熊谷信太郎の「消費者裁判手続特例法②」

会員権の市場価格が低迷している現在、預託金額面と相場との乖離の増大が固定化し、依然として多くのゴルフ場が、事業を継続し会員のプレー権を保障しながら預託金の償還問題を解決する方法を模索しています。本誌平成27年7月号で特集した「抽選弁済」(毎年の一定枠を定め、その枠内の金額で、当選した会員に預託金を償還する方式)も一つの有効な方法です。

一方、ゴルフ会員権を預託金額面より安い価格で譲り受け、業としてゴルフ場に対して預託金返還請求を行い、差額を利得するという、いわゆる預託金償還ビジネスも横行しています。

このような状況下で、今年10月、悪徳商法の被害者に代わって特定の消費者団体が損害賠償請求を起こすことのできる「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続きの特例に関する法律」(以下「法」)が施行されました。

消費者庁のガイドラインによると、本制度の対象となるものの典型例として、ゴルフ会員権の預り金の返還請求に関する事案が挙げられており、本法案が国会に提出された平成25年4月当時には、一部の新聞等でも報道され、ゴルフ業界でも話題となりました。

これまで、ゴルフ場経営会社の中には、預託金の額面が低い場合には、訴訟費用とのバランスで裁判を起こされることはないだろうという見通しから、この問題を先送りしていたというところもあるかと思います。

しかしながら今後は、既存のゴルフ場であっても、新たに会員を募集し会員契約を締結する場合には本制度の対象となり、本制度を利用した預託金返還請求訴訟が起こり得ますので注意が必要です。

なお、本制度は施行後の消費者契約が対象となりますので、ゴルフ場経営会社が施行前に負担している預託金返還債務について本制度による訴訟提起を受けることはありません。

しかしながら、近年ゴルフ場の新規募集も増えており、その際には注意が必要です。ゴルフ特信の調査によると、本年度の3大都市圏の新規募集は239コース(本年4月30日現在)、前年比で26コース増加となっています。

一方、近年も少数ながらゴルフ場の新規開場もみられます。ゴルフ場を新規に開設する場合、ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律(いわゆる適正化法)の規定を遵守する必要があるわけですが(本誌平成28年5月号参照)、今後は本制度による集団訴訟の危険性も考えて、会員募集をする必要があります。

本制度については以前本誌でも取り上げていますが(平成25年8月号)、施行を受けて、再度検討します。

 

制度の概要

この制度では、消費者と事業者との間で締結される契約(消費者契約)に関し、事業者に対して一定の金銭の支払請求権が生ずる事案を対象としています。例えば、英語学校の受講契約を解約したので既払いの授業料の返還を請求する場合や購入したマンションが耐震基準を満たしていないので、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求する場合等がこれにあたります。

消費者が利用しやすいものとするため、2段階の制度設計となっています。被害を受けた消費者が自ら主体となって訴訟手続きを申し立てるのではなく、その消費者に代わって、国が認定した特定適格消費者団体(以下「団体」)が事業者に被害回復の訴訟を提起できるようにしました。まずは団体が訴訟を行い、判決或いは和解により一定の金額を受け取れる方向になった段階で、消費者は団体に授権することにより手続に参加するわけです。

さらに団体が消費者からの授権を受けることなく、事業者の財産への仮差押命令の申立てをすることができますので、事業者には無視できない制度です。

 

対象となる事案

この制度は、その対象を「消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害」(法1条)とし、「事業者が消費者に対して負う金銭の支払義務」であって、消費者契約に関する次の①から④に掲げる一定の請求に限定しており、事業者側の利益にも配慮しています(法3条1号~5号)。

①契約上の債務の履行の請求(1号)

事業を営んでいる者が事業目的ではない個人と結んだ契約は、ほとんど全て「消費者契約」に該当することとなります。ゴルフ場経営会社と会員との間の会員契約も当然対象となり、会員契約の不履行に基づく訴訟が起こり得ます(但し、消費者は個人に限られていますので、法人会員の場合には本制度の対象とはなりません)。

消費者庁のガイドラインにもあるように、ゴルフ会員権の預託金の返還の共通義務を確認するケースがその典型例でしょう。

また、ゴルフ場が閉鎖した場合、年会費の返還請求やプレー権侵害による損害賠償請求(損害の客観的評価は困難ですが)等も問題となります。この場合、年会費の金額に比べて訴訟費用がかさむということで、会員個人が単独で裁判を起こすことは一般に困難だと思われますが、本制度により責任追及が比較的容易になります。具体的には、㋐閉鎖の場合に年会費を返還するような規定があればその履行請求(1号)、㋑そのような規定がない場合には不当利得返還請求(2号)、㋒閉鎖に違法性が認められるような場合には不法行為に基づく損害賠償請求(5号)が考えられます。

②不当利得に係る請求(2号)

