墨お断り」が多いと思います。

我が国では、入れ墨をファッションとしている芸能人やスポーツ選手も増えてきているとはいえ、反社会的勢力とのつながりを連想させ、入れ墨に対して威圧感や恐怖感を感じる人が多いと思われるため、このような規制がされているのです。

マオリ族の入れ墨は部族の伝統とのことであり、その有する意味合いは日本の暴力団の入れ墨とは異なっているようですが、文化的背景のある入れ墨かどうかを客観的に区別することは実際上困難でしょう。

いわゆる銭湯において多く取られている入れ墨禁止の合理性については、家庭での内風呂が普及しているとはいえ、銭湯が日常生活で保健衛生上必要な入浴施設であることから賛否両論争いのあるところです。

これに対し、ゴルフは趣味的に行われるスポーツであって生活必需のものでないことや、お風呂に入らないでラウンドだけすることも可能であること、入れ墨に対するゴルファー一般の拒否反応が相当強くゴルフ場に風評被害が生じる可能性が高いこと等を考えると、同好の士の集まりであるゴルフ場のお風呂における入れ墨の一律禁止には、現時点では一定の合理性があり許容されるものと思われます。

ゴルフも東京オリンピックの競技種目となり、入れ墨のある民族や外国人観光客の来場も予想されますが、入れ墨による入浴の一律禁止については、入れ墨に対する今後の社会通念の変化により判断されることになるでしょう。

 

暴力団との契約や不当要求

契約の相手方が暴力団のフロント企業であることが判明した場合、契約締結前であれば契約自由の原則から拒絶が可能です。

なお、契約書に反社会的勢力排除条項を入れることは必須です。契約係属中に相手方が暴力団関係者であることが判明した場合でも、これを根拠に契約を解除できるからです。

また、NPO法人や社会活動団体を名乗り、寄付金や賛助金の要求や、機関誌の購読要求等がなされることもありますが、支払う(購入する)必要が無いと考えるのであれば毅然とした態度で断ることが大切です。弁護士による拒絶通知等も有効です。

強引な場合、刑事上は強要罪、不退去罪、業務妨害罪による告訴、民事上は面談強要禁止、架電禁止の仮処分申立て等が考えられます。

なお、相手方が機関誌等を強引に置いていったような場合には、電話や内容証明で引取りに来るよう要請し、期限までに引取りに来ない場合は書留郵便で返送するとともに返送料を請求します。

また、相手方が機関誌等を送付してきた場合には断固として受け取らず、ポストに投函されていたときは「受け取り拒否」と記載したメモを貼り押印してポストに投函します。

この点、特定商取引に関する法律59条では、商品が届いた日から14日又は消費者が商品引取りを業者に依頼した日から7日を経過するまでに業者が引取りに来ない場合は、業者はその商品の返還を請求できなくなりますので、その後は勝手に処分することが可能です。

「ゴルフ場セミナー」2013年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場の会場遅延」

昭和63年に施行された総合保養地域整備法(リゾート法)の後押しもあり、バブル景気時代にはゴルフ場の建設ラッシュが起きました。

平成3年には年間で109コースが開場し、1990年代には日本のゴルフ場の総数は約2400超にまで増加しました。

しかし、バブル崩壊後はゴルフ場の開場は減少の一途を辿り、平成13年まで2ケタの開場が続いたものの、平成17年には新規開場はついにゼロとなりました。

一方、平成4年5月のいわゆる会員契約適正化法の施行により(後述)、開設許認可取得ができないことによる開場不能・開設遅延といった問題は、ほぼ解消されています。

このような状況で、本年5月、神戸市北区で建設中の神戸CC神戸コースが、法律で義務付けられた届け出をせずに会員権を販売していた疑いが強まり、経済産業省が調査していることが報道されました。

神戸CCは、当初の開発事業者が平成7年に開発許認可を取得し(未着工)、マミヤ・オプティカル・セキュリティシステムグループが平成20年3月に事業を継承しましたが、コース変更等により正式オープンが遅れている状態のようです。

本件ゴルフ場は、少なくとも8年前から1口4万円から120万円でゴルフ会員権を販売していたと報道されており、いわゆる会員契約適正化法(後述)による届出が必要となるはずです。

会員契約適正化法の窓口である経済産業省商取引監督課も「50万円以上の募集をしたのであれば募集届け出が必要。現在実態を調査しているところ」と説明し、違法性があれば業務指導をする方針だと報道されています。

また、ゴルフ場を開発する際には、森林法に基づく林地開発の手続き(後述)を取ることも必要ですが、本件ゴルフ場ではその手続きも完了しないまま、一部の会員にプレーさせていたことも判明しました。

兵庫県の行政指導に対し、開発業者は「営業ではなく会員権販売のための内覧会で、試し打ちだ」と説明しているようですが、内覧会であっても森林法に基づく隣地開発の手続きを取ることが必要です。

 

森林法に基づく隣地開発許可制度

無秩序な開発を防止し森林の適正な利用を図るため、森林法に基づく林地開発許可制度が設けられています。

1ヘクタールを超える森林の開発をしようとするときは、この制度の手続きに従って、都道府県知事の許可を受けなければなりません。

無許可で1ヘクタールを超える開発行為をした者、許可に付した条件に違反して開発行為をした者及び偽り、その他不正な方法で許可を受けて開発行為をした者等は、開発行為の中止や復旧命令などの行政処分を受け、罰則(150万円以下の罰金)が適用される場合もありますので注意が必要です。

さらに各都道府県の林地開発行為等の適正化に関する条例等に基づく手続も取る必要があります。

例えば、兵庫県の場合には、「森林における開発行為の許可、保安林の指定等の手続を定める規則」及び「森林法による開発許可事務取扱要綱」に従って、管轄の農林水産振興事務所へ相談しながら申請図書を作成することになります。

また、千葉県など林地開発行為について条例で違反行為に罰則も定めているところもありますので注意が必要です。

 

会員契約適正化法

一方、「ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律」(いわゆる会員契約適正化法、以下「法」)は、ゴルフ会員権の乱売で社会的に注目された茨城カントリークラブ事件がきっかけとなり、平成4年5月に制定されました。

この事件は、茨城県の「茨城カントリークラブ」の開発会社が、ゴルフ会員権を2830名限定と偽って募集し、実際には5万2000人以上もの会員から金を集めて、約1000億円の資金を関連会社に横流ししたという悪名高い事件です。

本法の対象になるのは、会員が50万円以上の金銭(預託金、入会金等の名目如何を問いません)を支払い(分割払いの合計が50万円以上の場合も含みます)、ゴルフ場等の施設(ゴルフ場とそれ以外の施設の契約が一体となったいわゆる複合型施設も含みます)を継続的に利用する役務の提供契約です(法2条)。

なお、いわゆる株主制のゴルフクラブにおいてみられる株式の取得のために金銭が支払わられる契約は本法の対象となりません(平成5年5月19日付通商産業大臣官房商務流通審議官による通達)。

