熊谷信太郎の「マタハラ」

近年いわゆるセクハラやパワハラ、さらに最近ではマタハラ(マタニティーハラスメント)が職場での大きな問題となっています。いずれのハラスメントも企業活動に重大な支障を与えることから、職場の労務管理上無視できない重要な課題です。

昨年11月には、厚生労働省がマタハラに関する初の実態調査を実施し、妊娠・出産経験のある女性のうち、マタハラを受けたと回答する人が、正社員で21%、派遣社員では48%に上り、契約社員(13%)や、パートタイマー(5%)も被害に遭っている実態が判明しました。

マタハラの内容については、解雇や雇止めといった深刻なケースはそれぞれ約2割、降格と減給もそれぞれ約1割、「迷惑だ」「辞めたら?」等の嫌がらせの発言は半数近くの女性が受けていたということです。

日本のゴルフ場では女性のキャディが多数を占め、フロントやレストラン、経理等、女性が多い職場であり、女性従業員の妊娠・出産は避けて通れません。パートのキャディから妊娠の報告を受けた後の契約更新をどうするか、フロントの女性従業員から育休を1年取りたいと相談された場合の雇用をどうするか等、マタハラは無視することのできない身近な問題であり、慎重な対応が必要であると思われます。今回はいわゆる「マタハラ」について検討します。

マタハラ訴訟

ゴルフ場の事案ではありませんが、昨年11月にマタハラに関する注目すべき判決が出ました。

広島市の病院に勤務していた女性が妊娠を理由に降格されたことが、男女雇用機会均等法に反するかが争われた事案で、広島高裁は、降格を適法とした一審の広島地裁判決を変更し、精神的苦痛による慰謝料も含めてほぼ請求どおり約175万円の賠償を病院側に命じ、女性が逆転勝訴したのです。

判決によると、女性は平成16年から管理職の副主任を務めていましたが、第2子を妊娠した平成20年、軽い業務への配置転換を希望すると副主任の役職を外され、復帰後も管理職ではなくなりました。

一、二審では原告側が敗訴しましたが、平成26年10月に最高裁は、妊娠による降格は原則禁止で、①自由意思で同意しているか、②業務上の理由等の特殊事情がない限り、違法で無効であるとの初判断を示し、広島高裁に審理のやり直しを命じました。社会問題化しているマタハラをめぐって行政や事業主側に厳格な対応や意識改革を迫った判断と言えるでしょう。

差戻し後の広島高裁では、降格が許される例外として最高裁が示した①明確な同意(当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき)、或いは②業務上必要な特段の事情(円滑な業務運営や人員の適正配置の確保等の業務上の必要性から支障がある場合であって、男女雇用機会均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情)の有無が争点となりました。

広島高裁はいずれも認められないと判断し、「病院は、使用者として女性労働者の母性を尊重し職業生活の充実の確保を果たすべき義務に違反した過失がある」としました。

一方、病院側は、特殊事情として、女性に協調性がない等と適格性を問題視し、女性を再任用すると指揮命令が混乱する等と主張しましたが、裁判所はいずれの主張も具体性に欠けるとして退けました。

法律による規制

使用者には、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)があるとされています(労働契約法5条)。

安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、業務内容等により個別具体的に決せられ、職場環境配慮義務(セクハラ、パワハラ、マタハラ)も、この安全配慮義務の一つであるとされています(本誌平成26年2月号参照)。

マタニティーハラスメント(マタハラ)とは、「妊娠・出産、育児休業等を理由として解雇、不利益な異動、減給、降格等不利益な取扱い」であり、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法等で禁止されています。

まず、男女雇用機会均等法は、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを禁止しています(法9条3項)。

また、育児・介護休業法は、育児休業、子の看護休暇、所定外労働の制限、所定労働 時間の短縮措置、時間外労働の制限及び深夜業の制限について、その申出をしたこと又は取得等を理由として、労働者に対して解雇その他不利益取扱いを禁止しています(法10条等)

そのため事業主は、女性労働者が妊娠・出産・産前産後休業を取得したり、妊娠中の時差通勤等男女雇用機会均等法による母性健康管理措置や深夜業免除等労働基準法による母性保護措置を受けたこと、子どもを持つ労働者が育児休業、短時間勤務、子の看護休暇等を取得したことを理由として、以下のような不利益取扱いをしてはなりません。

<不利益取扱いの具体例>

解雇、雇止め、契約更新回数の引き下げ、退職や正社員を非正規社員とするような契約内容変更の強要、降格、減給、賞与等における不利益な算定、不利益な配置変更、不利益な自宅待機命令、昇進・降格の人事考課で不利益な評価を行う、仕事をさせない・専ら雑務をさせる等就業環境を害すること、派遣労働者について派遣先が当該派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を拒む…

不利益取扱いの禁止

男女雇用機会均等法や育児・介護休業法の違反の要件となっている「理由として」とは、「妊娠・出産、育児休業等の事由と不利益取扱いとの間に因果関係があること」を意味すると考えられています。

そして、妊娠・出産、育児休業等の事由を「契機として」不利益取扱いを行った場合は、原則として「理 由として」いる(事由と不利益取扱いとの間に因果関係がある)と判断されます。

ここで、妊娠・出産、育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は、原則として「契機として」いると考えられています。

但し、事由の終了から1年を超えている場合であっても、実施時期が事前に決まっている、又は、ある程度定期的になされる措置(人事異動、人事考課、雇止め等)については、事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断されますので注意が必要です。

不利益取扱い禁止の例外①

但し、①㋐業務上の必要性から不利益取扱いをせざるをえず、 ㋑業務上の必要性が、当該不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる「特段の事情」が存在する場合には、基本的に法違反にはならないと考えられています。

例えば、経営悪化の為人員削減を検討していた折に、フロントの女性従業員に育休を1年取りたいと相談されたとしましょう。育休を取ることを理由に解雇・退職勧奨することは許されないのは既述のとおりです。但し、事業主側の状況(職場の組織・業務体制・人員配置の状況)や労働者側の状況(知識・経験等)等を勘案し、㋐業務上の必要性からその従業員を解雇せざるを得ず、 ㋑業務上の必要性が解雇等によりその従業員が受ける影響を上回ると認められる事情が存在する場合には、例外的に許される余地があります。

例えば、本人の能力不足等が理由である場合で、妊娠等の事由の発生前から能力不足等が問題とされており、不利益取扱いの内容・程度が能力不足等の状況と比較して妥当で、 改善の機会を相当程度与えたが改善の見込みがないような場合は、上記㋐㋑の「特段の事情」が存する場合として許される余地があります。

この場合、妊産婦以外の従業員についても同様の取扱いをしていたか否かが、例外か否かの判断上重要な要素になります。

なお、上記広島高裁の事案では、病院側は、特殊事情として、女性に協調性がないなどと適格性を問題視し、女性を再任用すると指揮命令が混乱する等と主張しましたが、裁判所はいずれの主張も具体性に欠けるとして退けました。

不利益取扱い禁止の例外②

また、②㋐労働者が当該取扱いに同意している場合で、 ㋑有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適切 に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するときにも、基本的に法違反にはならないと考えられています。

つまり、契機となった事由や取扱いによる有利な影響(労働者の求めに応じて業務量が軽減されるなど)があって、それが不利な影響を上回り、不利益取扱いによる影響について事業主から適切な説明があり、労働者が十分理解した上で応じるかどうかを決められたような場合には、例外にあたり許される可能性があります。

例えば、ゴルフ場の女性管理職について、妊娠に伴う軽易業務への転換を契機に降格・減給することは原則として許されませんが、会社から本人に対して適切な説明が行われ(書面等本人が理解しやすい形で、降格に伴う減給等についても説明)、本人の自由意思に基づく明確な同意があり、業務量の軽減による利益が降格・減給による不利益を上回っている等の事情が認められれば、例外にあたり許される可能性があります。

なお、上記広島高裁の事案では、裁判所は、復帰後の地位の説明がなかった点等から、降格を女性が承諾したことについて「自由意思に基づいていたとの客観的な理由があったとは言えない」と判断しています。

ゴルフ場の対応

以上のように、原則として、妊娠・出産・育児休業等の事由から1年以内(時期が事前に決まっている措置に関する不利益取扱いの場合は、事由の終了後の最初のタイミング)になされた不利益取扱いについては、例外に該当しない限り、違法と判断されます。そのため、妊産婦の従業員に対して雇用管理上の措置を行う場合、それが法違反となる不利益取扱いでないか、改めて確認した上で慎重に行うことが必要です。

法違反の不利益取扱いを行った場合には、報告、助言、指導、勧告等の行政指導がなされ、例えば解雇撤回勧告等に従わない場合には事業主名が公表されます。行政指導の際に必要な報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には20万円以下の過料が科せられる場合があります。また、当該従業員との間で裁判となった場合、そのような事実がネット等を通じて広まると企業イメージに打撃を与え、裁判の結果次第では、解決金や損害賠償金、慰謝料等を支払わなければならなくなる可能性もあります。

なお、厚労省はマタハラ対策強化のため、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法を見直し、企業に対し、社員教育や相談窓口の設置を義務付けること等を検討しているということです。

我が国においては少子化が進行し、人口減少時代を迎えています。少子化の急速な進行は、労働力人口の減少、地域社会の活力低下など、社会経済に深刻な影響を与えます。持続可能で安心できる社会を作るためには、効率優先一辺倒の社会から「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)」を実現する社会に転換していくことが必要不可欠です。子育て等家庭の状況から時間的制約を抱えている時期の労働者について、仕事と家庭の両立支援を進めていくことが、企業や社会全体の明日への投資であり、活力の維持につながるのではないかと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2016年1月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「マイナンバー」

平成25年5月、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(以下「マイナンバー法」)が成立し、10月に施行されました。マイナンバーが記載された通知カードは、10月20日頃から概ね11月中に、住民票の住所に簡易書留で届くとされており(10月末日現在)、平成28年1月から、社会保障、税、災害対策の行政手続にマイナンバーが必要になります。

マイナンバーは、住民票を有する全ての方に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用される制度です。その効果として、①公平・公正な社会の実現(所得や他の行政サービスの受給状況を把握しやすくなるため、適切な徴税を行うとともに生活保護の不正受給・未受給をなくす)、②国民の利便性の向上(添付書類の削減等、行政手続が簡素化され、国民の負担を軽減する)、③行政の効率化(行政機関相互において情報照会を容易にする)の3つが挙げられています。

このように、行政上の利便性の観点から定められた法律ですが、ゴルフ場経営会社等の民間企業も従業員の健康保険等の加入手続を行ったり、従業員の給料から源泉徴収して税金を納めたりしているわけですから、無関係ではありません。

そこで今回は、ゴルフ場経営会社がマイナンバーを取扱う際の注意点を検討します。

マイナンバーの取得

マイナンバーの取得時期については、法定調書等を行政機関等に提出する時までに取得すればよく、必ずしも平成28年1月のマイナンバーの利用開始に合わせて取得する必要はありません。例えば、給与所得の源泉徴収票であれば、平成28年1月の給与支払いから適用され、平成29年1月末までに提出する源泉徴収票からマイナンバーを記載する必要がありますので、それに合わせて取得します。

ゴルフ場ではキャディ等パートやアルバイトの従業員も多いと思いますが、正社員だけでなく、契約社員、パート、アルバイト等、自社が直接給与を支払っている全従業員とその扶養家族の個人番号を取得します。但し、派遣社員については、派遣元が給与厚生業務を行うため、自社での対応は不要です。

また顧問税理士や弁護士、コースアドバイザー、コース管理業者(個人事業主)等に報酬を支払う場合、支払調書にマイナンバーを記載する必要があるため、こうした外部の方からもマイナンバーを取得します。

なお、取引先が法人の場合には、支払調書等に法人番号を記載する必要がありますが、法人番号は個人番号と異なり国税庁の公式サイト上に公表され誰でも利用できるので、万一取引先から番号の開示がなくても、自ら入手することが可能です。

