熊谷信太郎の「ゴルフ場と差押え」

リーマンショック後の大不況で、ゴルフ場のメンバーが経済的に破綻し、所有する会員権を差し押さえられてしまうという事態が多発しています。

ゴルフ会員権の価値も不況とともに下がってはいますが、会員権市場では依然として相場が立っていて換価性の高い資産と考えられているためです。

そこで、ゴルフ場としては、裁判所から、突然ゴルフ会員権を差し押さえたという差押命令が届いた場合の対処法を確認しておく必要があるでしょう。

また、同様に不況下において、ゴルフ会員権の価値が下がっているため、会員権を市場で売却するのではなく、ゴルフ場に対して預託金の返還請求をするというケースも増加し、ゴルフ場自身が債務者として差押えを受けてしまうという事態も多くなっています。

このように、預託金の返還を求める会員からの強制執行の申立てがあった場合、ゴルフ場としてはどのような対応をしたらよいでしょうか。

さらに、ゴルフ場の会員が破産し、破産管財人が会員のもつゴルフ会員権を差押えるというケースも考えられます(もっとも、この場合は、差押えに至る前に破産管財人からゴルフ場へ連絡がきて、和解に至ることが実際には多いように思われます。)。

今回は、これらの場合の対処法、ゴルフ場と差押えについて説明します。

ゴルフ場と差押えが問題となるケースには、ゴルフ場が債務者である場合と、ゴルフ場が第三債務者である場合とがあります。

(なお、第三債務者というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、ゴルフ場の会員に対して債権を有する債権者が勝訴判決等を得て、会員が有するゴルフ会員権を差し押さえたというようなケースにおいて、差押えをなした者が債権者、差押えを受けた会員が債務者、ゴルフ場は第三債務者となります。)

また、ゴルフ場には、預託金制、株主会員制、社団法人制などいくつかの種類がありますが、最も多いものが預託金制ゴルフ場です。

以下では、この預託金制のゴルフ場を念頭において、ゴルフ場が第三債務者である場合、ゴルフ場が債務者である場合の順に、説明していきたいと思います。

 

ゴルフ場が第三債務者となる場合

では、裁判所から突然、ゴルフ会員権を差し押さえたという差押命令が届いたら、どうしたらよいでしょうか。

まず、ゴルフ会員権は財産的価値を有するので、差し押さえて強制執行の対象となることについては、裁判所も認めています。

昭和60年8月15日東京高裁決定は、「本件会員権は、いわゆる預託金会員組織ゴルフ会員権と称せられるもので、抗告人所有のゴルフ場施設の優先的利用権、会費納入等の義務、預託金返還請求権という債権債務から成り立つ包括的な債権契約上の地位であるが、かかる地位は、財産的価値を有し、執行債権の引当てとなる適格をもつものというべきであるから、民事執行法167条1項にいう『その他の財産権』に当たり、同法145条の差押命令の対象となり得ることはいうまでもない。」として、強制執行の対象となるとしています。

 

執行手続の流れ

債権者が適法に強制執行の申立てを行うと、執行裁判所が差押命令を出し、ゴルフ場へ届きます。

そうすると、ゴルフ場は、預託金の払渡しや名義書換等の譲渡を承諾する手続きをすることが禁じられることになります。

差押えがなされた場合、債権者は、債務者が本当に会員権を持っているのかどうかなどを確認することが認められています。これを第三債務者の陳述催告といい、通常、差押命令と一緒に「陳述書」が郵送されてきます。

「陳述書」は、㋐会員資格の有無、㋑入会金、預り金等の払込み完了の有無及びその金額、㋒会員権について、他の債権者からの請求の有無やその内容、㋓会員権について、他の債権者からの差押え等の有無とその内容などを記入するものとなっています。

なお、差押えがなされたという裁判所からの通知が来ただけでは、会則に特に定めのない限り、従来の名義人を会員として取扱わなければなりません。その後の裁判手続により会員権を取得した人に対する名義書換が完了するまでは、従来の名義人のプレーを拒否したりできませんので、ご注意下さい。

 

差押が競合する場合

債権者からの差押えを受けるような場合には、会員の債務弁済の資力が十分でない場合も多く、当該会員が他の債権者からも差押えや仮差押えを受け、差押えが競合するケースも多く見受けられます。

このような場合、ゴルフ場としては、勝手に判断して片方の債権者に対して支払いをすると、二重弁済のリスクを負うことになりますので、注意が必要です。

両方の(仮)差押えの額の合計が債務額を超えるときなどは、必ず供託をしなければなりません。供託は、最寄りの法務局に対してすることになります。

 

譲渡通知が差押に先行している場合

また、差押えを受ける前に会員権を既に譲渡して換価している場合もままあり、譲渡通知と差押命令が競合して到達することも起こり得ます。

この場合、譲渡通知と差押命令のどちらを優先して扱うべきでしょうか。

この点、譲渡通知と差押命令の優先関係は、譲渡通知の到達と差押命令の送達の先後で決定されます。

そのため、差押えより先に譲渡通知がゴルフ場に到達している場合には、会員権の譲受人が差押債権者に優先することになりますので、先程の「陳述書」には、「㋐ない」と記入し、譲受人からの名義書換申請に応じなければなりません。

なお、譲渡通知は通常内容証明郵便で発送されますが、複数の譲渡通知が競合する場合、優先関係は通知がゴルフ場に「到達」した日の先後で決定されます。

この点、内容証明郵便は相手方が通知を「発送」した日を証明するものでしかなく、内容証明郵便に記載された日(発送日)の先後で優先関係を判断するのは間違いです。

そのため、ゴルフ場に通知が到達した日を常日頃から管理して対応する必要がありますので注意が必要です。

 

差押命令後の手続

現在のゴルフ会員権は、預託金額で評価することが妥当でなく、また預託金全額を取り立てることも実際上困難であることから、差押債権者は、原則として、売却命令や譲渡命令により、差し押さえた会員権を換価して債権回収を行うことになります。

 

売却命令と譲渡命令

売却命令とは、執行裁判所が、例えば、動産執行の手続きにより競り売りの方法で売却するなど、その定める方法により差し押さえた会員権の売却を執行官に命ずる命令です。

執行官が売却命令により会員権を売却すると、執行官からゴルフ場へ確定日付のある証書により譲渡通知がなされます。これにより、ゴルフ場は、売却命令により誰が会員権を取得したかを知ることができます。

一方、譲渡命令とは、差し押さえた会員権を執行裁判所が定めた金額で支払に代えて差押債権者に譲渡する命令です。

これらの場合、会員権を取得した者から名義書換を求められた場合には、これに応じなければなりません。もっとも、譲渡命令は確定しなければ効力は生じませんので、ゴルフ場としては、名義書換手続きの際に、裁判所の発行する確定証明書を添付させたほうがよいでしょう。

なお、これらの場合であっても、ゴルフ場の会則に定める入会資格を満たさない場合には、入会を拒否することができます。

また、前記昭和60年8月15日東京高裁決定は、名義書換停止中の会員権であっても譲渡命令を発する妨げとはならないと判断しており、売却命令についても同様に考えることができます。

 

取立権の行使

さらに、差押え債権者は、取立権の行使により、債権回収できるかが問題となります。

取立権の行使とは、預託金の据置期間が満了している場合、債権者がゴルフ場に対し、会員に代わって退会し預託金の返還請求をすることです。

この点については争いがあり、平成10年5月28日東京地裁判決は、会則上、預託金返還請求は退会を前提としておらず、据置期間が経過すれば、会員自身が退会しなくても具体的な金銭債権として預託金返還請求権が発生することを理由に、これを認めています。