また、社団法人制のゴルフクラブも対象外ですが、社団法人が社員以外の会員種別を設けるなど新しい会員制度を取る場合には対象となる可能性があります(上記通達)。

さらに、既存の会員に対する契約変更の場合には本法の適用はありません(上記通達)。

例えば、ホール数等施設の変更をする場合において、新規の会員募集を行わず、既存の会員のみを対象として追加の預託金を支払わせる等の会員契約の変更を行う場合には、会員契約の締結と言えませんので、本法の対象とはなりません。

これに対し、追加募集は新たな会員契約の締結ですので、本法の対象となりますので注意が必要です。

 

規制の内容

①募集の届出(法3条)

会員制事業者は、会員募集に際し、事業者の概要、施設の計画、会員数等について、省令において定められた届出の要式に従って記載し、主務大臣に届け出なければなりません。

なお、「募集」には広告や勧誘行為等も該当し、それらの行為を行う前に届出を行う必要があります。

②会員契約締結時期の制限(法4条)

さらに、法4条は、ゴルフ場等の施設開設前の会員募集(会員契約の締結)を原則として禁止しています。

この規定により、開設許認可取得ができないことによる開場不能・開設遅延といった問題は、ほぼ解消されました。

なお、「開設」とは、建設工事が完了し、営業準備等も整い、会員が契約に基づき利用できる状態をいい、このような状態になっていれば、仮オープン等の場合のように、本オープンまでの期間も、既に開設していることになります。

③契約締結に当たっての書面による情報の開示等(法5条~12条)

会員制事業者等は、契約成立前及び契約締結時において、顧客に対し、会員契約の内容を説明した書面を交付しなければなりません。

その他、誇大広告や不実告知等の禁止、クーリング・オフ規定、書類の閲覧等の規制があります。

なお、本法のクーリングオフは、業者に落ち度がなくても、所定の期間内であれば何らの理由もなく無条件で契約の解除ができる権利であり、消費者契約法で認められる「事業者が不適切な勧誘行為をした場合に取消ができる権利」とは異なります。

④会員制事業協会の指定(法13条)

会員制事業者の自主規制努力を促すための業務(本法等の規定を遵守させるための指導・勧告・会員等からの苦情の解決、預託金等に係る債務の保証等)を行う指定法人(会員制事業協会)についての規定を設けています。

ゴルフ場に係る会員制事業協会には、(社)日本ゴルフ場事業協会が指定されています。

 

ゴルフ場の開場遅延と債務不履行

上記のとおり、法4条により、開設許認可取得ができないことによる開場不能・開設遅延といった問題は、ほぼ解消されています。

但し、㋐本法施行(平成5年5月19日)の前に会員契約に係る施設について、開発許認可を受けている場合、及び㋑本法の公布の日(平成4年5月20日)の前に会員契約の締結をしている場合には法4条の適用はなく、開場前の会員契約締結が許されることになります(法附則3条)。

さらに、㋒地方公共団体の開発許認可取得後に、会員制事業者が銀行等との間で、会員の拠出金の2分の1の返還債務の保証委託契約を締結し、ゴルフ場開発規制法令の諸許認可を得たときは、開場前であっても募集できます(法4条但し書き)。

これらに該当し、開場前に会員契約を締結したゴルフ場の開場が予定より遅延した場合、ゴルフ場経営会社はどのような責任を負うのでしょうか。

会員は、ゴルフ場経営会社との会員契約に基づいて、ゴルフ場経営会社に対し、優先的施設利用権(いわゆるプレー権)を有しています。

ゴルフ場のオープンの時期は、会員がゴルフ場施設を利用し得る時期であり会員にとって大変重要な事柄です。

そこで、ゴルフ場の開場が遅延したり、開場不能と言うべき状況に陥った場合には、会員は会員契約を解除した上で預託金等の返還を請求することができると考えられます。

ではこの場合、募集時のパンフレット記載の開場時期をどの程度遅延すれば、会員は会員契約を解除できるのでしょうか。

また、地震等による造成地の倒壊のような場合であっても、ゴルフ場は責任を負うのでしょうか。

 

平成91014日判決

この点が問題となったものとして、最高裁平成9年10月14日判決の事案があります。

本事案の概要は以下のとおりです。

会員Xは、昭和62年5月にゴルフ場経営会社Yとの間で預託金等納入して会員契約を締結しました。

その当時、ゴルフ場は建設工事中で、募集パンフレットには「完成昭和63年秋予定」と記載され、平成元年に開場することが予定されていましたが、ゴルフ場の建設工事は遅延し、平成元年中には開場することができませんでした。

その後、Yは、平成3年7月、視察プレーの名目でゴルフ場の営業を開始しました。

Xは、平成4年2月、Yに対して債務不履行を理由とした会員契約解除の意思表示を行いました。

その後、Yは、平成4年7月、ゴルフ場を正式開場しました。

その後、Xは、履行遅滞解除に基づく預託金等返還請求訴訟を東京地裁に提起し、一審ではXが勝訴しましたが、控訴審では原判決取消・請求棄却の判決が下されたため、Ⅹが上告しました。

最高裁は、①ゴルフ場を開場して債務を履行する義務は、いわば不確定期限というべきものだが、全く未確定なものではなく、当初予定されていた時期より合理的な期間の遅延は許されるとし、②Xが解除の意思表示をした時点では、既に視察プレーの名目の下における営業が開始され、近々債務の本旨に従った履行ががほぼ確実に見込まれていたというのであるから、債務の履行期が到来していたものと断ずることはできないとして、Xの履行遅滞による解除の主張は理由がないと判断しました(最高裁平成9年10月14日判決)。

 

ゴルフ場経営会社の帰責性が否定される場合

一方、開場遅延・不能がゴルフ場事業者の責めに帰することができない場合には、履行遅延や遅行不能による解除は認められません。

事業者のコントロールできない外来的・客観的要因に基づく地震や台風等自然災害による造成地の倒壊等がこれにあたります。

この他、造成中の土地から埋蔵文化財が発見されたようなケースも含まれると考えられます。この場合、文化庁は、一定期間工事の停止を命令することができるとされています(文化財保護法第4章参照)。

さらに、用地買収の遅延や景気の変動などの事情も含まれるかどうかは判断が分かれるところです。

「ゴルフ場セミナー」2013年7月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「暴力団排除(2つの名古屋判決の事案を素材に)」

紳士のスポーツと言われているゴルフですが、近年ではゴルフも大衆化し、日本での年間ラウンド数は8000万回を超えていると言われており、オリンピックの正式種目にもなりました。

ゴルフはとても面白いスポーツなので、いろいろな人がゴルフを好んでいます。いわゆる反社会的勢力に属する人たちもその例外でなく、ゴルフ好きが多くいるようで、彼らは各種規制にも関わらず、何とかしてゴルフがしたいと思っているようです。

