ゴルフ場は山間部に造られることも多く、冬場は道路が凍り、事故につながることもあります。
一口にゴルフ場の道路といっても、①ゴルフ場に至るまでの道路(通常は公道)、②ゴルフ場敷地内において、乗用車が通行する道路、③コース内のカート道、④その他歩道など、さまざまな道路があります。
道路は、土地の工作物であり、その所有者は、土地工作物の設置責任を負います。また、来場者を迎えるゴルフ場としては、来場者が安全にプレーを楽しむことができるよう配慮すべき安全配慮義務を負っています。万が一ゴルフ場が管理する道路で事故が起こった場合には、土地工作物の設置責任に基づく損害賠償責任(民法717条)や、安全配慮義務違反による損害賠償責任(民法415条)を負う可能性があります。
今回は、ゴルフ場の道路の凍結に関して説明したいと思います。
ゴルフ場内の事故ではなく、凍結した公道での事故ですが、①岡山地裁平成22年10月19日判決、②大阪地裁平成20年12月8日判決という対照的な近時の裁判例がありますので、まずはこれらの事案の概要を紹介します。
岡山地裁判決
この事故(第1事件)は、岡山県と鳥取県の県境にある国道179号線人形峠のトンネル付近の鳥取県側で発生しました。平成19年1月30日午前8時ころ、Aがビール樽を積んだ大型貨物車で峠のトンネルを通過し、下りの橋に差し掛かったところで、路面凍結のためA車がスリップを始めました。A車の走行速度は時速64kmでした。緩やかな右カーブで、Bの2t車が自損事故を起こして路肩に停車中だったのですが、A車はB車に接触し、さらに法面の段差に乗り上げてしまい、反対車線からやってきた大型バスのC車に積荷のビール樽を衝突させてしまいました。
A車を所有する会社及び保険会社が、A車や道路の修理費、B車やC車に関する示談金など563万円余りの損害賠償を求め、道路を管理する鳥取県を訴えたところ、岡山地裁は、鳥取県に対し、281万円余りの支払いを命じました。
大阪地裁判決
この事故(第2事件)は、阪神高速道路湾岸線上、大阪府堺市の三宝出口付近で発生しました。平成16年1月18日午前7時ころ、Dが運転するD車が、時速60kmの速度規制があることに気付かず、その速度を超えて走行していましたが、先に事故を起こして大和川付近で停止していた車を見てやや減速し、右カーブに差し掛かった後、スリップして本線と三宝出口への側道との間に設置されていた角型クッションドラムに衝突し、D車は前面全体を損傷してしまいました。
Dは、車両が全損し、死ぬかと思うほどの恐怖を感じたとして、弁護士費用も含め143万円の損害賠償を求め、阪神高速道路株式会社及び独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構を訴えましたが、大阪地裁は、Dの請求を棄却しました。
第1事件、第2事件ともに、国家賠償請求事件です。国家賠償法2条1項は「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。」と規定します。これに対し、民法717条は「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。」として、土地工作物責任を定めます。国家賠償法と民法では、責任を負う主体(私人も含むか)や、適用範囲(公の営造物か、土地の工作物か)等に違いがありますが、基本的な考え方は共通しており、要は、施設を管理する者は、通常備えるべき安全性を確保しなければならない、ということです。
第1事件では、人形峠のトンネル付近の道路はスリップ事故を起こしやすく、岡山県側では凍結防止剤を3回散布し、道路状況の確認も行っていて、道路が凍結していなかったのに対し、鳥取県側では、他にも数台の自動車がスリップ事故を起こすほど、かなり危険な状態であったにもかかわらず、凍結防止剤は前日に散布しただけで、道路状況も確認せず放置した、と判断されました。また、Aの運転が不適切だという県側の主張に対しては、「Aの運転方法が本件道路で通常予想される交通方法を逸脱した異常で無謀なものであるとか、自殺行為であるとまではいえない。Aの運転方法の問題点は過失相殺を行うことにより考慮すべきである。」としました(過失5割)。
これに対し、第2事件では、事故数時間前の巡回でも異常報告はなく、凍結防止剤も危険な場所から順次散布しており、前線凍結注意等の情報も表示してあり、他の多数の車は事故を起こすことなく事故現場を通過していました。ところが、凍結のおそれのある冬道の走行経験が少なく、速度規制を見落としたDは、速度調節や前方注視を怠り、ハンドル操作を誤るなどして、事故の主な原因となった可能性も相当程度あると判断されたのです。この他、事故現場付近の高速道路は、関西国際空港へのアクセス道路にもなっており、安易に道路を閉鎖できないという事情もありました。
ドライバーに落ち度があるという点では第1事件も第2事件も同様ですが、道路管理者がやるべきことをきちんと行っていたのか、という点が判決内容の違いとなったのです。
大津地裁判決
道路管理者はどのようなことをなすべきか、参考例として大津地裁平成16年4月26日判決を紹介します。
この事故は、平成13年1月30日午前2時45分ころ、Eが大型貨物自動車で滋賀県西浅井町の国道303号線を走行していたところ、新栄橋の手前35mで、橋の上に2台の事故車両を発見し、ブレーキをかけたところ、橋面が凍結していたため、E車がスリップし、ハンドル操作が不能となり、橋の欄干を破って河川に転落し、E車と積荷に損害が生じたというものです。
Eの勤務する会社が原告となり、散水融雪装置からの散水で道路が凍結して事故が発生したとして、道路管理者を訴えましたが、大津地裁は、要旨以下のように述べて、原告の請求を棄却しました。