マイナンバーを取得する際は、本人に利用目的を明示するとともに、他人へのなりすましを防止するために厳格な本人確認が必要です。

利用目的は、「個人番号利用事務等を処理するために必要な範囲内」で「できるだけ特定」しなければならないとされていますが(個人情報保護法15条1項)、「源泉徴収票作成事務」や「健康保険・厚生年金保険届出事務」という程度の特定で足りるとされています。

利用目的の通知の方法としては、文書の交付、就業規則への明記、社内LANにおける通知等が挙げられますが、個人情報保護法18条等のガイドライン等に従って、従来から行っている個人情報の取得の際と同様の方法で行うことも考えられます。

そして本人の同意の有無にかかわらず、利用目的の達成に必要な範囲を超えて利用することはできません。このため、源泉徴収のために取得したマイナンバーは源泉徴収に関する事務に必要な限度でのみ利用が可能です。なお、従業員からマイナンバーを取得する際に、源泉徴収や健康保険の手続き等、マイナンバーを利用する事務・利用目的を包括的に明示して取得し、利用することは差し支えありません。但し利用目的を後から追加することはできません。

もし従業員等がマイナンバーの提供を拒んだ場合には、社会保障や税の決められた書類にマイナンバーを記載することは法令で定められた義務であることを説明し、提供を求めます。それでも提供を受けられないときは、国税庁や厚労省等書類の提出先の機関の指示に従って下さい。

なお、マイナンバーは、法律や条例で定められた社会保障、税、災害対策の手続き以外で利用することはできません。これらの手続きに必要な場合を除き、民間事業者が従業員や顧客等にマイナンバーの提供を求めたり、マイナンバーを含む個人情報を収集し、保管したりすることもできません。

法律や条例で定められた手続き以外の事務でも、個人番号カードを身分証明書として顧客の本人確認を行うことができますが、その場合は、個人番号カードの裏面に記載されたマイナンバーを書き写したり、コピーを取ったりすることはできません。

これらの場合、偽り等の不正手段が認められれば罰則(後述)が科せられる可能性もあります。

本人確認

マイナンバーを取得する際は、㋐正しい番号であることの確認(番号確認)と㋑現に手続きを行っている者が番号の正しい持ち主であることの確認(身元確認)が必要です。原則として、①個人番号カード(=マイナンバーが記載された顔写真付のカード。番号確認と身元確認)、 ②通知カード(=住民のひとりひとりに個人番号を通知するもの。番号確認)と運転免許証等(身元確認)、 ③個人番号の記載された住民票の写し等(番号確認)と運転免許証等(身元確認) のいずれかの方法で確認する必要があります。

但し、これらの方法が困難な場合は、過去に本人確認を行って作成したファイルで番号確認を行うこと等も認められます。また、雇用関係にあること等から本人に相違ないことが明らかに判断できるとマイナンバー利用事務実施者が認めるときは身元確認を不要とすることも認められます。さらに、対面だけでなく、郵送、オンライン、電話によりマイナンバーを取得する場合にも、同様に番号確認と身元確認が必要となります(電話の場合には本人しか知り得ない事項の申告等で身元確認)。

利用・安全管理

マイナンバーを取り扱う際は、その漏えい、滅失、毀損を防止する等、マイナンバーの適切な管理のために必要な措置を講じなければなりません。個人情報一般の場合と異なり、個人番号に関しては全ての企業が安全管理義務を負うことになります。具体的な措置については、特定個人情報保護委員会からガイドラインが示されています(特定個人情報=マイナンバーをその内容に含む個人情報)。その概要は以下のとおりです。

①事業者各自において取扱いに関する基本方針・基本規定の策定

②特定個人情報ファイルの取扱状況を確認するための手段整備(組織的安全管理措置)

③特定個人情報等の管理区域・取扱区域を明確にし、電子媒体等の盗難防止の措置等を行う(物理的安全管理措置)

④事務取扱担当者の監督・教育(人的安全管理措置)

⑤アクセス権者の限定・アクセス時の識別と認証、外部からの不正アクセス防止等の措置(技術的安全管理措置)

但し、中小規模事業者(従業員の数が100名以下の事業者であって、一定の要件を満たすもの)の場合、講ずべき安全管理措置の体制を簡易化するという特例を設けることにより、実務への影響を配慮しています。

このように、マイナンバーの取得に先立って、利用しているシステムや帳票類などのフォーマットを変更し、番号の取得と保管に関するセキュリティ対策を行い、マイナンバーの取扱いに関する社員教育を徹底する等、各社の状況に応じた適切な安全管理体制を構築することが必要不可欠となります。

なお、マイナンバーが漏えいして不正に用いられるおそれがあるときは、マイナンバーの変更が認められます。そのため、マイナンバーが変更されたときは事業者に申告するように従業員等に周知しておくとともに、一定の期間ごとにマイナンバーの変更がないか確認することが考えられます。毎年の扶養控除等申告書等、マイナンバーの提供を受ける機会は定期的にあると考えられるので、その際に変更の有無を従業員等に確認することもできるでしょう。

罰則について

特定個人情報を不適正に取り扱った場合には、特定個人情報保護委員会から指導・助言や勧告・命令を受ける場合があるほか、正当な理由がないのに、個人の秘密が記録された特定個人情報ファイル(マイナンバーをその内容に含む個人情報ファイル)を提供した場合等には、処罰の対象となります。

例えば、㋐正当な理由なく特定個人情報ファイルを提供した場合には、4年以下の懲役か200万円以下の罰金又はこれらの併科、㋑不正利益目的で個人番号を提供・盗用した場合には、3年以下の懲役か150万円以下の罰金又はこれらの併科、㋒人を欺く、暴行、施設への侵入等不正行為で個人番号を取得した場合には3年以下の懲役又は150万円以下の罰金、㋓偽り等の不正手段により個人番号カードを取得した場合には6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金等の罰則が規定されています。

このようにマイナンバーに関する罰則は、個人情報保護法等他の関係法律の罰則よりも厳しいものとなっており、実際に違反を行った者だけでなく、法人も罰するいわゆる両罰規定が定められています。

一方、これらの罰則は故意犯を対象としているので、サイバー攻撃等で情報が漏れた場合等、過失による情報漏えいの場合には罰則は課せられません。但し、漏えいの様態によっては、特定個人情報保護委員会から改善を命令される場合があり、それに従わない場合、罰則はありえます。なお過失の場合でも、民事上の損害賠償請求をされる可能性はありますので、適切な安全管理体制の構築が必要となります。

委託や再委託

マイナンバーを取り扱う業務の全部又は一部を委託することは可能です。また、委託を受けた者は、委託を行った者の許諾を受けた場合に限り、その業務の全部又は一部を再委託することができます。

委託や再委託を行った場合は、個人情報の安全管理が図られるように、委託や再委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければなりません。委託や再委託を受けた者には、委託を行った者と同様にマイナンバーを適切に取り扱う義務が生じます。

マイナンバーの廃棄

個人番号関係事務を処理する必要がなくなった場合で、所管法令において定められている保存期間を経過した場合には、個人番号をできるだけ速やかに廃棄又は削除しなければなりません。

例えば、扶養控除等申告書の法定保存期間は7年ですが、この期間を経過した場合には、マイナンバーを復元できない手段でできるだけ速やかに廃棄又は削除しなければなりません。或いは、マイナンバー部分を復元できないようにマスキングまたは削除した上で、当該書類の保管を続けるという方法もあります。

なお、廃棄が必要となってから廃棄作業を行うまでの期間については、安全性と事務の効率性等を勘案し、毎年度末に廃棄を行う等事業者において判断すればよいとされています。

廃棄や削除の具体的な方法についても、実務の手順として決めておきます。削除・廃棄の記録を保存する必要もあります。廃棄等の作業を委託する場合には、委託先が確実に削除・廃棄したことについて、証明書等により確認することも必要です。

「ゴルフ場セミナー」2015年12月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎)

熊谷信太郎の「ゴルフ場での電気さく事故」

今年7月、静岡県で、川岸に設置された動物よけの電気さくにより、川遊びをしていた家族連れら7人が感電し、2人が死亡するという痛ましい事故が発生しました。この電気柵さくは、設置者が自作したもので、必要な安全基準(後述)を満たすものではなかったことが原因だったようです。

この事故を受けて、政府が全国の農地などに設置が確認されたおよそ10万箇所の電気さくを調査したところ、7000箇所余りで必要な安全対策が取られていないことが分かりました。

調査によると、ゴルフ場では181箇所の電気さくが設置されており、このうち15箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。農地や牧場などでは全体の7%に当たる7090箇所で必要な安全対策が取られていませんでした。

電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されており、インターネット等でも容易に入手することができますが、適切な方法で設置しないと人に重大な危害を及ぼすおそれがあります。

経産省は電気さくの設置について、昭和40年にパルス発生装置(電流を断続的に流す)の設置を義務化し、平成18年には漏電遮断機の設置を義務化していました。

設置業者によると、正規メーカーによりPSEマーク(電気用品に国が安全と認可した印)の付いているパルス発生装置と漏電遮断器を設置していれば事故の危険性は低いということですが、平成18年以前に設置したゴルフ場では安全確保措置が万全とは言い切れません。

今回は、電気さくに関する安全確保措置について検討します。

 

安全確保措置

電気さくとは、田畑や牧場等で、高圧の電流による電気刺激によって、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する「さく」のことです。

日本では、電気設備の一種として、人に対する危険防止のために、電気事業法や電気用品安全法等で設置方法が定められています。

電気さくは、田畑や牧場、その他これに類する場所で、野生動物の侵入や家畜の脱出を防止する場合に限り設置できます。

設置に際しては、以下の安全基準を満たす必要があります。

①危険である旨の表示をすること

電気さくを設置する場合は、人が見やすいように、適当な位置や間隔、見やすい文字で、「危険」「さわるな」「電気さく使用中」等の注意看板を設置する等、危険である旨の表示を行うことが必要です。

②電気さく用電源装置の使用

電気さくに電気を供給する場合は、感電により人に危険を及ぼすおそれのないように、出力電流が制限される電気さく用電源装置(パルス発生装置。PSEマークの付いているもの)を用いる必要があります。

③漏電遮断器の設置

電気さくを公道沿いなどの人が容易に立ち入る場所に施設する場合で、30ボルト以上の電源(家庭のコンセント等)から電気を供給するときは、漏電による危険を防止するために、15mA 以上の漏電が起こったときに0.1 秒以内に電気を遮断する漏電遮断器を設置する必要があります。

④ 専用の開閉器(スイッチ)の設置

電気さくに電気を供給する回路には、電気さくの事故等の際に、容易に電源がオン・オフできるよう、専用の開閉器(スイッチ)を設置する必要があります。

これらの規定に違反した場合には、30万円以下の罰金という罰則が規定されています(電気事業法120条)。

 

NGKによる電気さく調査

経産省から依頼を受けて、日本ゴルフ場経営者協会(NGK)では、「電気さくの安全措置の実施状況アンケート」調査を全国のゴルフ場を対象に行いました。

NGKは実質で全国1775コースの支配人に調査票を送付し、8月17日現在で452コースから回答を得ました。その回答のうち38.3%にあたる173コースが電気さくを設置し使用していました。

173コースのうち、91.3%にあたる158コースが前記安全基準に適合していますが、8.7%にあたる15コースが不適合と回答しています。

不適合の内容は、「①危険である旨の表示をしていない」が4コース、「③漏電遮断器を設置していない」が9コース、「①表示をしておらず+③漏電遮断器を設置していない」が2コースとなっています(上記のとおり、漏電遮断器は平成18年より設置が義務化されたため、それ以前に設置した電気さくについては設置要請にとどまり義務違反とはなりません)。

②電気さく用電源装置や④専用の開閉器(スイッチ)を未設置とする回答はなかったということです。

不適合があると回答したゴルフ場では、「8月中に改善」が11コース、「9月中に改善」が1コース、「年内には改善」が2個コースとなっています。

 