しかし、暴力団関係者によるゴルフ場の利用は、ゴルファーにとってもゴルフ場の側にとっても、大変迷惑な行為です。ゴルフ場にやくざ風の男がうろうろしていたら、ゴルファーはとても嫌な感じがするでしょう。ゴルフ場も何とかして撃退したいと思っているところだと思います。

今回取り上げるのは、「暴力団関係者お断り」のゴルフ場で、そのゴルフ場の会員が、知人が暴力団幹部であることを隠して、その知人と一緒にプレーしたことについて、その知人とともに、詐欺罪に問われたという事案です。

ゴルフ場としてどんな対応が望ましのかも含めて、検討したいと思います。

 

2つの名古屋地裁判決

本事案は、長野県内のゴルフ場の会員である被告人Aが、平成22年10月13日、暴力団組員の被告人Bと一緒に、同人が暴力団組員であることを隠して一緒にプレーしたことについて、両被告人について、詐欺罪の成否が問題となったものです。

この事案で、名古屋地方裁判所平成24年3月29日判決(以下では、名古屋地裁判決①と言います)は、被告人Aについて詐欺罪の成立を認め、名古屋地方裁判所平成24年4月12日判決(以下では、名古屋地裁判決②と言います)は、被告人Bについて詐欺罪の成立を認めませんでした。

以下、それぞれの判決を少し詳しくみていきましょう。

 

詐欺罪の成立を認めた裁判例

まず、名古屋地裁判決①は、㋐被告人Aが、本件ゴルフ場が暴力団構成員の入場及び施設利用を禁止していることを認識しながら、被告人Bが暴力団構成員であることを秘し、本件ゴルフ場の施設を利用したこと、及び㋑被告人Aは利用料金を通常どおり支払ったことを認定しました。

そして、本件ゴルフ場が暴力団構成員の入場及び施設利用を禁止している理由について、「本件ゴルフ場に暴力団構成員が出入りすることを許可すれば、同所が暴力団の社交の場となり、暴力団と無関係な一般人がその利用を敬遠するようになったり、暴力団と関係のある企業としてその信用が著しく毀損されるなど、本件ゴルフ場経営の根幹に関わるような重大な問題な問題が生ずる可能性があるため」であると判断しました。

その上で、「利用者が暴力団構成員か否かは、本件ゴルフ場にとって、その利用を許可するための判断の基礎となる重要な事実であり、本件ゴルフ場が、被告人Bが暴力団構成員であることを知っていれば、被告人Aによる本件ゴルフ場の利用を許可しなかったであろうことが認められる」として、被告人Aらの行為は、欺罔行為(欺く行為)に該当すると判断し、被告人Aについて、詐欺罪の成立を認めました。

被告人Aの弁護人は、被告人Aは通常どおりの利用料金を支払っているので、本件ゴルフ場に財産的損害はないと主張しましたが、判決は、本件犯行は、「まさに暴力団幹部のとの交際の一環として、同人に便宜を図るために行われたもの」であり、「社交の場として利用されるゴルフ場にとって、暴力団の関与を排除することは重要な利益であり、利用料金を支払ったとしても本件ゴルフ場が被った損害は大きいと認められる」と厳しく非難しました。

 

詐欺罪の成立を否定した裁判例

これに対し、名古屋地裁判決②は、まず、同伴者である被告人Bが本件詐欺罪の故意を有していると認められるためには、⑴本件ゴルフ倶楽部の施設を利用しようとする者が暴力団構成員であるか否かが、同倶楽部従業員においてゴルフ場利用契約を成立させた上、同倶楽部の施設を利用させるか否かの判断の基礎となる重要な事項であることを認識していること、及び⑵会員である被告人Aが、同伴してゴルフプレーをしようとする者の中に暴力団構成員がいることを告げずに同倶楽部の施設利用を申し込む行為自体が、当然にその中に暴力団構成員はいない旨の事実を表する行為であることを認識していることが必要であるとしました。

その上で、判決は、⑴の点については、被告人Bの供述等から、「本件ゴルフ倶楽部の施設を利用しようとする者が暴力団構成員であるか否かが、同倶楽部従業員において、同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上、同倶楽部の施設を利用させるか否かの判断の基礎となる重要な事項であることを認識していたとまでは認められない」と判断しました。

さらに、⑵の点については、㋐ゴルフ場において同伴してゴルフプレーをしようとする者の中に暴力団構成員がいることを告げずにその施設利用を申し込む行為が、一般的に、その中に暴力団構成員はいない旨の事実を当然に表する行為であるとは認められないと判断し、さらに、㋑被告人Bは、被告人Aが本件ゴルフ倶楽部へ入会した際の手続及び審査には何ら関与しておらず、そのほかに被告人Bが被告人Aと本件ゴルフ倶楽部との契約関係の具体的内容を知っていたと認めるに足りる証拠はないことからすると、被告人Aにおいて、本件ゴルフ倶楽部の施設利用を申し込む行為自体が、当然に被告人Aが同伴してゴルフプレーをしようとする者の中に暴力団構成員はいない旨の事実を表する行為であることを、被告人Bが認識していたとは認められないとして、本件詐欺罪の成立を否定しました。

 

ゴルフ場の対応

結局、被告人が本件ゴルフ場の会員であるか否か、つまり本件ゴルフ場が「暴力団関係者お断り」であることを被告人が知っていたかどうかについての判断の点で、両被告人に対する詐欺罪の成否の結論が分かれたわけですが、会員ではない暴力団関係者について詐欺罪の成立を否定した名古屋地裁判決②の判断が、一般的な実務感覚からは相当ずれたものであることは明らかでしょう。

名古屋地裁判決①も指摘しているとおり、ゴルフ場に暴力団関係者が出入りしていれば、暴力団と無関係の一般のプレー客はそのゴルフ場を敬遠します。ゴルフ場のグレードも当然下がり、会員権相場が下がるなどの影響も考えられます。

このように、暴力団関係者の施設利用は、ゴルフ場に対し計り知れない不利益を与えることになるのです。

そして、暴力団関係者は、暴力団排除条例の施行後、暴力団関係者の施設利用は、ほとんどのゴルフ場の約款で禁止されていること、及び暴力団関係者であることがゴルフ場に分かれば、施設利用を拒否されるであろうことは十分承知していることもまた明らかであって、名古屋地裁判決②は、世間の常識から乖離しているものと言わざるを得ません。

 とは言え、名古屋地裁判決②のような判断を裁判所がしている以上、ゴルフ場としては、本判決を踏まえた対応が求められることになります。

つまり、名古屋地裁判決②が判旨した、詐欺罪の成立に必要な故意の要件との関係で、「暴力団関係者の施設利用は固くお断り」であるということを、ゴルフ場において、具体的に明示する必要があるということです。

 