これまでにも、英会話学校の中途解約料等について、不当に高額な解約料を定めたものと認定され、当該解約料の返還義務を認めた裁判例も複数存在します。

このような現状からすると、本制度により、低額なキャンセル料等を規定する約款等も無効となり、当該金額を返金するようにとして本制度が活用されることが見込まれます。ゴルフ場の会則等においても、無効とされるような規定が含まれていないか、問題点の洗い出しを行っておくことが必要となるでしょう。

③契約上の債務の不履行による損害賠償の請求(3号)・瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求(4号)

多数の消費者が購入した製品等について、同一の不具合が存するような場合です。但し、その製品の不具合により、人の生命や身体、財産に損害が生じた場合(いわゆる拡大損害)は対象外です。

もっとも、ゴルフ場の売店で同一の不具合のある製品を多数の会員に販売するというようなケースは想定しにくいので、問題となることは少ないでしょう。

④不法行為に基づく民法の規定による損害賠償の請求(5号)

一般的に不法行為に基づく損害賠償請求と聞くと、慰謝料が問題となる事例が思い浮かぶと思いますが、本制度においては、精神的損害に対する賠償はその対象となりません。

 

第1段階(共通義務確認訴訟)

以上のような請求であって、①多数性(一般的な事案では、数十人程度)②共通性(事実関係や法的根拠が共通であること)③支配性(第2段階の簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であるとはいえないこと)等、本制度における他の訴訟要件を満たす場合であれば、対象となり得ると考えられます。

第1段階では、内閣総理大臣の認定を受けた「特定適格消費者団体」という団体が消費者を代表して原告となり、訴訟を追行します。

「特定適格消費者団体」とは、被害回復裁判手続を追行するのに必要な資格を有する法人である適格消費者団体(消費者契約法12条)のうち、内閣総理大臣による特定認定を受けた団体です(法2条10号、65条)。本稿執筆現在、「特定非営利活動法人 消費者機構日本(東京都千代田区)」が、「特定適格消費者団体」の認定を消費者庁に申請しています。

第1段階の手続きは、「共通義務確認訴訟」と呼ばれ、対象消費者の全体に共通する争点(共通義務=事業者の消費者に対する金銭支払義務)の確認が求められます 。共通義務確認訴訟で原告である団体が勝訴するなどして被告事業者の共通義務の存在が確認されると、第2段階の手続に進みます。

 

第2段階(簡易確定手続)

第2段階の手続きは、「簡易確定手続」と呼ばれ、第1段階での団体の勝訴を前提として、団体が対象消費者を募り、事業者から損害賠償金を回収し、これを集まってきた消費者に分配するというものです。第1段階で勝訴が確定してから、第2段階で消費者が参加するため、消費者に敗訴リスクがない点が特徴です。

ゴルフ場経営会社への預託金返還請求権を例に手続きの概略をみると以下のとおりです。

第一段階の判断が出た後、原告の申立てを受けて、裁判所が「簡易確定手続開始決定」をします。当該ゴルフ場は、原告である団体に対して会員名簿を提出しなければなりません。団体は、その名簿をもとに、預託金会員に対して、メールや手紙で手続参加を促します。

手続きに参加することを希望する個々の会員は、団体に対して授権(委任)をし、団体が、個々の会員に代わって、債権届出を行います。裁判所は債権届出を受付け、ゴルフ場側で当該預託金を認めるかどうかの認否を行います。

なお、この段階で手続参加を希望しなかった会員にはこの判決の効力は及びませんので、返還を請求する場合は個人として改めて訴訟提起しなければなりません。

ゴルフ場側が債権認否において届出債権を認めない場合には、裁判所が簡易な手続により対象債権の内容を確定し、これに争いがある場合には最終的には個別の訴訟で解決することになります。

 

預託金返還請求訴訟

ご承知のとおり、預託金返還請求訴訟において、裁判所はゴルフ場側の預託金返還を拒む様々な構成の法的主張(例えば延長決議等)について、これを認容する可能性は非常に低いのが現実です。そのため、仮に特定適格消費者団体から訴訟提起をされると、第一段階において会員がゴルフ場に対して預託金返還請求権を有するとの抽象的な判断がなされ、さらに第二段階の債権確定手続においても、個々の返還請求権を認めざるを得ないという事態になりかねません。

そこでゴルフ場としては、本制度の第一段階(共通義務確認訴訟)、第二段階(簡易確定手続)の各段階で、特定適格消費者団体と和解により解決することが現実的であり、その意味で、ゴルフ場にとっては受動的な制度ではあるものの債務整理手続の一方法として機能する面もあることになります。

もっともゴルフ場からすれば、上述のように自ら働きかけてこれを利用することはできず、訴訟の提起を待って対応するしかないという受動的な手続ですし、また、第一段階で和解をした場合に、その和解の効力は、その後、第二段階の対象債権の確定手続に参加しなかった他の債権者には効力は及ばないという限界があります。こういった点でゴルフ場にとって必ずしも使い勝手が良い制度とは言えませんが、今後の預託金問題の解決方法の一つとして注目されるものと思われます。

「ゴルフ場セミナー」2016年12月号掲載
熊谷綜合法律事務所 弁護士 熊谷 信太郎