しかしながら、預託金制ゴルフ倶楽部の会員権の性質は、優先的施設利用権や預託金返還請求権などが複合したものと考えられますが、預託金返還請求権については、会員が退会しない限り抽象的なものにとどまり、具体的な金銭債権とはならず、会則上も会員自身が退会して初めて預託金返還請求できると規定されていることが一般であるように思われます。

このような理解に立てば、会員が退会する前に具体的な金銭債権として預託金返還請求権が発生するという上記判決の考え方は、やや実態と乖離しているように思われます。

そこで、会員自身が退会すなわち会員契約の解除の意思表示を行うべきで、会員自身の退会なしに、差押債権者の預託金返還請求は認められないものと考える見解も有力ですので、容易に妥協せず、裁判で争うことも考えられてしかるべきでしょう。

 

ゴルフ場が債務者である場合

次に、ゴルフ場が債務者である場合について説明します。

ゴルフ場が会員から預託金返還請求訴訟を提起されて敗訴した場合、裁判所は、会員の申立てに基づいて、会員のゴルフ場に対する請求権を強制的に実現することになります。

この方法にはいくつかありますが、ゴルフ場が債務者の場合に問題となるのは、主に動産執行手続と不動産執行手続です。

動産執行手続とは、債権回収のために、債権者の申立てに基づいて、裁判所の執行官がゴルフ場の現金を差押さえたり、ゴルフ場の家具や商品類、機械などを売却して換価し、その代金を金銭債権の弁済に充てる手続です。

一方、不動産執行手続とは、債権回収のために、債権者の申立てに基づいて、その不動産を裁判所が売却する手続です。

ゴルフ場によっては、所有不動産に抵当権を設定している場合もあります。

この点、一般債権者による差押えと抵当権との優先関係については、差押命令の送達と抵当権設定登記の先後で決まります。

なお、抵当権者が本登記ではなく仮登記したに過ぎない場合でも、仮登記には順位保全効がありますので、後に抵当権者が本登記をした場合には、その本登記は仮登記をした日に遡って本登記をしたのと同じ効力が認められることになります。

 

強制執行妨害罪

ゴルフ場の銀行預金を差し押さえられると困るからといって、支配人個人名義の口座を作ってそこでゴルフ場の売上を管理したり、あるいはゴルフ場のクラブハウスやコースが売却されると困るからといって、関連会社に名義を変更したりすることは許されません。
これらの行為は、「財産を隠匿し、損壊し、若しくは仮装譲渡し、又は仮装の債務を負担」したものとして、強制執行妨害罪(刑法第96条の2)となり、法定刑は2年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされています。
さらに、強制執行を免れるために不動産の名義を変更しても、このような行為は民事上も無効であり、仮装名義人に対して強制執行していくことになります。

「ゴルフ場セミナー」2012年4月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「ゴルフ場の道路の凍結」

ゴルフ場は山間部に造られることも多く、冬場は道路が凍り、事故につながることもあります。

一口にゴルフ場の道路といっても、①ゴルフ場に至るまでの道路(通常は公道)、②ゴルフ場敷地内において、乗用車が通行する道路、③コース内のカート道、④その他歩道など、さまざまな道路があります。

道路は、土地の工作物であり、その所有者は、土地工作物の設置責任を負います。また、来場者を迎えるゴルフ場としては、来場者が安全にプレーを楽しむことができるよう配慮すべき安全配慮義務を負っています。万が一ゴルフ場が管理する道路で事故が起こった場合には、土地工作物の設置責任に基づく損害賠償責任(民法717条)や、安全配慮義務違反による損害賠償責任(民法415条)を負う可能性があります。

今回は、ゴルフ場の道路の凍結に関して説明したいと思います。

 

ゴルフ場内の事故ではなく、凍結した公道での事故ですが、①岡山地裁平成22年10月19日判決、②大阪地裁平成20年12月8日判決という対照的な近時の裁判例がありますので、まずはこれらの事案の概要を紹介します。

岡山地裁判決

この事故(第1事件)は、岡山県と鳥取県の県境にある国道179号線人形峠のトンネル付近の鳥取県側で発生しました。平成19年1月30日午前8時ころ、Aがビール樽を積んだ大型貨物車で峠のトンネルを通過し、下りの橋に差し掛かったところで、路面凍結のためA車がスリップを始めました。A車の走行速度は時速64kmでした。緩やかな右カーブで、Bの2t車が自損事故を起こして路肩に停車中だったのですが、A車はB車に接触し、さらに法面の段差に乗り上げてしまい、反対車線からやってきた大型バスのC車に積荷のビール樽を衝突させてしまいました。

A車を所有する会社及び保険会社が、A車や道路の修理費、B車やC車に関する示談金など563万円余りの損害賠償を求め、道路を管理する鳥取県を訴えたところ、岡山地裁は、鳥取県に対し、281万円余りの支払いを命じました。

大阪地裁判決

この事故(第2事件)は、阪神高速道路湾岸線上、大阪府堺市の三宝出口付近で発生しました。平成16年1月18日午前7時ころ、Dが運転するD車が、時速60kmの速度規制があることに気付かず、その速度を超えて走行していましたが、先に事故を起こして大和川付近で停止していた車を見てやや減速し、右カーブに差し掛かった後、スリップして本線と三宝出口への側道との間に設置されていた角型クッションドラムに衝突し、D車は前面全体を損傷してしまいました。

Dは、車両が全損し、死ぬかと思うほどの恐怖を感じたとして、弁護士費用も含め143万円の損害賠償を求め、阪神高速道路株式会社及び独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構を訴えましたが、大阪地裁は、Dの請求を棄却しました。

 

第1事件、第2事件ともに、国家賠償請求事件です。国家賠償法2条1項は「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。」と規定します。これに対し、民法717条は「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。」として、土地工作物責任を定めます。国家賠償法と民法では、責任を負う主体(私人も含むか)や、適用範囲(公の営造物か、土地の工作物か)等に違いがありますが、基本的な考え方は共通しており、要は、施設を管理する者は、通常備えるべき安全性を確保しなければならない、ということです。

第1事件では、人形峠のトンネル付近の道路はスリップ事故を起こしやすく、岡山県側では凍結防止剤を3回散布し、道路状況の確認も行っていて、道路が凍結していなかったのに対し、鳥取県側では、他にも数台の自動車がスリップ事故を起こすほど、かなり危険な状態であったにもかかわらず、凍結防止剤は前日に散布しただけで、道路状況も確認せず放置した、と判断されました。また、Aの運転が不適切だという県側の主張に対しては、「Aの運転方法が本件道路で通常予想される交通方法を逸脱した異常で無謀なものであるとか、自殺行為であるとまではいえない。Aの運転方法の問題点は過失相殺を行うことにより考慮すべきである。」としました(過失5割)。

これに対し、第2事件では、事故数時間前の巡回でも異常報告はなく、凍結防止剤も危険な場所から順次散布しており、前線凍結注意等の情報も表示してあり、他の多数の車は事故を起こすことなく事故現場を通過していました。ところが、凍結のおそれのある冬道の走行経験が少なく、速度規制を見落としたDは、速度調節や前方注視を怠り、ハンドル操作を誤るなどして、事故の主な原因となった可能性も相当程度あると判断されたのです。この他、事故現場付近の高速道路は、関西国際空港へのアクセス道路にもなっており、安易に道路を閉鎖できないという事情もありました。

ドライバーに落ち度があるという点では第1事件も第2事件も同様ですが、道路管理者がやるべきことをきちんと行っていたのか、という点が判決内容の違いとなったのです。

 

大津地裁判決

道路管理者はどのようなことをなすべきか、参考例として大津地裁平成16年4月26日判決を紹介します。

この事故は、平成13年1月30日午前2時45分ころ、Eが大型貨物自動車で滋賀県西浅井町の国道303号線を走行していたところ、新栄橋の手前35mで、橋の上に2台の事故車両を発見し、ブレーキをかけたところ、橋面が凍結していたため、E車がスリップし、ハンドル操作が不能となり、橋の欄干を破って河川に転落し、E車と積荷に損害が生じたというものです。

