今年7月、静岡県で、川岸に設置された動物よけの電気さくにより、川遊びをしていた家族連れら7人が感電し、2人が死亡するという痛ましい事故が発生しました。この電気柵さくは、設置者が自作したもので、必要な安全基準(後述)を満たすものではなかったことが原因だったようです。
この事故を受けて、政府が全国の農地などに設置が確認されたおよそ10万箇所の電気さくを調査したところ、7000箇所余りで必要な安全対策が取られていないことが分かりました。
調査によると、ゴルフ場では181箇所の電気さくが設置されており、このうち15箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。農地や牧場などでは全体の7%に当たる7090箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。
電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されており、インターネット等でも容易に入手することができますが、適切な方法で設置しないと人に重大な危害を及ぼすおそれがあります。
経産省は電気さくの設置について、昭和40年にパルス発生装置(電流を断続的に流す)の設置を義務化し、平成18年には漏電遮断機の設置を義務化していました。
設置業者によると、正規メーカーによりPSEマーク(電気用品に国が安全と認可した印)の付いているパルス発生装置と漏電遮断器を設置していれば事故の危険性は低いということですが、平成18年以前に設置したゴルフ場では安全確保措置が万全とは言い切れません。
今回は、電気さくに関する安全確保措置について検討します。
安全確保措置
電気さくとは、田畑や牧場等で、高圧の電流による電気刺激によって、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する「さく」のことです。
日本では、電気設備の一種として、人に対する危険防止のために、電気事業法や電気用品安全法等で設置方法が定められています。
電気さくは、田畑や牧場、その他これに類する場所で、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する場合に限り設置できます。
設置に際しては、以下の安全基準を満たす必要があります。
①危険である旨の表示をすること
電気さくを設置する場合は、人が見やすいように、適当な位置や間隔、見やすい文字で、「危険」「さわるな」「電気さく使用中」等の注意看板を設置する等、危険である旨の表示を行うことが必要です。
②電気さく用電源装置の使用
電気さくに電気を供給する場合は、感電により人に危険を及ぼすおそれのないように、出力電流が制限される電気さく用電源装置(パルス発生装置。PSEマークの付いているもの)を用いる必要があります。
③漏電遮断器の設置
電気さくを公道沿いなどの人が容易に立ち入る場所に施設する場合で、30ボルト以上の電源(家庭のコンセント等)から電気を供給するときは、漏電による危険を防止するために、15mA 以上の漏電が起こったときに0.1 秒以内に電気を遮断する漏電遮断器を設置する必要があります。
④ 専用の開閉器(スイッチ)の設置
電気さくに電気を供給する回路には、電気さくの事故等の際に、容易に電源がオン・オフできるよう、専用の開閉器(スイッチ)を設置する必要があります。
これらの規定に違反した場合には、30万円以下の罰金という罰則が規定されています(電気事業法120条)。
NGKによる電気さく調査
経産省から依頼を受けて、日本ゴルフ場経営者協会(NGK)では、「電気さくの安全措置の実施状況アンケート」調査を全国のゴルフ場を対象に行いました。
NGKは実質で全国1775コースの支配人に調査票を送付し、8月17日現在で452コースから回答を得ました。その回答のうち38.3%にあたる173コースが電気さくを設置し使用していました。
173コースのうち、91.3%にあたる158コースが前記安全基準に適合していますが、8.7%にあたる15コースが不適合と回答しています。
不適合の内容は、「①危険である旨の表示をしていない」が4コース、「③漏電遮断器を設置していない」が9コース、「①表示をしておらず+③漏電遮断器を設置していない」が2コースとなっています(上記のとおり、漏電遮断器は平成18年より設置が義務化されたため、それ以前に設置した電気さくについては設置要請にとどまり義務違反とはなりません)。
②電気さく用電源装置や④専用の開閉器(スイッチ)を未設置とする回答はなかったということです。
不適合があると回答したゴルフ場では、「8月中に改善」が11コース、「9月中に改善」が1コース、「年内には改善」が2個コースとなっています。
ゴルフ場の法的責任
電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されていますが、これまでイノシシは夜行性と言われ、昼間は電源を切っており、ゴルファーに危険はないと考えるゴルフ場もあるようです。しかし最近ではイノシシは夜行性というわけでなく、人を避けているだけとも言われ、昼間も通電したままのコースもあるようです。