プレーやコンペの予約において

まず、クラブハウス内の出入口や各掲示板、またホームページ等において、「当クラブでは、○○県暴力団排除条例及び○○県ゴルフ場防犯協議会ゴルフ場利用約款により、暴力団員及びその関係者、身体の一部に刺青のある方の入場やプレーを一切お断りします。 その旨が判明した場合は、すぐに退場していただきます。」ということを明示しておくべきでしょう。

ホームページからの予約申込画面においても、「予約者のみならずプレーする全員に暴力団関係者は含まれない」をクリックしないと先に進めないといったシステムにするなどの工夫も有効だと思われます。

このように毅然とした態度で対応することで、暴力団関係者の側がそのゴルフ場を敬遠し、被害を事前に食い止めることができます。

こういった対応は、特にリゾート地のゴルフ場など、ゲスト客が多く訪れ暴力団関係者に狙われやすいゴルフ場において、特に重要だと思われます。

ゴルフ場のフロントでの受付の際にも、受付票に「暴力団関係者の利用は固くお断り」であることを明示した上で、さらに受付票に「予約者のみならずプレーする全員に暴力団関係者は含まれない」という欄をもうけ、プレー客にチェックしてもらうなどの対応も必要です。

ゲストのみの申込みを認めているゴルフ場の場合には特に注意が必要です。このような場合には、予約の際に運転免許証などの身分証明書を提出してもらい、提出を拒否するような場合には予約を受け付けないなどの対応も必要です。

このような対応を取ると、申し込みを断るプレー客もいるかもしれませんが、それでも構わないという強い姿勢で臨むことが大切です。

なお、こうした対応を実際に取っているゴルフ場によりますと、開場以来暴力団絡みの被害には一切遭っていないということであり、有効な方法であることが分かります。

また、ゴルフ場が暴力団関係者のゴルフコンペのために施設を提供することは、暴力団の活動を助長するとともに、暴力団の資金獲得手段ともなり得るものであり、暴力団排除条例により禁止されています。

大きな貸切コンペの場合、他の一般のプレー客への迷惑を考える必要もありませんし、大きな売り上げにつながるからといって、受け付けてしまうゴルフ場も中にはあるようですが、暴力団の活動を封じるためにも、毅然とした態度で申込を拒絶することが重要です。

 

暴力団関係者からの予約を受け付けてしまったら

その風体から暴力団関係者と思われる人物が来場した場合には、すぐに所轄の警察署に受付名簿の氏名・生年月日・住所等を連絡して、暴力団関係者かどうかの照会を依頼します。暴力団関係の問題については通常生活安全課が担当し、警察署の受付に連絡して暴力団関係者の照会依頼である旨を伝えれば、生活安全課の担当者に回してもらえます。

その結果、暴力団関係者が含まれることが判明した場合には、すぐに所轄の警察署に暴力団排除のための警察官の立会いを依頼し、警察官立会いのもとで、ゴルフ場の利用約款により暴力団関係者は入場及びプレーをお断りしている旨を説明し、直ちにプレーを止め全員退場してもらう(例えばプレーの前半に判明した場合にはハーフプレーでやめてもらう)といった対応が必要です。

そして、一緒にプレーした人物については、暴力団関係者であることが判明しなかった者も含めて全員を、ゴルフ場の予約ブラックリストに載せるなどの対応も必要でしょう。

さらに、各都道府県のゴルフ場防犯協議会のような組織にも事例を報告するなど、近隣のゴルフ場が一体となって、暴力団排除の姿勢を取ることが大切だと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2012年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場の道路の凍結」

ゴルフ場は山間部に造られることも多く、冬場は道路が凍り、事故につながることもあります。

一口にゴルフ場の道路といっても、①ゴルフ場に至るまでの道路(通常は公道)、②ゴルフ場敷地内において、乗用車が通行する道路、③コース内のカート道、④その他歩道など、さまざまな道路があります。

道路は、土地の工作物であり、その所有者は、土地工作物の設置責任を負います。また、来場者を迎えるゴルフ場としては、来場者が安全にプレーを楽しむことができるよう配慮すべき安全配慮義務を負っています。万が一ゴルフ場が管理する道路で事故が起こった場合には、土地工作物の設置責任に基づく損害賠償責任(民法717条)や、安全配慮義務違反による損害賠償責任(民法415条)を負う可能性があります。

今回は、ゴルフ場の道路の凍結に関して説明したいと思います。

 

ゴルフ場内の事故ではなく、凍結した公道での事故ですが、①岡山地裁平成22年10月19日判決、②大阪地裁平成20年12月8日判決という対照的な近時の裁判例がありますので、まずはこれらの事案の概要を紹介します。

岡山地裁判決

この事故(第1事件)は、岡山県と鳥取県の県境にある国道179号線人形峠のトンネル付近の鳥取県側で発生しました。平成19年1月30日午前8時ころ、Aがビール樽を積んだ大型貨物車で峠のトンネルを通過し、下りの橋に差し掛かったところで、路面凍結のためA車がスリップを始めました。A車の走行速度は時速64kmでした。緩やかな右カーブで、Bの2t車が自損事故を起こして路肩に停車中だったのですが、A車はB車に接触し、さらに法面の段差に乗り上げてしまい、反対車線からやってきた大型バスのC車に積荷のビール樽を衝突させてしまいました。

A車を所有する会社及び保険会社が、A車や道路の修理費、B車やC車に関する示談金など563万円余りの損害賠償を求め、道路を管理する鳥取県を訴えたところ、岡山地裁は、鳥取県に対し、281万円余りの支払いを命じました。

大阪地裁判決

この事故(第2事件)は、阪神高速道路湾岸線上、大阪府堺市の三宝出口付近で発生しました。平成16年1月18日午前7時ころ、Dが運転するD車が、時速60kmの速度規制があることに気付かず、その速度を超えて走行していましたが、先に事故を起こして大和川付近で停止していた車を見てやや減速し、右カーブに差し掛かった後、スリップして本線と三宝出口への側道との間に設置されていた角型クッションドラムに衝突し、D車は前面全体を損傷してしまいました。

Dは、車両が全損し、死ぬかと思うほどの恐怖を感じたとして、弁護士費用も含め143万円の損害賠償を求め、阪神高速道路株式会社及び独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構を訴えましたが、大阪地裁は、Dの請求を棄却しました。

 

第1事件、第2事件ともに、国家賠償請求事件です。国家賠償法2条1項は「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。」と規定します。これに対し、民法717条は「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。」として、土地工作物責任を定めます。国家賠償法と民法では、責任を負う主体(私人も含むか)や、適用範囲(公の営造物か、土地の工作物か)等に違いがありますが、基本的な考え方は共通しており、要は、施設を管理する者は、通常備えるべき安全性を確保しなければならない、ということです。