ゴルフ場の法的責任

電気さくは、多くのゴルフ場でイノシシ被害防止等の目的で設置されていますが、これまでイノシシは夜行性と言われ、昼間は電源を切っており、ゴルファーに危険はないと考えるゴルフ場もあるようです。しかし最近ではイノシシは夜行性というわけでなく、人を避けているだけとも言われ、昼間も通電したままのコースもあるようです。

万一ゴルフ場内で電気さくによる感電事故が起き、前記安全基準を満たしていなかったような場合には、刑法上の業務上過失致死傷罪にあたり、5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金となる可能性もあります。

また民事責任として一般に、①安全配慮義務違反、②土地工作物責任が考えられます。

①安全配慮義務違反とは、民法第415条が定める債務不履行責任(契約責任)の一種です。

ゴルファーがゴルフ場と締結する利用契約の中には、「ゴルフ場は、ゴルファーに対し、安全にプレーさせる」という内容も含まれます。

しかしゴルフ場側の配慮が足りずゴルファーに事故が起こった(例えば、電気さくの設置につき前記4つの安全基準を満たしていないため感電事故が起きた)ような場合には、ゴルフ場が「安全にプレーさせる」という契約内容に違反しており、ゴルフ場はゴルファーに対して損害を賠償しなければならない、というわけです。

②土地工作物責任とは、民法第717条第1項が定める不法行為責任の一種です。安全配慮義務違反の場合と異なり、ゴルフ場と契約関係にある相手方に限られず、ゴルフ場内に立ち入った第三者との関係でも問題となります。

同条項は「土地の工作物」の「設置又は保存に瑕疵」があって損害が生じた場合、占有者や所有者が賠償責任を負わなければならないと定めています。

「土地の工作物」とは、「土地に接着し、人工的作業をしたことで成立したもの」と説明され、電気さくもこれに含まれます。

「設置又は保存に瑕疵」というのは、「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであると解されており、電気さくの場合、前記4つの安全基準(①危険である旨の表示、②電気さく用電源装置の使用、③漏電遮断器の設置、④専用スイッチの設置)を遵守しているかどうかが「通常備えるべき安全性を欠いている」かどうかの判断基準になると考えられます。

ゴルフ場内の電気さくが、前記4つの安全基準を満たさず通常備えるべき安全性を欠いていたために、ゴルファーや第三者に損害が生じた場合、占有・所有をしているゴルフ場が損害賠償をしなければならないというわけです。

プレーヤーがOBラインにボールを取りに行ったりする際に、電気さくに触れたとしても、4つの安全基準を遵守していれば、基本的に感電事故は防止できるものと考えられています。

ただ、設置後の漏電遮断器の故障や、電気さくが大雨で流されて水たまり等に浸かっている等により感電事故を起こす危険性もあります。そのため上記安全基準を満たして設置すれば充分と考えるのではなく、電気柵設置後は、断線や草木等による漏電がないか定期的に点検を行い、大雨等の後にも電気さくや電源装置、漏電遮断器等に破損がないかを検査して、常に安全な状態を保つことが必要であると考えられます。

こういった事後的な措置を欠いた結果感電事故が発生したようなケースでは、ゴルフ場の責任が問われることもあり得るので、日頃の点検が重要です。コース管理者にこういった指示を具体的に出しておく必要があります。

なお、ゴルフ場ではゴルファー以外の第三者の立ち入りを禁止しているのが通常ですので、ゴルファー以外の第三者がゴルフ場内に立ち入り事故にあったようなケースでは、不法侵入した点を過失相殺される場合もあり得るものの、不法侵入だからといって、責任を免除されるということにはなりません。

過失相殺とは、損害賠償を請求する側(被害者)にも過失があった場合、裁判所がその過失を考慮して賠償額を減額する制度です。

例えば、被害者の損害が100万円と認められたとしても、被害者の過失が10%あると認定されたら、100万円の10%=10万円分が相殺され、最終的に90万円の請求が認められることになります。

 

従業員の事故の場合

ゴルフ場は、労働安全衛生法第3条第1項により、また、労働契約法第5条により、従業員の業務上の安全にも配慮すべき義務を負っています。これに違反し、事故が発生すると、民事・刑事上の責任を問われることがあります。

死亡事故や重大な後遺症が残ったような場合の民事上の損害賠償責任は相当高額になります。刑法上の業務上過失致死罪に問われる可能性もあります。

安全な労働環境を提供していなかったとなれば、労働安全衛生法第23条ないし第25条等の違反となり、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金となることもあります(労働安全衛生法第119条第1号)。

従業員の場合、業務上の必要性から電気さくに近づかなければならないこともあろうかと思います。電気さくの近くで作業をする際は、万一漏電している場合に備えて、手袋を着ける、長袖に長ズボン等感電を防ぐ服装を心がけさせる等の安全教育を徹底することも必要です。

「ゴルフ場セミナー」2015年10月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「労働安全衛生法②」

今年6月、群馬県のゴルフ場で、土砂の運搬などに使う建設機械のバケット部分に乗って木の枝を切る作業をしていた男性作業員が、バケットから約3メートル下の地面に転落して死亡する事故がありました。ゴルフ場経営会社と安全管理責任者は、建設機械を主な用途以外に使用したとして、労働安全衛生法違反の疑いで書類送検されました。ゴルフ場は再発防止に努めるとコメントしています。昨年9月にも、三重県のゴルフ場で、男性作業員が貨物自動車で作業中、カート道路脇の路肩から車両とともに法面の下3.3mに転落し、車の車体と地面に胸部を挟まれ死亡する事故が発生しています。

平成22年の休業4日以上の労働災害による死傷者数は、全事業で11万6733人、ゴルフ場においては1187人が被災しています(プレーヤーの事故は除きます)。事故は「転倒」が最も多く4割程度を占め、上記のような「墜落・転落」による事故も1割程度を占め(以上、厚生労働省「労働者私傷病者報告」)、キャディの災害が6割強、次いでコース管理員が2割強を占めています(日本ゴルフ場支配人連合会による調査)。

このように頻発する労働災害ですが、その中には不可避的なものもあるように思われるものの、労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境を形成することは企業の法的義務として求められるところです。

労働者の安全と健康を守らなければならないことは労働安全衛生法で規定されています(以下「労安衛法」)。労安衛法については以前本誌でも取り上げましたが、事故頻発を受けて、警鐘を鳴らす意味で再度検討したいと思います。

使用者の労働者に対する安全配慮義務については、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明文化されています(労働契約法第5条)。安全配慮義務を怠った場合、民法の709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)、415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例も存在しますが、労働契約法には罰則がありません。

これに対し、事業者が労安衛法の規定に違反すると、多くの場合、懲役や罰金などの罰則が科されます。また、監督行政庁が事業者に対して、労働災害の発生防止のために、作業の停止や建物の使用の停止などを命じることもあります。

 

安全衛生管理体制

労安衛法1条は、「職場における労働者の安全と健康を確保」するという目的を果たすための手段の一つとして、「責任体制の明確化及び自主的活動の促進への措置を講ずる」ことを掲げ、これを受けて、労働災害を防止するため、必要な安全衛生管理体制について定めています。

ゴルフ場でも、経営トップから各作業別責任者まで、それぞれの役割、責任、権限を明らかにすることが大切です。

まず、労働者数が10人~49人の事業場では、支配人等を「安全衛生推進者」として選任し、その氏名を関係労働者に周知させる必要があります。50人以上の事業場では、「総括安全衛生管理者」「安全管理者」「衛生管理者」を配置し、労働基準監督署に選任報告を行うことが必要です。

以上の義務違反には、罰則が定められています(50万円以下の罰金)。

安全衛生管理体制の中でもその役割の重要性が近年注目されているものとして産業医の制度があります。

産業医とは、事業者に雇用され、又は事業者の嘱託として事業場の労働者の健康管理等を行う医師です。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医の選任が義務付けられており、違反した場合の罰則は50万円以下の罰金が規定されています。しかし実際には、労働者数が50人以上100人未満の中小事業場では産業医の選任率が低いことが問題として指摘されています。平成8年の法改正により、常時50人未満の労働者を使用する事業場についても、医師等に労働者の健康管理等を行わせる努力義務が課され、国が必要な援助を行うことが定められています。

 

健康の保持増進のための措置

労安衛法は、事業者に、労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を課しています。健康診断は、雇入れ時及びその後は1年ごと(深夜業等の特定の業務については、配置替時及び6か月ごと)に1回、定期に実施することが必要です。実施義務違反には50万以下の罰金が規定されています。

健康診断を実施したら、その結果に基づき従業員の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴取し、必要があるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければなりません。

また、平成17年の法改正によって、長時間労働者への医師による面接指導の実施も義務付けられました。具体的には、週40時間を越える労働が1月あたり100時間を超え、かつ疲労の蓄積が見られる労働者が申し出たときは、事業者は、医師による面接指導を行わなければなりません。それ以外の労働者についても、長時間の労働により疲労の蓄積が見られる者や、健康上の不安を有している労働者などについて、事業者は医師による面接指導又はこれに準ずる措置を取らなければなりません。但し、違反しても罰則規定はありません。

 

メンタルヘルスケア

健康には心の健康も含まれます。厳しい経済情勢の中、職業生活等において強い不安、ストレス等を感じる労働者は近年増加しています。業務に密接な関係があると判断されたメンタルヘルス不調者は労災の補償対象となり、その件数も増えてきています(平成19年厚生労働省による労働者健康状況調査)。事業者が民事上の損害賠償責任を問われる例も出ています。

ゴルフ場においても、メンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に実行する体制づくりを行う必要があります。ここで参考になるのが、平成12年に厚生労働省が作成した「労働者の心の健康の保持増進のための指標」の示す、4つのケア(①セルフケア、②ラインケア、③事業場内産業保健スタッフによるケア、④社外の専門機関によるケア)です。

①セルフケアとは、自分の体調や心の状態を把握することです。心の健康を保つためには、労働者が自己のストレスに対する反応の現れ方や、心の状態を正しく把握することが不可欠です。そこで事業主は従業員に対し、セルフケアに必要な教育や情報(メンタルヘルスケアに関する事業場の方針、事業場内の相談先や事業場外資源の情報等)を提供することが必要となります。

②ラインケアとは、管理監督者が社員へ個別の指導・相談や職場環境改善を行う取り組みのことです。管理監督者は、部下にあたる労働者の状況を日常的に把握でき、具体的なストレス要因やその改善を図ることが可能であるため、労働者からの相談に対応し、職場環境を改善すべき立場にあります。事業者は管理監督者がこれを実行できるよう、ラインによるケアに関する教育・研修、情報提供を行う必要があります。

③産業医等の事業場内産業保健スタッフは、セルフケアやラインによるケアが効果的に実施されるよう、労働者及び管理監督者に対する支援を行うとともに、具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、個人の健康情報の取扱い、事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口となること等、具体的なメンタルヘルスケアの実施にあたり中心的な役割を果たすことが期待されます。

④さらに、メンタルヘルスケアを行う上では、事業場が抱える問題や求めるサービスに応じて、専門的な知識を有する各種の事業場外資源の支援を活用することが有効です。また、労働者が相談内容等を事業場に知られることを望まないような場合にも、事業場外資源を活用することが効果的です。

職場でのメンタルヘルス対策の大切さは誰もが理解するところだと思いますが、何から始めたらいいのかわからないといった場合は、この4つのケアを基本に考えて職場で取り入れてみるとよいでしょう。

 

労働者の危険又は健康障害を防止するための措置

労安衛法は、事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するため、必要な措置を講ずるよう義務付けています。

事業者が講じるべき措置の具体的内容は技術的細部にわたることも多いため、具体的な措置の内容については、労安衛法規則(以下「規則」)の第2編「安全基準」に詳細に規定されており(101条~575条の16)、 これらの義務に違反した場合には、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能がありますので注意が必要です。