Eの勤務する会社が原告となり、散水融雪装置からの散水で道路が凍結して事故が発生したとして、道路管理者を訴えましたが、大津地裁は、要旨以下のように述べて、原告の請求を棄却しました。

・散水融雪装置が事故前に散水を行って散水が停止したため橋面が凍結したとは認められず、装置に瑕疵はない。路面凍結は別の要因によるものであるが、被告の道路管理に瑕疵があるかが問題となる。

・道路面の凍結現象は、当該道路の地理的、気象的、地理的条件及び道路構造等が加わって発生する自然現象であり、必ずしも道路が凍結したことのみをもって道路が本来有している安全性を欠いているということはできない。国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があったといえるかは、当該営造物の場所的環境及び利用状況、管理の方法等諸般の事情を総合考慮して、道路の通常有すべき安全性を欠いているといえるかによって判断されるべきである。

・本件事故現場では12月から2月にかけてかなりの積雪量がある。散水融雪装置は一定の気象条件で作動することになっており、事故当時も正常に稼働していた。国道303号は交通の要衝であり、交通量が多くなるのは午後5時から午後6時ころである。被告の管理体制は、以下のようなものであった。

①パトロール等

道路を管理する土木事務所では、6班編成で除雪配備態勢をとっていた。事故前日29日の夕方に大雪等の注意報が発令され、8名の職員が待機した。班長は、同日午後8時の降雪量や気温を見て、主要な幹線道路である国道303号を中心にパトロールすることとし、午後9時ころ事務所を車で出発した。午後10時30分ころ、事故現場付近で下車し、路面の状況を歩いて確認した。路肩に少し雪はあったが、凍結防止剤と思われる白い粒が路側に残っており、散水融雪装置は稼働していなかった。

②凍結防止剤の散布

土木事務所は地元事情に精通した地元業者に凍結防止剤の散布を委託している。業者に対する説明会も実施され、気象状況の把握に努め、時宜に応じて凍結防止剤を散布するよう指導されていた。

委託業者は通常スケジュール通り、29日午前4時30分から午前8時にかけて、また、午後7時から午後10時にかけての2回、凍結防止剤の散布を行った。

③警告表示等の設置

事故現場手前2km強の区間に「すべりやすい」という警戒標識3基のほか、簡易道路情報表示装置など警告看板13基が設置されていた。

・この付近の事故発生数はわずかであり、凍結が原因となって事故が多発するという状況にはない。

・事故現場の橋に向っての右カーブは緩やかであり、また緩やかな上り勾配となっていて、前方の見通しも確保されている。

・以上の事実に照らせば、本件事故現場付近の道路は、通常有すべき安全性を欠いているとはいえず、土木事務所における、本件事故現場付近の道路の管理に瑕疵があったとは認められない。

 

この大津地裁判決は、凍結道路での事故に関する裁判の典型例です。凍結道路の事故においては、事故現場の客観的な状況(事故を招きやすい構造になっていないか、実際に事故は多発していないか等)に加え、道路管理者の①パトロール状況、②凍結防止剤の散布状況、③警告表示等の設置状況等を総合考慮して、通常有すべき安全性を欠いていたか否かが判断されることが多いのです。

したがって、道路を管理するゴルフ場においても、現に事故が多発する地点、あるいは事故が起きやすい構造になっている地点を中心に、パトロールを行い、凍結防止剤を散布し、警告表示等を設置するといった対応が求められることになります。とはいえ、国や県とは異なり、ゴルフ場では24時間体制でこのような対応をすることは明らかに無理ですので、夜間の路面凍結が心配されるような時期には、営業終了後、ゴルフ場が管理する道路に進入できないように閉門し、翌朝、道路の安全性を確認してから開門するといった工夫も必要でしょう。

なお、寒冷地のゴルフ場と、暖かい地域のゴルフ場では、要求される対応のレベルもおのずと異なってきます。スリップした大型貨物自動車が歩行者に衝突し死亡した事故で、地裁判決を覆し、道路管理者の責任を否定した大阪高裁昭和50年9月26日判決は、「当地方は特に積雪地帯ではなく、本件程度の積雪凍結状態である限り道路管理者に常時路面の凍結解消措置をとるべきことを義務付けることはできず、道路通行者が車両にチェーンを取り付ける等の個々人の注意義務によって交通上の危険を防止すべきである。」と述べています。

 

冒頭に述べたように、ゴルフ場の道路には、クラブハウスまでの進入路以外にも、カート道や歩道などもあります。特にセルフプレーで乗用カーを利用する場合、運転免許を持っておらず、運転に不慣れな人が乗ることもありますから、ゴルフ場としても、十分な注意を払う必要があります。本誌昨年11月号でも述べた通り、急カーブや坂道といった危険箇所をできるだけ少なくするということが根本的な解決策ですが、次善の策としては、危険な場所で無理な運転をさせない工夫をすることが大切です。危険な場所に差し掛かる前に、危険を確実に知らせることが重要ですし、減速せざるを得ないような工夫をすることも効果的でしょう。

凍結によるスリップ事故が最も心配される雪の場合にはそもそもゴルフ場がクローズされると思いますが、そうでなくても、雨が降った後や霜が降りて凍ることもありますので注意が必要です。特に乗用カーのタイヤはグリップ力が弱く滑りやすくなっていますのでより注意が必要です。コース課の担当者がカップを切るとき、カート道もチェックして、もし凍っている場所があれば、キャディーマスター室に報告し、来場者に注意を促すとともに、凍結注意徐行せよといった看板やカラーコーンを置くようにすべきでしょう。

ゴルフ場としては、来場者等に対する安全配慮義務もサービスの一環であることを自覚し、限られた人手や予算の中で、できる限りの対応をすることが求められます。

ゴルフ場セミナー2011年3月号掲載
熊谷信太郎

熊谷信太郎の「乗用カー事故」

良い天気の日に、広々としたコースを歩いてゴルフを楽しむのも良いですが、乗用カーに乗り、爽やかな風を受けてプレーをするのも快いものです。

乗用カーはたいへん便利な乗り物である反面、ささいなことがきっかけで大事故につながってしまうこともあります。

今年8月、兵庫県のLカントリー倶楽部で、乗用カーを運転していたプレイヤーの男性が、下り坂のカーブを曲がり切れず斜面を転落、運転していた男性は死亡、同乗者も怪我を負うという痛ましい事故がありました。同CCでは、その4日後にも乗用カー事故が発生したそうです。9月に入ると、北海道のゴルフ場でも、坂を走行中の乗用カーがコースを外れ、木に激突し、プレイヤー4名が重軽傷を負いました。

乗用カー事故といえば、昨年11月には、高知県のゴルフ場で、男子プロゴルフツアーが開催されている真っ最中に、報道陣の乗用カーが暴走し、観客に怪我を負わせるという事故が大きな話題になりましたが、今回の一連の事故は、死者まで出てしまったこともあり、業界紙やスポーツ紙だけでなく、全国紙でも大きく報じられています。

乗用カーの事故については、昨年の本誌7月号でも取り上げ、ゴルフ場がなぜ乗用カー事故の責任を負うのか、損害賠償、特に慰謝料の相場はどれくらいか、といった点について、実際の事件を例に挙げて説明をしました。今回は、相次ぐ乗用カー事故について、事故増加の背景を明らかにし、ゴルフ場はどのような対策をすべきかという点を中心に説明したいと思います。

 