第1事件では、人形峠のトンネル付近の道路はスリップ事故を起こしやすく、岡山県側では凍結防止剤を3回散布し、道路状況の確認も行っていて、道路が凍結していなかったのに対し、鳥取県側では、他にも数台の自動車がスリップ事故を起こすほど、かなり危険な状態であったにもかかわらず、凍結防止剤は前日に散布しただけで、道路状況も確認せず放置した、と判断されました。また、Aの運転が不適切だという県側の主張に対しては、「Aの運転方法が本件道路で通常予想される交通方法を逸脱した異常で無謀なものであるとか、自殺行為であるとまではいえない。Aの運転方法の問題点は過失相殺を行うことにより考慮すべきである。」としました(過失5割)。

これに対し、第2事件では、事故数時間前の巡回でも異常報告はなく、凍結防止剤も危険な場所から順次散布しており、前線凍結注意等の情報も表示してあり、他の多数の車は事故を起こすことなく事故現場を通過していました。ところが、凍結のおそれのある冬道の走行経験が少なく、速度規制を見落としたDは、速度調節や前方注視を怠り、ハンドル操作を誤るなどして、事故の主な原因となった可能性も相当程度あると判断されたのです。この他、事故現場付近の高速道路は、関西国際空港へのアクセス道路にもなっており、安易に道路を閉鎖できないという事情もありました。

ドライバーに落ち度があるという点では第1事件も第2事件も同様ですが、道路管理者がやるべきことをきちんと行っていたのか、という点が判決内容の違いとなったのです。

 

大津地裁判決

道路管理者はどのようなことをなすべきか、参考例として大津地裁平成16年4月26日判決を紹介します。

この事故は、平成13年1月30日午前2時45分ころ、Eが大型貨物自動車で滋賀県西浅井町の国道303号線を走行していたところ、新栄橋の手前35mで、橋の上に2台の事故車両を発見し、ブレーキをかけたところ、橋面が凍結していたため、E車がスリップし、ハンドル操作が不能となり、橋の欄干を破って河川に転落し、E車と積荷に損害が生じたというものです。

Eの勤務する会社が原告となり、散水融雪装置からの散水で道路が凍結して事故が発生したとして、道路管理者を訴えましたが、大津地裁は、要旨以下のように述べて、原告の請求を棄却しました。

・散水融雪装置が事故前に散水を行って散水が停止したため橋面が凍結したとは認められず、装置に瑕疵はない。路面凍結は別の要因によるものであるが、被告の道路管理に瑕疵があるかが問題となる。

・道路面の凍結現象は、当該道路の地理的、気象的、地理的条件及び道路構造等が加わって発生する自然現象であり、必ずしも道路が凍結したことのみをもって道路が本来有している安全性を欠いているということはできない。国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があったといえるかは、当該営造物の場所的環境及び利用状況、管理の方法等諸般の事情を総合考慮して、道路の通常有すべき安全性を欠いているといえるかによって判断されるべきである。

・本件事故現場では12月から2月にかけてかなりの積雪量がある。散水融雪装置は一定の気象条件で作動することになっており、事故当時も正常に稼働していた。国道303号は交通の要衝であり、交通量が多くなるのは午後5時から午後6時ころである。被告の管理体制は、以下のようなものであった。

①パトロール等

道路を管理する土木事務所では、6班編成で除雪配備態勢をとっていた。事故前日29日の夕方に大雪等の注意報が発令され、8名の職員が待機した。班長は、同日午後8時の降雪量や気温を見て、主要な幹線道路である国道303号を中心にパトロールすることとし、午後9時ころ事務所を車で出発した。午後10時30分ころ、事故現場付近で下車し、路面の状況を歩いて確認した。路肩に少し雪はあったが、凍結防止剤と思われる白い粒が路側に残っており、散水融雪装置は稼働していなかった。

②凍結防止剤の散布

土木事務所は地元事情に精通した地元業者に凍結防止剤の散布を委託している。業者に対する説明会も実施され、気象状況の把握に努め、時宜に応じて凍結防止剤を散布するよう指導されていた。

委託業者は通常スケジュール通り、29日午前4時30分から午前8時にかけて、また、午後7時から午後10時にかけての2回、凍結防止剤の散布を行った。

③警告表示等の設置

事故現場手前2km強の区間に「すべりやすい」という警戒標識3基のほか、簡易道路情報表示装置など警告看板13基が設置されていた。

・この付近の事故発生数はわずかであり、凍結が原因となって事故が多発するという状況にはない。

・事故現場の橋に向っての右カーブは緩やかであり、また緩やかな上り勾配となっていて、前方の見通しも確保されている。

・以上の事実に照らせば、本件事故現場付近の道路は、通常有すべき安全性を欠いているとはいえず、土木事務所における、本件事故現場付近の道路の管理に瑕疵があったとは認められない。

 

この大津地裁判決は、凍結道路での事故に関する裁判の典型例です。凍結道路の事故においては、事故現場の客観的な状況(事故を招きやすい構造になっていないか、実際に事故は多発していないか等)に加え、道路管理者の①パトロール状況、②凍結防止剤の散布状況、③警告表示等の設置状況等を総合考慮して、通常有すべき安全性を欠いていたか否かが判断されることが多いのです。

したがって、道路を管理するゴルフ場においても、現に事故が多発する地点、あるいは事故が起きやすい構造になっている地点を中心に、パトロールを行い、凍結防止剤を散布し、警告表示等を設置するといった対応が求められることになります。とはいえ、国や県とは異なり、ゴルフ場では24時間体制でこのような対応をすることは明らかに無理ですので、夜間の路面凍結が心配されるような時期には、営業終了後、ゴルフ場が管理する道路に進入できないように閉門し、翌朝、道路の安全性を確認してから開門するといった工夫も必要でしょう。

なお、寒冷地のゴルフ場と、暖かい地域のゴルフ場では、要求される対応のレベルもおのずと異なってきます。スリップした大型貨物自動車が歩行者に衝突し死亡した事故で、地裁判決を覆し、道路管理者の責任を否定した大阪高裁昭和50年9月26日判決は、「当地方は特に積雪地帯ではなく、本件程度の積雪凍結状態である限り道路管理者に常時路面の凍結解消措置をとるべきことを義務付けることはできず、道路通行者が車両にチェーンを取り付ける等の個々人の注意義務によって交通上の危険を防止すべきである。」と述べています。

 

冒頭に述べたように、ゴルフ場の道路には、クラブハウスまでの進入路以外にも、カート道や歩道などもあります。特にセルフプレーで乗用カーを利用する場合、運転免許を持っておらず、運転に不慣れな人が乗ることもありますから、ゴルフ場としても、十分な注意を払う必要があります。本誌昨年11月号でも述べた通り、急カーブや坂道といった危険箇所をできるだけ少なくするということが根本的な解決策ですが、次善の策としては、危険な場所で無理な運転をさせない工夫をすることが大切です。危険な場所に差し掛かる前に、危険を確実に知らせることが重要ですし、減速せざるを得ないような工夫をすることも効果的でしょう。