例えば冒頭の群馬県の事例ように、建設機械を用いて作業を行なうときは、①建設機械の転落、地山の崩壊等による労働者の危険を防止するため、予め当該作業に係る場所について地形、地質の状態等を調査し、その結果を記録しておかなければならない(規則154条)、②調査により知り得たところに適応する作業計画を定め、当該作業計画により作業を行なわなければならない、③これを関係労働者に周知させなければならない(以上規則155条)、④建設機械の転倒又は転落による労働者の危険を防止するため、当該車両系建設機械の運行経路について路肩の崩壊を防止すること等必要な措置を講じなければならない(規則157条)⑤当該機械の主たる用途以外の用途に使用してはならない(規則164条)等、詳細に規定されています。

 

熱中症対策

特に近年では熱中症対策が重要です。職場における熱中症の予防については、厚労省労働基準局安全衛生部の通達「熱中症の予防について」(平成8年5月21日付元発第329号)などにより取組みが推進されていますが、災害は後を絶たず、記録的猛暑であった平成22年の47人を最高に、平成10年以降概ね20人前後の労働者が熱中症で死亡しており、熱中症により休業(4日以上)した者も年間約300名(平成19年)に上っています。炎天下での作業の多いゴルフ場においては一層の注意が必要です。

具体的には、

①WBGT値(暑さ指数)を測定することなどによって、職場の暑熱の状況を把握し、作業場所のWBGT値の低減を図る、作業内容・作業計画の見直しを行い、作業環境や作業、健康の管理を行う(直射日光や地面からの照り返しを遮ることができる屋根等を工夫する等して作業環境を整え、冷房完備又は日陰等の涼しい休憩場所を確保する、コース内に飲料水の備付を行う等)

②熱への順化期間(熱に慣れ、その環境に適応する期間)を計画的に設定する

③自覚症状の有無にかかわらず、定期的に水分・塩分を摂取させる

④特に熱中症の発症に影響を与えるおそれのある糖尿病などの疾患がある労働者への健康管理を行う

⑤作業を管理する者や労働者に対して、予め熱中症の症状や予防方法、救急処置等について労働衛生教育を行う

などの対策が必要となります。

「ゴルフ場セミナー」2015年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「抽選弁済」

預託金の抽選弁済制度を採用するゴルフ場で、抽選に漏れた会員が、ゴルフ場経営会社に対し預託金680万円を返還請求した事案で、平成25年に名古屋地裁・高裁ともに、会員の訴えを棄却していたことが判明しました。両裁判所は、抽選弁済制度についても一定の合理性を認めており、注目すべき判決です。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、会員も当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目され、本誌平成24年5月号でも取り上げました。

この方法による場合の最大の問題は、抽選に漏れた会員からの償還請求をどう防ぐかです。今回は、名古屋地裁・高裁判決の事案について解説した上で、抽選弁済制度の実施方法について検討します

 

事案の概要

①原告は、平成4年7月、被告が経営するゴルフ倶楽部(以下「本件倶楽部」)に入会し、保証金680万円を預託しました。

②本件倶楽部旧規約10条には以下のような定めがありました。

○保証金は預託を受けた日の翌日から起算して10年間据え置き、据置期間経過後は、会員の希望により返還し、返還を受けたものは退会する。

○会社は理事会の承認を得て経済状況の著しい変化等やむを得ないときは、会員に通知して据置期間を延長することができる。

③被告は、平成16年に理事会の承認決議を経て、預託金償還請求について以下のような規約に変更しました(新規約9条)。

○据置期間経過後、会員が会社に対し保証金の返還の請求をした場合、会社は事業年度に設定する返還資金を支払限度とし、別途定める方法によって抽選を行い、選出された会員に対し、保証金を返還する。抽選に漏れた会員は会員へ復帰し、翌事業年度以降同様に抽選に参加して返還を受けるものとする。

④原告は、抽選会に参加しましたが、抽選に漏れ、旧規約による手続で預託金を返還請求しましたが、会社は受け付けませんでした。

⑤そこで原告は、平成25年4月に預託金返還請求訴訟を提起しました。

 

裁判所の判断

原告は、㋐新規約9条は、抽選会に参加すると抽選償還制度以外の方法で返還請求できなくなるという制限はしていない、㋑このような制限に同意もしていない、㋒仮に抽選会に参加したことで同意したと評価されても、抽選会に参加すると抽選償還制度以外の方法で返還請求できなくなるという認識はなく、その同意は錯誤により無効である、㋓新規約9条は消費者の利益を一方的に侵害し消費者契約法10条に該当し無効である等と主張しました。

これに対し、名古屋地裁・高裁は、新規約9条は、バブル経済崩壊後の経済情勢の変化から、倶楽部の存続と会員の利用権を守るため新たに導入した制度で、他の返還方法に関する規定を定めていないことから、抽選償還方法以外の返還方法を認めない趣旨であることは明らかであると判断しました。

その上で、預託金の返還請求権は、会員とゴルフ場経営会社との個別の契約関係であるから、これに関する権利義務の変更は入会契約の変更に他ならず、会社側からの一方的変更は認められず、会員の個別同意をもって入会契約変更の効力が発生するものとしました。

そして本件で原告の同意があるかどうかについては、原告は、⑴ゴルフ倶楽部預かり保証金返還抽選会事前申込書兼同意書に署名捺印していること、⑵同意書には「規約9条に定める抽選方法によるもの、並びに貴社が定めた実施要項により実施されることに同意致します」とあり、原告は入会規約の変更に同意して抽選会に応募したことが認められること、⑶原告は被告から情報提供された資料を検討して抽選会に参加しており、同意に錯誤はないと判断しました。

消費者契約法10条との関係についても、名古屋高裁は、バブル経済とその後のデフレ経済により、入会保証金の返還は不可能であり、規約の変更は法的破綻を避けながら多くの会員のプレー権を確保するためのものであり、新規約は公平かつ公正なものであって、消費者の利益を一方的に害する条項とは言えないとして、合理性を認めました。

 

抽選弁済の実施手続

このように高裁でも合理性の認められた抽選弁済制度ですが、これを実施する場合の手続きは概ね以下のとおりです。

1 各年度の原資の決定

まず、各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)を決定します。

この金額は経営の継続が可能な限度に抑えることができます。

2 規則の制定・変更

次に、抽選弁済の採用に必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定する必要があります。

ここで最も重要なのは、細則には、上記事案のように抽選に漏れた会員がゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを明記することです。

この点の明記がなくても、上記名古屋地裁・高裁は「他の返還方法に関する規定を定めていないので、抽選償還以外の方法を認めていないのは明らかである」と判断していますが、この点が抽選弁済制度を採用することの妙味であり、無用の混乱を避けるため明記することが必要です。

償還限度額

各年度の預託金償還額の上限(償還原資額)については、償還原資額を具体的に記載せず、「各年度の決算における税引き後の利益に減価償却費を加算した金額の〇パーセントを限度として償還する」などと規定することも考えられます。こうすれば会社は各期の利益状況に応じて柔軟に原資額を定めることができます。

もっとも、会員の利益を考慮するという観点から、「毎年金○円を限度として償還する」などと、具体的な金額を記載する例も多いようです。

なお、後者のように確定した金額を記載する場合には、その年の経営状況からその金額を確保できないという場合に備えて、「ゴルフ場が償還金額の上限を増減できる」旨の規定も置いておくことが必要です。

償還原資額の増減について明確な規定を置いていない場合には、償還原資額を引き下げることができるかどうかが問題となります。

この点、「毎年2億円を限度として償還する」ということ以外特に規則に定めはない場合で、ゴルフ場が8000万円しか償還していないというケースで、東京地裁平成18年9月15日判決は、「2億円については確保の目標値であって、これを下回る償還ができないというものではない」とし、毎年2億円の抽選償還義務を否定しました。

この立場に立ては、償還金額の増減について明確な定めがない場合であっても、償還原資額を引き下げることができることになります。

3 償還請求総額の確定

制度の内容が決まりましたら、その年の抽選会の実施内容を確定し、会報や通知等で各会員に知らせることになります。

預託金の償還は退会を前提とするものですから、抽選弁済への参加を希望する会員からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、これらを集計し、償還請求の総額を確定します。

そして、上記名古屋地裁・高裁判決も指摘するように、預託金返還請求権は、会員とゴルフ場経営会社との個別の契約関係に基づくものですから、会社側から一方的に預託金の返還方法を抽選弁済制度に変更することは認められず、会員の個別の同意が必要であると考えられます。

したがって、退会届(抽選弁済への申込書)にも、「預託金償還に関する細則及び貴社が定めた実施要項により定められた抽選弁済の方法により預託金が返還されることに同意し、抽選に外れた場合においても、貴社に対し、抽選弁済に参加する以外の方法で預託金返還請求をしないことを誓約する」旨を記載しておき、この点申し込みをした各会員との間で個別に合意しておくことが必要となります。

4 抽選会の実施

償還請求の総額を確定し、この金額が償還原資額より小さい場合には、償還請求した会員に、一括で償還することができます。

これに対し、償還請求総額が償還原資額より大きい場合には、抽選会を実施し、当選者を決定します。

その際、参加の機会をできる限り保障するため、代理人の出席も認めた方がよいと思われ.ます。自ら出席できず代理人も見つけられない会員については、ゴルフ場の理事等が代理することも考えられます。

なお、当選しなかった会員については、①翌年度に持ち越しとする方法、②翌年度も申し込む場合には改めて申し込みが必要とする方法、いずれも考えられると思います。

抽選の方法としては、誰でもすぐに思い浮かべることのできる「ガラポン福引抽選器」を使用する方法、抽選箱に当選札とはずれ札を入れて各人に引いてもらう方法など、いろいろ考えられるでしょう。

出席者が当選状況を確認しやすいように、会場の前方には大型スクリーンや大きな当選表を準備します。

抽選会当日は、手続きの公正性を確保するため、立会人として理事若干名や顧問弁護士などに出席してもらうことも考えられます。この場合、会社側の出席者とは別の場所に席を設けるなどの配慮も必要です。

翌年度以降も同様の方法にて償還を実施し、前年度において原資から償還額を控除した端数が出る場合には、翌年度の償還原資として繰り越します。

なお、預託金の償還の請求は、退会を前提とするものですが、抽選弁済申込者について、当選して償還がなされるまでは、希望者には会員料金でのプレーや競技会への参加を認めることは、ゴルフ場の裁量として制度設計上考えらえると思います。また、プレーを希望しない会員に対しては年会費を免除する等の配慮も考えられるでしょう。上記名古屋高裁判決においても、こういった配慮がなされていることが、公平かつ公正な制度であることの理由とされています。

 

当選し退会した会員の再入会

ちなみに、抽選弁済に当選して償還を受け退会した会員が、再度償還期限が到来した会員権を取得して入会し、またすぐに抽選弁済に申し込むという事態も考えられます。

会員の入会を認めるかどうかは倶楽部の裁量に属する事柄ですので、そのような会員の入会を拒否できるのは当然です。

さらに、このような行為に対する対応策として、新規入会の場合の預託金の償還については、会則に「入会時から〇年後に償還する」或いは「クラブ解散時に償還する」などと規定しておく必要があるでしょう。

「ゴルフ場セミナー」2015年6月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「会社法の改正」

平成26年6月、会社法の一部を改正する法律が公布され、本年5月から施行されます(本年3月現在)。

今回の改正では、実務に少なからぬ影響を与える様々な規定の見直しが行われています。特に昨今のゴルフ業界でも珍しくないと思われる組織再編やM&Aに関しては、多岐にわたる改正がありました。

中でも注目を引くのが、会社分割における債権者保護規定の新設です。以下では、この点を中心に検討した上で、ゴルフ場経営会社に関係すると思われるその他の改正点を紹介します。

 

会社分割とは

近年、ゴルフ場の法的整理や売却の際にも、会社分割の制度が利用されることが増えています。

会社分割とは、既存の会社(分割会社)がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割によって設立する会社(承継会社)等に承継させることを目的として行う会社の行為です(法2条30号)。