万一ゴルフ場内で電気さくによる感電事故が起き、前記安全基準を満たしていなかったような場合には、刑法上の業務上過失致死傷罪にあたり、5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金となる可能性もあります。
また民事責任として一般に、①安全配慮義務違反、②土地工作物責任が考えられます。
①安全配慮義務違反とは、民法第415条が定める債務不履行責任(契約責任)の一種です。
ゴルファーがゴルフ場と締結する利用契約の中には、「ゴルフ場は、ゴルファーに対し、安全にプレーさせる」という内容も含まれます。
しかしゴルフ場側の配慮が足りずゴルファーに事故が起こった(例えば、電気さくの設置につき前記4つの安全基準を満たしていないため感電事故が起きた)ような場合には、ゴルフ場が「安全にプレーさせる」という契約内容に違反しており、ゴルフ場はゴルファーに対して損害を賠償しなければならない、というわけです。
②土地工作物責任とは、民法第717条第1項が定める不法行為責任の一種です。安全配慮義務違反の場合と異なり、ゴルフ場と契約関係にある相手方に限られず、ゴルフ場内に立ち入った第三者との関係でも問題となります。
同条項は「土地の工作物」の「設置又は保存に瑕疵」があって損害が生じた場合、占有者や所有者が賠償責任を負わなければならないと定めています。
「土地の工作物」とは、「土地に接着し、人工的作業をしたことで成立したもの」と説明され、電気さくもこれに含まれます。
「設置又は保存に瑕疵」というのは、「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであると解されており、電気さくの場合、前記4つの安全基準(①危険である旨の表示、②電気さく用電源装置の使用、③漏電遮断器の設置、④専用スイッチの設置)を遵守しているかどうかが「通常備えるべき安全性を欠いている」かどうかの判断基準になると考えられます。
ゴルフ場内の電気さくが、前記4つの安全基準を満たさず通常備えるべき安全性を欠いていたために、ゴルファーや第三者に損害が生じた場合、占有・所有をしているゴルフ場が損害賠償をしなければならないというわけです。
プレーヤーがOBラインにボールを取りに行ったりする際に、電気さくに触れたとしても、4つの安全基準を遵守していれば、基本的に感電事故は防止できるものと考えられています。
ただ、設置後の漏電遮断器の故障や、電気さくが大雨で流されて水たまり等に浸かっている等により感電事故を起こす危険性もあります。そのため上記安全基準を満たして設置すれば充分と考えるのではなく、電気柵設置後は、断線や草木等による漏電がないか定期的に点検を行い、大雨等の後にも電気さくや電源装置、漏電遮断器等に破損がないかを検査して、常に安全な状態を保つことが必要であると考えられます。
こういった事後的な措置を欠いた結果感電事故が発生したようなケースでは、ゴルフ場の責任が問われることもあり得るので、日頃の点検が重要です。コース管理者にこういった指示を具体的に出しておく必要があります。
なお、ゴルフ場ではゴルファー以外の第三者の立ち入りを禁止しているのが通常ですので、ゴルファー以外の第三者がゴルフ場内に立ち入り事故にあったようなケースでは、不法侵入した点を過失相殺される場合もあり得るものの、不法侵入だからといって、責任を免除されるということにはなりません。
過失相殺とは、損害賠償を請求する側(被害者)にも過失があった場合、裁判所がその過失を考慮して賠償額を減額する制度です。
例えば、被害者の損害が100万円と認められたとしても、被害者の過失が10%あると認定されたら、100万円の10%=10万円分が相殺され、最終的に90万円の請求が認められることになります。
従業員の事故の場合
ゴルフ場は、労働安全衛生法第3条第1項により、また、労働契約法第5条により、従業員の業務上の安全にも配慮すべき義務を負っています。これに違反し、事故が発生すると、民事・刑事上の責任を問われることがあります。
死亡事故や重大な後遺症が残ったような場合の民事上の損害賠償責任は相当高額になります。刑法上の業務上過失致死罪に問われる可能性もあります。
安全な労働環境を提供していなかったとなれば、労働安全衛生法第23条ないし第25条等の違反となり、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金となることもあります(労働安全衛生法第119条第1号)。
従業員の場合、業務上の必要性から電気さくに近づかなければならないこともあろうかと思います。電気さくの近くで作業をする際は、万一漏電している場合に備えて、手袋を着ける、長袖に長ズボン等感電を防ぐ服装を心がけさせる等の安全教育を徹底することも必要です。
「ゴルフ場セミナー」2015年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