事故増加の背景

ゴルフは本来歩いてするスポーツですが、乗用カーの登場で、キャディーなしのセルフプレーも可能になり、手軽に、かつスピーディーにプレーを楽しむことができるようになりました。最近では、多数のゴルフ場で乗用カーを導入するようになり、フェアウェイまで乗り入れることができるゴルフ場もあります。中には、フェアウェイへの乗り入れは可能であるが、乗用カーの重みでラフの芝が寝てしまうと、ラフの意味がなくなってしまうということで、ラフへの乗り入れは禁止、というゴルフ場もあります。

アメリカなどでは、早くから乗用カーが普及しており、乗用カーに慣れているプレイヤーが多いようですが、乗用カーでボールを捜しに行って、そのまま池に落ちてしまった、というような事故も時にはあるようです。また、日本とは異なり、2人乗りの小型乗用カーも多く、芝に与える負担が比較的少ないためか、フェアウェイへの乗り入れ可能というゴルフ場が多いように見受けられます。

乗用カー事故が増加した背景には様々な事情があると思われますが、以下のような理由が指摘されています。

①コース設計とセルフプレー

日本でも急速に普及してきた乗用カーですが、既存のゴルフ場は、必ずしも乗用カーの利用を前提として設計されたわけではありません。乗用カーを後から導入したため、どうしても急なカーブや坂道を通行せざるを得ない場合も多くあります。

それでも、カート道の危険個所を熟知したキャディーが運転するのであれば、急なカーブや坂道では、速度を十分に落として慎重に運転するなどの対応が可能ですが、折からの不況の影響もあり、セルフプレーが増え、プレイヤー自身が運転するケースが多くなったことが、事故増加の大きな原因であると言われています。

②法制度と運転自体の不慣れ等

乗用カーは、ゴルフ場内を走行するため、公道を走る自動車と異なり、運転免許は不要です。自動車を運転する人であれば、乗用カーの運動特性も把握しやすいと思いますが、運転免許を持っていない人の場合には、乗用カーの動き方を把握できず事故につながりやすいでしょう。数年前のアメリカ国内の調査報告によれば、アメリカ国内の乗用カー事故の3割に、子供が関わっているそうです。必ずしもゴルフ場内で起こった事故ばかりでなく、空港やイベント会場での乗用カー事故も調査対象となっているようですが、乗用カーに関する無理解が原因と思われます。

自動車の場合、飲酒運転は大変危険であり、万が一そのような行為を行えば厳罰が科されます。しかし、乗用カーの場合、お昼にビールを飲んでから乗用カーを運転するプレイヤーをゴルフ場が黙認している場合もあります。直ちに交通法規に違反するものではないかもしれませんが、乗用カーであっても飲酒運転が危険であることに変わりはありません。

また、冒頭で紹介した事故の死傷者は、高齢の方々です。乗用車の場合でも、運動能力や判断力・注意力の低下から、高齢者が起こす交通事故が問題となっていますが、乗用カーでも同じことが言えるかもしれません。

③乗用カーの設計

乗用カーの多くは左ハンドル車です。右ハンドル車を製造しようとすると、アクセルと右前輪の位置が重なってしまい、不都合だということです。日本の乗用車は右ハンドルが多いので、運転免許を持っていても、左ハンドルに不慣れで、乗用カーは運転しにくいと感じるプレイヤーもいるようです。

また、乗用カーは自動車に比べて重心が高く、坂道や急カーブで転倒の危険があります。転倒まで至らなくても、自動車と違って乗用カーにはドアがありませんから、急カーブで同乗者が乗用カーから投げ出されてしまう危険性もあります。数年前には、茨城県のゴルフ場で、キャディーが運転する乗用カーが急カーブを曲がる際、プレイヤーが乗用カーから転落、アスファルトで頭部を強打して死亡するという事故もありました。

乗用カーには、ガソリンで走行するものと、電気で走行するものがあります。電気で走行するものは、音が静かであるという意味で優れていますが、周囲にいるプレイヤーが、近づいてきた乗用カーに気がつかず、乗用カーの進路に飛び出して衝突事故が発生するということもあります。

 

求められる注意義務の程度

乗用カーの事故が増加しているとはいっても、乗用カーはセルフプレーには欠かせません。また、最近の乗用カーは、ナビゲーションシステムが搭載されていて、「グリーンまで200ヤードです」「右はOBです」などと音声で知らせてくれるものもあり、単なる移動・運搬の道具という域を超えた、大変便利なものになっています。多くのプレイヤーにとって、また、ゴルフ場にとっても、乗用カーは、なくてはならないものになっており、ゴルフ場としても、乗用カー事故への対応策を講じなければなりません。

ゴルフ場は、プレイヤーに対し、安全配慮義務を負っています。予め想定される危険については、できるだけその原因を除去し、もし除去することが難しいのであれば、プレイヤーに注意を促し、危険を回避させることが必要です。

ここでゴルフ場が気をつけなければならないのは、プレイヤーに対してどの程度の注意をすればよいか、ということです。

わかりやすく言えば、そのゴルフ場を初めて利用する人でも、どこが危険な場所なのか、必ず気がつくように工夫をしなければなりません。コースキャディーやメンバーだけが危険な場所を知っている、というのでは全く不十分なのです。また、危険な場所にさしかかったら、誰でも容易に危険を回避できるよう、注意を促すタイミング等にも気をつけなければなりません。

誰にでもわかるようにする、という意味では、最近は外国人プレイヤーも増加していますから、日本語表記をするだけでなく、英語などの外国語表記も併用するなどの対応も望まれます。最近の中国・韓国からの来場者の急増を考えると、いずれは中国語・韓国語での案内を検討するゴルフ場が増えてくるかもしれませんが、当面は日本語と英語の併用で十分なのではないかと思われます。

 

具体的な対応策

まず、根本的には、急カーブや坂道といった危険箇所をできるだけなくし、乗用カーでの事故が起こりにくいレイアウトに改修することが考えられます。しかし、昨今の厳しい経済情勢の中、それだけの予算や空間を確保できるゴルフ場は極めて少数でしょう。

次善の策としては、危険な場所で無理な運転をさせない工夫をすることが考えられます。何より、危険な場所を、プレイヤーに対し、事前に確実に知らせる、ということが重要です。危険な場所にさしかかる手前に看板等を設置するということは、実施が容易で、高い効果も見込まれることから、どのゴルフ場でも行っていると思います。しかし、せっかくの看板等も、ゴルフ場に求められる安全配慮義務を充足するレベルのものでなければ意味がありません。コースの美観を損ねないように配慮しつつも、キャディーや、そのコースに慣れたメンバーではなく、初めてそこを通ったプレイヤーであっても、また、外国人プレイヤーであっても、すぐにわかるような案内になっているか、という観点から再確認をしてはどうでしょうか。カート道に色を塗って、危険な場所を知らせるゴルフ場もあります。危険な場所に近づいた場合、アナウンスを流して音声で知らせるということも考えられます。カート道の脇に音声案内装置を設置する方法や、乗用カーに搭載されたナビを利用する方法があるでしょう。危険な場所に差し掛かる直前に、カート道に突起物を設けたり、S字クランクを設けたりして、強制的に減速させ、事故を未然に防ぐということも考えられます。衝突事故を防ぐため、電気で走行する乗用カーについては、乗用カーが近づいたことを周囲のプレイヤーに知らせるため、鈴をつけているゴルフ場もあるようです。万が一の事故の場合の損害を最小限に防ぐため、転落防止用の柵を設置することも、ゴルフ場が比較的簡単に行うことができる対応策ではないでしょうか。