企業の事業再編の手段としては、会社分割の他に、株式譲渡や事業譲渡といったものもありますが、会社分割には、簿外債務のリスクを抑えられる、債権者の個別の承諾を得る必要がないなどのメリットがあり、広く利用されるようになりました。

 

改正前の債権者保護手続

会社法は、会社分割による債権者保護手続として、「分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者」(承継会社に移る債権者)に対する保護手続を設けています。

まず、①承継会社に移る債権者には会社分割について異議を述べる機会が与えられています(法789条1項2号、810条1項2号)。

②異議を述べた債権者に対しては、会社分割により当該債権者を害するおそれがない場合を除き、弁済ないし担保の提供等がなされることとなり、当該債権者は債権の満足を得られることとなります(法789条5項、810条5項)。

③また、会社分割の手続に瑕疵がある場合には、会社分割無効の訴えを提起することもできます(法828条2項9号、10号)。

これに対し、「分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者」(分割会社に取り残される債権者)は、こうした保護手続の対象から除外されており、異議を述べる機会を与えられず、会社分割無効の訴えを提起することもできません。

このように、改正前の会社法では、承継会社に移る債権者(以下「承継債権者」)と、分割会社に残された債権者(以下「残存債権者」)との取り扱いは、大きく異なっていました。

 

濫用的会社分割

このように残存債権者に対する保護手続が会社法上要求されていないことに加え、簿外債務のリスクを抑えられる、債権者の個別の承諾を得る必要がないなどのメリットがあるため、近年債務超過に陥り実質的に倒産状態にある会社が、会社を再建する場合に、会社更生や民事再生といった法的倒産処理手続を利用しないで、会社分割の制度を利用するといったケースが増えていました。

会社更生や民事再生といった倒産手続を利用する場合には、経営者は、経営権を失うなど一定の責任を取ることになります。

これに対し、会社分割制度を利用する場合には、経営者はその責任を取ることなしに、財産を新会社に移転して資産を確保しつつ、債務を整理できるという、大変都合のよいことができてしまうわけです。

これは、緊急時における制度運用を想定し、資産の保全や債権者の平等を基本的理念とした倒産処理法と異なり、会社分割は会社法上の制度であり、平常時における制度運用を想定して制度設計されているためと解されています。

これによって、一部の債権者と協議し、会社分割によって新設した会社(承継会社)に、採算部門や優良資産等を承継させた上で、不採算部門や不良資産を残した既存の会社(分割会社)を清算し、会社再建を図ることができるわけです。

しかし、債権者を害する意思をもってこのような資産移転が行われると、残された債権者は債権の引き当てとなる財産が空虚化した状態になる一方で、経営者は経営責任を取ることなく優良資産を隔離して保全することができることになってしまいます。このような都合の良すぎることがそのまままかり通るのでは、ゴルフ場に対する債権者(会員)は、たまったものではありません。

 

濫用的会社分割に関する判例

このような濫用的会社分割が詐害行為に該当するとして、残存債権者が債権者取消権を行使した事案で、最高裁平成24年10月12日判決は、債権者取消権の行使を認め、当該債権者の債権保全に必要な限度で新設分割設立会社への権利の承継の効力を否定すべきものと判断しました(本誌平成24年12月号参照)。

債権者取消権とは、債務者の資力が十分でない状況で、債権者を害する行為がなされた場合に、債権者が当該行為を取り消し、その債権の保全を図る制度です(民法424条)。

こうして、濫用的会社分割については、債権者取消権を行使することで自己の権利保全を図るという判例法理が確立されました。

 

改正会社法による債権者保護手続

しかし、債権者取消権という民法上の原則ではなく会社法において何らかの規定を設ける必要があるという指摘がなされ、残存債権者による直接請求制度が新設されました。

例えば、㋐ゴルフ場経営会社が、「既存の会員を害することを知って」預託金返還債務を分割会社A(多額の債務のみ残り、資産もない)に残し、新設分割によりゴルフ場事業を承継会社B(採算部門を承継し、資産もある)に承継させたような場合、A社に残される債権者(会員)は、知ったときから2年以内に、㋑B社に対して、「承継した財産の価額を限度として」預託金の返還請求ができることとされました(法759 条4項本文、764条4項)。

もっとも、吸収分割の場合には、 吸収分割承継会社が、「残存債権者を害すべき事実」について知らなかったことを証明した場合には、かかる請求を免れるものとされています(法759条4項但し書き)。

㋐「残存債権者を害することを知って」とは、当該行為により分割会社が債務超過となる場合が典型と考えられていますが、特に債権者を害することを意図することまでは必要ないと解されます。

㋑「承継した財産の価額を限度として」とは、承継資産の価額から承継債務の価額を控除した金額ではなく、当該財産自体の価額を意味し、その範囲内で、承継会社に対して 債務の履行を求めうるということになります。

なお、残存債権者による承継会社への直接請求制度の新設後も、濫用的会社分割に対する債権者取消権の行使は可能と考えられており、債権者としては、債権者取消権を行使するか、会社法上の直接請求権を行使するかを選択的に判断できます。

 

M&Aの際の注意点

残存債権者による直接請求の対象となるのは、改正会社法施行日以降に、吸収合併契約が締結、又は新設分割計画が作成された会社分割です(改正附則 20 条)。したがって、施行日より前に行われた会社分割は、従前どおり、債権者取消権の対象となり得るにとどまります。

残存債権者による直接請求によって、会社分割の効力が左右されることはありませんが、承継会社は残存債権者に対して承継資産の限度で当該債権者に係る債務を履行しなければならない可能性があります。 そして、承継会社がその責任を負うのは、承継資産と承継負債との差額ではなく、承継資産自体の価額を言うと解されているため、この請求権が行使された結果、承継債権者としては会社分割がなされる前よりも不利な状況となることも想定されます。

このような場合、承継債権者としては、当該会社分割が残存債権者を害するものとなる可能性があることが判明した場合には、上記のとおり、分割会社に対して異議を述べた上で、債権の保全を図る等の措置が必要となるでしょう。

また、吸収分割承継会社は、上記のとおり、残存債権者を害する認識がなければ、残存債権者からの直接請求を受けることはありません。

しかし、残存債権者を害する認識の有無について、例えば、会社分割契約書で、分割会社が承継会社に対して「本件会社分割は分割会社 の残存債権者を害さないこと」を表明保証する条項を定めておくだけで、承継会社にこの認識がなかったと言えるかどうかは判断の分かれるところです。デューデリジェンスの過程で詐害性について疑義がある場合には、慎重な検討が必要でしょう。

 

監査役の監査範囲を会計監査に限定している場合の登記義務

定款で株式の譲渡制限を定めている株式会社は、定款で監査役の監査の範囲を会計監査に限定する旨を定めることができます。

ゴルフ場経営会社で多くを占めると思われる中小企業の多くは非公開会社であり、監査役の監査の範囲を制限しているところが多いと思われます。

今回の改正では、監査役の監査の範囲を会計監査に限定する場合はその旨を登記することが義務づけられました(法911条3項17号)。当該登記は、改正会社法の施行後最初に監査役が就退任する際に行う必要があります。

監査役の就退任の際には、上記登記を行うことを忘れないように注意する必要があります。

 

社外役員の要件の厳格化

社外役員(社外取締役、社外監査役)は、社内の指揮命令関係の影響を受けない立場で発言することで、経営を健全に維持する役割が期待されています。そのため資格要件として会社関係者でないことが要求されています。

今回の改正では、社外役員になれない人的範囲が拡げられ、これまでより一層社外性が求められることになります(法2条15号ハニホ)。

具体的には、①当該会社の経営を支配している個人(以下「支配個人」)、又は親会社の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと、②親会社の子会社(以下「兄弟会社」)の業務執行取締役等でないこと、③当該会社の取締役、支配人、その他の重要な使用人又は支配個人の配偶者、二親等内の親族(親子、兄弟姉妹等)ではないこと、が追加されました。

一方、過去に会社関係者となったらその後いつまでも社外役員となれないとするのも不合理なので、資格要件が緩められ、「社外役員に就任する前10年以内に、当該会社又はその子会社の取締役、会計参与、執行役、支配人その他の使用人であったことがないこと」とされました(法2条15号イロ)。

社外監査役についても、社外取締役と同様の改正がなされました(法2条16号)。

子会社の社外監査役に親会社の従業員が就任している例は少なくないと思われますが、改正法下では、子会社は親会社や兄弟会社以外から社外監査役を迎える必要があります。

社外取締役の範囲の変更は、改正法施行時に社外取締役がいる場合には、施行後最初に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結の時から適用されます(改正附則4条)。

3月決算の会社であれば、遅くとも平成28年6月の定時株主総会において、改正後の要件を満たす社外役員を選任する必要がありますので注意して下さい。

「ゴルフ場セミナー」5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場の池での事故」

今年2月、岐阜県のゴルフ場で、小学 2 年生の男児 2 人が池に転落し水死するという大変痛ましい事故が発生し、メディアでも大きく取り上げられました。詳細については現在調査中と思われますが、2 人は友人の男児と 3 人でゴルフ場に遊びに来ており、コース内の池に石を投げて遊んでいたところ、誤って転落した1人を助けようともう1人が池に入った結果、2人とも溺れたとみられています。

ゴルフ場には様々な危険がありますが、池はゴルフ場の中でも特に危険な場所の一つであり、ゴルファーや従業員が池に転落して亡くなるという事故も少なくありません。池に飛び込んだボールを捜そう、取ろうとして、或いは先に池に転落した同伴者を助けようとして、足を滑らせ池に転落した事例が多いものと思われます。池の底がゴムでコーティングされていることが多い上に、藻などが生えており、また、池の中がすり鉢状の斜面になっている場合には非常に滑りやすく、場合によっては藻が足に絡みつくなどして岸に上がることができず、あわててどんどん深みにはまって溺れてしまう、ということが指摘されています。

ゴルフ場での事故については、これまでにも取り上げましたが、今回は、池での事故について検討します。

ゴルフ場の池での事故

平成23年5月には、群馬県のゴルフ場で、ツーサムでセルフプレー中の男性が、2名とも池に転落して死亡するという事故が発生しています。この池には、他のゴルフ場での事故(後述する栃木県の事故)を教訓に、池への転落事故に備え、ロープ付きの浮輪をかけた支柱が2本あり、また、支柱のそばには約3メートルの竹竿も設置されていたということですが、事故当時、浮輪や竹竿は未使用のまま残されており、備えが役立たなかったようです。

平成19年9月には北海道のゴルフ場で男性ゴルファーが亡くなっています。この男性は、池に入った同伴者のボールを拾おうとし滑って池に転落したものとみられています。

平成18年8月には栃木県のゴルフ場で女性ゴルファーが亡くなっていますが、この女性は、ボールを拾おうとして池に転落した同伴者を助けようとしたものの、自らも滑って池に転落したと報道されています。

ゴルファー以外では、平成19年4月には噴水工事中のパート従業員が、平成14年8月には群馬県で除草作業中の従業員が、平成23年3月には、ロストボール回収中の作業員(ゴルフ場の従業員ではない)が亡くなる等の事故が発生しています。

ゴルフ場の法的責任

池での事故の場合、ゴルフ場の責任として一般に①安全配慮義務違反と②土地工作物責任が考えられます。

①安全配慮義務違反とは、民法第415条が定める債務不履行責任(契約責任)の一種です。

ゴルファーがゴルフ場と締結する利用契約の中には、「ゴルフ場は、ゴルファーに対し、安全にプレーさせる」という内容も含まれます。しかしゴルフ場側の配慮が足りず、ゴルファーに事故が起こったような場合には、ゴルフ場が「安全にプレーさせる」という契約内容に違反しており、ゴルフ場はゴルファーに対して損害を賠償しなければならない、というわけです。

②土地工作物責任とは、民法第717条第1項が定める不法行為責任の一種です。安全配慮義務違反の場合と異なり、ゴルフ場と契約関係にある相手方に限られず、岐阜県の事故における男児等第三者との関係でも問題となります。