・散水融雪装置が事故前に散水を行って散水が停止したため橋面が凍結したとは認められず、装置に瑕疵はない。路面凍結は別の要因によるものであるが、被告の道路管理に瑕疵があるかが問題となる。
・道路面の凍結現象は、当該道路の地理的、気象的、地理的条件及び道路構造等が加わって発生する自然現象であり、必ずしも道路が凍結したことのみをもって道路が本来有している安全性を欠いているということはできない。国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があったといえるかは、当該営造物の場所的環境及び利用状況、管理の方法等諸般の事情を総合考慮して、道路の通常有すべき安全性を欠いているといえるかによって判断されるべきである。
・本件事故現場では12月から2月にかけてかなりの積雪量がある。散水融雪装置は一定の気象条件で作動することになっており、事故当時も正常に稼働していた。国道303号は交通の要衝であり、交通量が多くなるのは午後5時から午後6時ころである。被告の管理体制は、以下のようなものであった。
①パトロール等
道路を管理する土木事務所では、6班編成で除雪配備態勢をとっていた。事故前日29日の夕方に大雪等の注意報が発令され、8名の職員が待機した。班長は、同日午後8時の降雪量や気温を見て、主要な幹線道路である国道303号を中心にパトロールすることとし、午後9時ころ事務所を車で出発した。午後10時30分ころ、事故現場付近で下車し、路面の状況を歩いて確認した。路肩に少し雪はあったが、凍結防止剤と思われる白い粒が路側に残っており、散水融雪装置は稼働していなかった。
②凍結防止剤の散布
土木事務所は地元事情に精通した地元業者に凍結防止剤の散布を委託している。業者に対する説明会も実施され、気象状況の把握に努め、時宜に応じて凍結防止剤を散布するよう指導されていた。
委託業者は通常スケジュール通り、29日午前4時30分から午前8時にかけて、また、午後7時から午後10時にかけての2回、凍結防止剤の散布を行った。
③警告表示等の設置
事故現場手前2km強の区間に「すべりやすい」という警戒標識3基のほか、簡易道路情報表示装置など警告看板13基が設置されていた。
・この付近の事故発生数はわずかであり、凍結が原因となって事故が多発するという状況にはない。
・事故現場の橋に向っての右カーブは緩やかであり、また緩やかな上り勾配となっていて、前方の見通しも確保されている。
・以上の事実に照らせば、本件事故現場付近の道路は、通常有すべき安全性を欠いているとはいえず、土木事務所における、本件事故現場付近の道路の管理に瑕疵があったとは認められない。
この大津地裁判決は、凍結道路での事故に関する裁判の典型例です。凍結道路の事故においては、事故現場の客観的な状況(事故を招きやすい構造になっていないか、実際に事故は多発していないか等)に加え、道路管理者の①パトロール状況、②凍結防止剤の散布状況、③警告表示等の設置状況等を総合考慮して、通常有すべき安全性を欠いていたか否かが判断されることが多いのです。
したがって、道路を管理するゴルフ場においても、現に事故が多発する地点、あるいは事故が起きやすい構造になっている地点を中心に、パトロールを行い、凍結防止剤を散布し、警告表示等を設置するといった対応が求められることになります。とはいえ、国や県とは異なり、ゴルフ場では24時間体制でこのような対応をすることは明らかに無理ですので、夜間の路面凍結が心配されるような時期には、営業終了後、ゴルフ場が管理する道路に進入できないように閉門し、翌朝、道路の安全性を確認してから開門するといった工夫も必要でしょう。
なお、寒冷地のゴルフ場と、暖かい地域のゴルフ場では、要求される対応のレベルもおのずと異なってきます。スリップした大型貨物自動車が歩行者に衝突し死亡した事故で、地裁判決を覆し、道路管理者の責任を否定した大阪高裁昭和50年9月26日判決は、「当地方は特に積雪地帯ではなく、本件程度の積雪凍結状態である限り道路管理者に常時路面の凍結解消措置をとるべきことを義務付けることはできず、道路通行者が車両にチェーンを取り付ける等の個々人の注意義務によって交通上の危険を防止すべきである。」と述べています。
冒頭に述べたように、ゴルフ場の道路には、クラブハウスまでの進入路以外にも、カート道や歩道などもあります。特にセルフプレーで乗用カーを利用する場合、運転免許を持っておらず、運転に不慣れな人が乗ることもありますから、ゴルフ場としても、十分な注意を払う必要があります。本誌昨年11月号でも述べた通り、急カーブや坂道といった危険箇所をできるだけ少なくするということが根本的な解決策ですが、次善の策としては、危険な場所で無理な運転をさせない工夫をすることが大切です。危険な場所に差し掛かる前に、危険を確実に知らせることが重要ですし、減速せざるを得ないような工夫をすることも効果的でしょう。
凍結によるスリップ事故が最も心配される雪の場合にはそもそもゴルフ場がクローズされると思いますが、そうでなくても、雨が降った後や霜が降りて凍ることもありますので注意が必要です。特に乗用カーのタイヤはグリップ力が弱く滑りやすくなっていますのでより注意が必要です。コース課の担当者がカップを切るとき、カート道もチェックして、もし凍っている場所があれば、キャディーマスター室に報告し、来場者に注意を促すとともに、凍結注意徐行せよといった看板やカラーコーンを置くようにすべきでしょう。
ゴルフ場としては、来場者等に対する安全配慮義務もサービスの一環であることを自覚し、限られた人手や予算の中で、できる限りの対応をすることが求められます。
ゴルフ場セミナー2011年3月号掲載
熊谷信太郎