プレイヤーが乗用カーに乗り込む前からできる安全対策もあります。カート道の地図を配布して危険な場所を明示して、運転するプレイヤーに注意を促すことも有効です。乗用カー利用規則を作成し、プレイヤーが来場したときには、その規則に基づいた注意書を配布し、プレイヤーには、利用規則を遵守して乗用カーを利用することを誓約のうえ、署名をしてもらう方法も考えられます。その際には、合理的な内容の免責条項も盛り込んでおくと、後々のトラブルの際の助けになり得るでしょう。自動車の運転免許を持っているプレイヤーだけが乗用カーを運転することができる、飲酒をした場合には乗用カーを運転させない、というルールを設けることも考えられます。

ゴルフ場がいくら注意をしていても、不幸にして事故が起こってしまう可能性もあります。ゴルフ場やプレイヤーが保険に加入するということも、大切なリスク回避の方法です。

「ゴルフ場セミナー」2010年11月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「受動喫煙防止」

2010年4月1日より、神奈川県では「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行されています。この条例は、違反に対する罰則付きの条例として話題になりました。

ゴルファーにも愛煙家が多いと思いますが、今回は、受動喫煙防止に関する法律問題について説明したいと思います。

 

受動喫煙の害

愛煙家の中には、喫煙と肺癌の因果関係は立証されていないなどと強弁する人もいるようです。喫煙が自身の健康に無害であると信じることや、喫煙による各種癌や心臓血管系の疾病等への罹患リスク増加を知った上で甘受することは喫煙者の自由です。人には自己責任で体に悪いことをする自由も認められています。

しかし、問題は受動喫煙です。一般的にはタバコは身体に対して有害であると認められているうえ、喫煙者本人の害よりも、周囲の人間の受動喫煙の方がより有害であるという研究結果もあります。

ある医師の報告によれば、タバコの煙にはタール、ニコチン、一酸化炭素など、200種類以上の有害物質が含まれているそうです。中でも、タールは発癌性物質や発癌促進物質、毒性物質を含み、一酸化炭素には動脈硬化を促進させる作用があるそうです。煙に含まれる発癌物質が体に吸収されると、臓器に蓄積され、肺癌、膀胱癌、肝臓癌、子宮頸癌や、慢性気管支炎、肺気腫、心筋梗塞、胃潰瘍、クモ膜下出欠、歯周病や不妊などを引き起こす原因になるそうです。

小児の受動喫煙による喘息や下気道疾患などの呼吸器感染症等の発症率を非喫煙者の子供と比較すると、2~5割も高く、また、喫煙者と30年以上同居している人は、喫煙者と同居したことがない人と比べて認知証の発症率が約30%も高いというデータもあるようです。

周囲の人間に対する迷惑は、単にマナーの問題にとどまらないのです。

ちなみに、この医師によれば、タバコによって解消されるのは「タバコを吸いたい」という欲求から生まれるストレスだけで、それ以外のストレスは全く軽減されないのだそうです。

 

受動喫煙防止に向けた取り組み

平成15年5月1日施行の健康増進法は、多数の者が利用する施設の管理者に対して、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされること)の防止措置を義務付けています(同法第25条)。ゴルフ場も多数の者が利用する施設ですから、クラブハウス内等における受動喫煙を防止する義務を負っています。しかし、同条違反に対する罰則はなく、その意味で「努力目標」にすぎませんでした。

健康増進法制定と前後して、たばこによる害の広がりは、公衆の健康に深刻な影響を及ぼす問題であることが世界的に認識されるようになり、平成16年3月9日には、我が国も「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(たばこ規制枠組条約)に署名し、同条約は平成17年2月27日に発効しました。

平成19年6月から7月にかけて、同条約の第2回締約国会合(COP2)が開かれ、日本も、同条約発効後5年以内、すなわち平成22年2月までに、公共の場所における受動喫煙がなくなるよう、例外なき保護を実施する義務が課されました。

この際に定められたガイドラインでは、「完全禁煙以外の措置は不完全だ」「全ての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきだ」「たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきだ」と定められていますが、「法的拘束力はない」とされています。

ガイドラインに定められた期限ぎりぎりの平成22年2月25日、厚生労働省健康局長は「受動喫煙防止対策について」という通知を発し、今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性を示しました。

そこでは、「今後の受動喫煙防止対策の基本的な方向性として、多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべきである。…(中略)…特に、屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である。」とされています。

 

神奈川県の条例

現在、受動喫煙防止に関して最も法的規制が進んでいるのは神奈川県です。

神奈川県では、昨年3月に、冒頭に述べた条例を定め、本年4月1日から施行されています。この条例は、官公庁やスポーツ施設等(第1種施設)を全て禁煙としています。ただし、これらの施設でも、喫煙所を設けることはできます。また、飲食店やホテル等(第2種施設)では禁煙だけでなく分煙も選択できますし、小規模な飲食店や宿泊施設等については、後述の罰則規定の適用はなく、この条例による規制はすべて「努力義務」とされます。

ここで、「禁煙」と「分煙」の違いについて説明しておきます。

一般的には、ある施設の中で全面的に喫煙が禁止されるのが「禁煙」、部分的に喫煙が禁止され、禁止部分に全く煙が流れ込まないような仕組みになっているのが「分煙」と言われます。ただし「禁煙」であっても、専ら喫煙のためだけに使用する「喫煙所」を設けることは許されることが多いでしょう。(屋内に専用喫煙室を設けただけでは「分煙」にとどまるとする県もあります。)

例えば、あるレストランで、喫煙所以外では一切喫煙できないというのであれば「禁煙」ですが、喫煙と禁煙の部屋を完全に分けて、禁煙の部屋に全く煙が流れ込まないように設備を整えたとしても、テーブルで喫煙できるのであれば、それは「分煙」にとどまる、ということです。

条例制定を受け、一部のファストフード店やファミリーレストランでは、神奈川県内の全店舗を禁煙化するとのことです。これに対し、居酒屋等では、禁煙としてしまうと、特に宴会等大人数で利用する場合の客足が遠のくとして、禁煙には慎重な姿勢を見せているようです。

神奈川県の条例の画期的な点は、施設管理者が禁煙措置を講じない場合等、知事は施設管理者に指導、勧告、命令ができ、命令に従わない場合には5万円以下の過料に処することとして、罰則をもって受動喫煙防止措置を義務付けた点です。

地方自治法14条3項を根拠として、地方公共団体は条例に2年以下の懲役等の罰則を定めることができますが、そもそも、国の法律で罰則が定められていないのに、都道府県レベルの条例で罰則を定めて良いのか、という問題があります。

これは結局法律の趣旨(法律に定めた趣旨、あるいは法律に定めない趣旨)の解釈の問題です。国が、その行為を一律に処罰しない趣旨で罰則を定めないのであれば、条例で罰則を定めることはできません(教科書で引用される例としては刑法改正による姦通罪の廃止等が挙げられます)。逆に、地域の実情に応じて罰則を定めても良いという趣旨であれば、条例で罰則を定めることもできます。

受動喫煙防止については、国レベルの法制度の整備が遅れているだけであって、条例で罰則を定めることを禁じるものではなく、むしろたばこ規制枠組条約のガイドラインの趣旨に照らせば、罰則を設けることが望ましいとすらいえるでしょう。

本年3月の報道によれば、知事選と重なった石川を除く46知事に対するアンケートの結果、静岡、京都、奈良、兵庫、和歌山、鳥取、鹿児島の7知事が、受動喫煙防止を目的にした独自の条例制定を検討中とのことで、京都及び奈良は、罰則の必要性も今後検討するとのことです。また、18知事が、国が罰則付きの法規制をすべきだと考えているのに対し、10知事が、国の罰則付きの法規制に反対しているそうです。

 

ゴルフ場における取組み

今後、世の中はますます禁煙の方向に進むものと思われます。ゴルフ場は、スポーツ施設ですから、特に禁煙化が強く求められるようになりますが、どのように禁煙化を進めるべきでしょうか。