同条項は「土地の工作物」の「設置又は保存に瑕疵」があって損害が生じた場合、占有者や所有者が賠償責任を負わなければならないと定めています。

「土地の工作物」とは、「土地に接着し、人工的作業をしたことで成立したもの」と説明されています。ゴルフ場内にある池も、もともと自然に存在したものをそのまま何ら手を加えずに利用しているのであれば別ですが、人工池であれば、ここにいう「土地の工作物」に含まれます。

「設置又は保存に瑕疵」というのは、「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであると解されています。ゴルフ場内の池が、通常備えるべき安全性を欠いていたために、ゴルファーに損害が生じた場合、占有・所有をしているゴルフ場が損害賠償をしなければならないというわけです。

自己責任の原則

では、池の事故を防止するという観点から、ゴルフ場としてどの程度の対応が要求されるのでしょうか。

ゴルフ場がどこまで安全に配慮する義務を負うか、ゴルフ場の池が通常備えるべき安全性はどの程度か、ということを考える際に重要な基本的視点は、ゴルファーとの関係では、ゴルフはプレイヤーであるゴルファー自身が審判も兼ねる紳士のスポーツだということです。ラウンド中の行動については、基本的に自己の責任において全て決定すべきです。

ゴルフ場との比較のために紹介したいのが、小学校の遊具で発生した事故に関し土地工作物責任が問題となったいわゆる徳島遊動円棒[遊動円木]事件です(大正5年6月1日大審院判決)。

この事件で、大審院は、小学校の遊動円棒(前後に動く丸太に乗る遊具)が腐朽していたというケースで、「三人以上同時に乗るべからず」という立札をするくらいでは足りず、現実的な措置(ロープを張って立入禁止にする、遊動円棒を動かないよう固定してしまう等の対応を念頭に置いているものと思われます)をしなければならないと示しています。

この判例の結論だけ参考にすると、ゴルフ場の池の周りに「危険」という立札をするくらいでは足りず、柵を立て、ネットを張ってでも、ゴルファーが池に近づくのを防止すべきだという考えも出てきそうです。

冒頭の岐阜県のゴルフ場では、今回の事故を受け、ゴルファーを含めた全ての人に、改めて池への注意喚起を行うため、敷地内にある全ての池の周りにローピング措置を実施し、立ち入り禁止・注意喚起を促す警告看板を設置したということです。

しかし、これはゴルフ場の池と小学校の遊具の差異を考慮しない誤った考え方であり、ゴルフの精神にも反すると思われます。小学校の遊具は判断力に乏しい児童が利用するものであるのに対し、ゴルフは自己責任・自己決定が要求される紳士のスポーツであって、事情が異なります。

柵を立てたことで、本来池に入るべきミスショットしたボールが救われる、というのは競技のあり方として不適切と思われます。また、柵や網はゴルフ場に求められる美観を損ねるという問題もあります。

もちろん、池の周囲がすり鉢状で滑りやすく、近づくだけで非常に危険というような池であれば、ゴルフ場としても何らかの措置を講じなければならないでしょう。

しかし、そのような特段の事情のない限り、ゴルファーには自己責任・自己決定が要求されるという基本的視点に立てば、現在のゴルフ場における池の管理のあり方を大きく変える必要はないと思われます。

ゴルフ場の対応

ゴルフ場の池への転落死亡事故が発生すると、ゴルフ場の池は浅くても障害物として十分なのだから、浅く作れば死亡事故を防げるのではないか、という意見もあるようです。しかし池には雨水を吸収し溜める機能もあり、浅い池にするというのは現実的ではありません。

また、藻やアオコを除去すればよいのではないかという意見もあります。実際、定期的に除去しているゴルフ場もありますし、それを請け負う専門業者もあります。ただ、農薬を使わないという制約のもとで完全に除去するのはほぼ不可能でしょうし、手間も費用も大変な割に、効果は限定的と思われます。仮に除去できても、ゴムのコーティングで滑ってしまうことまでは防止できません。そもそも池に近づくのはゴルファーの自己責任ですから、ゴルフ場が安全確保のため池の藻やアオコを除去しなければならない義務まで負うと考えるべきではありません。

とはいえ、全てゴルファーの自己責任だから、池に落ちてもゴルフ場は一切関知しない、というのも極端すぎます。事故に備え、浮輪や竹竿を設置しておくというのは、コスト・果両面からも、現実的な選択肢でしょう。そして美観との兼ね合いもありますが、浮輪や竹竿は目立つように設置することが大切です。また、セルフプレーの組の場合は、他の注意点とあわせてカートに掲示して案内をするくらいの配慮があっても良いと思います。

第三者の立ち入りのケース

一方、ゴルファー以外の第三者がゴルフ場に立ち入った場合には、「池に近づくのは自己責任」とは言い切れないケースもあるかもしれませんが、ゴルフ場ではゴルファー以外の第三者の立ち入りを禁止しているのが通常であり、不法侵入者が池に転落したからといって、特段の事情のない限りこれまで述べたようなゴルフ場の安全性の判断基準が変わることはないでしょう。

つまり、土地工作物責任における「設置又は保存に瑕疵」というのは、前述のとおり「通常備えるべき安全性を欠いている」ことであって、ゴルフ場があらゆる可能性を想定してこれに対応すべき義務があるわけではないと考えられます。

但し、安全策を実施すべき黙示の義務が発生したとみる余地のある場合には、不作為による安全配慮義務違反が問題となる可能性があるので注意が必要です。

例えば、子供がゴルフ場に立ち入り池に転落して死傷したケースで、過去に子供の立ち入りが度々目撃され、ゴルフ場が子供の遊び場化しているにも関わらずゴルフ場がこれを容認していたとみられるような場合には、上記徳島遊動円棒事件が指摘するように、池の周りにロープを張って立入禁止にする等の現実的措置が必要であると判断される可能性もあるので、遊び場化しないよう注意が必要でしょう。また、近隣住民にゴルフ場を開放して催し物を実施するような場合も、池の危険性について注意喚起する等の措置が必要となるでしょう。

岐阜県のゴルフ場では、今回の事故を踏まえ、敷地外との境界に設けてあるフェンスには、地元行政との協議の上立ち入り禁止看板の増設等、再発防止のための安全策を実施していくということですが、こういった対策が必要な場合もあるでしょう。

従業員の事故の場合

ゴルフ場は、労働安全衛生法第3条第1項により、また、労働契約法第5条により、従業員の業務上の安全にも配慮すべき義務を負っています。これに違反し、事故が発生すると、民事・刑事上の責任を問われることがあります。

死亡事故や重大な後遺症が残ったような場合の民事上の損害賠償責任は相当高額になります。安全な労働環境を提供していなかったとなれば、労働安全衛生法第23条ないし第25条等の違反となり、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金となることもあります(労働安全衛生法第119条第1号)。場合によっては、刑法上業務上過失致死罪に問われ、5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金となる可能性もあります。

ゴルファーや第三者とは異なり、従業員の場合には業務上の必要性から池に近づかなければならないこともあろうかと思います。物的な防護措置を講じることはもちろん必要ですが、従業員に対する安全教育を行い、池の周囲での作業手順を定めることも必要でしょう。状況が許せば、池の周りの作業は複数名で行うようにすることも重大な結果の発生を防止する上で有効と思われます。

「ゴルフ場セミナー」4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「兼業禁止」

就業後にこっそりアルバイトをするという副業だけでなく、最近ではパソコンやインターネットによる在宅ワークが容易になったこともあって、これらを利用して小遣い稼ぎをするサラリーマンもいるようです。

いわゆる正社員であれば兼業は原則禁止が当然という認識が一般的です。平成17年の厚生労働省・労働契約法制研究会の「最終報告」によれば、兼業を禁止している企業は51.5%、許可制としている企業が31.1%となっています。

一方、兼業者数は増えており、平成14 年の兼業者数は約81.5 万人で、15 年前に比べて約1.5 倍となっています(総務省「就業構造基本調査」)。

法律で兼業が禁止されている公務員とは異なり、私企業における従業員の兼業は各種労働法では直接は禁止されておらず、就業規則でこれを規制するのが一般です。逆に言うと、就業規則に従業員の兼業を禁止する定めがないと、これを直接規制することは難しくなります。

では就業規則で従業員の兼業を禁止したり、違反した場合にどのような懲戒処分をできるのでしょうか。今回は兼業禁止について検討します。

兼業禁止規定は有効

労働者は、労働契約によって定められた労働時間にのみ労務に服するのが原則であり、就業時間外は本来労働者の自由な時間であると考えられます。

但し、労働者の兼業は、その程度や態様によっては、会社に対する労務提供に支障が生じ、会社の対外的信用や体面を傷つける場合があり得るので、就業規則に労働者の兼業について会社の承諾を必要とする規定を設けることは不当ではないと考えられ、裁判例でもその有効性自体は認められています。

例えば、勤務時間終了後に深夜零時までキャバレーの会計係を兼業していた従業員に対する普通解雇の有効性が争われた事案で、東京地裁は、懲戒事由である「会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇われたとき」との規定は、労働者が就業時間外に適度な休養をとることが誠実な労務提供のための基礎的条件であり、兼業の内容によっては会社の経営秩序等を害することもあり得るから、合理性があると判断しています(小川建設事件、東京地判57.11.19)。

そこで、雇用管理の面からは、兼業禁止規定を定め、兼業をしたい場合には会社の許可を受けてから、というルールを明確にしておく必要があります。以下の規定例を参考にして下さい。なお、後記の「遵守事項」に、「会社の許可なく他の業務に従事しないこと」を加えるという方法もあります。

第○条(兼業の許可)

従業員が他の会社への就職、役員への就任、或いは自ら事業を営む計画等がある場合は、事前に会社に報告を行い、会社の許可を得なければならない。会社は、企業秩序・企業利益及び従業員の完全な労務の提供の可否などの観点から、望ましくないと判断した場合は、それらを禁止することがある。この規定に違反した場合は、懲戒の対象とする。

仮に、現在の就業規則兼業を制限する規定そのものがない場合でも、一般的な服務規律等に関する規定があればこれで対応することが可能な場合もあります。

例えば、以下のような規定があれば、別の仕事で疲れて居眠りすることが多くなれば職務怠慢ということで対応が可能ですし、兼業によって会社の名誉信用に傷がつく、或いは情報漏えいの危険があるような場合にも対応が可能でしょう。

第○条(遵守事項)

従業員は、次の事項を守らなければならない。

○勤務中は職務に専念し、みだりに勤務の場所を離れないこと

○会社、取引先などの機密を漏らさないこと

○その他会社の内外を問わず、会社の名誉又は信用を傷つける行為をしないこと

兼業禁止に違反する行為

では、就業規則に兼業禁止規定を設けた場合、これに違反した従業員に対して懲戒処分を課すことはできるのでしょうか。

兼業とは特に法律上の定義はありませんが、一般に、在籍のまま他社へ就職すること或いは自ら事業を営むこと全般をいいます。

しかし裁判例は、兼業許可制の違反については、会社の職務秩序に違反せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の兼業は兼業禁止規定に言う「兼業」に該当しないとし、そのような影響・支障のある兼業のみ兼業禁止規定に違反し、懲戒処分の対象となると限定的に解釈しています。通説も概ね同様に解しています。

例えば、勤務時間外に短時間の内職・アルバイトをする程度で、会社の企業機密やノウハウを利用したり競業会社に利益を与えたりするものでなく、かつ会社に対する労務提供の支障を生じないような場合には、兼業禁止規定に言う「兼業」に該当しないと判断されることが多いと考えられます。

一方、勤務時間中に副業をしていたり、勤務時間外であっても会社の備品を消費して副業しているような場合には、企業秩序を乱すものとして、兼業禁止に違反することになるでしょう。同業他社への就業や、会社の企業機密を兼業先へ漏らすような場合も同様と思われます。