凍結によるスリップ事故が最も心配される雪の場合にはそもそもゴルフ場がクローズされると思いますが、そうでなくても、雨が降った後や霜が降りて凍ることもありますので注意が必要です。特に乗用カーのタイヤはグリップ力が弱く滑りやすくなっていますのでより注意が必要です。コース課の担当者がカップを切るとき、カート道もチェックして、もし凍っている場所があれば、キャディーマスター室に報告し、来場者に注意を促すとともに、凍結注意徐行せよといった看板やカラーコーンを置くようにすべきでしょう。

ゴルフ場としては、来場者等に対する安全配慮義務もサービスの一環であることを自覚し、限られた人手や予算の中で、できる限りの対応をすることが求められます。

ゴルフ場セミナー2011年3月号掲載
熊谷信太郎

熊谷信太郎の「乗用カー事故」

良い天気の日に、広々としたコースを歩いてゴルフを楽しむのも良いですが、乗用カーに乗り、爽やかな風を受けてプレーをするのも快いものです。

乗用カーはたいへん便利な乗り物である反面、ささいなことがきっかけで大事故につながってしまうこともあります。

今年8月、兵庫県のLカントリー倶楽部で、乗用カーを運転していたプレイヤーの男性が、下り坂のカーブを曲がり切れず斜面を転落、運転していた男性は死亡、同乗者も怪我を負うという痛ましい事故がありました。同CCでは、その4日後にも乗用カー事故が発生したそうです。9月に入ると、北海道のゴルフ場でも、坂を走行中の乗用カーがコースを外れ、木に激突し、プレイヤー4名が重軽傷を負いました。

乗用カー事故といえば、昨年11月には、高知県のゴルフ場で、男子プロゴルフツアーが開催されている真っ最中に、報道陣の乗用カーが暴走し、観客に怪我を負わせるという事故が大きな話題になりましたが、今回の一連の事故は、死者まで出てしまったこともあり、業界紙やスポーツ紙だけでなく、全国紙でも大きく報じられています。

乗用カーの事故については、昨年の本誌7月号でも取り上げ、ゴルフ場がなぜ乗用カー事故の責任を負うのか、損害賠償、特に慰謝料の相場はどれくらいか、といった点について、実際の事件を例に挙げて説明をしました。今回は、相次ぐ乗用カー事故について、事故増加の背景を明らかにし、ゴルフ場はどのような対策をすべきかという点を中心に説明したいと思います。

 

事故増加の背景

ゴルフは本来歩いてするスポーツですが、乗用カーの登場で、キャディーなしのセルフプレーも可能になり、手軽に、かつスピーディーにプレーを楽しむことができるようになりました。最近では、多数のゴルフ場で乗用カーを導入するようになり、フェアウェイまで乗り入れることができるゴルフ場もあります。中には、フェアウェイへの乗り入れは可能であるが、乗用カーの重みでラフの芝が寝てしまうと、ラフの意味がなくなってしまうということで、ラフへの乗り入れは禁止、というゴルフ場もあります。

アメリカなどでは、早くから乗用カーが普及しており、乗用カーに慣れているプレイヤーが多いようですが、乗用カーでボールを捜しに行って、そのまま池に落ちてしまった、というような事故も時にはあるようです。また、日本とは異なり、2人乗りの小型乗用カーも多く、芝に与える負担が比較的少ないためか、フェアウェイへの乗り入れ可能というゴルフ場が多いように見受けられます。

乗用カー事故が増加した背景には様々な事情があると思われますが、以下のような理由が指摘されています。

①コース設計とセルフプレー

日本でも急速に普及してきた乗用カーですが、既存のゴルフ場は、必ずしも乗用カーの利用を前提として設計されたわけではありません。乗用カーを後から導入したため、どうしても急なカーブや坂道を通行せざるを得ない場合も多くあります。

それでも、カート道の危険個所を熟知したキャディーが運転するのであれば、急なカーブや坂道では、速度を十分に落として慎重に運転するなどの対応が可能ですが、折からの不況の影響もあり、セルフプレーが増え、プレイヤー自身が運転するケースが多くなったことが、事故増加の大きな原因であると言われています。

②法制度と運転自体の不慣れ等

乗用カーは、ゴルフ場内を走行するため、公道を走る自動車と異なり、運転免許は不要です。自動車を運転する人であれば、乗用カーの運動特性も把握しやすいと思いますが、運転免許を持っていない人の場合には、乗用カーの動き方を把握できず事故につながりやすいでしょう。数年前のアメリカ国内の調査報告によれば、アメリカ国内の乗用カー事故の3割に、子供が関わっているそうです。必ずしもゴルフ場内で起こった事故ばかりでなく、空港やイベント会場での乗用カー事故も調査対象となっているようですが、乗用カーに関する無理解が原因と思われます。

自動車の場合、飲酒運転は大変危険であり、万が一そのような行為を行えば厳罰が科されます。しかし、乗用カーの場合、お昼にビールを飲んでから乗用カーを運転するプレイヤーをゴルフ場が黙認している場合もあります。直ちに交通法規に違反するものではないかもしれませんが、乗用カーであっても飲酒運転が危険であることに変わりはありません。

また、冒頭で紹介した事故の死傷者は、高齢の方々です。乗用車の場合でも、運動能力や判断力・注意力の低下から、高齢者が起こす交通事故が問題となっていますが、乗用カーでも同じことが言えるかもしれません。

③乗用カーの設計

乗用カーの多くは左ハンドル車です。右ハンドル車を製造しようとすると、アクセルと右前輪の位置が重なってしまい、不都合だということです。日本の乗用車は右ハンドルが多いので、運転免許を持っていても、左ハンドルに不慣れで、乗用カーは運転しにくいと感じるプレイヤーもいるようです。

また、乗用カーは自動車に比べて重心が高く、坂道や急カーブで転倒の危険があります。転倒まで至らなくても、自動車と違って乗用カーにはドアがありませんから、急カーブで同乗者が乗用カーから投げ出されてしまう危険性もあります。数年前には、茨城県のゴルフ場で、キャディーが運転する乗用カーが急カーブを曲がる際、プレイヤーが乗用カーから転落、アスファルトで頭部を強打して死亡するという事故もありました。

乗用カーには、ガソリンで走行するものと、電気で走行するものがあります。電気で走行するものは、音が静かであるという意味で優れていますが、周囲にいるプレイヤーが、近づいてきた乗用カーに気がつかず、乗用カーの進路に飛び出して衝突事故が発生するということもあります。

 