クラブハウスの中をくわえタバコで歩き回るのは論外ですが、非喫煙者も利用する食堂や風呂場、トイレで喫煙をすることも受動喫煙につながりますので、法の趣旨からは認めるべきではありません。

コンペルームを原則禁煙、一部だけ喫煙可とすることは、喫煙者に配慮した穏当な方法のようにも思われますが、これではせいぜい「分煙」にとどまります。通常であれば、コンペ参加者の中に非喫煙者もいるでしょうから、受動喫煙防止という観点からは全く不十分です。

どうしても喫煙スペースを設けたいのであれば、専用の「喫煙室」を設置することが本来的な方法ですが、費用もスペースもない、という場合も多いでしょう。

そうなると、屋外に喫煙場所を設けるしかないということになります。しかし、屋外であっても受動喫煙の可能性はあります。また、ジュニアの育成が叫ばれている今、屋外においても、子供が来る可能性がある場所で喫煙をするべきではありません。日本ゴルフ協会や関東ゴルフ連盟もジュニア委員会を設け、ジュニアゴルファーの育成に力を入れています。前述した厚生労働省局長通知の「屋外であっても子どもの利用が想定される公共的な空間では、受動喫煙防止のための配慮が必要である」という指摘も忘れてはなりません。

ティーインググラウンド付近に灰皿を設置し、待ち時間に喫煙することは許されるかもしれません。ただし受動喫煙に対する配慮をしなければならないのは当然です。しかし、フェアウェーやグリーンでは、火災防止の観点やマナーの観点から、全面禁煙とすべきでしょう。コース売店でも、受動喫煙の害が大きいため禁煙とすべきでしょう。

当面、神奈川県以外の県では条例で罰則が定められていませんが、いずれ罰則付き条例が多数派になるのは目に見えています。神奈川県のゴルフ場は勿論のこと、他県のゴルフ場も早急にこれらの措置を講ずべきなのは言うまでもありません。

 

従業員への安全配慮義務

ゴルフ場において受動喫煙を防止するというのは、何もゴルフ場を訪れたプレイヤーのためだけではありません。従業員との関係においても、受動喫煙の防止は重要な課題です。

使用者は、事業遂行に用いる物的施設及び人的施設の管理を十全に行うなど、従業員の職場における安全と健康を確保するため、十分な配慮をしなければなりません。これを安全配慮義務といいます。

勿論、使用者としても、従業員の安全や健康そのものを保障できるわけではなく、結果責任を問うことは妥当ではありませんが、受動喫煙の害について広く認識されるに至った今日において、職場における受動喫煙を防止する措置を講じることは、使用者が負うべき安全配慮義務から導かれる要請です。

もっとも、工場設備の管理に明らかな不備があって事故が起こり、従業員が怪我をしたというような場合と異なり、受動喫煙と従業員の健康被害との間に相当因果関係があることを立証することは、実際問題としては非常に困難であると思われます。

しかし、訴訟等になった場合の立証が困難であるからといって、使用者が、従業員の安全と健康に配慮しなくてよいということにはならないのは当然のことです。

「ゴルフ場セミナー」2010年5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎

熊谷信太郎の「従業員への懲戒処分」

ゴルフ場といえども、人間の集う場所ゆえ、さまざまな不祥事が発生します。

例えば、メンバーがキャディさんに痴漢行為を行った場合、民事上・刑事上の責任を負わなければならないのに加え、除名、来場停止、戒告など、倶楽部メンバーとしての制裁も受けなければならないのは当然です。

また、従業員が不祥事を起こすことも多々あります。平成17年1月、ゴルフ場を舞台にした貴重品ロッカー内の貴重品盗難事件では、スキミングという手法が世間を驚かせましたが、ゴルフに関わる人々にとっては、ゴルフ場支配人が共犯として逮捕されたことも非常に衝撃的でした。

ゴルフ場を訪れたお客さんは、安心して貴重品を預けていたのに、一たびこのような事件が発生すると、そのゴルフ場の信用は丸潰れです。

会社としてはそのような従業員を当然クビにできないと困るわけですが、一歩方法を誤ると、解雇ができなくなってしまうこともあり、注意が必要です。

メンバーへの懲戒処分についても様々な問題がありますので、後の機会に述べたいと思いますが、今回は、従業員に対する懲戒処分について説明したいと思います。

 

懲戒処分の際のルール

労働者が秩序違反を犯した場合に、使用者がその違反を是正するために行うのが懲戒処分です。

懲戒処分にもさまざまな種類があります。反省を求め、将来を戒める「譴責・戒告」、賃金を減らす「減給」、出勤させず賃金も支払わない「出勤停止」、下位の資格や役職に下げる「降格・降職」、退職願を提出させて解雇する「諭旨解雇」等がありますが、最も重いのは、労働者を即時解雇とする「懲戒解雇」です。

懲戒処分は、労働者に対するペナルティーですから、一定のルールに従って行う必要があります。

懲戒処分が有効となるためには、実体的な条件と、手続的な条件の双方を満たす必要があるのです。

まずは、実体的な条件ですが、懲戒処分の内容が、労働者の違反行為に見合ったものでなければなりません。些細な違反行為に対して重いペナルティーを科すことは許されないのです。

次に、手続的な条件ですが、懲戒処分を行うには、告知聴聞の機会を与えるなど、適正な手続き(デュープロセス)による必要があります。

まず、どのような場合にどのような処分をするのか、あらかじめ就業規則等に定めておく必要があります。事後的に定めた規定を根拠に懲戒処分をすることは許されませんし、同一の行為に対して再度懲戒処分をすることも許されません。

また、懲戒は、公平・平等に行われなければなりません。過去に行われた同種の事案に対する取扱いとの均衡を欠く懲戒も無効とされるおそれがあります。従来黙認してきた行為に対して処分を行おうとする場合には、事前に十分に警告を行って周知させる必要があります。

そして、労働者に対し、懲戒の理由を書面で通知し、弁明の機会を与え、懲罰委員会で討議した上で最終的な処分を決定するなど、公平で慎重な手続きをとることが重要です。

懲戒処分にあたって、これらの実体的・手続的な条件を満たす必要があることは判例でも認められており、平成20年3月から施行されている労働契約法15条でも、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定められています。

 

懲戒解雇の注意点

懲戒処分の中でも、懲戒解雇はいわば労働者に対する極刑です。そのため、懲戒解雇は実体的にも手続的にも、特に慎重に行う必要があります。

実体的・手続的に懲戒解雇が相当であるとしても、解雇予告手当や退職金の支払いはまた別の問題です。

懲戒解雇をした場合であっても、原則として30日分の解雇予告手当の支払いが必要となります。しかし、労働者に重大な規律違反や背信行為があるなど「労働者の責に帰すべき事由」がある場合には、労働基準監督署長の認定を受けて解雇予告手当を支払わないことができます。

退職金も、懲戒解雇だから支払わなくてよい、というものではありません。労働者のそれまでの勤続の功績を台無しにしてしまうほどの行為があって初めて退職金の一部または全部の不支給が許されるのです。

懲戒解雇の場合には退職金を支払わないというルールは、事前に定めておくことが必要です。

ルールを定める際、「懲戒解雇の場合には退職金を支払わない」と定めている例を多く見かけます。

しかし、労働者には退職の自由が認められており、退職の意思表示をしてから2週間で退職の効果が生じます。懲戒解雇されそうになった労働者がすぐに退職届を出し、2週間経過すると基本的には退職を認めざるを得ません。この場合、形式的には懲戒解雇ではなく自主退職ですから、退職金不支給規定に該当せず、会社はその労働者に対して退職金を支払わなければならなくなってしまいますが、この結論の不当性は明らかです。