裁判例では、労務提供に支障をきたす程度の長時間の二重就職(上記小川建設事件)や、競業会社の取締役への就任(橋元運輸事件・名古屋地判昭47.4.28、東京メディカルサービス事件・東京地判平3.4.8)、使用者が従業員に対し特別加算金を支出しつつ残業を廃止し、疲労回復・能率向上に努めていた期間中の同業会社における労働(後記昭和室内装置事件・福岡地判昭47.10.20)等が、禁止に違反する兼業とされています。

懲戒解雇は許されるか

兼業禁止に違反する行為が懲戒処分の対象となる場合でも、懲戒は、規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければなりません。特に懲戒解雇は、「本来の業務への支障」或いは「会社との労働契約上の信頼関係破壊」がどの程度かを個別具体的に考え、慎重に適用を検討すべきです。

ゴルフ場のケースではありませんが、懲戒解雇を有効とした裁判例として、日通名古屋製鉄作業事件があります(名古屋地判平3.7.22)。

これは、大型特殊自動車の運転手として採用され交代勤務に就いていた者が、公休日にタクシー運転手として勤務していたことが、兼業禁止違反にあたるとして懲戒解雇処分を受けたという事案です。

裁判所は、その勤務時間は、被告会社の就業時間と重複するおそれもあり、時に深夜にも及ぶもので、アルバイトであっても誠実な労務提供に支障を来す蓋然性は極めて高いとし、禁止規定に違反し、懲戒解雇処分を有効としています。

この事件では、会社を退社するとその足でタクシー会社に赴き午後5時から翌朝まで乗務し、納車した後仮眠を取ってから当日の勤務に就く等かなり無理のあるものだったため、労務の提供に支障があると判断されたものと思われます。

また、A社の経理部長が他社の代表取締役としてA社の取引先と取引をしていたという昭和室内装置事件もあります。

この事件で、福岡地裁は、①会社の再三の警告を無視し、職場内に他社就労の噂を生じさせて他の従業員の作業意欲を減退させる等好ましからざる影響を与え、会社の労務の統制を乱したものといえ、就業規則の禁止する「他への就業」に該当する、②情状は悪質で、懲戒の種類として出勤停止ではなく懲戒解雇の処分を選んだのもやむを得ないと判断しました(福岡地判昭47.10.20)。

懲戒解雇が無効とされた事例

一方、懲戒解雇を無効とした裁判例として、国際タクシー事件があります(福岡地判裁昭59.1.20)。

これは、タクシー運転手として勤務しながら、父親の経営する新聞販売店の業務に従事したことが、兼業禁止規定にあたるとして懲戒解雇処分を受けたという事案です。

裁判所は、①一部の期間については、経営者である高齢の父親の懇請によりやむを得ず引き受けたものであること、所定終業時刻より前の約2時間で、月収も6万円と低額であったことから、会社に対する労務の提供に格別の支障を来す程度のものとは認められず、禁止規定に違反しないとしました。

一方、②新聞販売業務が勤務時間内に行われ、月収15万円を得ていた期間については、会社秩序に影響を及ぼし、労務の提供に格別の支障を来す程度のもので、兼業禁止規定には該当するとしました。

しかし結論として、労働者は②の期間中タクシー乗務に熱心で業務成績を上げていたこと、懲戒解雇を受けるといわゆるブラックリストに掲載され、同業者への再就職が困難となり労働者の受ける不利益があまりに大きい等として、懲戒解雇は無効としました。

このようなケースでは?

そこで、例えばゴルフ場でフロント受付業務を担当する女性従業員Aが、会社に無断で、就業時間終了後午後6時から午前2時までスナック店に会計係として勤務し、接客もしていたというようなケースでは、兼業時間が長く深夜に及び、ホステス業務まで行っていることから、本業への支障の程度が大きく、会社との信頼関係にも影響を及ぼすと考えられ、懲戒解雇もなし得る事案かと思われます。

一方、キャディBが、就業後やゴルフ場休業日に警備員のアルバイトをして収入を得ていることが判明したが、Bは無遅刻・無欠勤で、勤務態度や勤務成績にも全く問題がないようなケースで、本業への支障も特になく、会社との信頼関係にも影響を及ぼさないとみられる場合は、そもそも兼業禁止規定に違反しないと判断される可能性が高いと思われます。このようなケースでは、本人から事情を聞き、会社業務に影響を与えないように指導をするにとどめた方が無難でしょう。

事業者の対応

兼業の予防策としては、従業員が兼業など必要のない労働条件の整備・充実が必要です。また、単に兼業禁止規定を置くだけでなく、その趣旨を研修や社員手帳等を通じて徹底することが必要です。

一方最近では、会社の業績悪化によって賃金が抑制されているという状況から、従業員の副業を積極的に認めるという企業もあるようです。

兼業を許可した場合でも、営業秘密を害する行為をしないという誓約書を書かせ、これに違反する行為が不正競争防止法の定める刑事罰の対象となりうることや、在職中の従業員が競業避止義務を負っていることを理解させる必要があります。

正社員以外の場合

ゴルフ場ではキャディなど、パートやアルバイト、派遣社員等のいわゆる非正規雇用の従業員も多いと思います。

非正規雇用の場合には、正社員と異なり、勤務日数や勤務時間が少ない従業員も多く、兼業を認めても本業への支障の程度が低いと考えられるケースも多いでしょう。また、非正規雇用の場合には、兼業という一事のみをもって、会社の対外的信用や体面を傷つけるようなケースも通常は考えにくいように思われます。一般に給与が低く、複数の企業で稼働しなければ生活が成り立たないという従業員も正社員に比較して多いという現実もあります。

非正規雇用の場合、正社員を対象としたものとは別の就業規則を作成すべきあり、兼業については許可制とするのが現実的な方法と思われます。

「ゴルフ場セミナー」3月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「高年齢者雇用安定法の改正」

平成24年に高年齢者雇用安定法(以下「高齢法」)が改正され、平成25年4月1日から定年を迎えた従業員が希望した場合に、65歳まで希望者全員を継続雇用することが義務化されました。

改正の背景には、少子高齢化が急速に進展する中、労働力の減少を跳ね返し経済と社会を発展させることに加え、平成25年4月から公的年金(報酬比例部分)の支給開始年齢が段階的に引き上げられ、無年金・無収入者が生じる可能性が生じたため、年金を受給できる年齢になるまでは自ら就労して収入を得ることが期待されるということがあります。

この改正により、企業の規模や業種に関わりなく、定年の年齢を65歳未満にしている企業が、希望者全員を65歳まで継続して雇用する制度を導入していない場合には、就業規則等の改正が必要となります。ゴルフ場も従業員の数等に関わりなく対象となるので注意が必要です。

 

高齢法改正の概要

改正前の高齢法旧9条2項では、労働者の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者)との書面による協定(労使協定)を締結し、65歳までの継続雇用制度の対象となる労働者の基準(以下「対象者基準」)を定めることが可能とされていました。

つまり、労使協定により一定の勤務成績や就労意欲等を有する者といった具体的な対象者基準を定めておくことで、この基準に当てはまらない者については、継続雇用の対象としないことが認められていたのです。

しかしながら、平成24年改正は、この規定を廃止し、対象者基準を定めることによる継続雇用制度を認めないこととし、一律に①65歳までの定年の引き上げ、②高年齢者が希望するときには、定年後に当該者を引き続き雇用継続すること、③定年の定めの廃止(以下これらを総称して「高年齢者雇用確保措置」)のいずれかの措置を取ることを義務付けることとしました。但し、詳しくは後述しますが、当面対象者基準を引き続き利用できるという一時的な措置(経過措置)が認められています。

つまり、対象者基準の定めができなくなることにより、事業主は、65歳までの定年引上げ或いは定年の廃止の措置を取らない限り(但し経過措置あり)、原則として、希望者全員を対象とする継続雇用制度を導入することが義務付けられることになったわけです。

なお、高齢法9条は、主として期間の定めのない労働者(いわゆる正社員)に対する継続雇用制度の導入等を求めています。したがって、ゴルフ場でキャディやウェイトレス等をパートやアルバイトといった有期契約で採用している場合には、高齢法の適用はないと考えられます。

但し、有期契約労働者に関しては、通算5年間を超えて反復更新された場合には、有期契約労働者が使用者に対し申込を行うことによって期間の定めのない契約へと転換するので(労働契約法18条)、前述のような継続雇用制度の措置を取ることが必要となります。

また本改正で、継続雇用先を自社のみではなく、一定のグループ企業とする制度も可能となりました。

経過措置について

労使協定で対象者基準を平成25年3月31日までに定めている事業主は、老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢に到達した者を対象に、平成37年3月末まではその基準を引き続き利用できます。

具体的には、次の表の左欄に掲げる期間においては、右欄に掲げる年齢以上の者に対して、それぞれ対象者基準を適用することができるとされています。

平成25年4月1日から平成28年3月31日まで 61歳
平成28年4月1日から平成31年3月31日まで 62歳
平成31年4月1日から平成34年3月31日まで 63歳
平成34年4月1日から平成37年3月31日まで 64歳

例えば、60歳を定年としており、かつ、施行日前日までに対象者基準を定めていた企業の場合、定年の定めにも関わらず平成28年3月31日までは定年後満61歳に達するまでは当該者が希望すれば継続雇用制度の対象としなければなりませんが、61歳に達した段階で対象者基準の適用により、再雇用の限定をすることができることになります。

就業規則の変更の留意点

平成25年4月1日の改正高齢法施行以前に、継続雇用基準を定めた労使協定を締結していた会社は、㋐希望者全員を65歳まで雇用する、㋑経過措置を適用し、継続雇用基準を設ける、の2つから選択することができます。労使協定を定めていなかった場合は㋐しか選択できません。

労使協定で定める基準の策定に当たっては、労働組合等と事業主との間で十分に協議の上、各企業の実情に応じて定められることを想定しており、その内容については、原則として労使に委ねられます。

但し、労使で十分に協議の上、定められたものであっても、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとする等本改正の趣旨や他の労働関連法規に反し、公序良俗に反するものは認められません。

例えば、「会社が必要と認める者」や「上司の推薦がある者」というだけでは基準を定めていないことに等しく、高年齢法の趣旨を没却してしまうことになりますので、より具体的なものにする必要があります。このような不適切な事例については、公共職業安定所において、必要な報告徴収が行われるとともに、個々の事例の実態に応じて、助言・指導、勧告、企業名の公表の対象となり得るので注意が必要です。

なお、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準については、①意欲、能力等をできる限り具体的に測るものであること(具体性)②必要とされる能力等が客観的に示されており、該当可能性を予見することができるものであること(客観性)の2点に留意して策定されたものが望ましいと考えられます。

つまり、①労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような具体性を有するものであること、②企業や上司等の主観的な選択ではなく、基準に該当するか否かを労働者が客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことのないよう配慮されたものであることが望ましいでしょう。具体的には以下の例を参考にして下さい。

【希望者全員を65歳まで継続雇用する場合の就業規則の例】

第○条 従業員の定年は満60歳とし、60歳に達した年度の末日をもって退職とする。但し、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、65歳まで継続雇用する。

【経過措置を利用する場合の就業規則の例】

第○条 従業員の定年は満60歳とし、60歳に達した年度の末日をもって退職とする。但し、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者であって、高年齢者雇用安定法一部改正法附則第3項に基づきなお効力を有することとされる改正前の高年齢者雇用安定法第9条第2項に基づく労使協定の定めるところにより、次の各号に掲げる基準(以下「基準」という。)のいずれにも該当する者については、65歳まで継続雇用し、基準のいずれかを満たさない者については、基準の適用年齢まで継続雇用する。

①引続き勤務を希望している者

②過去○年間の出勤率○%以上の者

③直近の健康診断の結果、業務遂行に問題がないこと

④○○○○

2 前項の場合において、次の表の左欄に掲げる期間における当該基準の適用については、同表の左欄に掲げる区分に応じ、右欄に掲げる年齢以上の者を対象に行うものとする。

(上記の表を入れる)

継続雇用しなくてよいケース

希望者全員を対象とする継続雇用制度を導入する場合、企業は、原則として対象者から要請があれば継続雇用しなければなりません。

もっとも、厚労省の告示によると、「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等、就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」とされています。

但し、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられ、特定の者を再雇用の対象としないことについては厳格かつ慎重な判断が必要となることに留意が必要です。

解雇・退職事由に該当する者は継続雇用の対象としないこととするには、「継続雇用しないことができる事由」として、解雇や退職に関する規定とは別に、就業規則に別途規定しておくべきでしょう。

なお、就業規則の解雇事由又は退職事由のうち、例えば試用期間中の解雇のように継続雇用しない事由になじまないものを除くことは差し支えありません。しかし、解雇事由又は退職事由と別の事由を追加することは、継続雇用しない特別な事由を設けることになるため認められないと考えられます。

【就業規則の例】

(定年後の再雇用)

第○条 定年後も引き続き雇用されることを希望する従業員については、65歳まで継続雇用する。但し、以下の事由に該当する者についてはこの限りではない。

①勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たし得ないとき。
②精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。
③○○○○

(①~③は解雇事由と同一の事由に限られます。)

継続雇用する場合の条件は?