求められる注意義務の程度

乗用カーの事故が増加しているとはいっても、乗用カーはセルフプレーには欠かせません。また、最近の乗用カーは、ナビゲーションシステムが搭載されていて、「グリーンまで200ヤードです」「右はOBです」などと音声で知らせてくれるものもあり、単なる移動・運搬の道具という域を超えた、大変便利なものになっています。多くのプレイヤーにとって、また、ゴルフ場にとっても、乗用カーは、なくてはならないものになっており、ゴルフ場としても、乗用カー事故への対応策を講じなければなりません。

ゴルフ場は、プレイヤーに対し、安全配慮義務を負っています。予め想定される危険については、できるだけその原因を除去し、もし除去することが難しいのであれば、プレイヤーに注意を促し、危険を回避させることが必要です。

ここでゴルフ場が気をつけなければならないのは、プレイヤーに対してどの程度の注意をすればよいか、ということです。

わかりやすく言えば、そのゴルフ場を初めて利用する人でも、どこが危険な場所なのか、必ず気がつくように工夫をしなければなりません。コースキャディーやメンバーだけが危険な場所を知っている、というのでは全く不十分なのです。また、危険な場所にさしかかったら、誰でも容易に危険を回避できるよう、注意を促すタイミング等にも気をつけなければなりません。

誰にでもわかるようにする、という意味では、最近は外国人プレイヤーも増加していますから、日本語表記をするだけでなく、英語などの外国語表記も併用するなどの対応も望まれます。最近の中国・韓国からの来場者の急増を考えると、いずれは中国語・韓国語での案内を検討するゴルフ場が増えてくるかもしれませんが、当面は日本語と英語の併用で十分なのではないかと思われます。

 

具体的な対応策

まず、根本的には、急カーブや坂道といった危険箇所をできるだけなくし、乗用カーでの事故が起こりにくいレイアウトに改修することが考えられます。しかし、昨今の厳しい経済情勢の中、それだけの予算や空間を確保できるゴルフ場は極めて少数でしょう。

次善の策としては、危険な場所で無理な運転をさせない工夫をすることが考えられます。何より、危険な場所を、プレイヤーに対し、事前に確実に知らせる、ということが重要です。危険な場所にさしかかる手前に看板等を設置するということは、実施が容易で、高い効果も見込まれることから、どのゴルフ場でも行っていると思います。しかし、せっかくの看板等も、ゴルフ場に求められる安全配慮義務を充足するレベルのものでなければ意味がありません。コースの美観を損ねないように配慮しつつも、キャディーや、そのコースに慣れたメンバーではなく、初めてそこを通ったプレイヤーであっても、また、外国人プレイヤーであっても、すぐにわかるような案内になっているか、という観点から再確認をしてはどうでしょうか。カート道に色を塗って、危険な場所を知らせるゴルフ場もあります。危険な場所に近づいた場合、アナウンスを流して音声で知らせるということも考えられます。カート道の脇に音声案内装置を設置する方法や、乗用カーに搭載されたナビを利用する方法があるでしょう。危険な場所に差し掛かる直前に、カート道に突起物を設けたり、S字クランクを設けたりして、強制的に減速させ、事故を未然に防ぐということも考えられます。衝突事故を防ぐため、電気で走行する乗用カーについては、乗用カーが近づいたことを周囲のプレイヤーに知らせるため、鈴をつけているゴルフ場もあるようです。万が一の事故の場合の損害を最小限に防ぐため、転落防止用の柵を設置することも、ゴルフ場が比較的簡単に行うことができる対応策ではないでしょうか。

プレイヤーが乗用カーに乗り込む前からできる安全対策もあります。カート道の地図を配布して危険な場所を明示して、運転するプレイヤーに注意を促すことも有効です。乗用カー利用規則を作成し、プレイヤーが来場したときには、その規則に基づいた注意書を配布し、プレイヤーには、利用規則を遵守して乗用カーを利用することを誓約のうえ、署名をしてもらう方法も考えられます。その際には、合理的な内容の免責条項も盛り込んでおくと、後々のトラブルの際の助けになり得るでしょう。自動車の運転免許を持っているプレイヤーだけが乗用カーを運転することができる、飲酒をした場合には乗用カーを運転させない、というルールを設けることも考えられます。

ゴルフ場がいくら注意をしていても、不幸にして事故が起こってしまう可能性もあります。ゴルフ場やプレイヤーが保険に加入するということも、大切なリスク回避の方法です。

「ゴルフ場セミナー」2010年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「受動喫煙防止」

2010年4月1日より、神奈川県では「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行されています。この条例は、違反に対する罰則付きの条例として話題になりました。

ゴルファーにも愛煙家が多いと思いますが、今回は、受動喫煙防止に関する法律問題について説明したいと思います。

 

受動喫煙の害

愛煙家の中には、喫煙と肺癌の因果関係は立証されていないなどと強弁する人もいるようです。喫煙が自身の健康に無害であると信じることや、喫煙による各種癌や心臓血管系の疾病等への罹患リスク増加を知った上で甘受することは喫煙者の自由です。人には自己責任で体に悪いことをする自由も認められています。

しかし、問題は受動喫煙です。一般的にはタバコは身体に対して有害であると認められているうえ、喫煙者本人の害よりも、周囲の人間の受動喫煙の方がより有害であるという研究結果もあります。

ある医師の報告によれば、タバコの煙にはタール、ニコチン、一酸化炭素など、200種類以上の有害物質が含まれているそうです。中でも、タールは発癌性物質や発癌促進物質、毒性物質を含み、一酸化炭素には動脈硬化を促進させる作用があるそうです。煙に含まれる発癌物質が体に吸収されると、臓器に蓄積され、肺癌、膀胱癌、肝臓癌、子宮頸癌や、慢性気管支炎、肺気腫、心筋梗塞、胃潰瘍、クモ膜下出欠、歯周病や不妊などを引き起こす原因になるそうです。

小児の受動喫煙による喘息や下気道疾患などの呼吸器感染症等の発症率を非喫煙者の子供と比較すると、2~5割も高く、また、喫煙者と30年以上同居している人は、喫煙者と同居したことがない人と比べて認知証の発症率が約30%も高いというデータもあるようです。

周囲の人間に対する迷惑は、単にマナーの問題にとどまらないのです。

ちなみに、この医師によれば、タバコによって解消されるのは「タバコを吸いたい」という欲求から生まれるストレスだけで、それ以外のストレスは全く軽減されないのだそうです。

 

受動喫煙防止に向けた取り組み

平成15年5月1日施行の健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法第25条)。ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っています。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」にすぎませんでした。

健康増進法制定と前後して、たばこによる害の広がりは、公衆の健康に深刻な影響を及ぼす問題であることが世界的に認識されるようになり、平成16年3月9日には、我が国も「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(たばこ規制枠組条約)に署名し、同条約は平成17年2月27日に発効しました。

平成19年6月から7月にかけて、同条約の第2回締約国会合(COP2)が開かれ、日本も、同条約発効後5年以内、すなわち平成22年2月までに、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。

この際に定められたガイドラインでは、「完全禁煙以外の措置は不完全だ」「全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきだ」「たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきだ」と定められていますが、「法的拘束力はない」とされています。