これに対処する方法としては、就業規則を「懲戒解雇事由があるときは退職金を支払わない」とすることによって、この種の不都合さを回避することが可能になります。

また、事後的に懲戒解雇事由が判明することもあります。そのような場合に備え、「退職後に懲戒解雇事由があることが判明した場合、労働者は受け取った退職金を返還する義務を負う」という趣旨の規定を設けておくことが望ましいでしょう。

 

Sカントリー倶楽部事件(東京地裁平成14年11月11日判決、同平成15年3月10日判決、同平成15年3月14日判決)

Sカントリー倶楽部では、昭和62年ころ、負債が増え、資金繰りが苦しくなったことから、収支の改善を図るため、当時の常務取締役兼支配人A氏の発案で、9ホール増設して27ホールへ拡大することを計画しました。

この計画を実行するためには、地権者との交渉や、許認可を得るための県や市町村との交渉、資金繰りのための金融機関との交渉が必要でしたが、これらの交渉は、接待等のために、多額の経費を要するものでした。

そこで、オーナーである会長の指示のもと、この計画を実行するために必要な接待交際費、地元対策費等の経費を、従業員給与名目や仮払金名目の支払いをさせ、またクレジットカードを使用させることで捻出することとしました。

これらの経費は、その使途の機密性から、仮払金として経理処理を行い、また、個別具体的な使途については、本社に特段の報告を要しないものとされていました。

ところが、父であるオーナーの健康問題を契機に経営を引き継いだ新オーナーは、これらの経理処理について詳細を知らされておらず、決算報告書の内容を見て不審に思い、調査を行いましたが、明確な回答が得られませんでした。

新オーナーは、この不透明な経理に関与したA氏、経理担当取締役B氏及び副支配人C氏に辞職を迫り、A・B両取締役は辞任、C氏は懲戒解雇となりました。

会社が3人に対して退職金を支払わなかったため、退職金の支払いを求めたのがこの事件です。

B取締役は従業員として勤務していた期間が短かったため、退職金の請求は認められませんでしたが、残りの2人については、会社都合退職の際の退職金の請求が認められました。

不透明な経理自体は事実であったものの、ワンマン経営をしていたオーナーの指示による計画の実行に伴うものであり、不正経理とまではいえない、と判断されたのです。

また、この事件では、不正経理を認める書面も作成されていたのですが、判決文では、新オーナーが3名に対して適切な弁解の機会を与えていないことについても言及されています。

すなわち、新オーナーは午後1時ころ3名を本社に呼び出し、事情説明を求めましたが、明確な回答がなかったため、興奮して怒号し、机を叩いたり灰皿を投げつけたりするほか、A・B両取締役を土下座させ、食事もとらせず翌朝午前6時まで詰問を続け、午前7時ころ、不正経理をしたと自認する内容の書面に十分な確認もさせないまま署名押印をさせたのです。

このような方法で不正を認めさせても、その自白は真意に基づくものではないものとして、不正行為があったことの証拠にはできないのです。

 

Kカントリークラブ事件(福岡地裁小倉支部昭和59年7月13日判決)

このゴルフ場に勤務するあるキャディDさんには問題行動が多く見られました。

Dさんは、無断遅刻・無断欠勤が多く、支配人や副支配人をあだ名で呼び、言葉遣いや所作が粗雑で、他のキャディと協調性を欠いていました。また、労働組合が発行するニュースに職制を揶揄中傷する漫画や記事を掲載しました。

また、梅雨の時期に、芝を傷めないため、フェアウェイの一部についてカートを引いて通行することが厳禁されていたにもかかわらず、Dさんはこの指示に反しました。

さらにDさんは、会社で別のキャディと口論になり、その女性に対し威迫的言動に及びました。会社の電話を、会社の許可なく、労働組合との連絡用に頻繁に使用していました。

Dさんは、労働組合の闘争ニュースを配布し、ステッカーを貼付したのですが、会社やゴルフ場のみならず、会社の代表者や支配人等管理職の自宅周辺、駅付近の見やすい電柱等にまでステッカーを多数枚貼付しており、管理職個人やその家族の私的生活の平穏をいたずらに脅かしていました。

会社は3度の警告、厳重注意、譴責処分を経て最終的にはDさんを解雇しました(解雇の形式は懲戒解雇ではなく予告解雇でした)。

ところが、裁判所は、Dさんの行為については、「懲戒事由に該当する事実がない訳ではなく、その情状についても…悪質なものがあることを容易に窺うことができるのであるが、同時に、債務者(=会社)の労務政策宜しきを得れば、企業秩序紊乱の問題に至るまでもなく解決できる些細な事柄も多いことが認められる」として、解雇が無効であると判断しました。

裁判所は、会社がDさんを解雇したのは、「労働組合に対する過分な嫌悪感に根ざすもの」とし、「経営者としては具体的事情に応じて臨機応変に且つ原則的には順序を追って適正な対応を講ずるべきである。」と判示しました。

Dさんの行為を全体としてみれば、解雇事由に該当するように思われますが、一方で、労組法は、労働組合員であることを理由に解雇をすることを不当労働行為の一種として禁じています(労組法7条1号)。裁判所はDさんの解雇につき会社側に組合嫌悪の不当労働行為意思が支配的動機としてあり、そのため解雇権濫用にあたると判断したものと考えられます。解雇をする場合には、組合嫌悪の意思が存すると判断されないよう細心の注意を払うことが重要です。

「ゴルフ場セミナー」5月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷信太郎

熊谷信太郎の「派遣切り」

一昨年に放映された「ハケンの品格」という人気ドラマでスーパー派遣社員が大活躍し、「派遣」という働き方が脚光を浴びた時期もありました。しかし、最近の経済情勢の急速な悪化により、今では「派遣切り」が深刻な社会問題となっています。

ゴルフ場業界においても派遣が一般化しており、ゴルフ場も「派遣切り」と無縁ではいられません。

「派遣切り」に関する議論の中には「派遣切りはけしからん」として、派遣先の会社に非難の矛先が向くこともあるようです。

しかし、「派遣切り」は派遣先による解雇ではありません。派遣元と派遣先との間の派遣契約によって定められた期間が満了し、あるいは契約が解除されたことによって派遣は終了しますが、労働者と派遣元との雇用関係に直接の影響はありません。

日本では、後述するように解雇が厳しく制限されており、正社員だけでは要員の波動に機動的な対応ができません。

派遣は、極論すれば、人員削減が必要な時に備えて設計された制度であり、実際上「雇用の調整弁」として機能し、自由経済のメカニズムの中で非常に重要な役割を果たしているのです。

各企業は、いつでも雇用を調整できる代わりに、高い単価を支払って派遣を受けています。「派遣切り」という言葉を用いて、まるで派遣先に責任があるかのようなイメージを植え付けてしまうマスコミの言葉遣いには疑問もあります。

ゴルフ場における派遣の典型例はキャディーの派遣です。季節や予約の入り方に応じてキャディーの人数を調節できるため、ゴルフ場にとっては大変便利な仕組みです。

最近は大不況により接待ゴルフが激減し、キャディー付きのプレーもニーズが低下しています。このようにキャディーの人手が余ってしまう場合でも、派遣キャディーであれば、派遣を終了させれば良いだけです。

しかし、会社所属のキャディーの場合、労働力に余剰が生じたときの対応は容易ではありません。仕事もないのにただ待機させるのでは会社としては大変非効率ですし、そうかといって毎日除草作業をさせるわけにもいきません。

このような場合、会社はキャディーを整理解雇することが考えられます。また、短期の雇用契約に切り替えておき、キャディーが不要になった場合にはその後契約の更新をしないという方策も考えられます。

そこで今回は、解雇・雇止めについて説明したいと思います。

 