継続雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保するという高齢法の趣旨を踏まえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、企業と労働者の間で決めることができるものとされています。例えば、定年後の就労形態をいわゆるワークシェアリングとし、勤務日数や勤務時間を弾力的に設定することも差し支えないと考えられています。

一方、1年ごとに雇用契約を更新する形態については、高年齢者雇用安定法の趣旨に鑑みれば、年齢のみを理由として65歳前に雇用を終了させるような制度は適当ではないと考えられます。

したがって、㋐65歳を下回る上限年齢が設定されていないこと、㋑65歳までは原則として契約が更新されることが必要ですが、能力等年齢以外を理由として契約を更新しないことは認められると考えられます。

また、本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高齢法違反となるものではないと考えられます。

「ゴルフ場セミナー」2月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「預託金問題総整理」

バブル経済崩壊後、預託金償還問題が顕在化し、加えてリーマンショック以後の経済の低迷や会員の高齢化、価格競争の激化等により各ゴルフ場は依然として厳しい経営を強いられています。

預託金制のゴルフ場は、一般に一定の据置期間を設けて預けられた預託金を、退会後に返還するというシステムになっていますが、会員権相場の下落によって相場が預託金額面を下回ることになり、会員の多くがゴルフ場に預託金の返還を求めることになりました。平成の初めころ、1口何千万という高額の預託金を集めたゴルフ場の中には、後に到来した預託金償還期限を、償還期限の再延長という形で乗り切りを図ったゴルフ場も数多くありました。

しかしながら、理事会の決議による預託金の据置期間の延長決議については、最高裁が、「会則に定める据置期間を延長することは、会員の契約上の権利を変更することにほかならないから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であり、個別的な承諾を得ていない会員に対しては据置期間の延長の効力を主張することはできない」旨判示し、法律上無効とされるのが一般的です(最高裁昭和61年9月11日第1小法廷判決)。またこの措置は問題の先送りに過ぎず、根本的な解決につながるものではありませんでした。さらに二度目の据置期間が経過し、延長後の償還期限が到来しているゴルフ場も多くあります。二度目の延長となると、多くの会員の同意を得ることはさらに難しくなってきます。

そこで今回は、預託金問題の解決法として議論されてきたものを整理してみたいと思います。

 

延長への同意取り付け

上記の最高裁判決を前提とすると、据置期間の延長について、各会員から個別の同意を取り付ける方法がまず考えられます。

同意を得るために実際上最も重要なのは、代替措置について会員の納得を得られるか、ということです。

代償措置としては年会費の引下げやクーポンの発行等が考えられますが、これはゴルフ場の売上を減らすことにつながりますから、そう簡単に導入することもできません。

比較的会員の側でも受け入れやすい例としては、「特別休眠会員制度」が挙げられます。これは、ゴルフはプレーしなくなったが、会員としては残っていたいというスリーピング会員を対象に、延長同意と引き換えに、年会費を無料にするというものです。預託金返還請求をする会員の多くはスリーピング会員です。また、スリーピング会員は年会費を滞納するケースも比較的多くなります。もともと年会費の支払いをあまり期待できない会員の年会費を免除することにより、預託金返還請求を未然に防ぐという意味で、ゴルフ場にとっても有用と思われます。

また、岩手県のゴルフ場では、「期限到来の時から据置期間を10年間延長・会員権分割・名変手数料は分割後2年以内に限り無料・償還期限の延長に同意した会員権については年1回、公開抽選会で行う抽選償還に参加できる」という内容で据置期間延長への同意を求め、全会員の8割弱の同意を得られたとしています(平成20年当時)。

ただ、同意しない会員に対しては据置期間の延長の効力を主張できず、同意した会員との関係でも問題の先送りでしかなく、抜本的解決とはならないことは言うまでもありません。

 

株主会員制

一方、会員のためのゴルフ場運営という観点から、株主会員制への移行が唱えられた時期もありました。

その方法としては、新たに設立された株式会社(新会社)が、ゴルフ場(旧会社)に対する預託金会員権の現物出資を募り、旧会社に対する預託金返還請求権を取得し、旧会社が預託金の返還に代えて新会社にゴルフ場施設を譲り渡す、という流れになります。
株主会員制のゴルフ場とは、会員がゴルフ場経営会社の株主であるゴルフ場で、ゴルフ場に支払われるのは預り金ではなく出資金ですから、会員に返還する必要のないものです。

しかし、もともと預託金制ゴルフ場だった倶楽部で、会員が株主として経営に乗り出すということには、能力や労力の点でも、また意見集約の点でも無理がありました。倶楽部の中で経営権を巡って内紛が発生するなどのデメリットもあるようですから、そのような事態を防ぐために、株主会員制を導入するとしても、それはあくまでも「倶楽部は究極的には会員のものである」という理念を表すための手段にとどめるのが望ましいと思われます。例えば、会員に与える株式は無議決権株式として、残余財産の分配については優先的に取り扱うとすれば、永久債類似の役割を果たします。

結局、会員のためのゴルフ場運営というのは、会員に経営に関与させるというよりは、ある程度経営の透明化を図り、経営者が会員の意思を汲み取って、適切に経営に反映させるという程度にとどめておくのが適切な場合も多いのではないかと思われます。

 

中間法人制ゴルフ倶楽部

平成14年4月には中間法人法に基づく中間法人制度がスタートし、中間法人(公益法人と営利法人の中間的な存在)となって預託金償還問題を解決しようとしたゴルフ倶楽部もありました。

しかしながら、この方法にも、中間法人制への移行に同意しない会員からの預託金返還請求を拒否できないという根本的な問題があり、倶楽部は中間法人制に移行したものの、事業会社の経営を維持することができず、民事再生手続きなどの法的整理を余儀なくされた例もありました。

その後平成20年12月のいわゆる一般法人法施行に伴い、中間法人制度は廃止され、中間法人は一般社団法人に衣替えすることになったのです。

 

一般社団法人制ゴルフ倶楽部

一般社団法人とは、いわゆる一般社団・財団法人法に基づいて一定の要件を満たしていれば設立できる法人で、事業目的に公益性がなくてもかまいません。

原則として、株式会社等と同様に、全ての事業が課税対象となりますが、設立許可を必要とした従来の社団法人とは違い、一定の手続き及び登記さえ経れば、主務官庁の許可を得るのではなく準則主義によって誰でも設立することができます。

そこで、中間法人スキームに代わる預託金償還問題対策として、「㋐一般社団法人制ゴルフ倶楽部を設立し、㋑従来のゴルフ倶楽部(任意団体)の会員は一般社団法人の社員となり、㋒一般社団法人は、ゴルフ場事業会社の株式の一部を保有する」という一般社団法人スキームの採用が考えられたのです。

一般社団法人制のゴルフ倶楽部としては、平成21年1月に田辺カントリー倶楽部を運営する任意団体の田辺カントリー倶楽部が一般社団法人田辺カントリー倶楽部を設立したのが最初です。その後、平成21年2月に長崎国際ゴルフ倶楽部、平成22年10月に函南ゴルフ倶楽部(静岡県)、平成25年4月にディアーパークゴルフクラブ(奈良県)等が一般社団法人制ゴルフ倶楽部としてスタートを切りました。

しかしながら、中間法人制の場合と同様、一般社団法人への移行に同意しない会員からの預託金返還請求まで止められるものではないという問題は依然として残ります。

 

永久債化

「永久債化」の方法もあります。これについては数年前に社団法人日本ゴルフ場事業協会の研究会においても取り上げられました。

永久債というのは、本来会社の資金調達手段の話なのですが、預託金制のゴルフ場の場合、倶楽部解散時まで預託金を返還しない(倶楽部が存続する限りいつまでも返さなくて良い)、ということを意味します。

しかし、永久債化も会員との個別の合意によって成り立つものですから、永久債化に成功したゴルフ場もごくわずかにとどまっています。

永久債化を図ったことがきっかけで、かえって会員の反発を招き、倒産につながってしまうような例もあるようですし、一般的に言えば、永久債は期待されたほど預託金対策の切り札とはなりにくいと思われます。

 

抽選弁済

上記の岩手県のゴルフ場でも採用されていた抽選弁済の制度は、ゴルフ場と会員のニーズを折衷し得る解決案として注目されます。

抽選弁済は、毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式です。

抽選弁済は、希望者が多くても償還額は経営継続が可能な一定額に抑えることができるので、ゴルフ場は、会員のプレー権を保障したまま預託金の償還を継続することができ、一方、当選すれば預託金全額の返還を受けることができるというメリットがあるため、会員側としても比較的受け入れやすいものです。

抽選弁済を実施する際には、必要な範囲でゴルフ場の会則を変更し、細則に抽選弁済の内容を規定します。

細則には、当選しなかった会員が後にゴルフ場に対し預託金償還請求をする場合に備えて、「本規則に定める抽選弁済による償還申込をした場合、本規則に定める以外の方法により償還請求をしない」ことを必ず規定します。この点が抽選弁済制度を採用することの妙味ですが、冒頭の理事会決議による据置期間延長の議論と同様、細則等に規定しただけで訴権放棄の同意と言えるかどうかが問題となってきます。

そこで、預託金の償還は退会を前提とするものですから、申込者からは退会届(抽選弁済への申込書)を提出してもらい、この届に「抽選弁済に関する規則の内容を承認した上で、償還の申込みをする」旨を記載しておき、訴権放棄につき申込者との間で個別に合意しておくことが重要です。

もっとも、抽選弁済への申込者以外の会員との預託金問題は依然として残ります。

 

預託金制からの移行

結局、いずれの手法においても同意しない会員からの預託金返還請求まで止められるものではないという点が最大の問題です。

たとえごく一部の会員からの返還請求であっても、額面によってはその負担に耐えきれないゴルフ場もあり得ます。その場合結局のところ、民事再生手続による処理を選ばざるを得ないことになります。

民事再生手続では、㋐再生計画案の可決要件が緩く(議決権を有する出席債権者の過半数、かつ再生債権者の議決権総額の2分の1以上)、同意しない会員についても拘束力があると言う点が最大の利点です。他にも、㋑弁済期にある債務を返済すれば経済的に窮地に陥る状況があれば、支払不能にならなくても申立ができる、㋒原則として現在の経営者がそのまま経営を続けられる、㋓債務者の再生が困難にならないようにとの配慮から、強制執行等を中止・禁止する制度や、担保権の消滅請求制度等が用意されている等、ゴルフ場側に有利な制度があります。

他方、㋐再生計画案の認可決定確定後3年間は裁判所の監督に服すること、㋑役員に対する責任追及の制度があること、㋒再生計画案が可決されない場合、会社は破産することになること等、ゴルフ場にとって不利な制度もあります。

どのような手法が望ましいかは、それぞれのゴルフ場の実情に応じて異なりうるところだと思いますが、会員の属性や経営会社の財務等に関する分析を行い、専門家を交えて対応策を検討することが必要でしょう。

「ゴルフ場セミナー」2015年1月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