ガイドラインに定められた期限ぎりぎりの平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。

そこでは、「今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性として、多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべきである。…(中略)…特に、屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である。」とされています。

 

神奈川県の条例

現在、受動喫煙防止に関して最も法的規制が進んでいるのは神奈川県です。

神奈川県では、昨年3月に、冒頭に述べた条例を定め、本年4月1日から施行されています。この条例は、官公庁やスポーツ施設等(第1種施設)を全て禁煙としています。ただし、これらの施設でも、喫煙所を設けることはできます。また、飲食店やホテル等(第2種施設)では禁煙だけでなく分煙も選択できますし、小規模な飲食店や宿泊施設等については、後述の罰則規定の適用はなく、この条例による規制はすべて「努力義務」とされます。

ここで、「禁煙」と「分煙」の違いについて説明しておきます。

一般的には、ある施設の中で全面的に喫煙が禁止されるのが「禁煙」、部分的に喫煙が禁止され、禁止部分に全く煙が流れ込まないような仕組みになっているのが「分煙」と言われます。ただし「禁煙」であっても、専ら喫煙のためだけに使用する「喫煙所」を設けることは許されることが多いでしょう。(屋内に専用喫煙室を設けただけでは「分煙」にとどまるとする県もあります。)

例えば、あるレストランで、喫煙所以外では一切喫煙できないというのであれば「禁煙」ですが、喫煙と禁煙の部屋を完全に分けて、禁煙の部屋に全く煙が流れ込まないように設備を整えたとしても、テーブルで喫煙できるのであれば、それは「分煙」にとどまる、ということです。

条例制定を受け、一部のファストフード店やファミリーレストランでは、神奈川県内の全店舗を禁煙化するとのことです。これに対し、居酒屋等では、禁煙としてしまうと、特に宴会等大人数で利用する場合の客足が遠のくとして、禁煙には慎重な姿勢を見せているようです。

神奈川県の条例の画期的な点は、施設管理者が禁煙措置を講じない場合等、知事は施設管理者に指導、勧告、命令ができ、命令に従わない場合には5万円以下の過料に処することとして、罰則をもって受動喫煙防止措置を義務付けた点です。

地方自治法14条3項を根拠として、地方公共団体は条例に2年以下の懲役等の罰則を定めることができますが、そもそも、国の法律で罰則が定められていないのに、都道府県レベルの条例で罰則を定めて良いのか、という問題があります。

これは結局法律の趣旨(法律に定めた趣旨、あるいは法律に定めない趣旨)の解釈の問題です。国が、その行為を一律に処罰しない趣旨で罰則を定めないのであれば、条例で罰則を定めることはできません(教科書で引用される例としては刑法改正による姦通罪の廃止等が挙げられます)。逆に、地域の実情に応じて罰則を定めても良いという趣旨であれば、条例で罰則を定めることもできます。

受動喫煙防止については、国レベルの法制度の整備が遅れているだけであって、条例で罰則を定めることを禁じるものではなく、むしろたばこ規制枠組条約のガイドラインの趣旨に照らせば、罰則を設けることが望ましいとすらいえるでしょう。

本年3月の報道によれば、知事選と重なった石川を除く46知事に対するアンケートの結果、静岡、京都、奈良、兵庫、和歌山、鳥取、鹿児島の7知事が、受動喫煙防止を目的にした独自の条例制定を検討中とのことで、京都及び奈良は、罰則の必要性も今後検討するとのことです。また、18知事が、国が罰則付きの法規制をすべきだと考えているのに対し、10知事が、国の罰則付きの法規制に反対しているそうです。

 

ゴルフ場における取組み

今後、世の中はますます禁煙の方向に進むものと思われます。ゴルフ場は、スポーツ施設ですから、特に禁煙化が強く求められるようになりますが、どのように禁煙化を進めるべきでしょうか。

クラブハウスの中をくわえタバコで歩き回るのは論外ですが、非喫煙者も利用する食堂や風呂場、トイレで喫煙をすることも受動喫煙につながりますので、法の趣旨からは認めるべきではありません。

コンペルームを原則禁煙、一部だけ喫煙可とすることは、喫煙者に配慮した穏当な方法のようにも思われますが、これではせいぜい「分煙」にとどまります。通常であれば、コンペ参加者の中に非喫煙者もいるでしょうから、受動喫煙防止という観点からは全く不十分です。

どうしても喫煙スペースを設けたいのであれば、専用の「喫煙室」を設置することが本来的な方法ですが、費用もスペースもない、という場合も多いでしょう。

そうなると、屋外に喫煙場所を設けるしかないということになります。しかし、屋外であっても受動喫煙の可能性はあります。また、ジュニアの育成が叫ばれている今、屋外においても、子供が来る可能性がある場所で喫煙をするべきではありません。日本ゴルフ協会や関東ゴルフ連盟もジュニア委員会を設け、ジュニアゴルファーの育成に力を入れています。前述した厚生労働省局長通知の「屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である」という指摘も忘れてはなりません。

ティーインググラウンド付近に灰皿を設置し、待ち時間に喫煙することは許されるかもしれません。ただし受動喫煙に対する配慮をしなければならないのは当然です。しかし、フェアウェーやグリーンでは、火災防止の観点やマナーの観点から、全面禁煙とすべきでしょう。コース売店でも、受動喫煙の害が大きいため禁煙とすべきでしょう。

当面、神奈川県以外の県では条例で罰則が定められていませんが、いずれ罰則付き条例が多数派になるのは目に見えています。神奈川県のゴルフ場は勿論のこと、他県のゴルフ場も早急にこれらの措置を講ずべきなのは言うまでもありません。

 

従業員への安全配慮義務

ゴルフ場において受動喫煙を防止するというのは、何もゴルフ場を訪れたプレイヤーのためだけではありません。従業員との関係においても、受動喫煙の防止は重要な課題です。

使用者は、事業遂行に用いる物的施設及び人的施設の管理を十全に行うなど、従業員の職場における安全と健康を確保するため、十分な配慮をしなければなりません。これを安全配慮義務といいます。

勿論、使用者としても、従業員の安全や健康そのものを保障できるわけではなく、結果責任を問うことは妥当ではありませんが、受動喫煙の害について広く認識されるに至った今日において、職場における受動喫煙を防止する措置を講じることは、使用者が負うべき安全配慮義務から導かれる要請です。

もっとも、工場設備の管理に明らかな不備があって事故が起こり、従業員が怪我をしたというような場合と異なり、受動喫煙と従業員の健康被害との間に相当因果関係があることを立証することは、実際問題としては非常に困難であると思われます。

しかし、訴訟等になった場合の立証が困難であるからといって、使用者が、従業員の安全と健康に配慮しなくてよいということにはならないのは当然のことです。

「ゴルフ場セミナー」2010年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