解 雇

民法上、期間の定めのない雇用契約については、労働者には辞職の自由が、使用者には解雇の自由が認められています。

しかし、立場の弱い労働者を保護するため、労働基準法は産前産後や業務災害の場合の解雇を制限し、解雇予告が30日前までになされなかった場合の予告手当支払義務を定めています。

また、使用者の解雇権の行使が客観的合理的理由を欠く場合には解雇権を濫用したものとして解雇は無効となります(労基法18条の2)。

そして、経営上の必要性に基づく整理解雇の場合には、その客観的合理性については、以下の4要素を総合考慮して判断するものとされています。

①経営不振・不況などにより、人員削減が必要であると認められるか(人員削減の必要性)

②配転や希望退職者の募集をするなどして整理解雇回避のために真摯な努力をしたか(手段として整理解雇を選択することの必要性)

③客観的合理的基準を設定しそれを公正に適用して解雇対象者を選定したか(被解雇者選定の妥当性)

④労働組合や労働者に対し、整理解雇の必要性と時期・規模・方法について納得を得るために説明を行い、それらの者と誠実に協議をしたか(手続きの妥当性)

ゴルフ場で整理解雇を行う場合にも、これらの4要素を念頭に置いて実施する必要があります。

 

Yカンツリー倶楽部事件(津地裁四日市支部昭和60年5月24日判決・労民36巻3号336頁)

ゴルフ場経営会社の行ったキャディー全員の整理解雇に経営上の必要性があるか否かが争われた事例があります。

このゴルフ場では、年会費や名義書換料は会社ではなく倶楽部の収入とされていました。

会社自体は赤字であり、会社は経営危機を理由として雇用するキャディー全員を解雇しました。

ところが、裁判所の認定によれば、会社と倶楽部は一応別個の団体ではあるものの、倶楽部の収入金をその必要に応じて会社の経営資金にあてるなどしており、実質的には、会社と倶楽部は一体であり、会社は大幅な黒字であって経営危機になく、キャディーの解雇には経営上の必要性がありませんでした。

また、会社取締役と倶楽部理事で構成される合同役員会の席上突然キャディー制度廃止案が提案されたのですが、会社は、十分な調査や検討も行わないまま臨時会員総会に諮って短絡的にキャディー制度を廃止し、労働組合に対して一方的に全キャディーの解雇を通知したのです。

このような具体的事情のもとでは、整理解雇の4要素はいずれも満たされていません。裁判所が整理解雇を無効としたのは当然の結論であったと思われます。

 

雇止め

期間の定めのある雇用契約の期間満了をもって雇用契約を終了させ、それ以降契約を更新しないことを雇止めといいます。

期間の定めのある雇用契約の期間が満了すれば、雇用契約は当然に終了するのが民法上の原則ですが、その後も労働者が労働を続け、使用者が異議を述べない場合は黙示の更新があったものと推定されます。

黙示の更新がなされると、期間の定めのない契約に変わるという考え方と、従前と同じ期間の契約として更新されるという考え方があります。

ところで、短期の雇用契約であっても、反復継続してその契約が更新された場合、その更新が明示・黙示のいずれによるものであっても、労働者がその後の雇用継続に期待を抱くことがあります。

判例によれば、このような場合の雇止めについては、解雇権濫用法理が類推適用されます。

すなわち、期間満了に伴う雇用契約を終了させるためには、客観的合理的な理由のある更新拒絶の意思表示をする必要があり、もし客観的合理的な理由のある更新拒絶の意思表示がなされない場合には、雇止めは認められず、雇用契約が自動更新されるのです。

ゴルフ場で雇止めを行う場合も、労働者との間の契約が反復継続して更新され、労働者が継続雇用の期待を有していると認められる場合には解雇権濫用法理が類推適用されます。

そこで、使用者が後日の雇止めができなくなることを避けるために、契約時に継続雇用の期待を生じさせないよう言動に注意する必要があります。また、契約期間満了時に更新をするにあたっても、単に形式的な手続きにとどめることなく、十分に契約内容を納得させた上で雇用契約を更新する必要があります。さらに、処遇の面でも継続雇用を前提としないよう注意する必要があります。たとえば、任命した役職の任期が雇用期間満了後まで続くことが予定されている場合、労働者が雇用継続を期待してもやむを得ない一事情ということができます。

なお、契約更新の際に「今回限り」との特約が付されることがあります。使用者と労働者との間で真にそのような合意が成立したと認められれば、その特約は有効です。しかし、労働者側で契約更新を期待するような事情がある場合、合意は真意に基づくものではなく、特約は無効とされる恐れがあります。

また、業務委託契約の更新拒否については、解雇権濫用法理が類推適用されることはないのが原則です。しかし、業務委託とは名ばかりで、受託者が、業務を断る自由もなく、委託者から具体的な指揮命令を受けているような場合には、形式的には業務委託契約であっても、実質的には雇用契約であると判断され、業務委託契約の更新拒否にあたり、解雇権濫用法理が適用される可能性もあります。

 

H国際カンツリー倶楽部事件(横浜地裁平成9年6月27日決定・労判721号30頁)

Aさんはパートキャディとして会社に勤務していました。当初の5年間は期間の定めがなかったのですが、途中から期間を1年とする雇用契約となりました。

就職から7年9か月後、会社は①上司のキャディーマスターや会社を批判するなどの越権行為がある、②自己の考えを強く主張して強調性に乏しく専断行為がある、③不当な文書を配布したというビラ配布行為がある等として、Aさんを雇止めにしました。

裁判所は、Aさんの雇用契約が反復して更新されたため、従前の期間の定めのない雇用契約が継続するのと実質的に異ならない状態となっている等の理由で、Aさんが期間満了後も雇用を継続すべきものと期待することに合理的理由があるものと認めました。

Aさんの雇用契約の更新を拒絶することは、実質上には解雇と同視されるので、解雇が許される場合と同等の事由の存在が必要です。

裁判所は、①そもそも会社が主張するような批判行為をAさんがしたとは認められないが、仮に認められたとしてもやむを得ない行為である、②具体的にどのような専断行為をAさんがしたのか明らかにされていない、③Aさんが配布した文書は業務執行のための補助文書であってビラではなく、その他会社が主張するようなAさんのビラ配布は認められない等の理由で、会社による雇止めは解雇権の濫用であり無効であると判断しました。

 

K高原事件(大阪地裁平成9年6月20日判決・労判740号54頁)

B氏は会社が経理するゴルフ場に臨時作業員として入社しましたが、プロテスト合格を機に、正社員となり、所属プロとして勤務していましたが、B氏は、プロゴルファーとして競技会に参加する必要があったことや他の練習場でレッスンをしていたことなどから、その労働実態は、就業規則の規定や他の正社員の労働状況とはかけ離れたものになっていました。

そこで会社は、B氏との契約を期間1年とする嘱託契約に切り替え、以降4年間、更新をしないまま嘱託契約が続いていました。

その後会社は、①B氏は社外レッスンについて会社の承認を得ておらず、レッスンのため出勤日数も少ない、②タイムカードの打刻を怠るようになった、③プロゴルファーとしての実績に見るべきものがない、④B氏所有の自家用車のガソリン代が未清算である等として、B氏を雇止めにしました。

ところが裁判所は、B氏と会社の間の嘱託契約は黙示の更新がなされ期間の定めのないものに転化していると認定した上で、①B氏の社外レッスンは会社も認めていた、②B氏の場合、出退社時間はさほど重要でない、③B氏の給与に競技会での活躍を通じた貢献に対する報酬が含まれているとは言い切れない、④B氏は、ガソリン代清算に関する経理処理に関与していない等の理由から、会社がB氏を解雇したことは解雇権の濫用であって無効であると判断しました。

「ゴルフ場セミナー」2009年9月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